3-5 貴金属のリサイクルシステム ○資源としての貴金属  人類と貴金属のかかわりは、およそ6000 年前から続いてきたといわ れている。貴金属を使った装飾品や金のインゴット、ウィーン金貨やメ イプル金貨などが、一般的には貴金属の代表のように思われているが、 実は貴金属は、化学的および物理的特性が優れており、あらゆる産業分 野で社会に貢献している。  貴金属※11 は、その優れた特性から最先端テクノロジーとして最初 は用いられるが、その後、量産化とコストダウンの要求により貴金属以 外の他の金属やその他の材料に代替されることを繰り返してきた。  貴金属は、電気・電子部品、化学、表面処理、触媒、燃料電池、窯業 などの分野で、材料としてあるいは製造装置の部材として用いられてい る。白金族金属は、地球環境保護と人間の健康維持の観点から新しい利 用技術が開発されている。触媒作用を生かした自動車の排気ガス浄化用 触媒には、Pt、Pd、Rh が、ディーゼル車のDPF(ディーゼル排気微粒 子除去装置)には、Pt やPd が用いられ、需要量も年々増加している。 燃料電池自動車や無公害型の発電システムもPt の優れた触媒作用を利 用したものであり、医療分野でもペースメーカーやカテーテルの部品や 制がん剤の原料として、医療現場で治療に用いられ成果を出し始めてい る。  このように貴金属は、永遠の輝きや高い経済的価値のみから人々に認 知されているだけでなく、人類にとって極めて有用な資源として、その 希少性からも大切に扱われている。 ○「都市鉱山」の貴金属をリサイクルする  金鉱石1 トン中に含まれる金量は、6g 程度である。これが白金族金 属となるとさらに含有量は、微量である。我が国では、白金族金属はま ったく産出しないので、需要を賄うには市場から不用になった製品を集 荷し、貴金属を回収・抽出するリサイクルシステムが重要である。製造 メーカーから発生するプロダクトスクラップや市場で使用済み製品を解 体、選別された物を「都市鉱山」として捉え、有用金属を含有したスク ラップを集荷し、この中から貴金属のみを抽出・分離・精製して、再び 貴金属地金として、あるいは製品に加工して送り出す貴金属の循環資源 リサイクルシステムの仕組みは、長年にわたり構築されてきた。  例えば、携帯電話のプリント配線板、1 トンに含まれている貴金属量 は、Au は600 〜 800g、Ag は1400 〜 2400g、Pd は200 〜 400g である。 金鉱石中の金を、6g /トンとすると100 〜 133 倍の含有量になる。 貴金属を含有する回収物が、どのような産業分野からどのような製品 で排出されるかを大雑把に分類してみると、次のようになる。 電 気 :電気接点、コネクター、ターゲット 電 子 : IC、コンデンサー、プリント配線板 表面処理:めっき液、活性炭、レジン 触 媒 :自動車排気ガス浄化触媒、石油化学 窯 業 :光学ガラス、液晶ガラス製造装置 装 飾 :研磨・切削くず、バフ粉、装飾品 歯 科 :入れ歯 2002 年度に当社が回収した貴金属量は、200 トン(うち銀が120 トン) であり、国内全体ではこの何倍にもなると推定される。1 年間で1000 億円強の価値の貴金属がリサイクルによって再生されたことになる。 ○リサイクルの実際(使用済み自動車排気ガス浄化触媒コンバーターか らの貴金属の回収) 自動車のガソリンエンジンの場合は、排気ガスには有害物質の一酸化 炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)が含まれている。こ れらを浄化して、排出するのに排気ガス浄化触媒コンバーターが、エン ジンとマフラーの中間に取り付けられている。排気ガス規制は、全世界 的規模で年々厳しくなり、新しい燃焼方式や効率の良い触媒の開発が進 んでいるが、現在のところは、白金族金属を用いた三元触媒※12 が主流 を占めている。  この触媒コンバーター1 個当たりには、Pt、Pd、Rh が合計で1.5 〜 2g 程度含まれている。 世界の白金族金属の需要量に占める自動車用触媒の割合は、2002 年 度では、Pt81 トン/ 203 トン(17.7 トン)、Pd96 トン/ 149 トン (11.5トン)、Rh19 トン/ 19 トン(3.1 トン)である。 (注)カッコ内は回収からの引き当て量。(kendall(2003))  我々の試算では、日本国内の自動車保有台数は、76 百万台でこのう ち触媒搭載車は、60 百万台(2002 年3 月時点)である。自動車が、廃 車になるのは約10 〜 11 年であることから、毎月43 万台の触媒搭載車 が廃車になっていると推定している。  これらの廃車から海外に輸出されるものなどを除いた22 万台が回収 の対象になる。  