2-1 循環型社会創造支援システム開発プログラム 2-1-1 「循環型社会」概念の広がり ○「循環」概念に対する認識の差異 「循環型社会」、あるいは環境問題における「循環」という概念につい て、さまざまな異なった解釈があることは否めない。当面の廃棄物問題 への対処の手段としてのリサイクル促進といった意味での循環と、地球 規模での資源・環境の有限性という制約下で、持続可能な経済社会に向 けて、生産・消費のあり方、さらには人間活動と自然環境との関係のあ り方を見直そうとする際の拠り所としての循環とは、かなり意味が異な る。循環型社会という言葉が広まるにつれ、こうした認識の差異がより 顕在化し、循環型社会形成推進基本計画の策定過程で行われた意見募集 (パブリックコメント)においても、多様な意見が寄せられている。ま た、専門家の間でも用語の定義の曖昧さや用語の氾濫を懸念する声が少 なくない(例えば田中(2000)、武田(2001)、伊藤(2004))。 これらいわば「狭義の循環」と「広義の循環」とが、必ずしも矛盾す るわけではないが、技術開発の方向性や経済社会のあり方を考える上で は、さまざまな主張の相違点がどこにあるのかを理解しておくことが重 要である。そこで、より広い概念による「循環型社会」が論じられてき た背景にも触れながら、認識の相違点の整理が試みられつつある。 ○「循環型社会」の法的定義 2000 年6 月に制定された循環型社会形成推進基本法(循環基本法) の第2 条において、「『循環型社会』とは、製品等が廃棄物等になること が抑制され、並びに製品等が循環資源となった場合においてはこれにつ いて適正に循環的な利用が行われることが促進され、及び循環的な利用 が行われない循環資源については適正な処分が確保され、もって天然資 源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される社会を言う」 と定義されている。 循環基本法の立法当時、「循環型社会」という概念に含めるべき問題 の範囲について、さまざまな議論が行われている。例えば、公明党案で は、「自然の循環」が重視され、自然エネルギーの活用にも言及されて いた。こうした視点と比較して、循環基本法の定義は狭義であるが、そ の一つの理由として、上位法にあたる環境基本法が既にこうした広義の 循環を基本理念に取り入れており、それとの重複を避けたことがあげら れる。 ○認識の差異はなぜ生まれたか 我が国の環境政策において、「循環型社会」という用語が明示的に使 われるようになったのは、1990 年に環境庁企画調整局(当時)に「環 境保全のための循環型社会システム検討会」が設置され、その報告(環 境庁リサイクル研究会(1991))が公表されて以降である。この報告で は、廃棄より再使用・再生利用という、現在の循環基本法と同様の基本 原則を明示する一方で、「新たな資源の投入の抑制」や「自然生態系を 撹乱させないような排出物の量・質の管理」を謳い、廃棄物問題だけで なく環境問題を明示的に広く包含している。また、再三「自然生態系」 という用語を用いて、生態系における「循環」とのアナロジーを想起さ せつつ、科学と技術に高度に依存した経済社会と環境との関係のあり方 の見直しを強く示唆していた。さらに、従来の「物質的に豊かになり、 消費水準を上げることが、社会の発展である」との考えを根本的に改め る必要があるとし、「物質的水準の向上を目指して資源エネルギーの投 入を増やすのではなく、いかに自然・環境と人間が共生し、文化的精神 的に豊かな生活を送るかという方向に社会の価値の軸を変えていかねば ならないであろう。」と述べていた。 こうした考え方は、1987 年にWCED(環境と開発に関する世界委員 会、いわゆる「ブルントラント委員会」)および1992 年の国連環境開発 会議(UNCED)を経て広まった「持続可能な発展」という概念におい て、「何が真の発展か」が問い直されていることと軌を一にする。1993 年に制定された環境基本法自身には明示されていないが、同法に基づき 1994 年12 月に策定された環境基本計画では、その前文において、「物 質的豊かさの追求に重きを置くこれまでの考え方、大量生産・大量消 費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式は問い直されるべきである」 と述べていた。 