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Q. カーボンナノチューブ(以下CNT)について、改めてご説明をいただけますでしょうか。 A. CNTは、炭素原子でできた六角網平面をくるっと丸めてナノメータサイズの直径で筒状にした物です。非常に強くて、すべての物質の中で最も軽くて最も強い物質です。例えばこれをワイヤー状にして地球から宇宙まで伸ばせば、宇宙エレベータも可能になると言われています。いわば現代版ジャックと豆の木です。 他の用途も、いろいろ研究されています。アメリカで始まった宇宙送電線構想というものがあります。人工衛星と宇宙ステーションをCNTで結んで送電するというものです。CNTは銅に比べて10倍電気が流れるのですが、重さは6分の1ですから、宇宙の送電線には最適というわけです。さらに、自動車への応用があります。大型の自動車は1台あたり30〜40kgの銅線を使っていますが、これにCNTを使って軽量化するものです。燃費をさらに20%改善するという開発プログラムもありまして、CNTを使って銅線の重量が6分の1になり、導線重量が5kgくらいになるわけです。同様に、旅客機の軽量化も重要です。今、ジェット旅客機の燃料の値段がすごく上がっていますから。だいたいジェット旅客機の場合、重さを1キロ減らせると年間1億円の経済効果になると予測されています。今のジャンボジェット機だと1トンくらいの銅線を使っていますが、これがCNTによって、計算上では6分の1,200kgくらいになるわけです。年間数百億円の効果が期待できます。 軽さや強さ、電気がよく流れる性質は、CNTの基本的な機能と言えますが、その他の半導体的性能を活かせば半導体デバイスなどにも使えます。 Si(シリコン)ICを作るように、一本一本のナノチューブで素子にすると、現在のところ世界で一番小さいトランジスタをさらに10分の1にできる可能性があります。今、一番小さい半導体素子がだいたい50ナノメートル程度ですが、それをさらに10分の1までできれば、まさに未来のコンピュータ技術につながります。 半導体の微細化はそろそろ技術的な限界に来ています。今の技術の延長ではこれ以上発展できない限界に近づいてきています。そこでCNTを用いた新しい半導体素子や回路配線技術を発展させれば半導体イノベーションが期待できます。 Q. 医療用にも利用されていると聞きました。 A. CNTの持つ性質を活かして、医療分野にもいろいろ期待が拡がっています。例えば、我々は最近、CNTを使った世界最小径のカテーテルを開発しました。カテーテルは通常素材はナイロンなのですが、このカテーテルはナイロンの中にCNTを混ぜて作ります。この複合材カテーテル、細いだけでなく血が固まらない優れた機能もあるのです。現在、動物実験と臨床評価を経て、血栓が付きにくい、いわゆる抗血栓性があって大変良い結果が出ています。広範な医用応用が期待されています。 Q. なぜCNTを使ったカテーテルだと血栓ができないのでしょうか? A. 大変良い質問なのですが、はっきりは申し上げられません。国際会議でも最初に出る質問ですが、もう少しお待ち下さい。 Q. よく血栓をおさえる薬剤を使うと、その作用が効き過ぎて出血が止まらなくなるという話を聞きますが、こういうケースにも効果がありますね。 A. その通りです。将来CNTを用いた人工臓器や人工血管に応用展開が望まれており、研究展開したいと考えています。 Q. 血栓ができないということは、どのようにして発見されたのですか? A. 実はこれは偶然の発見でした。CNT複合材の物理的性質を利用して、現在使われている外径1mmのカテーテルを、もっと細くしようと研究していました。外径0.5mmのものをつくれたのですが、これで実験していたら血が固まらないことに気付いたのです。 Q.いろいろなところに使えるのですね。 A. 宇宙・航空から自動車、半導体、医療、医薬まで、非常に広い分野で使える可能性を有した素材がCNTというわけです。20世紀の科学はある意味で素材やエネルギーを使い放題で、環境やエネルギーという点で問題を残してきたのですが、これを21世紀型の技術に変えていかなければなりません。21世紀のイノベーションを提供する最も有力な材料として、このCNTがナノテク材料の代表として期待されているのです。 イノベーションを起こすということは大切です。米国ではナノテクのイノベーション研究を世界で最初に始めました。直後に日本も政府が強い方向性を出し、今やナノテクノロジーは「アメリカか日本か」、まさに世界の先端を2分し、EU、中国そして韓国もトップ集団に入ってきました。そのナノテクノロジーの代表選手がCNTであり、CNTの科学と技術をリードしている有力国が日本です。