自動車王国の米国は、我が国の3 倍以上の210 百万台を保有しており、 廃車になって集荷される触媒コンバーターの量も我が国の4 〜 5 倍に達 している。米国市場からどれぐらい集荷できるかがリサイクル量を増や す上で重要である。  この使用済み自動車排気ガス浄化触媒を集荷し、白金族金属を抽出・ 分離・精製する事業を、筆者らは15 年前から行ってきた。 処理は、図3-28 に示すステップで行われる。 この事業の競合相手は、主に白金族金属を産出する世界の鉱山とその 精錬業者であるが、専業として行っているのは世界中で我が国の一社の みであると思われる。 集荷市場は、米国、日本、欧州、アジアが現在は中心であるが、環境 保護や地球温暖化防止の観点から、今後は、その他の地域でも排気ガス 規制は厳しくなり、世界的な規模で市場は、拡大していくと予測してい る。 効率的な地域単位の集荷ネットワークの整備、信頼性の高い分析評価 技術の確立、貴金属の高い回収率と仕掛期間の短縮化や公害を出さない クリーンな処理システムの開発が更なる循環資源リサイクルシステムの 推進の課題となる。 【参考文献】 ・井上和彦・芹澤慎・位地正年,2004 :ケナフ添加バイオプラスチッ クの開発.NEC技報,Vol.57,No.1,77-80. ・上野潔・吉田卓,1998 :家電リサイクルと環境改善効果,電気学会 論文誌,Vol.118-D10, 1115-1120. ・上野潔・嶋村光助,2001:国内における組立産業のリサイクルと技術 開発の動向,平成13 年電気学会電子・情報・システム部門大会講演 論文集[T],T-13 〜T-16. ・上野潔,2001:家電製品のリサイクル,日本エネルギー学会誌,Vol.80, No.12(「電気製品のリサイクル展望」特集号),1100-1107. ・上野潔,2002 :家電製品の環境対応と環境情報の動向と展望,電気 学会メタボリズム社会・環境システム研究会講演資料MES-02. ・上野潔,2004 :家電リサイクルの高度化,計測と制御,Vol.43,No.5 (特集:ライフサイクルエンジニアリングと生産システム),437-441. ・小倉康嗣,2001 :日本鋼管の環境に向けた臨海部における取り組み, 政策情報かわさきNo.11,39-41. ・(財)家電製品協会,2000 :廃家電品一貫処理リサイクルシステム開 発平成10 年度成果報告書概要,1-13. ・加藤健次,2003 :コークス炉を活用した廃プラスチックの再資源化 技術(鉄鋼業におけるリサイクルの最前線 鉄鋼業におけるリサイク ルの実践-3),ふぇらむVol.8,No.12, 24-28. ・キヤノン株式会社,2003 :キヤノンサステナビリティー報告書2003, 70p,(http://web.canon.jp/ecology/report/eco2003.pdf). ・グリーン調達調査共通化協議会編著,2003 :グリーン調達の実務, 丸善. ・越山正一,2002 :(環境技術の最前線)循環資源の代表選手 貴金 属リサイクル・システム,経済Trend,2002 年10 月号,61. ・高橋達人,2000 :新材料としての製鋼スラグ炭酸固化体,コンクリ ート工学,Vol.38,No.2,3-9. ・鉄鋼環境技術の将来展望検討特別委員会,2000 :鉄鋼環境技術の将 来展望(エコ・コンビネートをめざして). ・(社)電子情報技術産業協会,2003 :IT機器の回収・処理・リサイ クルに関する調査報告書,24. ・時田裕佐・上野潔・井関康人・白井辰治,2000: 家電リサイクルプラ ントから素材産業への発信,第4 回エコバランス国際会議講演集, 111-114. ・西本芳夫・宮竹智,2003 :冷媒フロンのケミカルリサイクル技術の 開発,冷凍空調学会誌,Vol.78. 913, 52-56. ・本郷成人監修,2001 :貴金属の科学,応用編 改訂版,田中貴金属 工業(株). ・村井道雄・高木司・藤本隆光・辻原雅法・嶋村光助,2003 :冷蔵庫 用発泡ウレタン断熱材のケミカルリサイクル,三菱電機技報,Vol.77, No.5,35-38. ・行本正雄,2001 :廃棄物ガス化溶融炉と新しい発電技術,月間技術 士,Vol.5,1-4. ・吉田卓也・上野潔,2000 :家電製品リサイクルのLCA −予測と実証 結果,第4 回エコバランス国際会議講演集,551-554. ・Kendall, T., 2003 : Platinum2003, Johnson Matthey, 54-58(和訳版). ・Wakimoto, K., 2001 : A Feedstock Recycling System of Waste Plastics in a Blast Furnace at NKK, 60th Ironmaking Conference Proceedings, Iron and Steel, 473-483.