特集「道路交通における新たな目標への挑戦」
III 新たな目標の達成に向けて

目次]  [前へ]  [次へ

III 新たな目標の達成に向けて

◎まえがき

交通事故のない社会を達成することが究極の目標であるが,一朝一夕にこの目標を達成することは困難であることから,第10次交通安全基本計画では,計画期間の最終年である平成32年までに,年間の24時間死者数を2,500人以下とし,世界一安全な道路交通を実現することを目指している。

我が国は本格的な人口減少と高齢社会の到来を迎えており,高齢者等の交通弱者の安全を確保していくことが,一層重要になっている。本計画の目標を達成するためには,多様な高齢者の実像を踏まえたきめ細かな交通安全対策を一層推進していかなければならない。

今後5年間で本計画に掲げた高い目標を達成するためには,これまで実施してきた各種施策の深化はもとより,致死率が高く,運転操作不適等による交通事故が多い高齢者の人口が今後も増加することを踏まえ,運転者の危険認知の遅れや運転操作の誤りによる事故を未然に防止する安全運転支援システムや交通事故が発生した場合にいち早く救助・救急を伝えるシステムなどの先端技術の活用や,交通実態等のビッグデータをはじめとする様々な情報を活用・分析したきめ細やかな対策に取り組むことが必要であり,これにより交通事故のない社会の実現への大きな飛躍と世界をリードする交通安全社会を目指す。

また,安全な交通環境を実現するためには,交通社会の主体となる運転者,歩行者等の意識や行動を周囲・側面からサポートしていく社会システムを行政,関係団体,住民等の協働により形成していくことも必要である。

1.先端技術の活用

運転者の不注意による交通事故や,高齢運転者の身体機能等の低下に伴う交通事故への対策として,運転者の危険認知の遅れや運転操作の誤りによる事故を未然に防止するための安全運転を支援するシステムや,交通事故が発生した場合にいち早く救助・救急を行えるシステム等,技術発展を踏まえたシステムの導入を推進していく必要がある。

例えば,先進技術を利用してドライバーの安全運転を支援するシステムを搭載した先進安全自動車(ASV)については,産学官の協力によるASV推進検討会の下,車両の開発・普及の促進を一層進める。具体的には,衝突被害軽減ブレーキにおける歩行者の検知技術の向上等の更なる技術開発を進めるとともに,市場化されたASV技術については,国際的な動向も踏まえつつ,更なる普及策を講じていく必要がある。

また,(i)ドライバーが運転中に突然の疾患による発作などの異常により運転継続が難しくなったときに,ドライバーに代わり車両を停止させる「ドライバー異常時対応システム」,(ii)事故発生時に車載装置等を通じて発生場所の位置情報等を通報することにより,緊急車両の迅速な現場急行を可能にする「事故自動通報システム」等の新技術の開発・普及により,交通事故による死亡者,重傷者の一層の減少が期待される。

加えて,交通事故の多くがドライバーのミスに起因していることを踏まえれば,自動走行技術は交通安全の飛躍的向上に資する可能性があると考えられることから,自動走行技術等の開発・普及のための環境整備も必要である。

その他にも先進技術として,交通管制システムのインフラ等を利用して,運転者に周辺の交通状況等を視覚・聴覚情報により提供する安全運転支援システム(DSSS)やETC2.0対応カーナビ及びETC2.0車載器により,ETCに加え,渋滞回避支援,安全運転支援といった情報提供サービスを提供するETC2.0サービスの普及が進められているところであり,交通事故の抑止への効果が期待される。

先進安全自動車の技術例

ETC2.0サービス(渋滞回避支援・安全運転支援)

更なる開発が期待される先端技術の例

ドライバー異常時対応システム 事故自動通報システム 安全運転支援システム(DSSS)

2.交通実態等を踏まえたきめ細かな対策の推進

これまでの悪質かつ危険な違反に重点を置いた総合的な交通安全対策の実施により,交通事故を大幅に減少させることができてきたが,安全運転義務違反に起因する死亡事故は,依然として多く,近年,相対的にその割合は高くなっている。このため,これまでの対策では抑止が困難である交通事故について,発生地域,場所,形態等を詳細な情報に基づき分析し,よりきめ細かな対策を効果的に実施していくことにより,当該交通事故の減少を図っていく必要がある。

事故実態の把握・分析においては,従前のマクロデータ及びミクロデータに加えて,車載式の記録装置である映像記録型ドライブレコーダーやイベントデータレコーダー(EDR)の情報の活用等について検討するとともに,医療機関の協力により,乗員等の傷害状況も詳細に把握し,事故による傷害発生メカニズムを詳細に調べるなど,交通安全のより一層の推進に資する取組について検討していく必要がある。また,国民が交通事故の発生状況を認識し,交通事故発生に関する意識の啓発等を図ることができるよう,地理情報システム等を活用した交通事故分析の高度化を推進し,インターネット等各種広報媒体を通じて事故データ及び事故多発地点に関する情報の提供・発信に努める必要がある。

ビックデータを活用した生活道路対策 交通事故ミクロデータと医療データの統合分析

3.住民の参加・協働の推進

地域における安全・安心な交通社会の形成には,当該地域の住民が自らの問題として積極的に参加してもらうことが重要であり,これまで以上に地域住民に交通安全対策に関心を持ってもらうため,交通事故の発生場所や発生形態などインターネット等を通じた交通事故情報の提供に努める必要がある。

