2-5 横断的に見た資源循環システム  第2部のこれまでの章では、循環型社会構築に関する3 R活動を中心 に、特に制度的対応と各種技術分野・処理対象物における対応の現状を 紹介し、それに対する評価を行ってきた。こうした活動の延長線上に、 我々は従来型でない新たな持続的な社会を実現する必要がある。本章で は、こうした視点から、各分野・対象物に共通する、より精緻な資源循 環システム(2-5-1)と有害化学物質制御(2-5-2)のあり方・考え方を述 べ、近未来にあるべき循環システムの一例としてバイオマス利用(2-5-3) を取り上げ、それを含む総合的な低環境負荷型循環システムの地域モデ ル(2-5-4)を紹介する。 2-5-1 より高度な資源循環システムに向けて 我々人間は、経済的な方策以外の資源利用のルールを知らない。それ は過去においては止むなしとも言えたが、地球規模での資源枯渇や資源 多消費に伴う環境破壊が認識される今、資源利用のルール作りの重要性 は益々その度合いを増していると言わざるを得ない。いかなるルールを 作り上げるべきか、この問いは資源とは何か、環境破壊とは何か、そし て、ものの価値とは何かを問うことほぼ同義であり、そのコンセンサス を得るにはまだ多くの時間が必要であろう。しかし、我々はその歩みの 第一歩を早急に始めなければならない。この問いに答える一助として、 LCA 的な手法の導入は不可欠であるが、問題はそのLCA においていか なる境界条件を設定すべきか、また特に最も困難なLCIA ※ 51 をどのよ うに構築するかにも掛かっている。物質・エネルギーの使用量で測るこ とはもちろん重要であるが、その質の問題にまでも踏み込んだより精緻 な解析が望まれる。 ○物質の質的変化をとらえる  図2-21 は、狭義の「資源」が生産工程を経て「製品」へと転換され る過程を概念的に示している。生産工程への投入はまず「資源」から始 まる。ここでは、各工程の途中に導入されるすべての資源をi = 0 の段 階に集約している。ある工程i 〜 i + 1 に注目してみよう。消費された 「資源的価値」はその一部が「製品的価値」に転換されるが、残りは 「無駄」として系外に排出される。例えば、自動車生産工程のひとつで ある製鉄(鉄の還元)を見てみよう。鉄酸化物と脈石で構成される鉄鉱 石が還元されて鉄が製造される工程である。鉄酸化物がより純度の高い 鉄に転換されるのであるから、そこでは物としての質は高まっている。 しかし、この還元反応は鉄酸化物があるだけでは進行しない。質の高い 原料であるところの還元剤としてのコークスが、またその反応を促進さ せるための石油・石炭等の燃料が必要である。それらは反応後には、二 酸化炭素・水蒸気・低温廃熱等の質の低い物質・エネルギーへと姿を変 えて系外に放出される。すなわち、鉄という質の高い素材を作るには、 比較的質の高い還元剤や燃料の導入が必要であり、それらが質の低い物 質・エネルギーとなるという犠牲が必要である。そして反応にかかわる 物質・エネルギーのすべてを含めて考えれば、この還元反応後の系全体 の質は反応前に比べて低下しているのである。その低下分が図2-21 で 言うところの「無駄」に相当する。製品ができるまでに物質・エネルギ ーがどれだけ無駄なく「製品的価値」に転換されたか(図2-21 のα) が製品製造全体の効率と言うことができる。この質の高度化をサイエン スの立場で見れば、「ある成分の高濃度化」、「ミクロ・マクロ両面での 高配列化」※ 52 と言うこともでき、その定量化指標としてエントロピー 概念を導入することなども行われている。「生産」の各工程におけるこ うした質の変化を定量的にとらえることも、より高精度の資源利用のル ールを作り出すためには必要であろう。物質・エネルギーが保存されて も資源が枯渇するのは、こうした概念の導入によって初めて説明される。  このことを資源循環の視点から見ると、図2-22 のような資源循環シ ステムの概念図が描かれる(大和田(2002))。  相対的に質の低い「資源」からの「製品」の生産は、前述したように、 その工程内に質の高い別の「資源(New Feed)」が投入され、それら がオリジナルの「資源」と反応して、より質の低い物質・エネルギー (Final Waste)として排出されるという犠牲の下に成り立っている。従 って、資源の枯渇とは、そうした質の高い「資源(New Feed)」の枯 渇を意味しており、それによって排出される「廃棄物(Final Waste)」 が環境問題の原因となる。また、工程から系外に排出される低質の物 質・エネルギー(Δ S)は、「環境破壊ポテンシャル」とも呼ぶべきも のであり、短期間に大量に排出されれば、物質を問わずそれは潜在的な 環境破壊状態を作り出す可能性を持っている。過去に遡れば、フロン、 ダイオキシンを含む環境ホルモン類、そして二酸化炭素等がその例であ り、激しすぎる(速度の大き過ぎる)拡散は、いかなる成分と言えども 環境破壊に結びつく可能性を持っていると言ってよいだろう。 ○社会のなかで物質をデザインする 物質の質の変化を社会システムの中で考えてみよう。図2-23 に示す ように、狭義の「資源」が次第に質を高めて「製品」となる。それを消 費したのちには、製品・部品・素材・原料・資源(狭義)のそれぞれの 段階でフィードバック・ループが考えられ、それぞれを最適化するため のデザインが必要となる。例えば、「資源デザイン」とは、地球に存在 する各種資源の埋蔵量を正確に把握し、それに応じたバランスのよい資 源利用構造を提案する、あるいは、より抜本的な対策として、再生可能 な代替資源の利用可能性を論ずることなどである。「製品デザイン」は、 そうしたいずれの段階でのデザインをも統合する形で行われるべきであ り、技術的なアプローチだけでなく、それを推進するための経済的・法 的措置も必要となる。また、各種物流に関する情報ネットワークの形成 にはロジスティックスの確立、IT の効果的利用が大きな肝要であるこ とも明らかである。各段階のデザインそしてそれらを統合化すべき「製 品デザイン」の構築には自然科学の知識だけでなく、こうしたすべての 分野の英知を結集させる必要がある。例えば、環境影響評価法として先 に述べたLCA、LCIA についても、それを単に自然科学的な側面だけ から見るのでなく、各種化学物質に関する排出基準と現状とを比較して その深刻さを定量化する指標(JEPIX 等)の利用、WTP(Willingness to pay)を算出するための仮想評価法(CVM : Contingent Valuation Method)の導入など、人間の価値観を反映した手法の開発も盛んであ る。現在の自由主義社会においては、各種判断が正しいと結論される唯 一の解は住民の合意によるものとも言える。ただし、環境問題に関して 自然科学的・客観的な解を得るべく努力してゆくことは、人類の英知に こそ求められるべきものであり、決してこの努力を怠ってはならないこ ともまた道理である。 ○ IPAT 等式とは 人類の直面する3 大問題として、人口・資源・環境があげられている。 この3 者は互いにリンクする重大問題であり、IPAT 等式なるものも提 出されている。すなわち、 I = P ・A ・T I :環境影響(Impact) P :人口(Population) A :物質的な豊かさ(Affiliation) T :技術レベルの低さ(Technology) である。もちろん、人類としての目標は、ベネフィット最大化・ストレ ス最小化すなわち「幸福」であるが、それを担保するための前提条件と して、資源循環型の持続的社会の構築がある。一方、環境破壊は人類に よって引き起こされるから、その活動のP ・A ・T がそれぞれ環境影 響、I に比例する形で掛かってくるので、各項目についての広範にわた る検討が必要となる。ここに、P が南側諸国、A が西側諸国、T が旧東 側諸国の抱える主たる問題であり、地域によって改善の力点が異なるこ とにも注意が必要である。 ここでは、例としてT(Technology)について考えてみよう。技術 レベルの高低は、端的に言うと、少なくともこれまでは、物質・エネル ギー効率と時間効率の高さの度合いにあると言ってよい。多くの環境効 率指標が(サービス)/(投入物質・エネルギー)の最大化を目的とし ていることを考えても、物質・エネルギー効率の向上を悪とする意見は ないだろう。しかし、時間効率の向上についてはどうだろうか? 20 世 紀の技術開発の多くはこの向上を目指してきたとも言える。しかし一方 で、どのような環境変化も、その速度が遅ければそれを環境破壊とは呼 ばないが、わずかの変化でもそれが短期間に起これば局所的な環境破壊 が生じる可能性を持っている。環境問題の本質は人為的に環境に加えら れる変化速度の大小なのである。環境調和型技術開発の促進とは、単に 有害物不使用の問題ではなく、こうした時間効率の低下問題にも発展す ることを我々は覚悟する必要があろう。 2-5-2 化学物質制御を循環システムから考える 循環型社会における化学物質の動きがどうなるか、良かれと思って進 める物質循環が逆にヒトや生物の健康に悪影響を及ぼすことはないの か、といった心配は循環型社会を構想していくときに避けて通れない課 題である。過去の長きにわたって、良かれと思って使用してきた化学物 質の悪影響に気付き、その対処に何十年も要している例を我々は経験し てきている。その一つの例がPCB である。そして、1999 年上半期に起 こったベルギー産食肉・鶏卵のPCB 汚染は、汚染原因が廃食油のリサ イクル過程でPCB 油が混入した可能性が強く示唆されていることから、 循環型社会の化学物質問題として大きな課題を我々に突きつけていると 言える。化学物質の適切な利用という視点に加えて、循環型社会におけ る化学物質とのつき合い方は、より複層的に頭を巡らさねばならないこ ととなる。つまり、環境での動きを頭において、循環に関連する発生源 からの排出や移動を抑制し、過去の負の遺産対策を含めて有効な対策を 講じていかねばならない。対策を講じる経済的余裕がないなどの状況で も、次善の対策として取りうる予防的対処方策も重要になってこよう。 こうした循環型社会における化学物質の課題と方策について、とくにシ ステムの視点から重要なポイントを紹介する。 ○残留性有機汚染物質に挑む  まず、重要なことは地球規模でさまざまな環境媒体に残留性有機汚染 物質(POPs)が検出されていること、なかでも北極、南極といった極 地にまで移動、濃縮していくことが明らかにされてきたことである。こ うした知見の中でも、愛媛大学グループの立川や田辺が早くから研究を 進めてきた海棲哺乳動物の脂質などに含有されるDDT やPCBs などの 研究成果は世界的に見ても大きな貢献をしている(田辺(2001)、Iwata ら(1993))。こうして、地球環境問題として捉えられるようになった POPs 問題であるが、循環や廃棄物分野に関連するところも多い。ごみ 焼却に伴うダイオキシン類の発生、廃PCB の処理問題、廃農薬の取り 扱いなど、現在進行形の問題も含めて、関連は深い。この際、どの発生 源から、どの程度の化学物質量が環境へ進入しているかを知るフローと しての発生源インベントリは、発生抑制ターゲットや抑制対策を考える 上で重要である。こうしたインベントリは、単年度の負荷として測られ ることが多い。一方、魚類や乳製品といった摂取を考えれば、蓄積量と して把握することも重要である。横浜国立大学の益永や中西らは、1955 年から1994 年の40 年間での我が国の都市ごみ焼却由来のダイオキシン 排出は72kg TEQ であるのに対し、水田除草剤を中心に使用されたク ロロニトロフェン(CNP)で約200kg TEQ、ペンタクロロフェノール (PCP)で約400kg TEQ が放出されたと推定している(Masunaga ら (2001))。重要なことは、これまでCNP は1, 3, 6, 8-TCDD や1,3,7,9- TCDD などが主たる異性体で、2, 3, 7, 8-TCDD 毒性等価換算では検出 されないとされてきたが、TEQ に寄与する成分が検出されたこと、し かもそれが生産初期には高く、時系列的に低下していることが彼らによ って確認されたことである。 ○ストックホルム条約  こうして地球規模でさまざまな環境媒体に残留性有機汚染物質 (POPs)が検出されていることなどから、世界的な対策の枠組みとして 2001 年5 月に「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」が 採択された(UNEP(2001))。POPs というくくりで、ある種の化学物 質群が認識され、政策としてのアクションを意識して国際社会において 取り上げられたのは比較的新しく、1980 年代になってからである。そ して、21 世紀になってPOPs に関するストックホルム条約が採択され、 50 カ国の批准により発効することとなったわけである。POPs 条約が対 象とする物質は、当面はアルドリン、ディルドリン、エンドリン、クロ ルデン、ヘプタクロル、トキサフェン、マイレックス、ヘキサクロロベ ンゼン(HCB)、PCB、DDT、ダイオキシン類、ジベンゾフラン類の 12 物質である。POPs 条約が求める対策としては、まず意図的な製造・ 使用から生じる排出の削減または廃絶(第3 条)がある。附属書A に あげられたアルドリン、ディルドリン、エンドリン、クロルデン、ヘプ タクロル、トキサフェン、マイレックス、ヘキサクロロベンゼン、PCB の9 物質に対しては、製造・使用の禁止が求められ、附属書B に掲げ られたDDT は製造・使用の制限が求められる。DDT はマラリア対策 用として必要な国で、申し出のあった国のみが使用が認められる。  