このように、大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会のあり方を、 より持続可能なものに転換していくべきとの認識が示され、その到達点 として「循環型社会」という用語が使われていたといえる。その一方で、 循環基本法での定義が、廃棄物問題を中心とするこれより狭いものとな っていることが、今日の認識の差異の大きな原因と考えられる。 ○循環型社会のイメージ 循環基本法に基づき、循環型社会形成推進基本計画(循環基本計画) が2003 年3 月に閣議決定された※ 1。この計画では、循環型社会のイメ ージとして、「スローなライフスタイル」、「環境保全志向のものづく り・サービス提供」といった、暮らしやものづくりのあり方にも言及し ている。また、この計画は、2002 年のヨハネスブルグ・サミット実施 計画に基づき、「持続可能な生産・消費形態への転換を加速」するため の各国の計画としても位置付けられている。こうしたことから、循環基 本計画における循環型社会の認識は、循環基本法による定義よりも再び やや広義の内容を扱っている。 ○循環型「経済」社会という考え方 一方、経済産業大臣の諮問機関である産業構造審議会の地球環境部会、 廃棄物・リサイクル部会合同基本問題小委員会は1999 年7 月に「循環 経済ビジョン」をとりまとめていたが、内閣府経済財政諮問会議の下に 設けられた「循環型経済社会に関する専門調査会」は、2001 年11 月に 「ごみを資源・エネルギーに、環境にやさしく『美しい日本』を次世代 へ」と題する中間とりまとめを発表した。この報告の序文で、「循環型 経済社会とは、あらゆる分野で環境保全への対応が組み込まれ、資源・ エネルギーが無駄なく有効に活用される社会である。同時にそこでは、 環境を指向した新たな制度やルールが市場に組み込まれ、活発な技術革 新を伴い、広範な分野で市場と雇用の拡大が実現されていく社会である」 と定義されている。 また、基本理念においては、「今後人類が目指すべき方向は、これま でのような天然資源に大きく依存して大量に生産・消費し、大量の廃棄 物の発生と環境への負荷を容認してきた経済社会システムから、廃棄物 の発生が抑制され、資源やエネルギーとしての循環的利用が大きく促進 されることにより、環境に与える影響が最小化された経済社会システム への転換である」とされている。 この報告では、大量の天然資源の消費に警鐘を鳴らし、廃棄物の発生 抑制を謳う一方で、「資源やエネルギーとしての循環的利用が大きく促 進されること」として、エネルギーとしての循環的利用を明示している 点にも特徴が見られる。循環型社会像を、経済社会の内部における物的 資源の利用に限って論じる際、自然エネルギーやバイオマスエネルギー の扱い、資源の循環的利用における熱回収(いわゆるサーマルリサイク ル)の扱いにおいて、検討主体による相違がかなりみられる。このこと は、どのような技術が循環型社会にとって望ましいのか、という検討を 深める上で重要な点であるが、評価が定まりにくい状況にある。 ○循環型社会像の同床異夢 以上のように、「循環型社会」に関する各種の検討は、「大量生産・大 量消費・大量廃棄」型の経済社会からの転換の方向性を示そうとすると いう総論では一致しているが、その具体的方向性や手段の各論ではかな りの相違があり、橋本ら(2003)は同床異夢と表現している。高月 (2003)は、循環型社会は大量リサイクル社会を目指すのではないかと の懸念から、循環型社会ではなく持続可能な社会を目指すべきであると 論じている。「循環」は持続可能な社会への転換の一つの方法であり、 循環そのものが自己目的ではないことを指摘したものであろう。なお、 この点に関して、「循環型社会」という語には、Recycling-based Society という訳があてられてきたが、2003 年秋※ 2 以降、Sound Material-cycle Society という訳に変更されている。持続可能な発展と 矛盾しない形で、「経済社会内部における健全な物質循環を実現するた めの技術」が現時点で合意しうる、本イニシャティブの主たる対象範囲 と考えられる。 