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第三章 最近の動向 (平成20年度国際比較調査以降の主要な動向)

II ドイツ

1.障害者の権利条約の批准後の状況

<1>ドイツにおける障害者の権利条約の批准後の状況

 障害者の権利に関する2006年12月13日の国際連合条約のための法律案および、障害者の権利に関する2006年12月13日の国際連合条約のための議定書(Drucksache 16/10808)が議会を通過した。障害者の権利条約は、障害者の生活状況に関する人権を具体化しているもので、すべての生活領域における障害者の差別を禁止しており、市民の政治的、経済的、社会的、および文化的な人権を保障するものであると理解されている。議定書は、国際法的な条約であり、これは、個人の不服申し立て、および調査の手続をめぐる、条約34条による障害者のための委員会の権限を強化するものである。双方の手続は、協定の実行と監視の強化を目的としている。この法律により、協定及び議定書の批准の前提条件を作り出そうとしているものである。
この法律は次のように、2条からのみなる。
「1条 障害者の権利に関する2006年12月13日の国際連合条約のための法律案および、障害者の権利に関する2006年12月13日の国際連合条約のための議定書が承認される。この条約及び議定書は、ドイツ語での公式の翻訳によって次のように公表される。
(1) 2条この法律は、発効日に生じる。
(2)この協定が45条2項により、議定書が13条2項により、ドイツ連邦共和国に対して発効する日に、官報に公表される。」
雇用との関係では、条約批准以前に、2001年において、社会法典第九章(IX)81条2項において不利益取扱い禁止条項が規定され、2006年には、一般的平等取扱法1条以下において、障害を理由とした差別を禁止していたことから、同条約批准の前後で、目立った法改正をめぐる議論はなかったとされる。教育との関係では、条約の具体化が条約批准後大きな社会問題となっている。条約批准前には特に、法律の改正を行わなければ条約を批准できないとは議論されていなかったようである。ドイツの教育は州の教育法によって規律されている。同条約批准後、まず、ブレーメン州では、児童の個別的な特別支援教育の支援の必要性を認定するために、特別支援教育的な鑑定書が作成されるが、専門委員会(特別支援教育の必要性、特別支援の場所、教育課程に関する専門委員会)の決定は、可能な限り、両親の同意によって行われるとしている。特別支援センター(Forderzentren)では、特別支援の必要性に応じた授業を行い、特別支援の必要性のある児童を教育し、両親に助言を行うとしている。
シューレスヴィッヒ・ホルシュタイン州では、 1)特別支援のための鑑定書が作成され、特別支援が児童に対して勧告された場合、2)特別支援の必要性が認定された児童で、特別支援教育を受けている児童が学校を変えるときには、コーディネート面接(Koordinierungsgesprache)が行われることが規定される。コーディネート面接の目的は、各児童に対する支援措置、支援場所に関する両親を含むすべての当事者の合意を達成することにある。従来、特別支援教育の支援の必要性を教育行政(市)が決定する法制を各州はとっていたため、これらの州法は他の州に先立つもので、両親の権利を拡充する先進的なものである。
 これまで、ドイツでは、長く、特別支援学校と一般の学校とを分離する教育を行っていた。但し、多くの州において、90年代には、一般の学校において統合的な授業を実施する改革を行っていた(例えば、シューレスヴィッヒ・ホルシュタイン州やラインラントファルツ州)。シューレスヴィッヒ・ホルシュタイン州では、1990年以来、同州の学校法5条2項において、「児童は、特別支援教育の支援の必要性の存在とは別に、共同で授業をうけることとする。これは、共同の授業が、組織、人的、物的な可能性を許すもので、特別支援の必要のある児童の個別的な支援に従う限りである」と規定されている。ラインラントファルツ州教育法3条5項では、「障害のある児童・生徒は、原則的に障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒の同権のための州法3条2項の意味における、独立して、バリアフリーで、学校の教育の提供と学校の提供を利用できる。これは、そのための物的、場所的、人的および組織的な諸条件が作られうる場合に、利用できる」と規定される。州の立法者はすべての児童に対し共通の授業を優先的に試みることがよいとしていた。統合的な授業では、一般の教員以外に特別支援教員が配置されている。この州でも、州内に重点校を定め、重点校では、統合的な授業が特別支援教員を交えて行われる。但し、現在でも、同州では、特別支援学校は存続しているし、今後も廃止する予定はないという。
今後は、障害者の権利条約との関係で、一般の学校において統合的な授業をいかに多くし、いかに組織されるべきかが課題であるとされる。上記のラインラントファルツ州では、特に、教員数(特に特別支援の教員)や予算に制約があるため、重点校ではない形態によるすべての学校での統合的な授業に課題があるとされる。
また、両親の権利が上記の州において確立しつつあるのに対して、多くの州では、同条約批准後も、両親の権利は制限されたままとなっている(両親は聴聞を受ける権利しか有せず、その同意がなくても教育行政機関によって学校が指定されうる)。しかし、ラインラントファルツ州やバイエルン州においても、州教育科学省内で、両親の権利(両親の同意なくして学校が指定されないという権利)の確立が議論されている。ラインラントファルツ州でのインタビューでは、両親の権利が確立される場合、現在の特別支援の必要性を行政が認定している規定といかに調和させるかが現在の法政策的な課題であるとされている。