また、ナノテク分野を産業としてしっかり確立し始めている点では米国よりも日本が先行しているとも言えます。しかし、基礎科学を含めた総合力では、日本の一層の健闘が必要でしょう。 Q. CNTの量産化についてお聞かせください。 A. CNTの研究をいろいろ進めていくと、最後の問題は、これをどうやって作ったらいいかという話になります。電気がよく流れるCNTと、非常に強いCNT、半導体に使うCNTは、それぞれどれも形や構造が全然違うんです。これを作り分けることが、一番大事なポイントです。しかも目標とする素材を大量かつ超高純度で作らないといけないのです。そこでどうやって量産するかが最初の問題なのです。 この量産化技術は、我々が世界に先駆けて確立しました。私の技術を使って既にいま、数社で年間数100トン作っています。また同種の方法で欧米の諸企業では年間2010年頃以降を目途に、数千トン作るという計画も発表されています。 CNTは1枚の筒状のもの、多層の筒状のもの、ナノ構造の異なるものなどいろいろな種類があるのですが、これをどうやって作り分けるかが一番難しいところですが、これはほぼ可能になりました。我々は2層のCNTを高純度で作る方法を開拓してNatureに掲載されました。 この量産化法の発見にはちょっとしたドラマがありました。当時、私は信州大学の助手でした。カーボンファイバーをつくる実験をしていたのですが、来る日も来る日もススしかできない。毎日、ススの着いた基板を水で洗浄・空焼きして、またやりなおし、こういうことを繰り返していました。でもその頃、僕も人生をかけて大学の助手としてやっていたわけで、とにかく一日がもったいないわけです。ちなみに、当時独身だったので母が毎日、白いワイシャツにアイロンをかけてくれたのですが、それが真っ黒になる。お前も苦労しているんだねと言われたりしまして(笑)。それで、基板を掃除するとき、なんとか少しでも手を抜こうと思ってススの着いた基板をサンドペーパー、工作でよく使う紙やすりでガリガリと削ったんです。そうしたら、その日は何と、装置の中が詰まるくらい沢山のいわゆる多層ナノチューブができたんです。最初はいったいこれは何だろうと不思議に思い、おまじないくらいにしか考えられませんでした。神様が何かくださったのかとね。それから学生にとにかく毎日やってもらいましたら、毎日毎日装置の中が詰まるくらいできる。 そのうちサンドペーパーがボロボロになって、うまく使えなくなってしまった。そこで、新しいものを大学に発注して買ってもらったんです。そして、購入した黒いサンドペーパーを使って基板をみがきました。そうしたら、その日を境に全くと言っていいくらいできなくなってしまった。ガスやら温度計やら高級な制御装置はなかったものですから、全部調整し直して、最後は学生に「君たち何かいじくっただろう?」とか問いつめたりしてね(笑)。数ヶ月のロスがあって、非常に落ち込みました。そこで、冷静になって考えたところ、かつては茶色のサンドペーパーを使っていたことに思い当たった。必死になって机の引き出しから古いサンドペーパーを見つけて、これを使ったらうまくいった。元に戻ったのです。何故、茶色のサンドペーパーだとうまくいったのか、この時はわからなかったのです。この成果を見たフランスの先生が興味を示してくれて、私はフランスへ行って研究することになったのです。当時はまだ比較的まれなことでした。 フランスでは、このナノチューブがどのようにして大量に生成されるのかについて研究を始めました。話は若干、前後しますが、鉄はどこから来るのかってことで先生と激論になるわけですが、はたと気がつくんですよ。サンドペーパーだと!茶色のサンドペーパーは酸化鉄が入っているのですが、黒は炭化ケイ素が主成分で鉄はほとんど入っていないんです。これだ!と、思いました。鉄がCNTを生やしているのだと。これを先生に証明しました。 ちなみに、フランスで実験しているときにも面白い話がありました。当時、日本から色々なサンプルを持っていったのですが、あまり沢山持っていくことができず、不純物が入らないように薬のカプセルのような容器の中に入れていました。これを直径3mmくらいの銅製の電子顕微鏡用メッシュの上に載せて水を垂らして固定し、その後、乾燥して電子顕微鏡で見るわけです。秋で、冬が迫って寒くなる頃でした。スチーム暖房機の気流のせいで大事な試料が空中に舞っていってしまった。「あー、大変なことになった・・・」と思いまして(笑)。これを何とか取ろうとして、ピンセットをもってジャンプしたら、何と、これがつかめたんです。この試料が、まさにCNTが鉄で成長する発生メカニズムを発見したサンプルでした。これはフランスの研究室で、語り草になっています。 