イタリアでは、0歳からの保育園から大学まで保育・教育の全ての学校段階でインクルーシブ教育が保障されている。保育園、幼稚園、小中学校、高等学校、そして、大学において障害のない者と同様に普通学級での教育が法令により原則として保障されるという1970年代から始まるこの取組は1992年法律104号の障害者包括法に具現化されている。
イタリアのインクルーシブ教育法制度の特徴として、1988年OECDレポートはイタリアでは分離的措置を根本的に見直したため、すぐにすべての障害児を統合し、そしてそれまでの学校の在り方を変更するという動きが生まれた。イタリアは、この変化の目標は障害児のみではなく従来の学校教育制度により疎外されている全ての子どもたちを統合することであると明確に答えた唯一の加盟国であると報告している82。
統合可能とされる障害児を既存の学校教育制度に組み入れることで障害児の統合とするのではなく、学校教育制度全体を改革する中で障害の有無や程度を問わず全ての子どもの教育を保障するインクルーシブ教育制度を構築したイタリアについて、その実態と法令について整理していく。
1970年代にインクルージョンの動きが始まるまで、障害児教育は分離された特別学級及び特別学校で行われていた。特別学級は知的障害、身体障害、弱視及び難聴で普通学級への復帰が可能の程度のものが対象で83、特別学校はそれ以外の知的障害、身体障害、盲、聾の子どもたちが対象とされた。1967年大統領令1518号は、障害の診断手続及び特別学級、特別学校に該当する障害について規定しており、これに基づき学校長が保健医療所の意見を参考にして児童生徒の振り分けを行う制度が取られていた。
1969年の民主化運動「暑い秋」で精神障害者施設解体運動84や学校民主化運動等85がイタリア全土を巻き込み、その流れで1970年代よりインクルージョンに向けた法改正が徐々に行われた。地域の学校の普通学級における教育の保障は、義務教育段階の障害の軽度の子どもから重度の子どもへと拡大し、その後、幼稚園、高等学校へ、そして、1992年法律104号により、保育園、大学が加わり、0歳から成人までのインクルーシブ教育が法律で保障された。以下、1970年以降の就学に関する法令を記載する。
・1971年 法律118号 | 義務教育段階の障害のある子どもの地域の学校への就学を保障。ただし、重度の知的障害児、身体障害児を除く。 |
・1977年 法律517号 | 義務教育段階の重度の子どもを含む全ての子どもの地域の学校への就学を保障。特殊学級の廃止。 |
・1988年 通達262号 | 高等学校に障害のある生徒の受け入れを保障86 |
・1992年 法律104号 | 保育園、幼稚園から大学まで、全ての障害児の地域の学校での就学の権利が保障される。 |
イタリアの学校教育制度は3年間の幼稚園、8年間の第一サイクル(小学校5年間、中学校3年間)と5年間の第二サイクル(高等学校)に分けられ、小学校入学から12年間が義務教育として保障されている87。第一サイクルの修了試験(中学校修了国家試験)に受かると、第二サイクルの普通高校(liceo)あるいは専門高校(Istituto professionale)に進むことができる。この普通高校と専門高校の間は柔軟に相互に移動することができるシステムになっている。第二サイクルの修了試験(高等学校修了国家試験)に合格すると、大学あるいは高等技術学校(formazione tecnica superiore)に進学することができる(図1)。
イタリア国立統計研究所(ISTAT)の統計によると、2007/2008学校年度の児童生徒数は、小学校2,830,056人、中学校1,727,339人、高等学校2,747,530人で合計7,304,925人である。公立学校と私立学校の割合は、公立学校がいずれも90%以上であり、私立学校が少ないことがわかる(表1)。
図1 イタリアの学校段階図(2003年改訂版)
出典:Ministero dell'Istruzione dell'Università e della Ricerca
小学校 | 中学校 | 高等学校 | 合計 | |
---|---|---|---|---|
学校数 | 18,101 | 7,939 | 6,719 | 32,759 |