2-1-2 物質フロー分析と産業連関分析 ○工学と経済学の融合へ 循環型社会を狭義に捉えた場合、経済社会内部における物質循環が主 たる研究対象となることを2-1-1 で述べた。その代表的手法として、こ こでは物質フロー分析と産業連関分析を取り上げる。これらの手法の発 展にはいずれも長い歴史がある。最近、これらの手法に関する研究が活 発化しているのは、主に実証分析面での進歩と、物質循環と経済活動の 関わりの分析に対する社会・政策的必要性が増しているためである。ま た、これらは工学と経済学との接点・境界領域に位置するが、これらを 融合するような研究分野の活動が活発となっていることが、研究対象の 特徴をよく表している。 ○物質フロー分析とは 物質フロー分析(MFA : Material Flow Analysis)は、1970 年前後 から発展してきた手法である。その初期の成果として、Kneese ら (1970)による“Economics and the Environment ※ 3”が代表的なもの であり、我が国の環境経済学の解説書(例えば植田ら(1991))の中で も「物質代謝論アプローチ」として紹介されている。 MFA ※ 4 は、ある着目した系に投入される資源やエネルギーと、系 から産出される製品、副産物、廃棄物、汚染物質などについて、その総 量あるいはそこに含まれる特定の物質や元素の量、これらの収支バラン スを、体系的・定量的に把握する手法の総称であり、マテリアルバラン ス(物質収支)分析と呼ばれることもある(図2-1)。また、エネルギー を明示して、物質・エネルギーフロー解析と呼ばれることもある。ここ でいう物質、マテリアルとは、製品を作るための原材料や素材という意 味に限定したものではなく、「モノ」の総称であり、農林水産物、土砂 等の建設用材料、化石燃料、廃棄物などが全て含まれ、さらに酸素など の気体や水を含める場合もある。 MFA には、経済活動に伴うモノの出入りの総量をとらえることに主 眼をおくアプローチと、環境面で重要性の高い特定の物質についてより 詳細に分析するアプローチとに大別され、後者はとくにS F A (Substance Flow Analysis)と呼んで別に扱うことが多い。SFA では、 経済社会内部での物質循環だけでなく、環境中に放出された後の挙動も 研究対象とされることがあり、環境運命予測分析(Environmental Fate Analysis)研究との接点にある。一方、MFA については、自然環境か ら経済社会への資源の投入と、経済社会から自然環境への汚染物質など の排出の両方の断面で、自然環境と経済社会との接点での物質フローを とらえるとともに、経済社会内部での主体間の物質フローの把握、分析 が研究対象となっている。 ○我が国がリードする物質フロー分析 最近、活発な研究が行われている対象の一つに、国全体を対象とした MFA があげられる。日米欧5 カ国(第1 期は4 カ国)が参加して行わ れた、MFA に基づく指標の国際比較研究(Adriaanse ら(1997)、 Mathews ら(2000))が世界資源研究所から出版された後、欧州を中心 に多くの国で国レベルのMFA の構築とこれに基づく指標の算定が行わ れてきた。欧州委員会統計局(EUROSTAT)は国レベルのMFA に関 する手法マニュアル(EUROSTAT(2001))を発行し、OECD におけ る持続可能な発展の指標や環境指標などの一連の指標開発作業において も、MFA を利用した指標が採用されつつある。これらは、少ない資源 で大きな豊かさを得ようとする「資源生産性」の考え方や、これを飛躍 的に高めようとするファクターX の提案(シュミット= ブレーク (1997)、ワイツゼッカーら(1998))の流れを汲むものでもある。 こうした国際的動向に呼応して、国立環境研究所が上記の日米欧の国 際比較研究に参加するなど、国内でも多くの研究が行われている。物質 フロー分析に基づく「循環の指標」開発の研究は、2003 年3 月に閣議 決定された循環基本計画における物質フローに着目した数値目標づくり に反映されるなど、政策面での研究成果の活用も進んでいる(森口 (2003))。また、2003 年5 月のG8 環境大臣会合での提案に基づき、同 年11 月には、「物質フロー会計・資源生産性に関する国際専門家会合」 を環境省が東京で開催するなど、この分野での研究において我が国のリ ーダーシップが発揮されつつある※ 5。 ○産業連関分析とは 経済活動を構成するさまざまな産業は、相互に取引を行いながら財や サービスを生産する活動を営んでいる。これらの生産活動は、日々の暮 らしのための商品の消費や、道路や住宅の建設といった需要を満たすた めに行われている。産業連関分析(Input-Output Analysis。しばしば IO 分析と略記される)は、産業間の相互依存関係の記述に焦点をあて ながら、こうした生産と需要との関係を分析するための手法である。産 業連関分析の環境問題への応用は、1970 年代から数多く試みられてき ている。産業連関分析の考案者としてノーベル経済学賞を受賞したレオ ンチェフ自身も、生産活動に伴う大気汚染物質の排出についての分析を 行っている(Leontief(1972))。我が国では、1970 年代末に産業連関分 析を用いたエネルギー収支分析が行われ(例えば茅(1980))、その後 1990 年頃からCO2 ・温暖化問題への適用が盛んとなり、これと同時期 にLCA ※ 6 への利用が行われている。 また、1990 年代後半からは、廃棄物問題への適用が行われてきてお り、中村(2000)による廃棄物産業連関表が代表的な研究事例である。 廃棄物処理部門を取り出し、その生産に必要なエネルギーや資材を記述 する、という範囲においては、汚染防除部門を取り出した、Leontief (1973)による公害分析用産業連関表の試みと基本的枠組みは同じであ る。しかし、エンドオブパイプ※ 7 での廃棄物処理という枠から出て、 廃棄物のリサイクルを扱う場合には、分析の枠組みの理論的検討も含め た大きな見直しが必要となる。例えば、生産過程で生じる廃棄物につい て、従来から結合生産物や副産物として適用されてきた便宜的な扱いの 問題点を改善する必要があり、Kagawa ら(2002)はそのための新たな 枠組みを提案している。また、「廃棄物」の定義においては、有価物、 無価物の区別がしばしば論じられるが、その境目の不安定さを、産業連 関表にそのまま持ち込むことには多くの問題点がある。必然的に、有価 物のみしか扱わない従来の価格表示の産業連関表には限界があり、物量 産業連関表の併用などの拡張を行う必要がある。循環型社会の構築の支 援に向け、今後の研究の発展が待たれる分野である。 ○内包環境負荷 環境分野における産業連関分析の利用の大部分を占めるのが、内包環 境負荷の計算と、そのLCA への応用である。内包環境負荷は、財やサ ービスを1 単位生産するために直接・間接に発生した環境への負荷を指 す。内包環境負荷分析は、これまでに、温室効果ガス、大気汚染物質、 水質汚濁物質など、さまざまな分野への適用が試みられてきており、と くに、CO2 や大気汚染物質など、燃料の消費量に関連づけられる負荷に ついては研究・応用が進んでいる(例えばNansai ら(2003))。また国 立環境研究所(2003)は、産業部門別の廃棄物発生量推計データを用い て、産業廃棄物発生に関する内包環境負荷分析を行い、経済活動の需要 と産業廃棄物発生との関係について分析を行っている(図2-2)。その結 果から、家計消費支出が誘発する産業廃棄物の発生量が、家計が直接発 生する一般廃棄物をはるかに上回ること、最終処分量への寄与でみると、 建設活動需要に伴う量が大きな割合を占めることなどが読みとれる。 ○物量産業連関表 物量産業連関表(PIOT : Physical Intput-Output Tables)は、産業 連関表の部門間の取引を、貨幣価値ではなく、物量値で記帳したもので ある。ドイツ連邦統計局においてその実践が進められ(シュターマー (2000))、現在までにドイツ、デンマークなどで作成されている。PIOT は環境資源勘定における物量勘定の一つの到達点である。LCA などで 利用されてきた産業連関表の拡張は、環境から経済活動へ投入される資 源や経済活動から環境へ産出される排出物に関する物量値の記述の追加 に主眼があったが、PIOT では、経済活動部門間の物資の取引をも物量 値で記述する。これは、LCA などのミクロ分析において、プロセスを 出入りする物資をインベントリ分析によって記述することと同義であ る。