第一分科会「高齢社会フォーラム・イン東京」

「定年退職を乗り切る」

仁木 賢
高齢者活躍支援協議会 理事事務局長
(株)高齢社 企画室長

〔趣旨・目的〕

第一分科会写真1(東京)

 超高齢社会の進行や厳しい経済社会環境のなかで、60代のシニアは、今後の生活設計そして仕事においてさまざまな努力が求められています。第1分科会では、特に仕事に取組んでおられる60代の方々をパネリストに迎え、参加者とともに、この定年退職期をいかに乗り切るかについて考えました。

〔パネリスト〕
  • 長嶋 俊三  (シニア就業誌『エルダー』 編集者)
  • 水野 嘉女  (無料職業紹介所みなと*しごと55所長)
  • 柳沼 正秀 (ファイナンシャルプランナー(CFP))
〔記録者〕
  • 玉木 康平

〔当分科会の趣旨と進め方〕

仁木 賢:第一分科会のコーディネーターの仁木です。私は現在、入社資格60歳以上の「株式会社高齢社」で、元気なシニアの方たち400名強と一緒に仕事に励んでいます。

 さて、「団塊の世代」と言われる1947~1949年に生まれた678万人の人たちがここ数年のうちに65歳以上の高齢者の仲間入りをしてきます。この超高齢社会では、高齢者は雇用面でも、年金等社会保障制度の維持・実現面でも厳しい環境に晒されることも懸念されています。第一分科会では3名のパネリストを迎え、「定年退職を乗り切る」というテーマについて考えていきたいと思います。最初に高齢者の仕事をめぐってお三方それぞれからご自身が関わってこられた分野からこのテーマについてご見解を述べていただき、そのうえで会場の皆様も交えて意見交換をしたいと思っています。

 まず、シニア就業誌『エルダー』の編集のお仕事に長年携わってこられた長嶋さんから高齢社会の全体の姿と高齢者の働く方向についてお話をお願いします。

■各パネリストからの報告

◇60歳からの「働くこと」:長嶋 俊三

 高齢者雇用問題は、65歳までの雇用については法律で決着がついている部分がありますが、70歳雇用問題については、新しい社会の流れのなかでもう一度働き方全てを根本的に考え直すべき時期にきていると思います。なぜなら、年金問題も含め「持続可能な社会保障」を考えると、高齢者は高齢者だけでは生きられず、安定的な高齢期は若い人の雇用の安定がなければ実現できない時代になってきているからです。これからの超高齢社会を乗り切るためには、若年者の雇用をどうするかなどを真剣に考え、そのなかで高齢者の雇用や生き方を考えなければならないと思います。

○働くことで高齢社会の課題解決を目指すフロンティア国家・日本

 現在日本の高齢化率は22%ですが、超高齢社会の国際的メルクマールは21%以上ですから、いま日本だけがそうした社会になっています。逆に、0~14歳の年少人口は2005年の1,752万人から2015年には1,484万人と300万人近く減少すると推計され、少子化と高齢化はセットで考えざるを得ない状況です。勤労世代人口を高齢扶養世代人口で除した「サポート率」は、EUの場合には65歳まで働ければ2.8ですが、日本の場合にはそれに近づくために70歳まで働く必要があります。70歳雇用は、厚生労働省の「高齢者の雇用安定対策の基本方針」のなかに1項目付加されましたように、テーマとしてはこれから大きくなっていくと思います。

 超高齢社会の一番大きな核になるのは団塊の世代です。日本の高齢者問題は団塊世代問題だと言い得ると思います。働くことに非常に価値を置く約680万人の団塊の世代のなかで大体働いている人は500万人強だと思います。団塊の世代がこれからどう働くのか、またどう働くことが社会全体としてメリットがあるのかを考えていかないと、日本が目指している、「働くことで高齢社会を乗り切ろう」とする図柄が崩れてくると思います。

○「65歳雇用時代」から「70歳雇用時代」へ

 2006年4月から施行されてきた改正高年齢者雇用安定法は、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年の定めの廃止により65歳まで段階的に引き上げられる公的年金(定額部分)の支給開始年齢と合わせて雇用確保を企業に義務づけた法律ですが、いま雇用確保年齢は63歳で、2013年から65歳になります。