第5 条では、非意図的な生成による排出の削減又は廃絶が附属書C に掲げられた化学物質に対して求められる。附属書C には、ダイオキ シン、ジベンゾフラン、ヘキサクロロベンゼン、PCB の4 物質が定め られており、削減のためのアクションプランの作成、利用可能な最良の 技術(BAT : Best Available Techniques ※ 53)や環境のための最良の 慣行(BEP : Best Environmental Practices)の適用が求められる。こ れら4 物質は、不完全燃焼や化学反応の結果として、非意図的に生成さ れ、排出されるものである。図2-24 には意図的用途と非意図的副生成 物に分けて、対象のPOPs や関連物質を図示している。  第6 条では、ストックパイル(在庫)及び廃棄物からの排出の削減又 は廃絶が規定されている。附属書A 又はB に掲げられた化学物質の、 又はそれを含むストックパイル並びに附属書A、B 又はC に掲げられ た化学物質からなる(又はそれを含む)廃棄物の適正管理が求められる。 ストックパイルや廃棄物の特定のための戦略と適正管理や適正処理が必 要となる。第7 条では、締約国は実施計画を定めることとされ、条約発 効日から2 年以内に締約国会議に実施計画書を提出し、その実施に努力 することとされている。また、条約対象物質の追加については、第8 条 で定められており、附属書D のクライテリアを考慮し、締約国の提案 を元に段階的に検討、決定していくこととなる。 ○製品のライフサイクルをつかむ  今後、POPs への国際的取り組みが進展していくこととなるが、製品 のライフサイクルのどのような過程で、どのようなPOPs が問題となる のかを考えておくことは、循環型社会と残留性化学物質の関係を見通し ていく上で重要となる。この視点で製品のライフサイクルとPOPs 問題 として、整理してみた(図2-25、酒井(2001))。第1 に生産段階の意図 的生成物として、工業用途にはPCB、HCB があり、農業用途には DDT をはじめ除草剤等に用いられてきた物質群がある。使途が明らか で回収可能である場合や閉鎖系使用が続いている場合は、回収分解が求 められる。また、こうした生成物を開放系で使用してきた場合などは対 処困難であるが、影響の程度を検討することは必要となろう。第2 に生 産段階での非意図的副生成物として、ダイオキシン類、HCB がある。 ダイオキシン類は除草剤や化学製造工程の化学反応副生成と金属精錬工 程における燃焼反応副生成が、この範疇の対象となる。HCB は溶剤製 造残渣に副反応的に含まれる場合や除草剤不純物として含まれることが ある。第3 には廃棄段階の副生成物で、とくに問題とされてきたのが、 焼却処理過程のダイオキシン類である。PCB やHCB も燃焼反応副生成 のあることがわかっており、ダイオキシン類と同時に制御される必要が ある。そして、第4 にはこれらの過程から発生した廃棄物を分解処理す ることが求められる。とくに第1 の意図的生産物で回収保管している廃 PCB やクロルデン、廃農薬などが当面の分解処理対象となる。さらに、 循環型社会形成において、最も留意すべきはものの再生利用に伴う POPs 移行をいかに抑えるかであり、飼料や農用地利用、再生資源の室 内材料への利用、屋外においても児童や地下水への移行はとくに留意し なければならない。 ○システムズアプローチとリスク評価  環境での動き、循環に関連する発生源などからの削減に対し、その効 果を予測しつつ、有効な対策を講じていかねばならないと冒頭で述べた が、そうした場面でシステムズアプローチとリスク評価(中西(2002)) の果たす役割は大きい。その具体事例として、PCB 廃棄物の保管継続 と処理促進とのリスクを比較した研究例(平井ら(2003))を紹介する。 まず、図2-26 左図のとおり、PCB の環境中への放出量からヒトへの曝 露量を算出するため、環境動態のモデル化を行っている。モデルでは、 まず環境への放出量から環境中の濃度を算出し、次に環境中濃度から食 品中濃度を算出しPCB 摂取量を求める。環境中濃度の推定には、多媒 体環境運命予測モデルを用いているが、本モデルは、いわゆるMackay 型のフガシティーレベルVモデルであり、一定の排出が継続した場合の 定常状態における環境濃度を算出する。モデルの地理構成は3 段の入れ 子型構造とし、「施設周辺」、「日本国内」、「北半球」の各地理スケール における環境中濃度を算定可能とした。モニタリングデータとモデル推 定値との比較より、保管継続に伴うPCB 放出量の上限は、土壌排出で PCB 不明・紛失量と同程度、大気および水系排出でその1/10 程度と推 定された。Co-PCB ※ 54 への個人曝露量は、保管継続時の上限が数pg- TEQ/人/日であり、処理促進時は処理施設周辺で0.1 〜 0.7pg-TEQ/人/ 日、その他国内でさらに2 〜 4 オーダー低く推定された。人口を乗じた 曝露総量では施設周辺以外の比率が高く、国外も数割を占めた。地域別 の個人曝露量および曝露総量の推定結果は、局地的な効果と大局的な効 果の双方を考慮することの必要性を示唆している。 ○予防原則という考え方  システムズアプローチとリスク評価の重要性に加えて、予防原則の考 え方も忘れてはならない。予防原則は、科学的な根拠が不十分であった り、確定的でなかったり、不確実であったりする場合に適用される考え 方である。最近の欧州連合の報告では、環境、人、動物、植物の健康に 与える潜在的な危害がEU の保護水準に合致しないかもしれないという 懸念があること、そのことが予備的な科学的評価によって合理的根拠が あると示唆された場合に予防原則が適用される、としている(EU 委員 会(2000))。EU の予防原則適用ガイドラインでは、潜在的リスクに応 じた予防的措置の比例性があること、予防原則と既存規制の一貫性が求 められること、科学の進歩に照らし定期的に検証され、必要ならば改訂 されるべきことなどを求めており、リスク評価と予防原則が融合的に展 開されつつある。そして、リスクコミュニケーションについてはいくつ かの論考(恒見・盛岡(2003)、早瀬(2001))が提出されており、今後 の取り組みの参考になる。循環型社会の形成過程においては、すでに存 在しながらこれまで見過ごされてきたリスクや、今後生じる可能性のあ るリスク、現在の科学的知見では十分対処できていないあるいは認識で きていないリスクを相手にしなければならず、この過程での予防原則の あり方をより深く考えて行かねばならない。 2-5-3バイオマスからの視点 ○バイオマスとは 「バイオマス」とは生体関連物質の総称で、植物、家畜やその排せつ 物、さらにはバクテリアなどの微生物も含む。