最優秀賞 【高校生・一般部門】 山崎 嘉通

文字が読める喜び

 

やまさき よしみつ
山崎  嘉通 (鳥取県)

私は、63歳の障がい者です。障害名は、脳性マヒで、両手両足がマヒのため不自由ですが、首から上は自由に動かすことができるので、口を使って何とかできることを考え、試してみるのですが、できることはごく限られたもので、結局は暮らしの中の大半は介助を受け、それに頼ることになるのです。

自分のできることで一番重要なのは、ある程度の準備をしてもらえば食事が自分で取れることです。他には、パソコンも操作できますが、マウスが使えないので、トラックボールを使い、キーボードでの文字の打ち込みも、口にくわえた棒で打ち込みをします。そして、携帯もスマホに変わりましたが、そのスマホが困りもので、木の棒では反応してくれませんから、インターネットで検索し探して、「長いタッチペン」というものがあり、それを使って操作をしています。また、電動車イスの運転操作も、顎のところでコントローラーを操作ができるようにしていますが、その他のことは口では到底できないことばかりで殆どが介助をしてもらっています。

そんな私は、障がい者支援施設で生活していますが、同じ施設利用者の中で支援員に足を使って一生懸命何かを訴えている女性がおられます。彼女の障害も私と同じ脳性マヒで、構音障害で話すことが難しく言葉で会話をすることは殆どできません。その為、「意思伝達装置」が必要だとリハビリ担当の訓練士さんが判断され、今年の春に申請が通り給付が認められました。

何か月か経って真新しい「意思伝達装置」が届きました。最近の「意思伝達装置」は、ノート型のパソコンでソフトを動かすようになっていて、そのノート型パソコンの画面の下半分に、「あ・か・さ・た・な…」と横方向に表示され、その行が順番に点滅していくので、その中の「あ」の行が点滅したときにボタンを押し選択すると、縦の列の「あ・い・う・え・お」のどれかを選択できるように点滅していくのです。その点滅のタイミングに合わせて、特殊な大きいボタンを押すと、自分が打ち込みたい文字が選ばれ、画面の上半分の白い部分に最終的に選択された文字が表示されて、文章を作ることができるのです。出来上がったその文書を音声で発声させて、相手に聞いてもらいながら会話ができ、またその文書をプリンターで紙に印刷ができるようになっているのです。この機能を使えば、両手が不自由で文字を書けない彼女も、自分の意思を伝えることができるのです。彼女の両足は手よりも器用に使えるので、足を使って操作する彼女にとっては、「意思伝達装置」以上の役割になると思ったのです。  私も彼女も重度の障がい者なので、年齢的にいえば教育免除という措置で、義務教育は受けることができなかった年代だと思います。ですから、小・中学校で当然の義務教育で学ぶべく勉強が学べなかったのです。特に生活でよく使う文字も学べる機会は無かったのですが、運よく私の場合は「ひらがな」や「カタカナ」だけは、明治生まれの祖母が教えてくれて何とか覚えることができました。漢字は模型と相撲にとても興味があり、テレビの相撲中継で、ファンだった力士の四股名を覚えるのにアナウンサーが読み上げるのを聞き、それを覚えました。そしてもう一つは、模型の戦車や軍艦・飛行機が好きになり、戦争で使われた経緯などが専門雑誌の写真とかの横に書いてあり、その説明を読みたくて一文字ずつ聞いているうちに覚えることができました。中でも、一番漢字を覚えることに活躍してくれたのは「ワープロ」でした。言葉を知っていれば、その言葉を打ち込むと自動的に漢字に変換してくれるのですが、初期の「ワープロ」は文字を打ち込んで熟語ごとに変換すると意味不明な変換をして、もう一度一文字ごとに変換しないと、手紙を書いても意味が通じない手紙になってしまったのを覚えています。

そして、彼女の場合は、この施設に入所することが決まってからの短い間に、大急ぎで「ひらがな」と「カタカナ」を覚えられたそうで、漢字までは覚えられなかったと嘆いています。

「意思伝達装置」が来るまでの彼女は、何か職員にしてもらいたいことや用事があるときは、足の指に鉛筆をはさみ、メモ用紙にいっぱいの大きさの「ひらがな」で訴えたい内容を書いて渡していたのですが、足で書いているので、慣れた相手にしかその文字を読んでもらえず、理解に苦しむ職員もいたので困っていました。ですから、彼女が「意思伝達装置」で、「ひらがな」はもちろんのこと漢字も扱えることが分かると、文書の書き方や漢字の使い方を教えて欲しいと、真新しくまだ使い慣れない「意思伝達装置」をさっそく使い、打ち間違えながらも、隣のテーブルでパソコンをしていた私に「文字を読みたい」とか「文書の書き方」などを教えて欲しいと訴えて手紙を書いてきたのです。

私もその時は、驚き、「こんな私に誰かに文字や書き方を教えてあげられるような大役が務まるのか」ということが頭に浮かびましたが、「文字を読みたい」とか「文書の書き方」などを覚えたいという気持ちは、私も以前は思っていたことなので、彼女の気持ちに共感しました。でも、正直を言って、一瞬の迷いもあったことは確かでした。でも、反対の立場であったとしたら、私も同じように頼み込んだと思うので、快く引き受けることにしました。その姿を目にした時「本当に文字を覚えたかった」という一途な気持ちと、素直な気持ちが伝わってきました。

快く引き受けたのですが、私にとって初めて教える方の立場になるので、いったいどのような教え方をすれば、簡単に覚えてもらえるかをいろいろ考え、職員にも知恵を絞ってもらい、ネットで検索をして、たどり着いたのが、大きく漢字を書いて(打って)その上の行に小さく「ふりがな」を入れたものを作るというものでした。離れた場所から見る為もう少し文字を大きくして欲しいと、要望があり、大きくしたのですが、一枚の用紙に印刷できる文字数が減り、同じ文字数だけ作るのにも何枚もの用紙を使うことになり、それに壁に貼れる枚数も限られる為、その文字の大きさを決めるのに手間取りましたが、私がパソコンのある部屋へ行ってみると、その漢字が印刷された紙をジッと見つめておられる彼女の姿を見かけるようになりました。

それからの毎日は、おやつの後の時間帯、彼女も自分のパソコンに向かって、一生懸命足で文字を打つのが日課になりつつあります。一番彼女がしたかったことは、買い物でした。自分の欲しい物がある時は、週に3回ある「買い物代行」というこの施設での制度があり、その買い物で買ってきて欲しい品物の名前と数量を「ひらがな」だけで、打っていて、間違えると私を言葉にならない声で呼び、半分出来上がった文書の直し方や「、」の付くところを教えて欲しいとばかりに呼ばれるので後ろに回って、彼女の肩越しに画面を見ながら教えてあげています。

私のような重度の障がい者は、普段から介助を受けての生活なので、他人に頼ってばかりの生活に慣れてしまい、他人から頼られるとか、信頼されることが殆どない生活ですので、こんなに信頼され、頼られるということは、私にとって、とても嬉しく思えることです。

ですから、これからもより一層、他人から信頼されて、なんにでも頼られる人間になり、精神的にもっと成長をしていきたいと思っています。