1-4 「ゴミゼロ社会」「循環型社会」をめぐる情勢  ここでは、ゴミゼロ型・資源循環型技術研究イニシャティブ命名の背 景も含め、本分野の昨今の情勢について概観する。 2001 年5 月の小泉首相就任時の所信表明演説で、「廃棄物を大幅に低 減するために、ゴミゼロ作戦を提唱する。大都市圏をゴミゼロ型の都市 に再構築する構想について具体的検討を行う」と述べるなど、小泉内閣 は「ゴミゼロ」※ 8 をキーワードの一つとしてきた。  「ゴミゼロ」という用語の発祥の地は愛知県豊橋市と言われ、その歴 史は1975 年に遡る。当時は、ごみの散乱防止が重要な課題であり、ご みを捨てない、ごみを持ち帰るなどの運動が展開されてきた。1982 年 には、関東地方知事会空き缶対策推進委員会が5 月30 日を「ゴミゼロ の日」と定めている。これらの運動においても、環境美化の観点だけで なく、ごみを発生させないことの必要性は認識されていたが、資源とし ての意識は必ずしも明確ではなかった。「混ぜればごみ、分ければ資源」 というキャッチフレーズとともに、ごみの分別の必要性が強調されるの は、やや後の時期である。本書で扱う「ゴミゼロ」の一つの原点は、 1994 年に国連大学のパウリ学長が提唱したとされる「ゼロエミッショ ン」の概念であろう。これは、ある産業で発生した廃棄物を、他の産業 で利用し、全体としてごみをゼロに近づけることを主な狙いとしており、 我が国でもゼロエミッションをテーマとする文部省(当時)の研究プロ ジェクト※ 9 が1997 年度から2000 年度まで実施されている。  むろん、ごみ問題は、生活に密着した社会問題として、古くから認識 されてきた。1970 年代には、清掃工場のない杉並区からのごみの搬入 を江東区が阻止した、いわゆる「ごみ戦争」が起き、これが迷惑施設を なるべく他地域に依存しない「自区内処理の原則」につながったと考え られる。近年、ごみ問題が再び高い社会的関心を集めているが、これに はいくつかの異なる背景があると言えよう。  まず、埋め立て処分場からの浸出水による地下水汚染、ごみ焼却炉か ら発生するダイオキシンなど、廃棄物処理・処分施設に関する環境問題 に対する懸念があげられる。また、これら管理された施設に関する問題 に加え、不法投棄の問題も関心を喚起してきた一つの要因であり、その 代表的なものとして、瀬戸内海に浮かぶ豊島(てしま)における大規模 な産業廃棄物不法投棄事件※ 10 がある。一方、廃棄物処分施設の建設に 伴う自然破壊への懸念も重要な論点である。渡り鳥の渡来地である藤前 干潟への埋め立て処分場の立地計画は強い反対により撤回され、結果的 に、名古屋市におけるごみ減量化の施策へとつながった。  これら一連のごみの処理・処分の行き詰まりが、資源の循環的利用、 いわゆるリサイクルへの関心と必要性の高まりの重要な背景である。一 方、限りある資源の有効な利用という観点も、リサイクルのもう一つの 重要な背景である。使い捨て製品や使い捨て容器の氾濫、過剰包装とい った、いわゆる「大量生産・大量消費・大量廃棄型」の経済社会のあり 方に対する疑問は以前から呈せられていたが、地球環境問題の顕在化や、 リオデジャネイロでの地球サミット(1992 年)以降の「持続可能な発 展」という概念の普及によって、環境の有限性が改めて認識され、こう した生産・消費構造の転換の必要性が明確に行政レベルでも認識される に至った。  こうした情勢の中、循環型社会形成推進基本法が2000 年5 月に制定 されるなど、2000 年は循環型社会元年と呼ばれる。同基本法(枠組み 法)の下で、廃棄物処理法の改正、再生資源利用促進法の資源有効利用 促進法への拡充、個別リサイクル法の制定などが進められた。その後、 この基本法の下で、循環型社会形成推進基本計画の策定が環境省を中心 に進められ、2003 年3 月に閣議決定された。これに先立ち産業構造審 議会で行われた循環型経済の検討、2001 年秋の経済財政諮問会議専門 調査会における循環型経済社会に関する中間とりまとめなど、政府レベ ルにおいても、いくつかの互いに関連する検討が並行して進められてき た。また、2000 年度、2001 年度には、循環型経済社会の構築に関する 調査研究が、ミレニアム・プロジェクト※ 11 として実施された。 これら一連の検討の中で、「循環型社会」像をめぐる議論もかなりの 広がりを見せている。 法で定められた「循環型社会」の定義に従えば、「循環」とは処理・ 処分すべきごみの削減や資源の有効利用など、経済社会の内部における 物的資源に主眼をおくことになる。しかし、「循環」という用語は、自 然界の物質循環も含みうる語感をもつこと、環境基本法や環境基本計画 では、自然と人間活動との間での「循環」を視野に収めていることから、 時には、水の循環など、環境の他の要素が強調される。一方、経済社会 の基盤となるエネルギー資源の問題も、物的資源循環とともに議論され ることの多い対象である。また、再生可能資源であるバイオマス※ 12 の 活用を、「循環型社会」という語に求める声も根強い。  ゴミゼロ型・資源循環型技術研究イニシャティブでは、これら「循環 型社会」という用語から想起される種々の課題のうち、狭義の循環型社 会、すなわち経済社会の下流で生じる「ごみ問題」に関連する問題を主 たる対象にしている。本書も、上述の概念の広がりを十分意識しつつも、 狭義の「循環型社会」を中心に扱っている。