PIOT では、有価物、無価物を問わず、産業間の物資の取引を記述 するため、資源循環の包括的な記述に適している。 ○地域・プロセス単位の分析 国全体・資源や廃棄物の総量を対象としたMFA や産業連関分析に加 え、地域単位での分析や、特定の資源種に着目した研究も盛んである。 谷川ら(1996)は北九州市を、藤江・後藤(1999)は愛知県を対象に MFA を実施し、都市や地域の特徴を明らかにしている※ 8。地域レベル では、建設原材料、有機性資源、有機性廃棄物などへの適用が盛んであ る。また、一連の「ゼロエミッション研究」において、物質フローの解 析について多くの事例研究が行われている。 ○隠れたフローとは MFA の国際共同研究で提起された課題として、「隠れた物質フロー」 の問題がある。隠れたフローとは、資源の採取時に、資源とともに地球 上から採取されながら、一度も経済活動に投入されることなく捨てられ るもの(例えば鉱物の採掘時に掘削される土砂や岩石など)を指す。通 常、これらは廃棄物としては意識されにくく、我が国の法律上も別の扱 いがなされているが、資源採掘という経済活動に伴って、不要な副産物 を環境中に排出している、という形態は、廃棄物発生と基本的に同じ構 造である。ここで指摘すべきことは、我が国への資源の輸入の背後に、 膨大な隠れた物質フローが潜んでいるという事実である(Moriguchi (1999))。とくに、非鉄金属鉱は採取時、製錬時に大量の隠れたフロー を伴う。非鉄金属は、国内での廃棄物処理量に占める割合は小さいが、 リサイクルが進むことで、天然資源利用に伴う隠れたフローの発生を大 きく削減できることから、隠れたフローを考慮に入れることは、循環的 利用を後押しする方向に働く。 一方、我が国から海外への工場移転も進みつつあるが、環境負荷の大 きい産業を国内から海外に移転した場合、我が国についての環境面の効 率は見かけ上向上するが、世界全体でみた場合、必ずしも環境負荷を減 らすようには働かない。こうした「リーケージ」※ 9 はCO2 排出につい てすでに指摘されているが、廃棄物発生についても同様の問題意識での 分析が必要であろう。 2-1-3 技術評価とライフサイクルアセスメント ○技術評価の2 つの視点 技術評価は、技術を新たに社会に導入するにあたり、安全性をはじめ とするさまざまな断面から事前評価を行おうとするものである。 ここでいう技術評価には、環境問題への対策そのものを目的とする技 術の評価と、それ以外の一般的な技術の、主に環境側面からの評価とが 含まれる。前者では、環境負荷の除去量あたりに要するコストやエネル ギー、副次的な環境負荷などが評価の対象となり、後者では、得られる 本来の生産物あたりに生じる環境負荷やエネルギー・資源の消費量がよ く議論される。汚染物質の後処理技術(エンドオブパイプ型技術)など は、前者に属するが、資源循環の技術は、多くの場合、前者と後者の両 方の性格を持っている。 ○期待されるライフサイクルアセスメント(LCA)研究 ごみの焼却、埋め立てやリサイクルなどの技術は、排ガスの浄化技術 や排水の処理技術などと同様に、本来は、環境への負荷を軽減するため の技術と位置付けられる。しかし、これらの技術を適用することにより、 新たな汚染物質が生成されたり、これらの技術によってエネルギーの消 費量が増えたりするなどのトレードオフ(二律背反)が生じる場合があ る。とくに、リサイクル技術については、無理なリサイクルがかえって 資源消費や環境への負荷を増やすことを懸念する声が大きく、客観的・ 科学的な評価の必要性が高まっている。そうした評価の手法として期待 されているのがライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment : LCA)である。 ○ LCA の基本的考え方 ISO14040(JIS Q 14040)によれば、LCA とは「製品システムのライ フサイクルを通した入力、出力、及び潜在的な環境影響のまとめ並びに 評価」と定義されている。LCA はもともとは製品を主な評価対象とし ており、製品が提供する「機能」あたりに生じる環境への影響を総合的 に評価する手法である。しかし、対象は必ずしも製品に限られることは なく、機能を提供するという共通性から、サービスにも適用することが できる。