 厚生労働省の『高年齢者雇用状況調査(平成21〔2009〕年6月1日調査)』の結果によると、義務づけの雇用確保措置については、31人以上の企業で概ね100%近く実施されています。ただ、希望者全員が65歳以上まで働ける企業は44.6%、あと残りは再雇用で、能力の選択があります。また、70歳まで働ける企業は16.3%です。70歳雇用は中小企業が中心で、大企業は難しいとは思いますが、厚生労働省では、平成23(2011)年度までにこれを20%にする行政目標を設定しています。『高年齢者雇用状況調査(平成21〔2009〕年6月1日調査)』の結果によると、平成17(2004)年に比べて60~64歳の常用労働者が155万人、65歳以上では61万人と大幅に増えており、この改正高年齢者雇用安定法は高齢者雇用という量的な部分では大変効果があったと言えます。

 他方、7月17日の日本経済新聞の「65歳までの雇用」という企画で、高齢者がこれだけ雇用を確保すると、若者の雇用の場が危うくなるという解説記事が出ていました。確かに、リーマンショックのときでも高齢者の就業者数は減っておらず、寧ろ若い人たちの雇用手控え、採用を控える傾向が強かった。今後この問題を含めて、コストだけを追及する資本主義なのか、人材を育てる資本主義なのかという新たな問題を考えることが必要です。

○60歳以降の働き方のポイント

 ▽「多様化」と「専門能力の活用」がキーワード

 60歳以降70歳まで働く場合のポイントは、「働き方の多様化」「専門能力の活用」という2つがあると思います。独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構による『高年齢者雇用確保措置の実態と70歳まで働ける企業実現に向けた調査研究(平成20〔2008〕年度)』でも、「70歳雇用実現の条件」として、「短時間勤務など多様な勤務形態の導入」(44%)、「健康管理の徹底」(41%)、「高齢者の適職開発」(39%)がベスト3となっています。

 ▽これからの60歳からの働き方を示唆する企業

 事例をいくつかご紹介します。働き方の多様化に取組む会社としては、一旦潰れかけた会社を高齢者と女性だけで復活させた実績を持つ、精密金属加工の株式会社那須精機製作所があります。この会社は、従業員自らが仕事のやり易さを追求できるシステムを採ることで、高齢者の身体的な問題や弱い部分をカバーするために、人に仕事を合わせて楽な間違いのない安全な仕事ができる状態を工場のなかに全てつくりあげました。

 適職開発面では、高齢者の能力は人間性、判断力、そして社会性にしても営業能力だとして、60歳から72歳までの10名の人たちを定年なしの営業職に採用している神奈川日本建工株式会社の例があります。この会社は、この10人と1年毎の業務契約を締結する「パートナーシップ制度」を採っています。この会社はグループホームの建設が中心で、パートナーは決まったものについて行政機関等との対応等を行います。

 また、安全センター株式会社は、「緊急通報システム」、つまり、独居老人等が何かあったときに通報をし、世話をするシステムの草分け的な存在の会社です。相談業務が多くなるので、この会社は、看護師、管理栄養士、心理カウンセラーなどの有資格者等専門的な高齢者の能力を活かしています。専門家の人は皆パートで、定年は68歳です。

 それから、高齢者の専門的な能力を伸ばし活かす会社として、社員の自己決定システムをベースに、「70歳雇用」「生涯現役」を目指す、アルミニウム鋳造の栗田アルミ工業株式会社があります。この会社は、社長を含めて社員全員のキャリアや給与をオープンにし、各社員が見られるようにしています。小さな会社ですが、55歳以降は元々自分で定年を決める、実質的には定年なしの会社です。会社は社員の能力開発に対し大々的に支援します。

 高齢者が長年培った技術を持つ専門家として若い人を指導するメンター(mentor、よき指導者)の役割を果すことに力を入れる企業もあります。まず岡本鉄工合資会社は、大型船舶のプロペラシャフト等の鍛造品を手づくりでつくっている従業員約50人の会社です。2000度ぐらいに熱して真っ赤に焼けた鋼材をプレスで打ってかたちにしていく、日本では数少ない会社です。そのために、60代、70代の技術者が7人いて、若い人を徹底的に指導します。同様に、樹研工業株式会社は、100万分の1グラムのギアーを樹脂でつくることによって世界的に注目を集めている70人ぐらいの会社ですが、技能伝承をする人を入社後にどのように育てていくかが大事だという考え方から社員募集方式は無試験で、先着順採用です。樹研工業も岡本工業も70歳ぐらいまで給料が上がり続けます。

