コラム:経済学・政策科学からみたゴミゼロ・資源循環 生産活動にしろ消費活動にしろ、経済活動からは必ず残余物が生産さ れる。この残余物に十分な需要があり、プラスの価格のもとで需給のバ ランスが保たれる場合、それは資源とみなされる。鉄スクラップも新聞 古紙も資源である。この2 つが有効に使われなければ、棒鋼・H 型鋼 や紙の価格は今よりも高くなってしまうだろう。 しかし、今から数年前、古紙に対する需給バランスが崩れ、古紙価格 が暴落したことは記憶に新しい。このとき、せっかく集めた古紙が清掃 工場で焼却されるというようなことが起きた。資源のつもりで回収した ものが、市場で資源として評価されなかったのである。その結果、古紙 は逆有償※ 15 となり、廃棄物として処理されることになった。 別に古紙の性質が変わったわけではない。相変わらず同じ繊維が新聞 古紙やダンボール古紙に含まれていた。物理的な意味で資源の性質は変 わらないが、十分な需要がないため潜在的な資源の性質が経済活動の中 で実現しなかったのである。このようにあるモノが資源(有価物)とな るか廃棄物(逆有償物)となるかは、市場における需給バランスによっ て最終的に決まる。物理的属性はモノに潜在資源性という性質を与える のみなのであって、それだけでは資源性が顕在化することを意味しない。 * 経済活動から出るほとんどの残余物には潜在資源価値がある。しかし ながらこの価値を実現するためには費用がかかるのであり、その費用が 潜在資源価値より大きい場合にはモノは資源として市場で取引されるこ となく廃棄され、最終的には埋め立てられる。ここで注意しなければな らないことは、埋め立て処分するにも資源が必要であり、費用がかかる ということである。モノを廃棄物として埋め立て処分するためには、最 終処分場という土地を資源として投入しなければならない。 現在、埋め立てのための最終処分場は枯渇し始めている。新たな最終 処分場を建設することは、難しい状態である。また一度埋め立てた処分 場をもう一度使うことは事実上できない※ 16。また埋め立て空間を増加 させることもできない。いわば、最終処分場は枯渇性の資源といっても 良い。最終処分場が枯渇しつつある現在、埋め立て処分費用は急上昇し ている。このことによって、残余物の潜在資源価値を実現する費用は相 対的に低下している。 従って残余物の再生資源化は進展しそうなのだが、なかなか困難であ る。いくつか理由がある。その第一は、残余物のフローは不透明なこと によって不適正な処理ルートに流れたり不法投棄されたりするため、真 の費用が取引に反映されないことである。第二は、適正処理・再資源化 の費用を考えることなく製品作りを行ったため、潜在資源価値の顕在化 に大きな費用がかかるということである。第三は、残余物を分別回収・ 運搬し、適正処理・再資源化するためのインフラストラクチュアが未整 備であるということである。 * 残余物を廃棄物にしないためには、2 つの方法がある。発生抑制と排 出抑制である。前者は、製品が長寿命化することなどによって、あるい は脱物質化※ 17 することによって、もともと廃棄物が発生しないように することを意味する。後者は、残余物が排出された場合、再利用や再資 源化によって、潜在資源価値を有効に実現することである。いずれにせ よ、従来型の排出者責任※ 18 の考え方だけでは、促進することはできな い。廃棄の費用が経済取引、とりわけ取引の上流部に伝わらなければ発 生・排出抑制は困難である。 この困難性を打破するために考えられた政策概念が拡大生産者責任 (EPR : Extended Producer Responsibility)である。拡大生産者責任 とは、製品の使用後の段階にまで生産者の物理的・財政的責任が拡張さ れるという政策概念のことである。この措置によって廃棄の費用が経済 取引の中に反映され、生産者には廃棄の費用を小さくしようとする動機 が生じる。さらに、設計の段階で環境負荷を小さくしようとする動きも 出てきる。このような設計を環境配慮設計( DfE : Design for Environment)と呼ぶ。 * 拡大生産者責任が経済に行き渡ると、最終処分場を枯渇性資源として 認識し、処分場を節約的に利用しようとする動機が各経済主体に生じる。 最終処分場はやがてはなくなるから、将来はゼロエミッションに近い状 態になるだろう。もちろん、そう言ってもほとんど潜在資源価値のない 少量の残余物が残るから、少しは最終処分場での処理があるかもしれな いが、その量は現在の埋め立て量をはるかに下回るものとならざるを得 ない。 さて、このように埋め立て処分量をより小さくして、残余物を再資源 化するためには、制度の整備が必要である。拡大生産者責任といっても、 産業構造、製品の性質、地域性などによって適用の仕方が異なる。使用 済み自動車と使用済みパソコンとでは、再資源化の方法も取引形態も異 なり、資源循環のための制度も異なるはずである。従って、発生抑制を 促し、排出された残余物については循環利用する場合、それぞれの製品 に適合した制度を設計する必要がある。 * 残念ながら、これまでの廃棄物行政の基底にあった発想は、排出され たものをいかに衛生の観点から処理・処分するかというものであった。 資源を循環させるという観点から法整備されていなかったのである。確 かに、循環型社会形成推進基本法や、資源有効利用促進法、そしてその 他の個別リサイクル法ができ、形の上では資源循環の制度ができたよう に見える。しかし、相変わらず不法投棄、不適正処理、不法輸出が絶え ないのが現状である。法律が整備されても、それが経済の中で適正に実 施されないと意味がない。 今後、拡大生産者責任の徹底を基盤にして、循環型社会の構築を図る には、企業をはじめとする経済主体の積極的な参画が必要である。今そ のような制度をしっかり作っておかないと、ツケは将来に回ってくる。 逆に今制度作りをしておけば、21 世紀の経済を我が国がリードするこ とになる。グリーン・キャピタリズム※ 19 が成功するかどうか、それは 今どういう制度作りをするかにかかっている。