公立学校の割合(%) | 93.1 | 96.0 | 94.8 | |
児童・生徒数 | 2,830,056 | 1,727.339 | 2,747,530 | 7,304,925 |
内、障害のある児童生徒数と割合(%) | 70,825 (2.5%) | 56,023 (3.1%) | 42,931 (1.6%) | 169,779 (2.6%) |
教員数 | 314,102 | 212,041 | 320,836 | 846,979 |
高等学校は多様なコースが用意されている。ISTATでは、それらを普通高校、技術高校、専門高校、教員養成高校及び芸術高校に分類して生徒数の集計をしている。普通高校と技術高校が約93万人でほぼ同じ割合で、専門高校約56万人、芸術高校約10万人、そして、教員養成高校約2万人と続く(表2)。
普通系高校 | 931,749 |
技術高校 | 930,578 |
専門高校 | 563,975 |
教員養成高校 | 21,991 |
芸術高校 | 101,237 |
普通学級に在籍している障害のある児童生徒の人数と全児童生徒数に占める割合について、2007/2008学校年度では、幼稚園18,934人(1.1%)、小学校70,825人(2.5%)、中学校56,023人(3.1%)、高等学校42,931人(1.6%)で合計188,713人(2.1%)となっている。
障害のある子どもの就学先について、ISTATでは「普通学校(scuole normali)」と「特別学校と普通学校の特別な場(normali di tipo posto speciale)」というカテゴリーで集計を行っているが、後者に関しては1999/2000学校年度以降は数値が記載されていない。表3は、2007/2008学校年度の統計である90。
学校段階 | 普通学校 | 特別学校と普通学校の特別な場 | 合計 | % 全児童生徒数の中の割合 |
---|---|---|---|---|
幼稚園 | 18,934 | - | 18,934 | 1.1 |
小学校 | 70,825 | - | 70,825 | 2.5 |
中学校 | 56,023 | - | 56,023 | 3.1 |
高等学校 | 42,931 | - | 42,931 | 1.6 |
合計 | 188,713 | - | 188,713 | 2.1 |
そこで、特別ニーズ教育ヨーロッパ機構(European European Agency for Development in Special Needs Education)の2008年版の統計をみると、小学校から高等学校までの障害児の就学先の内訳は、普通学級170,003名(99.6%)、特別学級0名、特別学校693名(0.4%)となっている91。この特別学校とは公立の盲学校(小学校1校、高等学校1校)と聾学校(小学校1校、中学校3校、高等学校3校)合計9校である。内訳は小学校62名、中学校186名、高等学校445名で、盲学校と聾学校の内訳は不明である。
普通学校(人) | 特別学級(人) | 特別学校 | ||
---|---|---|---|---|
人数 | 学校数 | |||
小学校 | 69,474 | 0 | 62 | 2 |
中学校 | 56,558 | 0 | 186 | 3 |
高等学校 | 43,981 | 0 | 445 | 4 |
合計 | 170,003 (99.6%) | 0 | 693 (0.4%) | 9 |
先に、2007/2008学校年度に普通学級に在籍している幼児児童生徒は188,713人と紹介した(表3)。 普通学級に在籍している子どもについてさらに詳しく見ていく。
普通学級における児童生徒の内障害のある児童生徒が占める割合は年々増加している。1989/1990学校年度は小学校1.7%、中学校1.9%であるが、2009/2010学校年度には小学校2.6%、中学校3.3%と増加している。図2は1989年から2010年までの推移を示しているグラフである92。
次に、児童生徒の障害の内訳をみる93。複数回答のものと思われるが、視覚障害が小学校5.3%、中学校4.4%、聴覚障害が小学校6.1%、中学校5.0%、肢体不自由が小学校14.3%、中学校11.2%、知的障害が小学校40.1%、中学校43.0%である。割合が高いのは、知的障害、学習機能障害、言語機能障害の他、注意欠陥障害や感情・情緒障害等である(表5)。