 ▽専門能力を活用する非営利組織

 高齢者の専門的な技能・技術を活用できる団体もあります。NPO法人国際社会貢献センターは、日本で唯一業界OBの能力を活用するNPO法人です。この法人は平均年齢65歳の人たちが有償ボランティアとして中小企業が海外に事務所を出す手伝いなどを実費で行います。また、一般財団法人工業所有権協力センターは殆ど民間企業の特許の問題を扱っているため、あらゆる部門の専門家がいます。民間企業出身の1,600人ぐらいの専門家が主席部員という肩書きで働いており、66歳以降は、働く時間も4つのタイプから選択できるようになっています。

 ▽これからの「働く」ということ

 いま社会の成熟化に伴い、モノでないものに価値を置くようになってきています。こうした社会の変化のなかで、単にコストだけでなく、もっと働く時間など多様なかたちで働くことを考えることが求められています。これからの「働く」ということは、民でもない、官でもない、公的な、社会貢献的な働き方が1つの大きなものとして出てくるだろうと思います。

(仁木)それでは続いて無料職業紹介所「みなと*しごと55」所長の水野嘉女さんに高齢者の求人・求職のマッチングという仕事の現場からのお話をいただきます。

◇高齢期の仕事さがし:水野 嘉女

 私は、1947年生まれの団塊世代のばりばりで、いつも大きな波に揉まれながら生きていましたが、必ず近い将来高齢社会になるけれども、そのとき年を取っても楽しく生き生き暮らしたいという動機から1988年に長寿社会文化協会に入りました。私は、この団体に入って、主に機関誌である『ふれあいねっと』の編集やさまざまな研修の仕事等に携わりましたが、現場にいつも這いつくばるようにして仕事をしてきました。

○無料職業紹介事業への参入まで

 長寿社会文化協会は、子育ての終った女性たちや定年退職後の男性たちの高齢期の生き方について学習することから始め、学んだことを地域に役立てたいと介護教室、地域づくり活動ならびにそのためのリーダー研修、有償による介護の必要な高齢者のサポート活動などに漸次取組む等活動の内容の幅を広げてきました。

 長寿社会文化協会の事務所は長い間品川区にありましたが、5年ぐらい前に港区へ引っ越しました。2008年6月に港区が東京都のアクティブシニア就業支援センターを立ち上げることとなり、その事業運営団体を公募することになりました。その応募資格と条件が「港区内に事務所のある公益法人もしくはNPO法人」ということなので、丁度いいチャンスと考え応募したところ、何とか私たちの団体がその事業をいただくことになりました。

○港区アクティブシニア就業支援センター「みなと*しごと55」開所

 東京都は、2002年から区あるいは市が中心になってアクティブシニア就業支援事業を行っており、2002~2009年にアクティブシニア就業支援センターを都内に14ヵ所開設しましたが、みなと*しごと55は14番目にできたものです。それぞれ名称が異なり、運営母体もさまざまですが、運営団体が公募で決まったのは港区が初めてです。14ヵ所のうち、シルバー人材センターが母体のところは60歳以上、それ以外は概ね55歳以上で仕事を探している人たちを対象にハローワークと同じような仕事をしています。

○高齢期の仕事さがしの現実

 ▽「みなと*しごと55」の活動

 港区の公募は2008年でしたが、2008年12月~2009年1月の準備期間を経て2009年の2月に港区のみなと*しごと55はオープンしました。2009年2月~2010年5月の年齢階層別・男女別の登録者数は表のとおりです。

表  偶然テレビ朝日の「スーパーモーニング」や読売新聞の求人欄でみなと*しごと55が取り上げられたこともあって、2009年2月~2010年7月で約2,300人が登録しました。しかし、社会的状況と同様に高齢者の雇用は非常に厳しくて、毎日のように仕事を探しにくる方もいますが、なかなかそれぞれに見合った仕事をご紹介するのが難しい状況です。私たちはいま港区の勤労福祉会館の一室をお借りして6人で運営しています。いま事務所で仕事をしているのは、66歳、67歳、69歳の男性と43歳、48歳の女性、それに62歳の私です。60代の男性たちは、自分たちも定年後の仕事探しにご苦労された人たちなので、非常に親身になって来所された求職者のご相談に応じています。
 ▽求職登録者へのアンケート結果とシニアの仕事さがし