製品と比べて、ライフサイクル(ゆりかごから墓場まで、と称 される)が定義しにくいことがやや難点であるが、ある機能を提供する ため直接的間接的に必要となる活動を通じた環境への影響を評価する点 は同じである。 LCA では、ライフサイクルを構成するプロセスごとに、環境からの 入力(資源・エネルギー)、環境への出力(温室効果ガスや大気汚染物 質、有害化学物質など)を分析(これをインベントリ分析と呼ぶ)する とともに、これらの入出力が環境に与える影響を評価する(このプロセ スをLCIA : Life Cycle Impact Assessment と呼ぶ)。こうした数量的 分析を行う前に、何のためにLCA を行うのか、どのような範囲を対象 にするのかを明確にすること(目的と範囲の設定)や、結果を的確に解 釈することもLCA の重要な要素である。 ○ LCA 研究の広がり ごみ処理技術や資源循環技術とLCA との関わり方は2 種類に大別さ れる。一つは処理またはリサイクルされる製品を対象としたLCA であ り、もう一つはごみ処理技術やリサイクル技術(正確に言えばこれらの 技術が提供するサービス)を対象としたLCA である。製品を対象とし た場合、その廃棄・リサイクルプロセスは、「ゆりかごから墓場まで」 と称されるLCA において「墓場」に相当する。飲料容器は、初期から LCA の適用対象としてよく取り上げられてきた。これはその多くが使 い捨てであり、廃棄段階がライフサイクルに占める意味が大きいためで ある。しかし、一般の製品については、ライフサイクル全体からみれば、 廃棄段階はごく一部分であり、その重要性は認識されながらもデータ取 得の困難さや手法面で客観的には判断できない点を含むなどの状況か ら、十分に評価されてきたとはいえない面がある。一方、ごみ処理技術 やリサイクル技術を対象としたLCA 研究も、近年、取り組みが盛んに なっている。 ごみ処理やリサイクルに関するLCA の研究事例はかなりの数にのぼ り、この分野特有の問題点の整理や研究レビューも発表されている(た とえば寺園(1998)、稲葉(2003)、橋本(2004))。地方自治体が行う一 般廃棄物処理を対象とした研究に限っても、可燃ごみの焼却・エネルギ ー回収技術、焼却灰・飛灰の減容化・無害化・リサイクル技術、容器包 装のリサイクル技術・システム、厨芥、紙くず、木くずなどのリサイク ル技術・システム、収集運搬、広域化を含む一般廃棄物管理全般などに ついての事例研究が行われてきている。また、リサイクル技術・リサイ クルシステムに関する事例研究では、一般廃棄物全般に関するもの、容 器包装プラスチックに関するもの、有機性廃棄物に関するものが多い。 ○どのリサイクル手法が望ましいか 循環基本法では、循環的利用の優先順位を定めており、再生利用が熱 回収に優先することが定められている。容器包装リサイクル法において も、プラスチック製容器包装のリサイクル技術として、樹脂のまま再成 型することによりペレットなどのプラスチック原料や製品に戻すマテリ アルリサイクル、プラスチックを化学原料や燃料に戻すケミカルリサイ クルが推奨され、燃焼による熱回収・発電(サーマルリサイクル)は現 時点では再商品化事業としての参入が認められていない。マテリアルリ サイクルとサーマルリサイクルとの間での優劣は、LCA の適用による 判断を求められる典型的なケースである。 マテリアルリサイクルのコストが高いことから、これがエネルギー消 費や環境負荷の高さを表わしており、それゆえこの種のリサイクルが環 境にもよくないとの論もあるが、これは、やや短絡的な見方であろう。 リサイクル技術は未成熟・発展途上の分野であり、現在のコストや、エ ネルギー消費、環境負荷をもって安易に評価を下すべきでないとする考 えも強い。ライフサイクルアセスメントの適用においても、発展途上の 技術を断罪するような適用方法は避けるべきとされている。その一方で、 ライフサイクル的思考を適用すれば、明らかに成立し難いと容易に判断 できる技術もある。より広い評価範囲(システム境界)を対象とした上 で、客観的な評価の材料をそろえていくことが、社会的な影響の大きい 場面でのLCA の利用には不可欠である。 2-1-4 循環型社会実現への制度と手段 ○社会科学系研究の重要性 ゴミゼロ型・資源循環型技術研究イニシャティブ※ 10 は、他の多くの 研究開発と同様に、理工学的なアプローチが主体である。