図2 小学校(Primeria)と中学校(Secondaria di 1 grado)の普通学級における障害児が占める割合(1989年/1990年〜2009年/2010年)
小学校 | 中学校 | |
---|---|---|
盲 | 0.7 | 0.8 |
弱視 | 4.6 | 3.6 |
聾 | 1.8 | 1.3 |
難聴 | 4.3 | 3.7 |
肢体不自由 | 14.3 | 11.2 |
学習機能障害 | 26.4 | 34.3 |
言語機能障害 | 25.8 | 17.9 |
普遍的な発達障害 | 17.6 | 12.0 |
知的障害 | 40.1 | 43.0 |
注意欠陥障害 | 26.0 | 23.9 |
感情・情緒障害 | 23.9 | 20.0 |
行動機能障害 | 17.5 | 17.4 |
精神の障害 | 0.6 | 1.3 |
その他 | 14.2 | 15.4 |
高等学校の生徒の割合も、小中学校と同様に年々上昇しており、2007/2008学校年度は全生徒数の1.6%である。学校のタイプ・コース別の割合を見ると、普通高校、理系高校、教育養成高校が4,915人、技術高校9,163人、専門高校25,182人、芸術高校3,671人となっており、圧倒的に専門高校へ進む生徒が多いことがわかる94(表6)。
学校の種別 | 人数 | 全生徒数の割合(%) |
---|---|---|
普通高校、理系高校、教員養成高校 | ||
古典コース | 786 | 0.3 |
言語コース | 99 | 0.6 |
理系コース | 1,444 | 0.2 |
教員養成コース | 2,586 | 1.2 |
合計 | 4,915 | 0.4 |
技術高校 | ||
合計 | 9,163 | 1.0 |
専門高校 | ||
合計 | 25,182 | 4.5 |
芸術高校 | ||
美術コース | 2,779 | 4.9 |
工芸コース | 892 | 2.0 |
合計 | 3,671 | 3.6 |
高等学校 合計 | 42,931 | 1.6 |
次に、大学に在籍している障害者の人数であるが、2004/2005学校年度は9,134人で、身体障害者が2,814人、視覚障害者が764人、聴覚障害者が542人、知的障害が290人、失読症が68人、その他が4,656人となっている。これより5年前の2000/2001学校年度の統計を見ると4,813人であり、5年で倍近く増加している。障害別では、「その他」のカテゴリーの生徒が増加していることがわかる95(表7)。
ちなみに、2011年3月にダウン症の女性が文学の学位を修得してパレルモ大学を卒業したという新聞報道がされた96。ダウン症の学生では初とのことである。イアリアの大学は中退率が高く卒業することが難しく、若年層の就職難も重なり大学に10年近く在学することも珍しくないと言われている中での卒業である。
障害のタイプ | A.A. 2000-01 | A.A. 2001-02 | A.A. 2002-03 | A.A. 2003-04 | A.A. 2004-05 |
---|---|---|---|---|---|
視覚障害 | 537 (11.2%) | 567 (9.5%) | 677 (9.7%) | 713 (8.8%) | 764 (8.4%) |
聴覚障害 | 314 (6.5%) | 368 (6.2%) | 449 (6.4%) | 470 (5.8%) | 542 (5.9%) |
失読症 | 131 (2.7%) | 95 (1.6%) | 93 (1.3%) | 63 (0.8%) | 68 (0.7%) |
身体障害 | 1,724 (35.8%) | 1,837 (30.9%) | 2,302 (33.0%) | 2,601 (32.2%) | 2,814 (30.8%) |
知的障害 | 144 (3.0%) | 134 (2.3%) | 207 (3.0%) | 249 (3.1%) | 290 (3.2%) |
その他 | 1,963 (40.8%) | 2,946 (49.5%) | 3,252 (46.6%) | 3,970 (49.2%) | 4,656 (51.0%) |
