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STEP1. 奪われた島々

そもそも北方領土問題とは?

そもそも北方領土問題とは

北海道の北東洋上に連なる歯舞(はぼまい)群島、色丹(しこたん)島、国後(くなしり)島、択捉(えとろふ)島の北方領土は、日本人によって開拓され、日本人が住み続けていた島々です。しかし、1945年(昭和20年) 8月の第二次世界大戦終了直後、北方領土はソ連軍(現ロシア軍)によって不法に占拠され、日本でありながら日本人の住めない島々になってしまいました。「北方領土問題」とは、第二次世界大戦後から60年以上が経過した今もなお、ロシアに不法占拠されている北方領土の返還を、一日も早く実現するという、まさに国家の主権にかかわる重大な課題なのです。

今も残る日本人が建てた建物

今も残る 日本人が建てた建物

択捉島に残る「紗那郵便局」の建物は、日本人が建てた北方四島に現存する建物としては、残り少ないものの1つとなりました。 戦後、日本人が建設した建物は次々と取り壊されましたが、北方領土に日本人が居住していた象徴でもある貴重な建物です。

終戦。そして始まった不法占拠。

外務省「われらの北方領土 2007年度版」より
外務省「われらの北方領土 2007年度版」より

その後、ソ連軍は島に沿って南下し、8月28日から9月5日までの間に択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島のすべてを占領してしまいました。

終戦時、択捉島より南の島々には約17,000人の日本人が住んでいました。ソ連軍の不法占拠によって、その半数の者は不安と恐怖のあまり小舟に乗り、自力で島を脱出しました。しかし、それ以外の島民は脱出することができず、樺太などで苦しい生活を送った後、昭和22年から24年にかけて強制的に日本本土に引き揚げさせられました。

その後、北方四島は、戦後60年以上が経過した今日もなお、ロシアの不法占拠の下に置かれた状態が続いています。

STEP2. 日本の地 北方領土

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