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第三章 最近の動向 (平成20年度国際比較調査以降の主要な動向)

IV イギリス

イギリスは、2009年6月8日に障害者の権利に関する条約(以下、「条約」という)、8月7日に同条約の選択議定書を批准し、障害者の社会参加を推進する取り組みにおいて今日新たなステージを迎えている。本稿は、2009年3月に作成された「障害者の社会参加推進に関する国際比較調査研究 調査研究報告書」以降を中心に、イギリスにおける障害者の社会参加を推進する取り組みを検討することを目的とするものである。2009年におけるイギリスにおける障害者の社会参加を推進する取り組みの概要は、障害問題担当局(Office for Disability Issues: ODI) が作成した2009年の報告書(Delivering our vision: Annual progress report on improving the life chances of disabled people, Office for Disability Issues, HM Government (2009))に見ることができる。以下、この報告書を基礎にイギリスの動きを概観する。

1.障害者の権利の充実に関連する動き

(1)障害者差別撤廃条約の批准

イギリスは、2009年に条約および同条約の選択議定書を批准した。この条約は、イギリスにおける障害者の社会参加を推進する取り組みに一定の方向性を与えており、本稿が指摘する施策もこの条約の影響下にある。障害者の社会参加を推進する取り組みは専ら政府により担われているが、平等人権委員会(Equality Human Rights Commission) が、同委員会内に設置されている障害委員会(Disability Committee)を通じて取り組みを行っている例が見られる。平等人権委員会は、条約により設置が要請されている、条約の履行を促進、保護、監視する枠組みやこれらを実施する独立した枠組みとして位置づけられる組織である。平等人権委員会は、条約の個別条文に対応させて、平等法(Equality Act)の制定への関与・公的機関における障害平等義務の促進と実施(条約5条)、子どもに教育上の決定に関して申立や障害者差別の訴えを行う独自の権限を与えることの可否に関するコンサルテーションへの回答(条約7条)、障害者等の能力の向上を目指すリーダーシップ制度の援助(条約8条)、空港やホテルにおけるアクセシビリティの促進(条約9条)、精神の病気を持つ人びとにその他の人々と同じ権利を与える新たなルール作り(条約12条)等の活動を実施したことを発表している。また、新たな活動として、障害者や障害者に関する組織のために、条約の内容を説明する指針を2010年春を目途に作成する、法律の専門家及び法律のアドバイザーとともに条約の認識と活用を向上させる、障害者及びその組織の条約の理解度を向上させるための催しを開催し、イギリスにおいて条約をともに履行することを可能にする方法を発展させること等を行うことを予定している。

(2)平等法の立法作業の進展

 平等法は、イギリスに存在する性差別禁止法(Sex Discrimination Act 1975)や人種関係法(Race Relations Act 1976)等、複数の差別禁止法を一定の修正を施した上で統一し、多様・複合的な差別に対応することを可能にしつつ、内容をわかりやすいものにすること等を目的として制定が進められている法律である。イギリスにおいて障害を理由とする差別を禁止する中心的な役割を担う1995年障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act 1995)も統合対象とされる法律の一つであり、平等法が成立した後は、この法律がイギリスにおいて障害を理由とする差別に対する救済を求める際の法的根拠となる。報告書執筆時点の法案において予定されている、現行の障害者差別禁止法の差別禁止枠組みに対する主な改正箇所は次のようなものである。
(ア) 1995年障害者差別禁止法では、雇用および教育訓練の分野に限定されている直接差別の禁止の適用範囲を、教育分野やサービスの提供に関する分野等、平等法が規制対象とする範囲に拡大すること。平等法が、差別理由や適用領域を問わず可能な限り共通する差別禁止枠組みを採用することを課題の一つとしていることを背景とする。
(ア) 障害に関連する理由に基づく差別(disability related discrimination)を間接差別(indirect discrimination)に置き換えること。障害に関連する理由に基づく差別の適用範囲を制限的に解した貴族院判決の影響力を失わせることを目的の一つとする改正案であり、障害に関連する理由に基づく差別と間接差別との間の機能的類似性が存在すること、平等法が差別理由や適用領域を問わず可能な限り共通する差別禁止枠組みを採用することを目的とすることをふまえたものである。
(イ) 他人の障害を理由とする差別の禁止を明文化すること。息子の障害を理由に母親が差別されたケースについて障害を理由とする差別禁止の規制対象となることを指摘した欧州司法裁判所判決を受けて提示された改正案である。
(ウ) 自身は障害者でないにもかかわらず、障害者であると信じられ、これを理由として行われた差別の禁止を明文化すること。障害者差別の成立には一般に障害者の存在が必要であるが、この差別は障害者が存在しなくても成立する点に特徴がある。

(3)偏見に基づく犯罪に対する政府横断的な行動計画の実施

障害や人種、宗教に関する偏見や敵意が原因となって犯される犯罪の解消を目指す、「偏見に基づく犯罪に対する政府横断的な行動計画(Hate Crime - The Cross-Government Action Plan)」が、内務省(Home Office)により立ち上げられた。障害問題担当局は、この行動計画における、障害者に対するより肯定的な態度を形成する機会を探るプランに関与している。