合計 | 4,813 | 5,947 | 6,980 | 8,066 | 9,134 |
特別学校と特別学級の数について、ISTATの統計は1999/2000学校年度を最後に記載されていない97。その1999/2000学校年度の障害のある幼児児童生徒の幼稚園から高等学校の就学先を見ると、普通学級在籍者が130,146名(98.48%)、特別学校及び普通学校の特別な場が2,883名(1.52%)となっている(表8)。
この統計では特別学校及び普通学校の特別な場所別の内訳が分からないが、公教育省が2000年にまとめているレポート「障害児と学校」を見ると、特別学校の盲学校及び聾学校は18校で、幼稚園2校、小学校3校、中学校8校、高等学校5校で、特別な場は73か所で、幼稚園13校、小学校60校、中学校・高等学校0校である98(表9)。
これを州別にみると、特別学校と普通学校の特別な場が存在しないリグーリア州、モリーゼ州、バジリカータ州、カラブリア州から24校存在していたロンバルディア州まで州により廃止状況に大きな偏りがあることがわかる。また、1校の幼児児童生徒の平均人数は31.7人と小規模なものである99(表10)。
学校段階 | 総数 | 普通学級在籍者数 | 特別学校・特別な場の在籍者数及び割合 |
---|---|---|---|
幼稚園 | 13,023 | 12.789 | 234(0.88%) |
小学校 | 54,561 | 52.826 | 1,735(1.86%) |
中学校 | 43,709 | 43.201 | 508(2.37%) |
高等学校 | 21,736 | 21.330 | 406(0.87%) |
合計 | 133,029 | 130.146 | 2,883(1.52%) |
学校段階 | 学校総数(公立・私立) | 特別学校(盲学校・聾学校) | 特別な場 |
---|---|---|---|
幼稚園 | 24,097 | 2 | 13 |
小学校 | 19,462 | 3 | 60 |
中学校 | 8,578 | 8 | 0 |
高等学校 | 6,647 | 5 | 0 |
合計 | 58,784 | 18 | 73 |
全学校に占める割合 | 0.03% | 0.12% |
州 | 特別学校や普通学校の特別な場所 | 障害児数 | 1校あたりの幼児児童生徒数の平均値 |
---|---|---|---|
ピエモンテ州 | 7 | 288 | 41.1 |
バレ・ディ・アオスタ州 | - | - | - |
ロンバルディア州 | 24 | 1,040 | 43.3 |
リグーリア州 | 0 | 0 | 0.0 |
トレンティーノ=アルトアディジェ州 | - | - | - |
ベネト州 | 8 | 442 | 55.3 |
フリウリヴェネツィアジウーリア州 | 2 | 67 | 33.5 |
エミリア・ロマーニャ州 | 4 | 103 | 25.8 |
トスカーナ州 | 6 | 142 | 23.7 |
ウンブリア州 | 3 | 39 | 13.0 |
マルケ州 | 2 | 25 | 12.5 |
ラツィオ州 | 7 | 178 | 25.4 |
アブルッツォ州 | 1 | 3 | 3.0 |
モリーゼ州 | 0 | 0 | 0,0 |
カンパーニア州 | 5 | 60 | 12.0 |
プーリア州 | 9 | 216 | 24.0 |
バジリカータ州 | 0 | 0 | 0.0 |
カラブリア州 | 0 | 0 | 0.0 |
シチリア島 | 10 | 255 | 25.5 |
サルディニア州 | 3 | 25 | 8.3 |
イタリア | 91 | 2,883 | 31.7 |
このように、2000年には、特別学校が18校、特別な場が73か所存在していた。そこで、1999年以前の特別学校(幼稚園〜高等学校)の数と在籍幼児児童生徒数について見ると、マリーザ・カポーネは1970年代と1980年代のISTATのデータを論文で紹介している100。それを見ると、1972/1973学校年度1,444校、1973/1974学校年度は1,453校と増加しているが、その後、1975/1976年1,323校、1976/1977年1,188校、そして、1985/1986年394校、1986/1987年348校と減少している。参考として、前述の1999/2000年と前述の特別ニーズ教育ヨーロッパ機構2008年版の統計と合わせると、表11のようになる(ただし、いずれのデータ・文献もISTATの統計を出典としてはいるが、正確性に欠ける可能性があることを指摘しておく。)。