特に若者を中心とする層に対しては,交通安全に関する効果的な情報提供により交通安全意識の高揚を図るとともに,自らも主体的に交通安全の啓発活動等に取り組むことができる環境の整備に努める。

交通の安全は,住民の安全意識により支えられることから,住民自らが交通安全に対する意識を高めていくことが重要である。交通安全思想の普及徹底に当たっては,行政,民間団体,企業等と住民が連携を密にした上で,それぞれの地域における実情に即した身近な活動を推進し,住民の参加・協働を積極的に進める必要がある。

また,安全で良好なコミュニティ形成を図るよう住民や道路利用者が主体的に行う「ヒヤリ地図」を作成したり,交通安全総点検等住民が積極的に参加できる仕組みをつくったりするほか,その活動において,当該地域に根ざした具体的な目標を設定するなどの交通安全対策を推進することも重要である。

4.公共交通機関等の安全

バスなどの公共交通機関等の安全対策として,保安監査と運輸安全マネジメント評価を充実強化する。さらに,事業者は多くの利用者を安全に目的地に運ぶ重要な機能を担っていることに鑑み,運転者等の健康管理を含む安全対策に一層取り組む必要がある。

○軽井沢スキーバス事故対策検討委員会の検討状況

平成28年1月15日に軽井沢スキーバス事故が発生したことを踏まえ,二度とこのような悲惨な事故を起こさないよう,徹底的な再発防止策について検討するため,国土交通省では,有識者からなる「軽井沢スキーバス事故対策検討委員会」を設置し,規制緩和後の貸切バス事業者の大幅な増加と監査要員体制,人口減少・高齢化に伴うバス運転者の不足等の構造的な問題を踏まえつつ,抜本的な安全対策について,

  • 貸切バス事業者に対する事前及び事後の安全性のチェック強化
  • 旅行業者等との取引環境の適正化,利用者に対する安全性の「見える化」
  • 運転者の技量のチェックの強化
  • ハード面の安全対策の充実

等の観点から議論を進めている。

同委員会での議論を踏まえ,実施可能な施策については速やかに実施するとともに,28年夏までに,総合的な対策をとりまとめ,実施に移していくこととしている。

なお,平成28年3月29日には,再発防止策についての「中間整理」がとりまとめられ公表されている。

【政府ホームページ掲載先】

http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha02_hh_000238.html

5.引き続き積極的に取り組んでいく項目

交通安全対策を一層推進するためには,先進技術の活用をはじめとする新たな対策を積極的に取り組むことが必要であるが,一方で従来から取り組んできた高齢者対策をはじめとする取組を一層深化させることも重要である。

(1)高齢者及び子供等の安全確保

国民ひとりひとりが自ら安全で安心な交通社会を構築していこうとする前向きな意識を持つようになることが極めて重要であることから,交通安全に関する教育,普及啓発活動を充実させることが重要である。特に,高齢運転者に対しては,高齢者講習及び更新時講習における高齢者学級の内容の充実に努めるほか,関係機関・団体,自動車教習所等と連携して,個別に安全運転の指導を行う講習会等を開催し,高齢運転者の受講機会の拡大を図る。

また,年齢等にかかわらず多様な人々が利用しやすいよう都市や生活環境を設計するとの考え方に基づき,バリアフリー化された道路交通環境の形成を図っていくことも必要である。

(2)歩行者及び自転車の安全確保

歩行者の安全確保については交通事故の多いエリアにおいて,国,自治体,地域住民等が連携し,徹底した通過交通の排除や車両速度の抑制等のゾーン対策に取り組み,子供や高齢者等が安心して通行できる道路空間の確保を図る必要がある。

特に,自転車の安全利用を促進するためには,生活道路や市街地の幹線道路において,自動車や歩行者と自転車利用者の共存を図ることができるよう,自転車の走行空間の確保を積極的に進めていく。

また,自転車利用者については自転車の交通ルールに関する交通安全教育等の充実や,歩道通行者に危険を及ぼす違反等に対して積極的に指導警告を行うとともに,近年,自転車が加害者となる事故に関し,高額な賠償額となるケースもあることから,賠償責任を負った際の支払い原資を担保し,被害者の救済の十全を図るため,関係事業者の協力を得つつ,損害賠償責任保険等への加入を加速化する必要がある。

(3)生活道路における人優先の安全・安心な歩行空間の整備

生活道路への通過交通の流入を防ぐとともに,歩道等の交通安全施設等の整備,効果的な交通規制の推進等により安全な道路交通環境を形成することとが重要である。

その取組として,最高速度30キロメートル毎時の区域規制等を前提とした「ゾーン30」を整備するなどの低速度規制を実施するほか,高輝度標識等の見やすく分かりやすい道路標識・道路標示の整備や信号灯器のLED化,路側帯の設置・拡幅,ゾーン規制の活用等の安全対策や,外周幹線道路を中心として,信号機の改良,光ビーコン・交通情報板等によるリアルタイムの交通情報提供等の交通円滑化対策を一層推進する必要がある。

また,通過交通の排除や車両速度の抑制を行うためのハンプ・狭さく等の標準仕様を策定するとともに,ビッグデータの活用により潜在的な危険箇所の解消を進めるほか,交通事故の多いエリアでは,国,自治体,地域住民等が連携して効果的・効率的に対策を実施する必要がある。

目次]  [前へ]  [次へ