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2.一般的平等取扱法と反差別機関

<1>EUにおける平等取扱い指令

雇用と職業における平等の実現のための一般的な枠組みの設定に関する2000年11月27日理事会EG2000/78指令が定められた。この指令の目的は、加盟国の平等取扱い原則の実現を考慮して、雇用と職業に関する宗教、世界観、障害、年齢、または、性的な指向を理由とした差別の撲滅に関する一般的な枠組みを設定するところにある(同指令1条)。一方では、差別的な行為から個人を保護することにあり、他方では、社会における変革を生じさせ、これによって、差別を排除することにある。国内法において反差別法を形成させるところにもある。同指令では、2条1項において、「この指令の意味において平等取扱い原則とは、1条にあげられた事由による直接または間接差別が存在しないことを意味する」と規定され、指令2条2項では、直接差別および間接差別の定義規定が置かれている。2条3項において、ハラスメントも禁止され、「1条による根拠が関係する期待されない行為態様で、当該人の尊厳を侵害し、脅迫、敵視、嫌悪、辱め、または、侮辱によって特徴づけられる環境形成に影響のある行為態様は、1条の意味で言う差別として適用される。」と規定されている。指令17条では、制裁も予定される。

<2>ドイツ法における平等取扱法

 ドイツでは、当初この指令のドイツ法への置き換えが難しいと捉えられ、理事会指令2000/43のための置き換えの期限が2003年7月に経過してしまった。ヨーロッパ委員会は、2004年7月に、条約違反手続きを開始し、2005年4月28日、ヨーロッパ裁判所はドイツが置き換えに対処しようとしていないと認めていた。反人種主義指令の置き換えのための議論のための草案は、2001年提出され、議会通過まではいたらなかった。この草案は、反差別法を民法典に挿入することを提案していた。新たに、社会民主党と緑の党は、法案を連邦議会に2004年12月16日提出し、2005年1月21日に第一読会のなかで議論された。2005年6月17日に連邦議会で通過し、7月8日に連邦参議院で拒否された。連邦議会の選挙後、90/緑の党同盟の連邦議会党派は、反差別法案を連邦議会に提出し、内容上2005年6月の法案を基礎として、より拡張する内容となっていた。2006年1月17日、リンケ党の連邦議会党派が2005年6月に決定した法案を協議の基礎とすることを求めた。90/緑の党同盟は、平等取扱法を提出するよう連邦議会に求めた。5月に、政府党派の連立のための委員会は、草案に合意し、2006年6月8日連邦政府は法案を連邦議会に提出し、2006年6月29日に、連邦議会の第二回、第三回読会の法律委員会での改正の申立てを考慮して、一般的平等取扱法を決定した。7月7日連邦参議院で通過し、2006年8月18日法律が施行された。一般的平等取扱法について、すべての条文を示すことはできないが、同法について概観することとする。同法1条では、「この法律の目的は、人種、民族に特有な出自、性、宗教、または、世界観、障害、年齢、性的なアイデンティティを理由とする不利益取り扱いは、回避され、または、除去されなければならない。」と規定されている。同法3条では、直接差別、間接差別、ハラスメントの定義規定がある。「ハラスメントとは、1条に挙げられる理由と関係する期待されない行為態様が、当該人の尊厳を侵害し、または、脅迫、敵視、嫌悪、辱め、または、侮辱によって特徴づけられる環境形成をする目的を有する場合、または、そうした環境形成に影響を与える場合には、不利益取扱いとなる」(同法3条3項)。「セクシュアル・ハラスメントとは、性的な行為や挑発が、性的な一定の身体的な接触、性的な内容の発言、ならびに、ポルノグラフィーの提示や、見えるような形での持ち込みに属する、期待されない性的な一定の行為は、当該人の尊厳の侵害を目的とし、その形成に影響を与える場合、特に、脅迫、敵視、嫌悪、辱め、または、侮辱によって特徴づけられる環境が形成される場合には、2条1項1文ないし4文に関連した不利益取扱いとなる」(同法3条4項)。
同法7条3項では、「1項による使用者や従業員による不利的取扱いは、契約上の義務の侵害である。」と規定され、同法12条1項では、「使用者は、1条に挙げられた理由から不利益の保護のため必要な措置をとるべき義務がある。」とある。
同法15条1項では、補償に関する次のような規定が置かれている。
「(1)不利益取扱い禁止の違反の場合には、使用者は、これによって生じた損害を賠償する義務を負う。これは、使用者が義務違反を主張しない場合には、適用しない。
(2)財産的損害ではない損害を理由として、従業員は、相当な金銭賠償を請求しうる。従業員が、不利益のない選択を経て、採用されなかった場合には、その非雇用について、補償は、3ヶ月分の報酬を超えて得ることは許されない。」と規定されている。

<3>連邦反差別機関 (Antidiskriminierungsstelle)