このバイオマス※ 55 は、 物質あるいはエネルギー資源として利活用した後に、最終的に微生物分 解や燃焼によって中に含まれていた炭素が二酸化炭素(CO2)となって 大気中に放出されたとしても、もともとその炭素はバイオマスが大気中 の二酸化炭素を光合成によって固定化したもの、あるいはそれを2 次的 に搾取したものなどなので、利用速度が適正であれば、全体として大気 中の二酸化炭素の増減はない。すなわち、バイオマスは再生可能であり、 カーボンニュートラル※56 である。このこともあって、最近では二酸化 炭素を一方的に排出する化石資源に代わる資源として注目されている。 このような背景のもと、我が国の将来におけるバイオマス利活用の基 本方針・方向を定めた「バイオマス・ニッポン総合戦略」(以下、「バイ オマス・ニッポン」と略す)が2002 年12 月27 日に閣議決定された (小宮山ら(2003))。このことは、持続可能な生産システムの具現化に 向けた第一歩と言えよう。21 世紀の我が国には、知恵と技術でバイオ マスを物質およびエネルギーの資源として余すところなく利用する「バ イオマス・ニッポン」の実現が必須と思われる。「廃棄物系バイオマス」 については、単に「ゴミゼロ」という発想ではなく、食料、木材、パル プ等の輸入によって、我が国が「世界のゴミ箱」と一部で言われている 状況を深刻に考える必要があろう。 ○バイオマス・ニッポン総合戦略 1 戦略が目指すもの まずは、「バイオマス・ニッポン」について概要を紹介する。「バイオ マス・ニッポン」は、今日改めて我が国のバイオマスの利活用を推進し ようとする理由として、次の4 点をあげている。 a.地球温暖化の防止 バイオマスはカーボンニュートラルなので、二酸化炭素(CO2)の排 出削減に貢献できる。 b.循環型社会の形成 バイオマスは再生可能なので、智恵と工夫で持続可能社会を実現でき る。 c.競争力のある新たな戦略的産業の育成 バイオマス社会へ少しずつでも移行する取り組みは、海外においても 多くの例が見られる。我が国のバイオマス関連産業が更なる発展により 一層の国際的競争力を持つことが望まれる。 d.農林漁業、農山漁村の活性化 バイオマスは、いわゆる田舎に多量に存在する。農山漁村はバイオマ スを食料や木材以外に利活用することによって甦ると共に、「バイオマ ス・ニッポン」の実現に向けて大きな役割を果たす。 大量生産・大量消費・大量廃棄というこれまでの生産消費システムに 対して、「地産地消」型・小規模地域分散型・循環利用型のシステムを 徐々にでも補完・代替することを目指すものである、と理解されよう。 2 実現への4 つのフェーズ 「バイオマス・ニッポン」では、多種多様のバイオマスをその発生起 源によって、「廃棄物系バイオマス」、「未利用バイオマス」、「資源作物」、 「新作物」の4 つのグループに大別して、その全体像を整理している。 「廃棄物系バイオマス」とは、本稿の対象であり有機性のゴミのことで ある。「バイオマス・ニッポン」では、用語の混乱を避ける意味でも以 下のものがこれに該当するとしている。 ・製材工場等残材 ・建設発生木材(いわゆる建築廃材を含む。) ・製紙残さ(主に黒液) ・家畜排せつ物 ・食品廃棄物 ・水産物残さ ・下水汚泥 ・生ゴミ  これらの合計年間発生量は、炭素量で約2200 万炭素トン(我が国で 生産されているプラスチックに含まれている全炭素量の約2.2 倍)、原 油換算で約2400 万KL 相当(我が国の原油輸入量は約2 億5000 万KL (2000 年))と見積もられている。「未利用バイオマス」とは、農地にす き込まれたり山林に放置されたりして、現在はほとんど有効に利用され ていない農作物の非食用部(たとえば、トウモロコシでは茎や葉など) や間伐材などであり、年間発生量は、炭素量で約530 万炭素トン、原油 換算で約550 万KL 相当と見積もられている。 「資源作物」とは、食料や木材の生産を目的とせず、物質・エネルギ ー資源を得ることのみを目的として栽培される作物である。このような 資源作物とは年間に1 ヘクタールあたり、10 〜 20 トン(乾燥重量)程 度(5 〜 10 炭素トン)成育するような植物(具体的にはヤナギやポプ ラの木など)である。「バイオマス・ニッポン」では2020 年頃における 資源作物の年間収穫量を、物質資源としては炭素量で約530 万トン、エ ネルギー資源としては原油換算で約550 万KL 相当と試算している。し かしながら、人工林でありながらも現在は利用されていない山林(約 670 万ヘクタール)の一部でも利用することを視野に入れると、計算上 得られるポテンシャル量は上記の数字に比べて膨大である。  「新作物」とは、品種改良や遺伝子組換えなどによって生産性などを 人為的に改善した資源作物である。しかしながら、このような植物を実 際に栽培するにあたっては、その生態系への長期的な影響等が明らかに なっていることが必要である。この生態影響評価は容易ではないため、 「バイオマス・ニッポン」では、今のところ新作物のポテンシャル量の 試算は行っていない。  このような分類に基づいて、「バイオマス・ニッポン」では、その実 現を4 つのフェーズで考えている。まず、「廃棄物系バイオマス」の利 用が実用化段階に達するのがフェーズ1 で2005 年頃、「未利用バイオマ ス」はフェーズ2 で2010 年頃、「資源作物」はフェーズ3 で2020 年頃、 「新作物」は実際に開発・導入されるとしてもフェーズ4 で2050 年頃と 想定している。つまり、「廃棄物系バイオマス」は、2005 年には本格的 な利活用が計画・実施されていると見込まれる。肥料、飼料、メタン発 酵などで統計上は既に利用率は高く、十分に実現するであろう。 なお、ここに記載したバイオマス資源量は、あくまで全体量であって 必ずしも利用可能な資源量とは言えない。地域ごとにきちんと物質収支 とエネルギー収支を考慮して、利用可能なバイオマス資源量を試算して 議論する必要がある。 3 バイオマスリファイナリー  「バイオマス・ニッポン」では、バイオマスの利活用の方法として、 石油ショックの際に研究開発が活発に行われたバイオマスエネルギーの 利用だけを目指すのではなく、物質資源としても最大限に利用すること を目指す「バイオマスリファイナリー」を提唱している。「バイオマス リファイナリー」は、バイオマスをカスケード的に余すところなく物質 とエネルギーとして利用する工業生産システムであり、「オイルリファ イナリー」を真似てこう呼ばれることがある。  このようなシステムは新規の発想では決してない。我が国やアジアに とって今日もまた将来においても典型的な食糧(コメ)生産の副産物で ある「稲わら」を例にとって考えてみよう。「稲わら」は、今日ではゴ ミ扱いされることが多いが、我が国の江戸時代には図2-27(左側)に示 したように、種々の日用品をつくる(モノづくりのための)貴重な物的 資源でもあった。