■ 栄典制度の沿革
明治4年9月,維新の大業なった新政府は,当時いわば「立法機関」として諸制度の建議の任に当たっていた「左院」に対して勲章制度の審議を指示し,次いで明治6年,左院の建議に基づき,二等議官細川潤次郎ら5名を「メダイユ取調御用掛」に任命しました。取調御用掛は,旧幕府陸軍奉行時代にも勲章制度の検討に携わっていた三等議官大給恒(後の賞勲局総裁)を中心に西欧諸国における勲章制度の調査を行い,我が国における勲章制度の創設に向けて検討を進め,明治8年4月に「勲章従軍記章制定ノ件」(太政官布告第54号) が公布されました。これが現在の旭日章の基になったもので,我が国の勲章制度の始まりとなっています。以降,明治9年に菊花章,明治21年に瑞宝章と宝冠章,また,昭和12年には文化勲章が制定されました。
褒章については,明治14年12月の「褒章条例」(太政官布告第63号)公布により,紅綬褒章,緑綬褒章,藍綬褒章が制定されたのが始まりで,以降,大正7年に紺綬褒章,昭和30年に黄綬褒章と紫綬褒章が制定され,現在に及んでいます。
生存者に対する叙勲は,戦後一時停止されていましたが,昭和39年春から春秋叙勲として再開され,また,褒章も,昭和53年から春秋の褒章として春秋叙勲と同日付けで授与されてきました。このように,我が国の栄典制度は,国家又は公共に対する功労,あるいは社会の各分野における優れた行いを表彰する重要な制度として定着しているところですが,21世紀を迎え,社会経済情勢の変化に対応したものとするため,政府では栄典制度の見直しを行い,平成15年秋の叙勲及び褒章から現在の制度に移行しました。
現在,生存者に対する勲章・褒章の授与は原則として年2回,春は4月29日,秋は11月3日に春秋叙勲及び褒章(紅綬褒章,緑綬褒章,黄綬褒章,紫綬褒章及び藍綬褒章の5種類)が,また,著しく危険性の高い業務に精励した者を対象とする危険業務従事者叙勲が春秋叙勲と同日付けで授与されています。
| 参考 |
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<栄典に関する法令>
日本国憲法は、天皇の国事行為の一つとして、栄典の授与を規定しています。
| ○日本国憲法(抄) | |
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(昭和21年11月3日)
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| 第七條 | 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。 七 栄典を授与すること。 |
| 第十四條 | 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。 |