しかし、環境 問題では、いわゆる「理系」の学術・研究だけではなく、社会科学・人 文科学すなわち「文系」の学術・研究が重要な役割を果たす。本イニシ ャティブ、とくに「循環型社会創造支援システム開発プログラム」では、 そのことが強く意識されている。しかし、この分野でとりわけ社会科学 が重要であるのに対して、これまでの研究への取り組みが不十分である ことが、イニシャティブ会合でも度々指摘されてきている。イニシャテ ィブでレビューされてきた研究開発の担い手である旧国立試験研究機関 では、一部の例外を除き、専ら理系の研究がなされ、法制度や経済的手 段、政策研究などが行われることは稀である。 法制度、政策分野の研究は、各府省の本省部門ないし本省に近い政策 研究所や、大学において別途実施されてきていると考えられる。これら は総合科学技術会議のイニシャティブ会合では報告されておらず、これ まで報告されてきた理工系中心の現実の取り組みと、社会科学分野での 研究への期待とのギャップが生じる一因となっていると考えられる。さ らに言えば、「科学技術」という用語自身がやや理系偏重であり、環境 問題のような、実社会での問題解決に必要な学問領域を十分にはカバー していないことが背景にある。 こうしたことから、イニシャティブに登録されている関係機関の取り 組みだけでは、本節の情報源として不十分である。この分野に関しては、 テキストとなるような解説書(例えば、細田・室田編(2003))が情報 源となるほか、環境経済・政策学会、廃棄物学会などで活発に研究が展 開されている。 これまでに検討対象とされてきた主な制度、手段として以下のような 分野があげられる。 ・自治体によるごみ収集料金の有料化とその効果 ・自治体による廃棄物処理へのPFI ※ 11 の導入 ・デポジット・リファンド制度 ・拡大生産者責任 ・廃棄物税、とくに産業廃棄物税 ・政策の事前、事後評価 ・製品情報(環境ラベルなど)の提供 ・グリーン購入、グリーン調達制度 ○拡大生産者責任(EPR)という考え方 これまで、廃棄物の処理責任は、排出者にあったが、廃棄物となる製 品の生産者など、より上流側に求めるのが、拡大生産者責任(EPR : Extended Producer Responsibility)※ 12 の考え方である。EPR はスウ ェーデンで提唱され、OECD で検討が重ねられ、普及が図られてきた 概念である。EPR の効果として、処理困難な製品を作らないこと、リ サイクルや適正な処理が行いやすい製品設計が行われることなど、最下 流の問題が、上流側産業での設計や材料選択に適切にフィードバックさ れることを狙っている。「拡大」とされるのは、従来、生産者の責任は 生産段階と消費段階までであったのが、使用済みになった段階まで「拡 大」されたことを意味する。EPR の和訳に含まれる「責任」という語 の語感から、生産者の法的責任や費用負担の責任を厳しく問う考え方も あるが、環境配慮設計(DfE)※ 13 などの技術が、製品生産者により的 確に採用されることを後押しすることの意義も大きい。すなわち、廃棄 物の処理コストを誰が負担するかだけではなく、外部費用を含めた全体 のコストをいかに下げるかが本質である。 2-1-5 市民の意識・行動を分析する 2-1-1 に述べたように、現在描かれている循環型経済社会のイメージ の中には、市民のライフスタイルや多様な主体の間でのパートナーシッ プといった、「ひとびとの意識や行動」に触れているものが少なからず 含まれている。そこで、いわゆる理系の科学・技術や、2-1-4 で述べた 経済学、法学、政策学といった分野に加え、こうした側面に切り込むた めの研究も必要とされる。しかし、この分野も、前節と同様、イニシャ ティブへの登録課題※ 14 においては取り組みの少ない分野である。 ○意識調査研究の経緯 環境問題に関する意識や行動についての研究は、比較的古くから行わ れてきており、ごみ問題に関しても、包装、分別収集、有料化などに関 する意識調査が報告されてきた。また、国際比較研究として、IHDP (International Human Dimension Program)の下での国際共同研究 (GOES : The Global Environmental Survey)も実施されてきた (Ester ら(2003))。 