当時は物質−物質および物質−エネルギーカスケード 利用は当然であり、バイオマスを物質・エネルギー資源とする「植物国 家」であった(石川(1994))。それが今日では図2-27(右側)のように、 便利で品質が高く安定して手に入る石油化学製品を使うようになった。 石油化学製品は基本的に使い捨てである。バイオマスリファイナリーは、 物質循環システムは江戸時代のそれに似て、製品から提供される「機能」 は便利な今日のそれをめざそうというものである。  決して豊富なバイオマス資源に恵まれているわけではない我が国で は、バイオマスリファイナリーにおける炭素循環は図2-28 のようであ るべきだろう。光合成によってバイオマスに固定化された炭素を余すと ころなく利用するために、まず物質変換技術を開発・導入してバイオマ スから工業製品をつくる。この工業製品には、従来からの家具や合板な どだけでなく、これから技術開発が必要なバイオマス由来プラスチック も含まれる。使用済みとなった製品は、できるだけ繰り返し利用する。 既に実用化されているバイオマス由来プラスチックであるポリ乳酸も、 生分解性を生かした用途で使い捨てで使用するだけでなく、再モノマー 化を行って、このサイクルに組み入れることが可能である。物質資源と しての再利用が困難といわれる使用済み製品や加工残さ等は、利用の末 端としてエネルギーに変換する。すなわち、物質から物質への繰返し・ カスケード利用の次に、物質からエネルギーへのカスケード利用を行う。 カスケード利用の最終段階でエネルギーを回収し、このエネルギーをバ イオマスの収集・輸送と物質変換プロセスの駆動に利用する。 ○バイオマスのフロー  前述のように「バイオマス・ニッポン」では、「廃棄物系バイオマス」 の中身と全体量を述べているが、重要なのはどのようなフローで、なぜ それだけゴミが排出されるかを考えることであろう。この一例として、 図2-29 に木、図2-30 に紙・パルプのフローを示した(小宮山ら(2003))。  図2-29 には、「廃棄物系バイオマス」のうち製材工場等残材および建 設発生木材が見られる。我が国ではいわゆるログハウスではないので多 くの製材残材が出ること、20 〜 30 年の時間差を考慮してもマーケット での新材と廃材の収支が合わず、自然の腐食や不法投棄も含めて不明な 点が多いことなどが読み取れるが、いずれにしろ「木のゴミ」のほとん どは海外から輸入したもので、我が国固有のバイオマス資源とは言い難 い。  図2-30 には、「廃棄物系バイオマス」のうち製紙残さの黒液と生ゴミ にも混入することの多い廃棄紙が見られる。前者は既にほぼ100 %が製 紙工場自らのエネルギーとして利用されている。古紙の回収はもはや限 界に近い。図からわかるように、紙のゴミのほぼ全量が海外から輸入し たものである。  我が国の人工林は1000 万ヘクタールであり、かつてはこれが伐採さ れ林業に使われていた。現在伐採されているのは330 万ヘクタールであ り、残りは伐採放棄林と呼ばれて荒れた山林である。このことと図2-29 と図2-30 を考え合わせると、数字の上からは我が国は木を輸入する必 要はなく自給でき、さらに林業や木造建築の方法等に知恵を出せば、パ ルプ用のチップも輸入する必要のないことが読み取れる。あくまで「数 字の上からは」と断ったように、すべては経済の問題である。食料や飼 料の海外依存度を考慮すれば、我が国の生ゴミや家畜排せつ物も、多く の部分が輸入されたものであることが、同様の解析から浮かび上がる。 だから、我が国は「世界のゴミ箱」と言われても仕方がない現状にある。  単に「出るゴミを資源化する」のではなく、「世界のゴミ箱」でなく なるには何をすべきか、を考えるべきである。 2-5-4 循環型社会の地域モデルとして〜屋久島での研究事例〜 ○なぜ循環型社会システムか 我が国の人口密度、国内総生産およびエネルギー消費は国土の平坦地 面積当りで比較するといずれもドイツの約4 倍にも達しており、廃棄物 の排出についても同様に高密度である(藤江(2003))。この狭隘な国土 に多量の輸入資源・エネルギーを投入して工業製品を製造し、これらを 輸出することによって外貨を獲得する産業・経済活動を長年にわたって 継続すれば、製品に転換されなかった未利用資源や大量の廃棄物が、国 内に蓄積することは自明である。このような状況におかれている我が国 が、西欧諸国に追随した環境負荷低減対策を行っても、本質的な環境問 題の解決にはならない。 我が国では、国民一人当り年間に約17 トンの資源・エネルギーを消 費して工業製品や都市構造物などが作られており、最終的に埋め立てて 処分される廃棄物の量は約0.5 トン/人・年である。輸入資源・エネル ギーの量は5 トン/人・年にも達する。快適な日常生活のために多様な 機能が必要であり、これらの機能を提供するために多量の資源・エネル ギーが消費され、環境への多大な負荷をもたらしている。地球上の限ら れた資源と環境容量の中で人間活動を長期間にわたって持続させるため には、環境容量と人間活動との平衡を考慮しながら、枯渇性資源・エネ ルギーの消費削減と再生可能資源への転換、そして環境への負荷を地球 生態系の容量以内に抑え込むことこそが必要である(図2-31)。そのた めに最も期待される解の一つが低環境負荷循環型社会への移行である。 最終処分される約0.5 トン/人・年の廃棄物で東京湾を全て埋め尽く すのに約300 年を要する。一方、我が国が輸入する資源・エネルギーは 約30 年で東京湾を一杯にするほどの量である。東京湾が消滅しても我 が国の活動が停止することはないであろうが、これほど大量の資源・エ ネルギーの輸入が途絶えれば我が国で何が起こるかは容易に想像できる であろう。資源・エネルギーを安定的に確保することの重要性を述べて いるのであり、東京湾を廃棄物で埋めることを推奨しているわけではな い。安定した資源・エネルギーの確保が長期的に保証される訳ではなく、 一層の環境負荷削減と併せて少ない資源・エネルギーの供給でも稼動で きる社会システムの実現こそが求められていることである。30 年後、 50 年後に予想される資源・エネルギーや環境の状況を考慮した上で、 旧来型パラダイムから脱却した持続可能性を有する国家像、社会像の構 築を行い、グローバル化の中における地域の自立を推進する資源循環型 社会の具体的なビジョンを策定する。想定される未来社会象から現在を 振り返る、すなわち、目標からのバックキャスト(Backcast)によって、 現状の解析および問題点の把握を行いながら、総合的な施策の選定とそ れを実現するための行動計画を策定しておかなければならない。 ○屋久島をモデルとする新社会システム  屋久島をモデルとして循環型社会を研究することになった理由を説明 しよう。まず、島という地形で境界が明確であることから、島への人や 物の出入りや、島内での産業連関、そして物質フローが把握しやすいこ とに加えて、ゴミ問題も顕在化しやすい。