(4)自立した生活の実現に関連する動き

a. 自立した生活の実現に関する監視グループの立ち上げ

 障害問題担当局により、自立した生活の実現に関する監視グループ(Independent Living Scrutiny Group)が立ち上げられた。このグループは、2008年に政府が作成した自立した生活の実現に関する戦略(Independent Living Strategy: ILS)の実施状況を2013年まで毎年チェックすることを目的とするものである。2009年におけるこのグループの活動状況は、2009年12月に作成された報告書に見ることができる。

b. 障害者等施設補助金(Disabled Facilities Grant)の引き上げ

 コミュニティ・地方自治省(Department for Communities and Local Government: CLG)により、障害者や高齢者が居住する建物をこれらの人々が利用しやすくするよう改築する際に支給される障害者施設補助金の予算が1億5,700万ポンドに引き上げられた。

c. 利用者主導の障害者支援活動を行う組織のための基金の設立

 自立した生活を奨励し、サービスの利用に関する擁護や助言を実施する利用者主導の(user-led)障害者支援活動を行う組織のための1,100万ポンドの基金が、保健省(Department of Health: DH)により設立された。この基金は、利用者主導の障害者支援活動を行う組織のサービスを充実させ、類似の組織に助言を行うことを支援する効果を持つことを期待されている。保健省は、地方自治体がこの組織と協働することを手助けする措置を並行して講じており、障害問題担当局が、この協働作業を支援する基金を追加的に提供している。

d. 学習障害を持つ人に関する支援計画の策定

 学習障害を持つ人に対する支援を強化する3年計画(Valuing People Now)が、健康省によって策定された。この計画は、学習障害を持つ人に対して、主に、<1>必要な保健医療を提供する、<2>賃金労働に就く援助をする、<3>人々とつながりを持ち、親になるという選択肢を持てるようにする、といった事柄を実現することを定める。

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2.コントロールの権利

 「コントロールの権利(Right to Control)」は、障害者が日々の生活に関して受領する資金やサービスに関してより大きな選択及びコントロールを行うことを可能にすることを目的とする政策である。2009年福祉改革法(Welfare Reform Act 2009)に基づいて実施され、障害者の自身の生活に関しては当該障害者自身が専門家であるという認識の下に、これらの受領に関する権限のバランスを国から個人に移すことが目指されている。2009年においては、新たな権利が実際にどのように機能し、率先してこれを実施する地方自治体においていかにテストされるべきかを検討する追加的協議が実施された。これを受けて、「開拓者(trailblazer)」と呼称されるおよそ8つの地方自治体が2010年秋からこの政策を試験的に実施する予定になっている。

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3.雇用

(1)「仕事へのアクセス」に対する予算の拡大

雇用年金省(Department for Work and Pensions: DWP)から、障害者が仕事に関連して遭遇する困難に対して、助言や経費を援助することを目的とする「仕事へのアクセス(Access to Work)」に対して800万ポンドが追加的に支出された。長期的には、予算規模を、2008/09年度から2013/14年度にかけて、6,900万ポンドから13,800万ポンドに引き上げる予定になっている。

(2)「障害者雇用の評価」戦略の開始

 学習障害を持つ人の雇用率を向上させる政府のプランの輪郭を描く政府横断的な雇用戦略である「障害者雇用の評価(Valuing Employment Now)」が、6月に開始された。雇用年金省と保健省が中心となり、採用活動において学習障害者を持つ人に対する支援を講じる際の手引きをすべての省庁に対して提供する等の活動を行っている。また、戦略の一つとして、プロジェクト・サーチ(Project Search)と呼ばれる新しい雇用モデルの実施が試みられている。ホスト役の使用者の下での学習障害を持つ人のためのインターンシップを実施することで、学習障害を持つ人に賃金労働を保障し、これを継続することを支援するプログラムである。政府は、2010年9月からこのモデルを採用し、評価することに関心を持つ14の地域パートナーシップからの受入提案を採用している。

(3)「ボランティア基金へのアクセス」の設立

 内閣府第三セクター(the Office of the Third Sector)により、「ボランティア基金へのアクセス(Access to Volunteering fund)」が設立された。この組織は、ボランティアに参加することが、障害者が職業に就くことに自信を持たせることに役立つという観点から、ロンドン、ウェストミッドランド、ノースウェストにおいて障害者がボランティアに従事する機会を得ることを手助けするものである。この計画は、障害者がボランティアに参加するにあたり必要となる費用について基金を提供し、障害者がボランティアに参加することに対する障害を除去することを目指している。

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4.家族、教育、障害を持つ子ども

(1)障害を持つ子どもの学習達成度支援計画に対する資金提供

 児童・学校・家庭省(Department for Children, Schools and Families: DCSF)が、2009年9月に開始された障害を持つ子どもの学習達成度支援計画(Achievement for All)に対して、3,100万ポンドの資金提供を行った。この計画は、特別な教育上の支援が必要な子どもとそうでない子どもとの間に存在する学習上の達成度の格差を縮小することを目的としており、両親に既存の制度と戦う責任を負わせるのではなく、両親が何を必要としているかを明らかにすることが学校及びサービス提供機関にとって必要であることを重視している。

(2)特別な教育上の支援が必要な子どもへのいじめに対する対策集の作成

 児童・学校・家庭省は、障害者に関する組織とともに、特別な教育上の支援が必要な子どもへのいじめに対する対策集を作成した。この対策集には、いじめが7歳から14歳あたりの子どもに与える影響に関する意識を喚起することを目的とする「Make Them Go Away」というDVDが含まれている。

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