学校数 | 幼児児童生徒数 | ||||
---|---|---|---|---|---|
身体障害 | 精神障害 | 感覚障害 | 合計 | ||
1972年/1973年 | 1,444 | 8,845 | 40,944 | 11,127 | 60,916 |
1973年/1974年 | 1,453 | 8,625 | 38,373 | 10,297 | 57,295 |
1975年/1976年 | 1,323 | 7,373. | 27,862 | 8,802 | 44,047 |
1976年/1977年 | 1,188 | 5,946 | 20,918 | 8,016 | 34,880 |
1985年/1986年 | 394 | 770 | 5,363 | 2,494 | 8,628 |
1986年/1987年 | 348 | 540 | 4,814 | 2,140 | 7,494 |
1999年/2000年 | 18 | 0 | 0 | ? | ? |
2008年101 | 9 | 0 | 0 | 693 | 693 |
インクルーシブ教育を推進してきた元盲学校教師、地域の学校の校長、大学教授、学校監督官長を経て現ローマ中央州のコンサルタントのアントニオ・パッサーロ氏への聞き取り調査によれば、盲学校は徐々に減少し、現在は数校しか存在しないとのことである。そのうちの一つはアッシジにある視覚障害者へのリハビリや支援を行う福祉施設(入所・通所)の中に併設されているものであるが、この施設に入所しながら地域の学校に通っている子もおり、学校への通学が健康上適していないと判定された子どもや保護者が希望した子どもがこの盲学校に施設入所しながら、あるいは、自宅から通学している。この学校も、近く廃止予定とのことである102。
次に聾学校であるが、法的には1977年法律517号で「聾唖児童については特別学校及び公立の普通学級において実施する」とされている。ただ、国立聴覚障害者特別教育協会(istituto statale di istruzione specializzata per sordi)が運営している学校(幼稚園、小学校、中学校各1校、高校3校、全て公立学校)は、聴覚障害児だけではなく健聴の子どもも在籍し103、イタリア語と手話、イタリア文化と聾文化という「二言語二文化」を用いた教育を行っている104。これは、分離した環境の教育ではなく、むしろ、聴覚障害児のインクルーシブ教育を行っている学校といえるものである。この協会の高等学校3校は、ローマ、パドヴァ、トリノにあり、そこでは普通コースとともに機械や工芸等の専門コースが設けられている。イタリア全土から生徒が集まっており、通学バスで近郊の自宅から通う生徒と寄宿舎から通う生徒がいる。
特別ニーズ教育ヨーロッパ機構(European European Agency for Development in Special Needs Education)の2008年出版の統計には肢体不自由と知的障害の特別学校は存在しないと書かれている。だが、インターネットを検索するとミラノに重複障害児の特別学校が存在しているようである105。ただし、上記手話を用いた学校のように、学校の運営主体や「障害児のための学校」という表現により分離された学校と捉えることには注意が必要であり、これらの学校でインクルーシブ教育をどのように位置づけているのか調査が必要である。
イタリアでは法令上特別学校のための教育課程は存在しない。特別学校の教員免許も存在しない(後述する支援教員の資格はこれら学校で働く要件ではない)。ちなみに、聴覚障害児への教育に関しては、8人の児童に対して一人の教員を配置すること、12人の児童に対して介助員を一人配置することが規定されているため106、上述のローマの小・中学校には他の学校に比べて教員が多く配置されている。