 2009年2月~2010年1月のみなと*しごと55求職登録者1,900名全員にアンケート調査を行ったところ、回答数は641名で回収率は約35%でした。男性と女性を比べると就業中も求職中も男性のほうがかなり多く、実際に仕事をしている人は641人中331人でした。私どもの紹介で就職した方は75名で、そのほかは自分たちの地域のハローワーク(85名)や、他のアクティブシニア就業支援センター(24名)の紹介でした。

 アンケート結果を見て、私が一番驚いたのは、リーマンショック以降の雇用情勢の悪化のなかで、これまで何社ぐらい応募したかとの問いに、男性も女性も300社ぐらいと回答した人が数人ずついて、100社~200社ぐらいの人もかなりいたことでした。私たちがご紹介する仕事で、いま一番就職が決まっていくのは、食べ物屋さんの調理補助とか、洗い場とか、清掃と警備等です。60歳を過ぎて、これからの長い人生をいきていくために次なる仕事を探そうとするには、大変な世のなかだと実感しています。

 去年1年間に4回就職面接会と再就職支援セミナーを実施しました。今年の2月に行ったセミナーでは、私たちのところで新しい仕事に就かれたかた4人の方に体験談として、どのように職種転換をしたかについてのお話をおうかがいしました。営業職だった人がいまは警備の仕事をしています。もう一人の方は嘗て明治大学の駅伝の監督だった方ですが、いまは74歳を過ぎているけれど、ゴルフが好きなので体力をつけるには清掃がいいと、清掃の仕事を週に4日ぐらいされています。60代の初めだったらいままでの経歴を活かす仕事を探すのもいいと思いますが、65歳以上になるとなかなか難しくなります。ただ、経理をやってこられた72歳の男性が、経理職に就くことができた例もあります。

 また、たとえば大企業の営業職を定年退職なさった男性は、新しい分野の仕事探しに挑戦されましたが、結局警備やマンション管理の仕事は自分には合わないとの理由で、就職なさいませんでした。最終的にいまは、東京都の野鳥公園で子どもたちと一緒に、稲や野菜をつくるボランティアに取組んでおられます。だから、生きがいとしての仕事はとても大事だとは思うのですが、60歳以上になると、お金に繋がる仕事だけがすべてではないと考えるように自分自身を変えていく努力が必要だと思います。日々そういうかたちで高齢の求職者の人たちと一緒に喜んだり悲しんだりしながら、仕事探しをしています。

 こういうことから考えて、何人かが知恵やお金を出し合って、自分たちに合った仕事を自分たちでつくりだすことができたら、そんなにお金にならなくても生きがいとしての仕事を貫くことができますし、地域のなかでいつまでも元気に暮らしていけるのではないかと思います。そういう仕事づくりができたらいいなと考えているところです。

(仁木)それでは次に、ファイナンシャル・プランナーでキャリアカウンセラーの柳沼さんに60歳からの働き方と生活生計についてのお話をお願いします。

◇60歳からの働き方・生活設計を考える:柳沼 正秀

 私は、25年間サラリーマンとして働き、50歳のときにいまの仕事で独立をしました。今年62歳ですから、約12年間、主に企業のなかのライフプラン相談や講座、セミナー等の仕事に携わっています。全般的に言えることは、定年を迎えて戸惑っている人が非常に多いことです。その要因としては、先輩の例が全然通用しなくなってきたことにあります。したがって、定年以降のイメージが描けないから漠然とした不安を持ってしまう。何故漠然とした不安になるかと言えば、相談者の方々は、殆ど現状の整理ができていないため、どうしていいか分からないんですね。逆に、自分の現状が整理できると、あとはそれぞれの生き方に合わせてどうすればいいかのアイディアが出てくると思うのです。

○ライフプランが必要な理由

 老後の設計が必要になってきた大きな背景としては、従来と違って長生きの時代になり、60歳で定年を迎えても、それから20年、30年あるいはそれ以上の後半人生が残っていることが挙げられます。仮に、60歳から80歳まで長生きをしたとして計算すると、自分の自由にできる約10万時間は、20歳から60歳まで40年間サラリーマンとして働いた時間に匹敵します。その長い時間の過ごし方は、各人の生き方であり、当然自ら決めることになります。