風力や水力など地域特性を反 映した自然エネルギーを利用することにより、化石燃料への依存度を低 減したエネルギーシステムの構築も可能である。屋久島は1995 年に世 界自然遺産地域に指定されるなど世界的に注目されており住民や行政の 意識が高い。この屋久島を舞台として成功例を提示できれば世界への情 報発信が容易である。かつて、島の暮らしに必要な生活資材の多くは島 内で調達される場合が多かったが、現在の屋久島は国内に数多く存在す る平均的な島のモデルであり、国内の他地域とも類似の課題を抱えてい ると考えられる。したがって、屋久島で得られた成果や手法は他地域で の循環型社会システムの構築にも活用可能である。  文部科学省科学技術振興調整費先導的研究の一環として「循環型社会 システムの屋久島モデルの構築」が2001 年度から3 年間実施されてき た。このプロジェクト方式による研究では、持続可能社会の先進的モデ ルを構築することに加えて、屋久島の有する条件を活かして、地域の安 定した暮らしを実現するための設計図を描くとともに、成果を持続可能 社会実現の具体的マニュアルとして集成する。これをもとに、国内はも とより、世界に向けて持続性文化を発信することを目標としている。  研究の進捗によって、離島に固有というよりも全国共通と見なしても よい下記の諸点が屋久島における問題として指摘されてきた。すなわち、 再資源化困難廃棄物の島内蓄積、焼却処理による廃棄物処理方式の行き 詰まり、水力などの豊富な自然エネルギーの活用不十分、公共工事削減 及び観光産業衰退の懸念、観光産業による自然破壊への懸念等である。 砥石の原料である炭化珪素が屋久島での唯一の工業産品と言っても過言 ではない。豊富な水力発電を利用した炭化珪素の生産に加えて、この島 の主な産業と言えそうなのが観光と公共事業である。世界自然遺産への 指定は観光客の増加をもたらしているものの、屋久島が保有する観光資 源を必ずしも有効に活用しているとは言いがたい。従前の観光方式の継 続では観光客の増加による自然破壊も懸念されている。  我が国の公共投資は対国内総生産比率で6.2%(1998 年度)に達して おり、これは欧米を遥かにしのぐ数値である。因みに1996 年度値であ るが公共投資が国内総生産に対する比率は英国1.4%、米国1.9%、ドイ ツ2.0%、フランス2.8%である。我が国の財政状況から判断しても公共 投資の大幅な削減は避けられないと予想され、公共事業に代わる産業の 振興による雇用の確保が急務である。  このような屋久島の現況および取巻く状況に鑑み、島外からの移入量 低減に向けたシナリオ、未利用有機性資源活用に向けたシナリオ、エネ ルギー的自立と水素社会構築に向けたシナリオ、経済的自立に向けたシ ナリオ、持続可能な観光の発展に向けたシナリオについての研究や実証 に向けた検討がこのプロジェクト研究で行われてきた。併せて、策定さ れたシナリオの実現に向けた住民合意形成に向けた初動も行なわれてい る。 ○域外からの移入量低減に向けたシナリオ  ここでいうシナリオは資源・エネルギーを含む移入量の削減に対応す るものである。持続可能な社会システムを実現するためには次の手順が 考えられる。まず、地域の物質フローを調査することによって、地域の 現状を把握し、特長や問題点を抽出する。家計簿をつけるように物質フ ロー解析をすることの利点は域内への素材、製品、エネルギーの流入に 加えて、それらの利用や廃棄物としての発生、リサイクルの状況などが 定量的に明らかになることである。各産業部門への物質の投入は資源消 費を、産出は生産を表す。さらに、物質フローは各部門間の物質的連関 構造も表すことができる。地域の物質フローを解析することによって、 地域の資源消費・製品生産構造の問題点を抽出することができ、様々な 施策の導入がどのように産業における物質供給構造を変化させたり、他 の部門へどのような波及効果があるかを考慮したりすることができる。  なお、屋久島は離島であることに加えて産業構造が比較的簡単なため、 島への物質の移入と島からの移出および島内でのフローが把握しやす い。  さて、屋久島での物質フローを解析するために、各種統計資料の活用、 50 世帯での物質購入・廃棄物発生に関する家計調査、行政・各種事業 所・商店等へのヒヤリング調査、島内の家庭・宿泊施設等から排出され る廃棄物組成の実地調査、観光客に対する島内移動手段、宿泊、土産物 購入などの調査等が行われた。  図2-33 に屋久島全体の物質フローの概要を示す。屋久島内で消費さ れる物質の95 %以上が島外からの移入品であり、観光業、製造業、土 木建築業が移入量の80 %以上を消費している。島内の一般廃棄物処理 量は年間約4,000 トンであり、屋久島における廃プラスチックや使用済 み容器包装材の一人あたりの排出量は名古屋市と大差はないことが明ら かになった。野菜類から生ゴミが多く発生し、肉・魚、野菜、調理食品 からのプラスチック系容器包装、乳製品からの紙製容器包装、油脂・調 味料・各種飲料からのびん・ペットボトルの発生が目立っている。可燃 ゴミは焼却処理されているが、島内で処理ができない廃プラ・ペットボ トル等容器包装由来の廃棄物や不燃ゴミは、現在、島内での保管を余儀 なくされている。ビン・缶類は島外へ搬出して処理あるいはリサイクル されている。一般的に、処理やリサイクルの施設が貧弱な島嶼では、ペ ットボトル、廃プラ等の使用済み容器包装材の問題が都市部以上に深刻 である。使用済み容器包装材は、当に全国共通の問題であり、消費者の 意識改革に基づいて、簡易包装の励行や包装材の顕著な削減が可能な流 通・販売方式が早急に導入されるべきである。これらを推進するために は、農林水産物の地産地消が有力な手法の一つである。また、土木建築 資材の多くは社会資本として島内に蓄積されているものの、繰り返され る工事によって排出される多大な建設廃棄物の島内でのリサイクルを推 進する必要がある。 ○未利用有機性資源を活用するシナリオ 廃棄物最終処分量抑制の基本はリサイクルやリユースではなく、各種 製品の利用過程や生産プロセスにまで遡って、廃棄物の発生源での対応 を優先させることで排出自体を抑制することにある。前述したように島 内での処理・処分やリサイクルが困難な廃棄物については優先して発生 抑制が図られるべきである。それでも排出される廃棄物については、付 加的なエネルギーの消費をできるだけ抑制しながら他の有価物へ転換す ることによって再利用を促進することになる。  屋久島における廃棄物の主な発生源は農業、建設業および観光業であ り、これに生活系廃棄物が加わっている。ここでは、屋久島の農畜産業 から排出される有機性廃棄物に加えて、生活系有機性廃棄物の排出量の 調査結果に基づいて、これらを有価物に転換し島内で利用するシステム の導入について検討した。