指令により、平等取扱いの促進、分析、観察、支援が任務とされ、かかる任務の達成のため、ドイツでは連邦反差別機関が設置された。一般平等取扱法では、連邦反差別機関の権限としては、同法1条に掲げられた障害、年齢、性、人種、民族的な出自というメルクマールと関連して定められている。つまり、同法25条では、
「連邦家族、高齢者、女性、年少者のための省には、ドイツ連邦議会または連邦政府の被委託者の権限にもかかわらず、1条に掲げられた理由による不利益取扱いからの保護のための連邦の機関(連邦反差別機関)が設置される。」と規定されている。
 連邦反差別機関は、連邦家族、高齢者、女性、年少者のための省に帰属するが、独立した機関として設置されている。
 一般平等取扱法27条2項によれば、反差別機関の権限とされる、支援のための措置が定められている。
‐法的な請求権とその実現に関する情報提供(同条2項1文)
‐協議のあっせん(同条2項2文)
‐当事者間での和解のための(gutliche)紛争解決(同条2項3文)
 連邦の反差別機関が2006年以来ベルリンにおいて設置され、差別の撲滅に取り組んでいる。このほかには、他の地域には、連邦の反差別機関はないため、各地域では、連邦政府の他の委託者(Beauftragte der Bundesregierung, Integrationsbeauftragte)に委託している。連邦の反差別機関が、外国人対策の委託機関や障害者専門の委託機関などに対して委託して、同様の業務を行わせているのである。連邦反差別機関の任務には、差別の犠牲者を支援し、そして、差別を理由として異議申立てを調査し、差別のテーマのために独立した研究を実施し(一般平等取扱法27条3項)、報告を公表し、勧告を提出すること(同法27条3項)が挙げられる。
連邦差別機関に対して市民が何らかの接触を求めてきたのは、2006年8月から2009年12月までで8,810件、複数回の接触を求めてきたのは、3,120件、新件が5,690件とされる。2009年では、同様に市民が同機関に対し何らかの接触を求めてきたのは、2,818件、複数回の接触を求めてきたのは、1,073件、新件が1,745件とされる。不利益取扱いのメルクマールごとの分類では、年齢の事由が650件(全体の19.10%)、性別の事由が819件(24.07%)、障害の事由が869件(25.57%)、性的なアイデンティティの事由が147件(4.32%)、世界観の事由が120件(0.35%)、民族的出自の事由が517件(15.19%)、複数の事由が269件(7.90%)となっている。障害を理由とした不利益取扱いに関わる事件が多いが、そのうち、採用を理由とした不利益取扱い事件が多いという。230万ユーロの年間予算を歳出している割に件数が少なく、同機関のみならず同法自体に対する疑問の声が議会ではあがっている。同機関に対するインタビューによれば、情報提供に関しては、メールによる相談が圧倒的に多いという。電話による相談がこれに続く。一般的平等取扱法に関して照会を求めた件数が4,336件となっている。紛争のあっせんの手続きは、裁判外の手続きとして行われる。当事者が承諾したときには、当機関は、関係当事者に対し、態度決定を求めることができる。