結局、私が発見した「成長モデル」とは、ナノサイズの鉄の触媒粒子がサンドペーパーの一部から供給されて、その触媒効果でCNTを成長させるというものです。ただし、茶色のサンドペーパーを最初から使ったというのは、たまたま偶然です。黒いサンドペーパーだったら?まさに、幸運の女神が微笑んでくれたのでしょうね。 この成果を持って、フランスから日本に帰りました。日本では大歓迎を受けるのですけど、これだけじゃダメでした。当時、この量産化したものを遠藤ファイバーと言っていたのですが、当時の値段でキロ15万円と非常に高い。企業からはこんなに高くてはダメだと言われ、米国へ持って行っても、例えばNASAも商業衛星の時代でコストを抑えなければ宇宙開発といえども難しい、モノはすごくおもしろいけど使えないと言われました。 そんなある時、秋でした。朝、東京の学会へ向かう列車の中で新聞を読んでいたら、インフルエンザの記事がありました。くしゃみをするとインフルエンザウイルスは15メートル飛ぶと書いてありました。それからウィルスの大きさが100ナノメートルとありました。「待てよ。俺が作っている鉄の球は数〜数十ナノメータ。今は基板の上に鉄の触媒粒子をまいて作っているが、ウィルスのように浮かしてやってみてはどうか」と思いつきました。早速、夜、実験室に戻って実験してみたらこれがどんどんできる。これで浮いた触媒粒の方法で連続生産の可能性が拓かれ、一気に工業化に目途がつくようになりました。 『発見には幸運が必要であり、発明には知性が不可欠である』とゲーテは言っています。ちょっと頭を働かして、CNTを浮かしながら作る方法を思いつきました。この方法は1986年に特許を取り、1988年から量産が始まりました。この方法で量産されたいわゆる多層CNTが一番初めに応用されたのがリチウムイオン電池で、1991年頃のことでした。負極にはカーボンやグラファイトを使っているのですが、何度も充電放電を繰り返すと電極が傷みやすい。そこで負極の中に当時、言われた遠藤チューブを入れてみると性能が落ちなくなりました。携帯電話やノートPCが大発展し、そして家庭用ビデオカメラが手のひらサイズまで小さくなって、モバイル・エレクトロニクスが発展した要因には、エレクトロニクス自体のイノベーションと、さらにこのリチウムイオン電池(LIB)の成果も反映されているのです。今、世界中で十数億個程度のリチウムイオン電池がつくられており、携帯電話やノートパソコン等、いろいろなものに使われていますが、特に高性能LIBの多くにこのチューブが使用されています。また、世界で生産されているリチウム電池は日本発の技術で、その意味では、世界のモバイル・エレクトロニクスを支えていますのは日本発の技術であるとも言えます。それをさらに陰で支えているのが遠藤チューブなのです。 将来は燃料電池自動車、その前にハイブリッドやプラグイン自動車(注2)が主流になるかと思いますが、そのためには高性能電池が必須です。例えば、現在のガソリン・電気ハイブリッド自動車は、ガソリン自動車に比較して燃費効率が約20%向上している。プラグインにすれば更に10%程度上がると聞きます。その他、大工さんが工事で使うような電動ツールに、軽くてパワーのでるLIB電池がつけば格段に使いやすくなる。さらに、自動車バッテリーの鉛電池。自動車で最も古い技術の1つは鉛バッテリーで、世の中に出て120年以上も経っていますが、これまで約1世紀の間に性能は50%しか改善されていません。これにCNTを入れると、寿命性能が2倍になるのです。発展途上国のモータリゼーションで鉛電池のリサイクル性の確保がより重要になってきました。このCNTと鉛電池技術が注目されてきました。上高地のハイブリッドバスの鉛電池には、一部、遠藤チューブが使われています。上高地のきれいな空気を守るためで、そのハイブリッドバスには鉛電池の高性能化が欠かせないのです。 リチウム電池への応用の他、バドミントンのガットの中に入れたり、前述したようなカテーテルに用いたりと、スポーツ用品分野や医療技術分野へ応用しました。今、長野地域で信州大学が産学連携でやっているのは、マグネシウムやアルミニウムなどの低融点金属の中に入れて、複合材料を作る試みです。すると、プラスチックとほぼ同じ軽さで、強度の優れた複合金属になります。これは軽いので電子機器、飛行機、自動車に応用が期待されています。リサイクルもできるようになります。 さらに蛍光灯にも使えます。蛍光灯にはいま水銀を使っていますが、水銀を含まない新しい光源になります。その他、樹脂に入れると強くなる性質を使って、人間の髪の毛と同じ太さの歯車を作りました。 ところで、オリンピックの選手が走るスピードは、100m10秒くらいですから1秒に10m走ります。身長の約6〜7倍ほどです。競争馬の場合、1秒で体の長さの10倍ほどを走る。地上最速のチータは20倍走ります。