屋久島における有機性廃棄物排出と現状での 処理法について調査した結果を表2-19 にまとめて示した。家畜ふん尿、 柑橘類やイモ類などの農産廃棄物に加えて生活系の可燃ゴミが排出量の 上位を占めており、家畜ふん尿や農産廃棄物については農地への還元や 放置、堆肥化、自家処理などによって対応されてきた。プラスチック類 を主体とした燃やさないゴミについては委託処理や埋め立てが行われて きた。廃食用油は分別収集によるディーゼル燃料化が一部で既に実施さ れており、エステル化された廃食用油は町役場の公用車の燃料として利 用されている。ペットボトルは個別に収集されているが島内に保管され ている状況にある。  表2-19 に示した島内での有機性廃棄物の発生状況調査結果をもとに、 メタン発酵、炭化、蒸煮爆砕、コンポスト(堆肥)化技術をそれぞれ導 入した有機性廃棄物複合再資源化プロセスを図2-34 に提案する。島内 で排出される廃食用油を全量エステル化してバイオ・ディーゼル燃料に 転換すると、上屋久町、屋久町で使用されている公用車50 台の燃料を 賄うことができる。一般廃棄物中の紙ゴミは豚ふん尿と混合して乾式メ タン発酵を行いバイオガスの回収を行うとともにメタン発酵残渣を炭化 処理する。炭化物は柑橘類の品質向上を目的に農地に還元する。イモ類 およびポンカン・タンカンの規格外品を対象として蒸煮・爆砕処理を行 うと、難消化性デキストリン、クロロゲン酸などを生成することができ る。ただし、乾式メタン発酵で生成したバイオガスは、メタン発酵槽の 加温や炭化のエネルギーを賄うに不十分である。湿式メタン発酵では脱 離液の排水処理も必要になり、正味のエネルギー生産は益々困難になる。 そこで、図2-34 に示したシステムでは可燃ゴミの焼却エネルギーをメ タン発酵槽の加温および炭化処理に利用するものとした。併せて余剰エ ネルギーを蒸煮爆砕に利用することができる。こうして、ゴミのサーマ ルリサイクルによってバイオガスを回収できるプロセスが実現する。バ イオガスの総エネルギー量は、可燃ゴミの発熱量には劣ることになるが、 低品位の可燃ゴミを高品位のバイオガスに転換できた上に、蒸煮爆砕も 併せて実現する。なお、蒸煮爆砕の残渣はコンポストおよびメタン発酵 に利用する。炭化物は柑橘類の品質向上に寄与できることが果樹園への 施用試験によって確認されている。図2-34 のシステムでは島内で排出 される有機性廃棄物の全量を利用するには至らないが、個別プロセスの 運転条件を検討しなおすことで柔軟性は向上できるであろう。このよう に再資源化技術を複合的に利用することで、地域で自立できる再資源化 システムを提案できる。 ○持続可能な観光の発展に向けたシナリオ  観光は屋久島の経済を支える重要な産業である。人口約14000 人の島 に毎年20 万人近い観光客が訪れている。観光客の入島に伴い、島内で の移動、宿泊、食事等による資源・エネルギーの消費と、廃棄物の排出 が顕在化し、加えて観光スポットを中心に、貴重な観光資源でもある自 然生態系の破壊も危惧される状況になっている。島内の観光資源である 環境生態系を破壊することなく経済活動を維持・発展させる持続可能な 観光、すなわちsustainable tourism への移行が強く求められている。 屋久島においては、山岳部での環境負荷を増大させること無く、公共事 業が減少してもそれを補って島内での経済活動を維持していくことが期 待されている。  屋久島は1992 年に世界自然遺産に指定されたのを機に観光客が増加 したが、現在は頭打ちの傾向にある。しかし、NHK デジタルテレビア ンケート調査(2003 年12 月)によれば屋久島は日本人にはガラパゴス に次いで人気が高い世界自然遺産とされており、観光資源として高いポ テンシャルを有している。そこで、本研究では持続可能な観光に向けて、 屋久島観光の現状解析と今後の役割の検討、屋久島における持続可能な 観光シナリオの提言と実現のための具体的施策、持続可能観光シナリオ による経済および環境生態への影響評価を実施している。  屋久島への観光客による環境負荷と島内での移動・宿泊等によって投 下される金額をまとめて表2-20 に示した。入島の手段はそれぞれ船舶 が70%、航空機30%程度である。船舶を利用して入島した団体ツアー 客はバスで島内を移動し、ホテルに宿泊する。これに対して、少人数の グループは航空機を利用する割合が高く、レンタカーで移動してホテル または民宿を利用している。観光客全体での平均宿泊数は1.8 日である。 観光形態別にみると、レンタカーや化石燃料を利用することの多い「少 人数グループ」、あるいは「登山型」の二酸化炭素排出量が大きい。団 体ツアー客による廃棄物排出量が大きくなっているのは、ホテルでの残 飯排出量が主因となっている。なお、島内での主な観光場所は、団体ツ アー客ではヤクスギランド、屋久杉自然館、千尋の滝、平内海中温泉、 大川の滝、志戸子ガジュマル園などである。レンタカーで移動すること が多い少人数グループでは上記に白谷雲水峡、屋久島灯台などが加わる。  観光産業からの廃棄物発生量687 トン/年は屋久島での全廃棄物発生 量の17 %、エネルギー消費量11 万GJ/年は同じく全エネルギー消費量 の14 %、さらに二酸化炭素排出量393 トンC/年は全二酸化炭素排出量 の25 %に達する。屋久島では水力による発電のみが行われており、自 動車が主に化石燃料を消費しているので、島内を移動することが多い観 光では二酸化炭素排出量が相対的に大きくなる。レンタカー・大型バス の電気自動車等の低公害車への代替や輸送システムの効率化による乗客 数の増加も必要になる。  上記の現状解析結果をもとに、廃棄物や二酸化炭素の排出を増加させ ること無く、併せて貴重な観光資源である自然生態系の破壊も避けなが ら観光客数の増加をはかるための検討を行った。船舶、航空機による入 島をそれぞれ16 万人、9 万人とし、平均宿泊数を1.8 から2.3 泊に延長 することで、延べ宿泊客数を57 万人・日とすることを目標としている。 山岳部の自然生態系を保全しながら、延べ宿泊客数を36 万人・日から 57 万人・日に増加させるためには、新たな観光資源の開発が必要であ る。今後開発が期待される新たな観光資源を表2-21 に示す。 循環型社会および技術システムの視察のために、我が国から多くの 人々がドイツを中心とした北欧諸国を訪問している。まだ計画段階であ るにもかかわらずアイスランドでの水素社会を視察する例まである。国 内においても各種実証研究施設や環境産業の事業化を実現している北九 州エコタウンへの見学者が多い。屋久島は世界自然遺産への指定以前か ら環境保全に対する意識が高く、環境負荷低減のためのさまざまな取り 組みが行われてきた。この屋久島に低環境負荷循環型社会を推進するた めの新たなシステムや技術が導入され、これを国内はもとより広く世界 に情報発信すれば、自然生態系を中心にした観光資源を多数有する屋久 島への視察者は大きく増加するものと期待される。