○中高年の相談事例の特徴

 では、具体的にいまの中高年の方はどんなことに悩んでいるのか。中高年には特徴的なことがいくつか挙げられます。私はそれを「中高年の3大弱点」と言っているのですが。

 1つ目は、自分の将来のイメージが描けてない人が非常に多い。殆どの人が、定年直前になるまで60歳定年というゴール設定を変えないんです。したがって、定年以降が全然見えていないということになります。もちろん、定年は自分のゴールではありません。本来の自分の人生のゴールは80歳か、90歳辺りかにある筈です。定年というゴール設定を外してもらって、本来の自分のゴールに設定し直していただくと、後半の人生全体を見渡せるようになります。具体的には、60歳以降10年から15年程度の収支状況や貯蓄残高の推移が分かるキャッシュフロー表(「ライフプランと資金計画表」下記の図参照)を作っていただくと、かなり自分の後半の人生がイメージし易くなります。

 2つ目は、社会保険制度を理解していないことが挙げられます。60歳以降の生活設計では、医療や介護のときのリスクマネージメントが非常に大切です。ところが、自分がどのように公的保障で守られているかを理解している人が少ないんです。サラリーマンは、厚生年金、健康保険、介護保険、雇用保険などの社会保険に加入しています。万一亡くなったときは遺族年金、病気けがをしたときは健康保険、介護状態になれば介護保険など、公的保障が整っているんです。これらの公的保障は十分ではありませんが、自分が必要だなと思っているうちの6~7割ぐらいがカバーされるように設計されています。つまり、社会保険制度が理解できると、リスクに対しての保障の目安が分かるんです。あとの残りの3~4割は、自分の資産状況によって自助努力で対応することになります。

 3つ目は、お金の知識がないことです。これは理由がはっきりしています。先輩のサラリーマンは、お金に関する知識は必要なかったんです。以前は、定年になれば満額の年金が出て、それで殆ど夫婦二人で生活することができました。また、運用に関しても、戦後からバブル崩壊までは、銀行や郵便局へ行って定期預金等に預けておけば、誰でも5%の利息が得られました。いまは全く状況が変わりました。預ける金融機関や金融商品によって、資産状況が大きく異なってくる時代に変わったんです。といっても株や投資信託などで大きなリスクを取れと言っているわけではありません。自分が持っている金融資産を「金融資産・ローン状況一覧表」というかたちで整理ができれば、運用の考え方が非常に分り易くなります。さらにお金に目的を持たせると今後どうしたらいいかが明快になります。

○働くことが前提になってきた老後の設計

 老後の設計ですが、いまは相談を受ける内容が10年前とまったく変わりしました。10年前は、殆どの人が定年を機に辞める人が圧倒的に多かった。いま定年を迎える人たちは、殆どが働く選択をしています。理由は簡単です。10年前は辞めないと損だったんです。以前は辞めると満額の年金がもらえ、さらに1年間失業給付を一緒にもらえました。合わせると400万円を楽に越える人がざらでした。逆に、働くと年金は大幅に減額されたうえ、当然失業給付はもらえません。ところがいま定年を迎える人は、年金は60歳~65歳までの5年間は、5、6割程度しかもらえません。金額では月額10万円程度です。これでは生活が難しいため、働く選択をされる人が多くなったということだと思います。

 ただし、50代までの働き方と60歳以降の働き方は、まるっきり変わるんですね。60歳以降は、10万円の年金をベースにした設計ができるため、年収に拘らない働き方ができるんです。どうせ働くのであれば、自分の好きなことをしたいということを考える人もいます。60歳以降の最大のテーマは、自分の居場所をどこにするかなんです。キーワードとしては、自己実現、社会貢献、生涯学習の3つが挙げられます。

 自己実現は、それぞれの人生観によって違ってきますが、自分が生き生き活躍できる場所がどこにあるのか。相談の事例では、やはり40年間働いてきた仕事のなかに得意な土俵を見つける人が多いですね。社会貢献も、年収に拘らなくていいのであれば、NPO等で少しでも世のなかに役立ちたいというものです。年齢を重ねれば重ねるほどその思いはどんどん強くなっていきます。もう1つの生涯学習は、いままで勉強できなかったこと、好きな歴史の勉強がしたいと、本を読んだり、大学へ行くケースも増えてきています。

○生き方で変わる年金の4つの選択肢

 中高年が高い関心を寄せるのが年金ですが、以前と異なりいまは「年金は自分の生き方によって選ぶ時代」になったと言えます。最近は60歳以降も継続して働く人が多くなり、在職老齢年金に関する相談が非常に多いですね。私は、生き方で選べる年金の4つの選択肢(①年金を規定どおりもらう②年金を繰り上げてもらう③在職老齢年金でもらう④年金を減額されずに働く)を比較検討できるようにして相談にあたっています。