行政調査としても、内閣府(旧総理府)が、環境問題に関連する世論 調査を実施してきている。1970 年代後半には既に公害に関する世論調 査や省エネルギー・省資源に関する世論調査が行われ、1984 年調査で は、問題の多様化を受けて「環境問題に関する世論調査」の名称で実施 されている。以後、少なくとも2 〜 3 年に1 度の頻度で、環境問題、公 害問題に関する調査が継続的に組まれている。1988 年には、ごみ処理 に関する世論調査、環境活動に関する世論調査が実施されている。地球 環境とライフスタイル(1998 年)、地球温暖化防止とライフスタイル (2001 年)のように、ライフスタイルに関する調査は、これまでのとこ ろ、主に地球温暖化防止や省エネルギーとの関連で実施されている。 また、2001 年には、「循環型社会の形成に関する世論調査」が実施さ れている。 ○消費パターンと環境 消費パターンと環境負荷の関わりについては、エネルギー消費量や CO2 排出量を対象として、家計が消費するどのような財やサービスが環 境負荷を誘発するかの分析が多く行われてきている。データの制約が解 消されれば、廃棄物についても同種の研究が進むことが期待される。ま た、最近、「持続可能な消費(Sustainable Consumption)」をテーマに 掲げたUNEP(国連環境計画)のプロジェクトが実施されており、我 が国では、産業技術総合研究所ライフサイクルアセスメント研究センタ ーが中心となって研究を展開している。 ○注目される合意形成研究 欧米諸国との比較において、我が国では公共事業などの分野での「意 思決定の透明性」が不足しており、このことが政治・行政に対する不信 感や無関心につながっているとの指摘がある。そこで、最近我が国で注 目を集めているのが、合意形成や意思決定の方法、とくに参加型の手法 に関する調査研究である。これには、「ステークホルダー会議」や「コ ンセンサス会議」などがあげられる。ステークホルダーは「利害関係者」 と訳されることが多いが、この堅い訳語よりは「当事者」、「関係者」と いった意味がより適切であろう。コンセンサス会議は、テクノロジー・ アセスメント(新しい技術を社会に導入する前に行う事前評価)の一つ の方式としてデンマークで生まれたもので、環境問題への適用例も見ら れる。ただし、我が国では、依然として官の決定と反対運動という図式 が支配的であり、多様な意見をくみ上げた参加型の計画プロセスを、研 究段階、試行段階から本格実施に移しているとは言い難い。本イニシャ ティブの分野に直接関係するものとして、科学技術振興調整費の社会技 術研究により「市民参加による循環型社会の創生に関する研究」が現在 実施されており(柳下(2003))、その成果が待たれる。 【参考文献】 ・伊藤秀章,2004 :廃棄物処理・管理の地域性とグローバル性のはざ まで,廃棄物学会誌,15(1),1-3. ・稲葉陸太,2003 :リサイクルに関するLCA 研究の整理,廃棄物学会 誌,14(6),321-332. ・植田和弘・落合仁司・北畠佳房・寺西俊一,1991 :環境経済学,有 斐閣ブックス,258p. ・茅陽一編著,1980 :エネルギー・アナリシス,電力新報社,294p. ・環境庁リサイクル研究会編,1991 :リサイクル新時代,中央法規, 159p. ・国立環境研究所,2003 :循環型社会形成推進・廃棄物管理に関する 調査・研究(中間報告),SR-60-2003. ・C. シュターマー編著(良永康平訳),2000 :環境の経済計算 ドイ ツにおける新展開,ミネルヴァ書房,264p. ・シュミット=ブレーク(佐々木健訳),1997 :ファクター10 エコ効 率革命を実現する,シュプリンガー・フェアラーク東京,373p. ・高月紘,2003 :「循環」から「持続」へ,廃棄物学会誌,14(1),1- 2. ・武田信生,2001 :ダイオキシン問題の経験−そして21 世紀は−,廃 棄物学会誌,12(6),327-328. ・田中信壽,2000 :廃棄物学の知の集積と技術・知恵の体系化をめざ して次の10 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