佳作 【中学生部門】 増田 たま

繋がる

 

川口市立南中学校 三年
ますだ たま
増田 たま (埼玉県)

音の無い世界。話し声や笑い声が聞こえない、足音や車の走る音も聞こえない、全てが無音の世界。私にはそれが想像もつきませんでした。そんな耳にハンデを持つ、まりちゃんに出会って私の知らなかった世界、知ろうとしなかった世界が今、少しずつ見えてきました。

まりちゃんに初めて会ったのは、私が四歳のとき。父の徒弟で、よく家にも遊びに来ていた源太郎くんが、まりちゃんとの結婚を報告しに来たときでした。会う前から耳が聞こえないということは聞いていました。補聴器をつけていること以外、何一つ健聴者と変わらず、なぜかほっとしている自分がいました。挨拶したとき、まりちゃんはあたりまえのように手話を使い、私に話しかけました。「こんにちは。初めまして。これからどうぞよろしくお願いします。」この言葉だけは、源太郎くんの通訳がなくてもわかったのです。幼いながら、手話がまりちゃんの〝言葉〟なんだと感じた瞬間でした。

私が初めてまりちゃんに教わった手話は、自己紹介でした。「私の名前はますだたまです。」覚えた私は、うれしくていろんな人にやって見せていたといいます。それからたくさんの手話を教えてもらいました。「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹、花、トイレ、忙しい、おいしい、楽しい…。」手話を覚えていくうちに、なんだかまりちゃんを知っていけるような気がしました。読書が好き、また運動もできて一緒にランニングに行ったこともありました。まりちゃんはいつだって笑顔で快活な人でした。耳が不自由なことなんて一ミリも感じさせず、なんて前向きな人なんだろうと感心していたことが印象に残っています。

やがて、まりちゃんと源太郎くんに二人の赤ちゃんが生まれました。今は五歳になる共蔵くんと、三歳のキクちゃんです。まりちゃんの家には、「家の中では手話で話す。手話で子供を育てる。」という方針があります。〝手話で子育てはできない〟、〝声で育てないとかわいそう〟など、心無いことを言われたこともあったそうです。でもまりちゃんは、子供といろんなことを話したかったから、人に何を言われても手話で話す家庭を作ろうと思ったと言います。私は共蔵くんやキクちゃんが、まりちゃんや源太郎くんと手話で話しているのをそばで見てきて、これがこの家族の在り方なんだと感じました。耳の聞こえないまりちゃんが、耳の聞こえる子供を育てるのは大変だったと思います。でも、手話という繋がりは太く、強く、この家族だけの形なんだということを感じさせられました。

まりちゃんは、子供たちと手話で話しているときが一番幸せだと話してくれました。障害があってもなくても、同じ社会、同じ家族として生活していく必要があります。そのとき、どちらかでも暮らしにくい社会だったらそれは、本当の共生社会とは呼べないと思います。まりちゃんたちのように、お互いがお互いを必要としていける社会になってほしいです。

障害をもつ人たちの本音に耳をかたむけてみてほしい。それは声でなくとも、様々な形で私たちに返ってくるはずだから。私たちはもっと、「繋がる」ことができるはずだから。