 年金選択の1つ目は、規定どおり年金をもらうパターン。60歳から5年間は120~130万円(月額10万円程度)、65歳からは200万円程度(月額17万円程度)、奥さんがいると奥さんが65歳になるまでは加給年金が40万円出る。奥さんが65歳になると、専業主婦でも20~60歳の40年間保険料を納めていると79.2万円(月額6.6万円)が出る。

 2つ目は、年金を繰り上げてもらうパターンです。65歳からもらえる老齢基礎年金は、1ヶ月単位で最長5年間繰り上げることができます。60歳以降田舎暮らしをする人などには向いた選択となります。

 3つ目は、働きながら年金をもらう在職老齢年金制度のパターン。昔と違いいまは、年金が月額10万円+賃金18万円合わせて28万円までであれは減額しない制度に変りました。いまは、この範囲内で働く人が非常に多くなりました。4つ目は、年金を減額されずに働くパターン。分かり易いのは、独立して自営業をやれば、厚生年金に入らず働くので、年金は一切調整されません。

 また、年金の選択肢を判断するときは年金だけでは駄目で、高年齢者雇用継続給付金のような雇用保険から出る制度があったり、どのパターンを選ぶかによっても、国民保険とか国民健康保険の保険料とかが変ってきたりします。それら全部が総合的に分かって初めて、60歳以降の選択肢を判断できるということになります。こういったことが分かったうえで、自分の今後の生き方をどうするかというところに入っていけるのだと思います。

(仁木)それでは、3人の演者の発表に対し会場の皆さまからご質問をお願いします。

■質疑応答ならびに意見交換

Q.長嶋さんが若者の就職が安定しないと高齢者の生活、年金等々も安定しないとおっしゃったのですが、若者の雇用状況をどう改善したらいいのでしょうか。それと関連して働きたい高齢者が60歳定年で別な仕事をして若者にもう少し雇用機会を安定的に保障してあげるようなうまいバランスが取れる仕組みは考えられないでしょうか。

(長嶋)若年者雇用の問題は、企業特に大企業の経営者がそれをどう考えているかで全然違ってくると思います。高齢者がかなり定年以降もいるとなると、全てのコストのバランスの問題から、若者の採用を止めざるを得ない状況が出てきます。他方、経済状況次第では負担が重いからと高齢者のほうを切る場合もあり得ます。そこで、基本的なところの経済改革により若者・高齢者両方の雇用を考えることが根本的に必要になると思います。それがない限り、どちらも不安定で、どこでバランスを取るかも分かり難いと思います。

 2つ目の問題ですけれど、ドイツなどを見ますと、若者と高齢者の仕事の内容、専門が違います。ドイツは、昔若年者の失業が多いことを理由に高齢者の早期退職を実施して大失敗したことから、前のシュレーダー政権のとき、2000年ぐらいから企業、労組、政府からなる「雇用のための同盟」という首相の直属機関をつくって、高齢者雇用を再度行う状況になりました。それがきっかけとなり、ヨーロッパはどこでも高齢者雇用を実施し始めています。北欧でも、デンマークやスウェーデンなどはバブルが弾けたあと、高齢者雇用問題に取り組んでいます。また、日本と北欧を比べると社会システムが全然違います。特に日本の場合は、社会システムがないに等しい。北欧では、大学において能力再生プログラムを行うシステムが発達しているし、若いときから職業教育が充実しています。だから、日本でもそういう社会システムをつくっていく必要があります。

Q.求人と求職との繋がりをよくするために求人登録票に細かい働き方を書いてもらうことが必要であると言う人がいるのですけれど、水野さん、その点は如何でしょうか。

(水野)私は、仕事の内容については、入ったあとで企業の担当者と個人の方とが話し合って考えていくものではないかと思っています。求人登録票にあまりにも細かく書かれてそれと合致した人と言われると、反対に求職者の誰が当て嵌まるかなと考えてしまいます。個人が持っている能力は多分新しい会社に行けば新しい会社に合わせていろいろ開発されるのではないでしょうか。

Q.柳沼さんにお聞きします。銀行の金利が低いため0.0何%分の預金利息しか生みませんが、このような状態で退職金の運用と定年後の生活はどう考えたらいいのでしょうか。