環境教育を兼ねた修 学旅行コースにもなり得る。これらを実現するためにはガイド認定制度 の導入による案内人の育成や入島協力金の徴収なども検討の対象とな る。  加えて、低環境負荷型の観光を推進するためには、地場食材利用によ る容器包装材由来廃棄物の削減、提供する食材や量の適正化による残飯 の低減などが必要となる。前述したように、屋久島における廃プラや使 用済み容器包装材の一人あたりの排出量は名古屋市と大差はないことが 明らかになっており、容器包装材の削減が屋久島においてもごみ減量に 効果的である。特に、大型ホテルからの残飯の発生が著しく、その内容 は屋久島特産の食材とは見なせないものであった。地産地消を推進する ことで容器包装材由来ごみの削減、残飯の低減に加えて、島内での農水 産業の振興にも寄与できる。  また、前述した新規観光資源の開発に加えて、集落周辺での観光滞在 日数を増加させることで、山岳部以外での新規観光客を獲得することが 可能になり、環境生態系破壊の抑制も併せて期待できる。 ○エネルギー自立と水素社会構築に向けたシナリオ  前述したように屋久島は島の中央に九州最高峰を誇る宮之浦岳(標高 1,936m)を中心に、1,000m を越える山が45 も連なる島である。加えて 降水量が平地でも年間4,000mm 以上、山間部では10,000mm を超える こともあることから、水力発電のポテンシャルは極めて高い。島内では 水力発電の電力を利用した電気溶融による炭化珪素の生産が行われてお り砥石の原料として出荷されている。炭化珪素生産の余剰電力が民生用 に供給されていると言っても良い状況にある。  屋久島におけるエネルギー消費構造を調査した結果を表2-22 に示し た。この島は高い水力発電のポテンシャルを有していながら、一次エネ ルギーの3 分の2 を化石燃料に依存しており、自動車用ガソリンとディ ーゼルエンジン用軽油類が化石燃料消費量の中で大きな割合を占めてい る。屋久島では水力発電に加えて、風力発電や太陽光発電も高い可能性 を有しているものの、これらは発電量の変動が大きいので、系統※ 57 に 接続することは困難であると見られている。 屋久島で化石燃料の消費を限りなく削減するには、民生用として利用 される化石燃料を水力発電による電気あるいはバイオマスエネルギーで 置き換えることが考えられる。豊富な水力発電のポテンシャルを有する ことから、電気自動車の導入も可能であり、さらに水の電気分解による 水素製造を行えば、燃料電池自動車導入の道も開けるであろう。また、 各家庭でも水素燃料電池の導入によって電気と熱エネルギーの同時供給 も可能になる。燃料電池を搭載した漁船の開発には長期間を要するであ ろうが、それ以外については殆どが電気エネルギーの直接利用か、ある いは水素による代替が近未来に実現するであろう。屋久島は水素エネル ギー社会へ移行するためのプロトタイプとして、必要なインフラ整備や 安全管理システム等を研究開発し、これらを実用化するためのインキュ ベーション※ 58 に最適な地域である。  屋久島での水力発電ポテンシャルを有効活用することによって化石燃 料消費削減、すなわち二酸化炭素排出の削減を実現するとともに、島の 活性化を目指すエネルギーシステムの提案を図2-35 に示した。現状で も360GWh を越える水力発電容量を持っており、電化住宅、電気自動 車(EV)、水の電気分解水素を利用した燃料電池車(FCV)等の導入を 想定しても給電能力には余裕がある。海底ケーブルの敷設による種子島 への売電や種子島宇宙センターへの水素の供給も可能になる。さらに、 観光客増加への対応や各種再資源化プロセスへの給電も容易にできる。 乾式メタン発酵、製材くずバイオマス、廃食用油などからのエネルギー も利用可能であり、再生可能エネルギー変換施設(仮称自然エネルギー プラザ)と併せて、観光資源としての利用価値もある。 ○屋久島の自立に向けて  我が国の公共投資は開発型から既設の道路、港湾などの公共施設等を 維持管理するためのメンテナンス型に移行することは避けられないであ ろう。現在、屋久島では約70 億円規模の公共事業によって、およそ 1000 人の雇用が確保されている。公共投資額が半減することを想定す ると、35 億円、500 人規模の雇用を確保する新たな産業を興さなければ ならない。屋久島の経済活動を維持するためにも公共事業に代わる収入 の確保と産業振興による雇用促進が求められる。  島外からの移入量低減、未利用資源の活用、エネルギーの自立、持続 可能な観光への移行等についての検証を行ってきた。安定した資金源の 確保が、これらの新たな試みを実行するためには不可欠であり、これら を実現することによって安定的な島の経済基盤を築くことができる。如 何なる屋久島を目指すのかについて、島内合意を形成しながらグランド デザインを行う。次は実行計画の策定と資金計画が必要になるであろう。 環境生態系へのインパクトを緩和するための社会的費用を応分に負担し てもらうための入島協力金を徴収し、環境保全のための人材育成や環境 負荷低減対策へ投資することなどが先ず考えられる。屋久島では廃棄物 処理やリサイクル、適切な排水処理による水環境保全対策などのための インフラ整備が立ち遅れている。公共投資を活用できる間に、他に例の 無い施設やシステムを屋久島に導入することによって観光資源としても 活用できる。新しい技術やシステムの開発・実用化を推進する模範地域 として島を活用することによって、持続可能な未来社会像を提案できる ことが、屋久島の経済的な自立にも不可欠であろう。この研究プロジェ クトを通して、持続可能な資源循環システムの構築によるエネルギー、 有価物の創製と雇用の創生の方法、持続可能な自然エネルギーの活用方 法、持続可能な観光産業の振興方法などについて屋久島を例に取った提 案ができたと考えている。 【参考文献】 ・石川英輔,1994 :大江戸リサイクル事情,講談社など同著者による 出版物. ・大和田秀二,2002 :リサイクル工学の課題,廃棄物経済学をめざし て(中村慎一郎編,早稲田大学現代政治経済研究所研究業書16,204p), 早稲田大学出版部,79-94. ・小宮山宏・迫田章義・松村幸彦編著,2003 :バイオマス・ニッポン, 日刊工業新聞. ・酒井伸一,2001 :廃棄物と物質循環に係るPOPs 問題について,環 境研究,122, 35-44. ・杉本大一郎,1995 :エントロピー入門,中公新書774,中央公論社, 138-190. ・田辺信介,2001 :有機塩素化合物のグローバルな動態,季刊化学総 説,内分泌かく乱物質研究の最前線,50,73-78. ・恒見清孝・盛岡通,2003 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