ところが先程説明したナノサイズの鉄の球がCNTを成長させるスピードは、実に触媒自身の大きさの8000倍です。まさにナノのミラクルです。どういう現象でこんなふうに速く伸びて行くのか完全にはわかってはいませんが、この鉄のナノ触媒球を上手くコントロールできれば望む構造のもの、コンピュータのCPU用チューブなどが精密にできてくるのではないか、という可能性や夢があります。将来はCNTの電子回路ができ、Si素子より小さくて計算スピードも速くなる、なんて期待が拡がるのです。 1946年、世界最初のコンピュータ、エニヤックが生まれました。重さ30トン、消費電力140キロワットでした。これが過去60年間で能力的には100万倍になりました。これはノートパソコン1台にエニヤック100万台の能力が入っているということです。過去60年で100万倍だから、これから50年経ったらどうなるかというと、このまま小型化すれば、メガネの片側のレンズの中にこのノートパソコン50万台が入る計算になります。これが未来の技術なんですよ。これからは、こういうイノベーションを日本で起こさなければいけない。CNTは、これを可能にする有望な期待の材料の1つです。 Q. ところで、CNTの人体への影響の解明について、活動をされていらっしゃいますでしょうか。 A. 信州大学でやっております。信州大学発の手法が国際的にも認められ始めており、より簡便で正確な評価ができるようになってきました。CNTのような新しい材料で一番大事なことは、社会的合意を得て社会に広く貢献していくことです。具体的には、科学をわかりやすく人々に伝え、かつその正確な情報を正しく提供することです。人体への影響などについても最大限努力し全ての利害関係者が情報を共有し、社会的合意を得て社会に広げていくことです。それはまさに“利益と危険性”ですが、全ての利害関係者に両方とも正確に知らせることが特に重要です。例えば多層CNTについては、我々が米国のCDC,NIOSH,EPAという研究機関と共同で評価も行っています。日本でも先進的な国家研究プロジェクトが進められていますが、これにも大きな期待が持たれていますし、こういった研究こそ科学先進国日本の重要な世界貢献になります。 Q.将来的には国際標準となるのでしょうか。 A. 世界の国々や研究機関とも協力して、国際標準を確立していこうと思っています。今、研究者として材料を生み出すときには、その社会的影響について考えるのは当然の責務です。このように社会的影響をも含めたトータルな科学の発展は、日本でこそ高いレベルで推進できるはずです。こういったことは時間もお金もかかるのですが、日本のような技術先進国が世界に貢献するために非常に大事な分野だと思います。造るだけの“製品”から、しっかりとした理念や社会合意を確立した価値を持った“商品”を世界に提供できるのです。そして、かかる安全性も含めた基礎科学の充実と、イノベーティブな応用の開拓の両分野のバランスある発展こそ、かかる最先端分野に不可欠です。 Q. 話は変わりますが、先生の小さい頃は、どのようなお子さんだったのでしょうか? A. 虫が大の苦手でした。でも、植物は好きだったから、理科には興味がありましたね。最近言われていますように、私の場合は結構、田舎の農村体験 の中で“理科”が育まれて自身の科学観になったように思います。私の育った須坂は生糸の町で、繭から糸をとる中小工場が沢山あり、町のなかに糸繰りの湯気が立ち込めていました。ところがいつのまにかそういった工場や雰囲気がパタッとなくなって、電子の街に変わっていくわけです。同時に同級生がクラスから転校していなくなったり、新しい友達が東京から来たりと、街が大きく変化して行く時でした。 Q. 最後に、先生の夢をお聞きかせ下さい。 A. 僕は地方にどっぶりと漬かっています。地方というのはいろんな意味でかつての日本の発展を支えてきたのですが、その地方が今ちょっと困難な状況にあります。やはり、これからの日本にとっては、地域や地方を元気にすることが大事です。地域の子供たちに、自然豊かな中で発想力・創造力を培ってもらい、イノベーティブな科学や技術を生み出すような若者が地方から育って自らの故郷、地方を輝かせていただければいいと思います。私自身のキャッチフレーズは、「長野から世界に、世界から長野に」です。地方の活力の中心に大学が機能する時代です。地域社会との相互の共創で地方の活力を革新的に高めたい、グローバル化の時代、地方が元気になることに皆さんと協力して学の立場で微力ながらお役に立てればと思っています。 (注1)ファンデルワールス力・・・ 分子同士において働く電気的な引力。 |
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