つまり、特に、例えば、労働者が使用者による不利益取扱いを受けたという場合には、あっせんの手続きが開始されえて、その際、当機関は、使用者による態度決定を求めることができ、使用者による正当化事由に関わる事実や理由の主張を求めることができる。しかし、半面で、あっせんの手続きに対し、当機関が使用者に対し出頭を求めることができない。使用者があっせんに応じることは義務ではない。但し、当機関に対するインタビューによれば、9割以上の場合に、使用者が上の態度決定のために文書を提出し、差別のないことを主張したり、正当化事由に関わる主張をしたりする。このため、あっせんに応じるべき使用者の義務がないこと自体は、あまり問題ではないという。
また、当機関は、双方の当事者から証拠提出を命じることはできない。双方の主張に依拠して、事実を確認できる程度である。最終的には、和解による解決が図られる。障害との関係では、社会委託機関に委託された事例において、障害を理由として採用差別を受けたという事件があったとされる。その場合では、多くの者が採用されたにもかかわらず、その障害者のみが採用されなかった。この応募者は、異議申立てを自ら行い、いったんは採用された。しかし、その後解雇された。そこで、連邦反差別機関により社会委託機関が相談と解決について委託され、同機関によるあっせんにより、和解が成立し、補償が決まり、本人は満足したと表明したという。連邦反差別機関の委託調査によれば、同法に掲げられたグループに属している人がどれほど差別されているかについて、回答を得ており、前述の別の統計ともほぼ値が一致しているといえる。同法に掲げられたグループに属している人がどれほど差別されているか

同法に挙げられたグループ
極端に強く差別されている
とても強く差別されている
全く差別されていない
障害者
13%
47%
12%
高齢者
10%
36%
23%
若年者
10%
38%
20%
女性
9%
35%
21%
外国人
9%
33%
29%
外国人の概観を持つ者
7%
31%
25%
一定の宗教又は世界観を持つ者
6%
29%
29%
ホモセクシャル
3%
19%
35%
トランスセクシャル(性転換)
3%
15%
49%
男性
0%
2%
78%

 連邦反差別機関は、周知性にもやや問題があり、連邦政府の委託調査では、23%の人が「聞いたことがある」、17%が「確かではない」、60%が「聞いたことがない」と答えている。同調査では、連邦差別機関のありうる業務のうち何を重要と考えるかについて(複数回答)、「(差別/反差別についての)幼稚園や学校での説明業務」37%、「情報提供や協議による当事者の支援」34%、「争いの事例のあっせん」31%、「平等取扱法の遵守の監視」30%、「不利益取扱いの除去と回避のための勧告」25%、「不利益を受けるグループの平等取扱いについての公表作業または広告」20%、「不利益取扱いについての学問的研究」17%と回答されている。また、連邦反差別機関は、ベルリンに設置されるのみで、各州や各市に設置はされていない。このため、上記のように、他の連邦の被委託機関に委託して、連邦差別期間と同様の業務を行わせている。しかし、連邦全体(国全体)に、反差別機関が一般的平等取扱法の実施のための存在するわけではない点が今後の課題である。連邦反差別機関は、さらに、2010年夏に本格的な報告書を作成する予定であるという。

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