(柳沼)利息がつかなくても現在はデフレで、物価が下がっている状況ですから、お金自体の価値は上がっているので、運用的にはじたばたすることはないと思います。ただ、実際に生活するには年金10万円では生活が苦しいので、リスクを取っても運用したい人はどうするかですが。団塊の世代は殆どリスク商品で運用した経験がありません。リスク商品を運用したことがない人が初めて運用してうまくいく筈がない。そこで、2つ考え方があります。1つは、前に紹介をしたキャッシュフロー表(CF表)をつくり、夫婦二人が亡くなるまで安心して生活ができるなら、CF表で言えば、貯蓄残高がゼロにならなければいいという考え方です。もう1つは、リスクを取れる人ですが、これから経済が発展するという前提で考えるのであれば株式、投資信託などの商品は平均的には(統計的には)預貯金よりは運用がよくなります。したがって、それなりの勉強をすれば資産を増やすことは可能と思います。ただし、条件がありますよね。少なくとも世界経済まで勉強をしないと運用はできないとも言えます。果たしてこの辺のところの腹をくくれるでしょうか。

 私は、運用よりも確実な生活設計があると思います。つまり、何歳でも働ける力を自分につけておけば、あまり老後の資金がなくとも安心した生活を送れるのではないかと考えています。

(仁木)ここで各パネリストの皆さまからまとめのメッセージをお願いします。

<各パネリストからのまとめのメッセージ>

(長嶋)スイスは2007年から、時計などの不況業種の労働力を好況の業界に回すという「労働力のレンタル制度」を行っています。そのように、もっとダイナミックに社会を動かしていく自由な発想でいろいろやっていかないとこれからの働き方の見直しが利かないと思います。日本の超高齢社会は、どうしても雇用で乗り切ろうという部分がありますが、これを負っている団塊の世代の人たちがどういう発想で新しい仕事やその仕組みをつくっていくかです。これがこれから重要なポイントになるだろうと思います。

(水野)超高齢社会に適合できるように日本の社会システムが変らないと話しにならないのですが、本当は多分一人ひとりが変っていくことで、社会も変っていくのではないかと思います。いまは年齢による差別も、男女の差別もあって、なかなか思うようにできないのですが、でもたとえば生活クラブ生協のワーカーズコレクティブとか、日本労働者協同組合のワーカーズコープのように、女性たちが自分たちでお金を出し合って新しい事業を始めた例もあります。女性たちはわりと踏ん切りよく自分を変えて、多少のお金を持ち出しても自分たちのしたいことをしようとしてきた部分があります。だから、男の人たちがもっとダイナミックに自分が変ることに勇気を持って取組んでいただくと、年齢を超えて、男女を超えて何か新しい仕事や働き方ができるのではないでしょうか。そのように自分たちでできる仕事を自らつくっていくことが必要だろうと思っています。

(柳沼)多くの方々のご相談をするなかで、将来設計のイメージを具体的に描くツールとしては、先ほどご紹介したキャッシュフロー表が非常に有効であると確信をしています。私は、これを広めたい一心でいまの仕事に取組んでいるとも言えます。このキャッシュフロー表は、皆さんの後半人生を映画に喩えると、皆さん自身がこれからの人生をまさに主演・監督し、上映していくためのシナリオなんですね。このシナリオをきちんと考えていくことによって、自分の夢が描ける可能性がどんどん高まる筈です。高齢者の方々が、このCF表を作成するなかで人生の資金繰りを確認すると同時に、社会で自分の力を役立てる場所を探していただければと思います。

<コーディネーターの総括コメント>

第一分科会会場写真(東京)

(仁木)本日、パネリストの方々から、超高齢社会という歴史の画期にあって新たな雇用をめぐる環境に適合するように社会システムを見直すなかで高齢者の働き方を考えること、一人ひとりの個人が銘々生活する地域において仲間と一緒に協力して自分たちでできる仕事をつくっていくこと、高齢者が自らの将来ヴィジョンをきちんと描くことで自分の居場所や出番を見出すことがいま求められているというご意見をいただきました。

 65歳を過ぎても、働ける社会がいま必要であることは間違いありません。閉塞感ばかりにとらわれることなく、明るい社会の展望を拓き、その実現に努めることが、超高齢社会という時代にシニア世代として生きる私たちの歴史的責任かなと感じました。

 これを契機に本日ご参加いただいた皆さまと一緒に是非議論を続けてそうした視点を拡げたいと思いました。今日は、本当に有難うございました。