1992年法律104号12条第9項107には、健康上の理由で就学が一時的に出来ない義務教育段階の障害児にも、学校の教育及び教授が保障されなければならないと規定している。この法律の下、入院中で30日以上学校に通学出来ない子どもために公立学校の分級としての普通クラスを設置するとされている。イタリア全土に病院内学校(scuola ospitale)や家庭への訪問サービス、訓練支援などが設置されているが108、これは、障害のある子どものためではなくあくまでも病気で入院している子どものための一時的な教育機関である。病院内学校やこれらでも同年齢の子どもたちとの社会的関係を保障することなどが強調されており、インターネット等を用いた遠隔授業が推進されている109。
障害児者の教育の機会均等について、イタリア共和国憲法第3条、第34条、第38条などで障害のない者と同等に保障されることが規定されている110。1970年代から始まるインクルーシブ教育の取組の中で、これら憲法条文について、障害の程度を問わずそして学校段階を問わずに全ての障害児の教育が普通学級で保障されること、そして、そのための整備は国が責任を持つとする解釈が憲法裁判所で確認されていく。
【イタリア共和国憲法(抜粋)】
第3条(平等原則)
1 全ての市民は等しく社会的尊厳を有し、法の前に平等であり、性別、人種・言語、宗教、政治的意見、人的及び社会的条件によって差別されない。
2 共和国は、個人としての、また、その人格が発展する社会的形態においての人間の不可侵の権利を認め、保証する。
第34条(教育への権利)
学校は全てのものに開かれる。
第38条(障害者等の就労に向けた教育及び職業訓練の権利)
労働能力のない者及び障害者は、教育及び職業訓練を受ける権利を有する。
1992年法律104号(障害者の支援、社会統合及び諸権利に関する包括法)は1970年代から始まるインクルーシブ教育法制度の到達点であると位置づけられている。この法律は、教育だけではなく障害者の生活全般を見通した法令である。章立てを見ると、1条〜5条「障害者の権利について」、6条〜11条「早期発見やリハビリ医療等」、12条〜17条「教育」、18条〜22条「就労」、23条〜28条「余暇等生活」、29条〜37条「政治」、38条〜44条「行政等の役割」となっている。
法律の目的は、障害者の「完全な統合」や障害者の参加や権利の実現を妨げている状況の防止や除去、障害者の阻害や社会的な排除状態を克服するための手立てをとることでこれらは国の責務である(第1条)111。
【1992年法律104号(障害者の支援、社会統合及び諸権利に関する包括法)】
第1条(目的)
共和国は、
(a) 障害者の人間的尊厳の完全な尊重、その自由と自立の権利を保障し、家族、学校、労働及び社会への彼らの完全な統合を促すものとし、
(b) 障害者の人格の発達、可能な限りの最大限の自律達成及び集団生活への参加、さらに、市民権、参政権及び財産権の実現を妨げている不全的状況を防止ないし除去し、
(c) 身体、精神及び感覚に障害を有する人々の機能的、社会的な回復を追求し、障害の予防、治療及びリハビリテーションに関するサービスや給付ばかりではなく、障害者の阻害や社会的な排除状態を克服するための手立てを取るものとする。
教育について、0歳からの保育園、幼稚園、小中学校、高等学校、大学という全ての教育機関における教育を障害のないものと同様に普通学級で学習する権利があり(12条第1項第2項)、しかも、この権利について学校機関は学習の困難性や障害その他を理由として拒否できないことが明確に記載されている(第4項)。その普通学級での教育の目標は、「障害児の学習、コミュニケーション、人間関係及び社会化に関する潜在的な可能性の発展」とされている。
なお、この法律は、イタリア国籍の障害児者のみではなく、外国人や無国籍者及び定住者にも適用される(3条第4項)。
【第12条 教育及び教授への権利(抜粋)】
1 0歳から3歳での障害幼児には、保育所への受け入れが保障される。
2 障害児の教育及び教授への権利は幼稚園のクラス、あらゆる段階・種類の学校の普通学級及び大学において保障される。
3 統合教育は、障害児の学習、コミュニケーション、人間関係及び社会化に関する潜在的な可能性の発展を目標としている。
4 教育及び教授への権利の行使は、学習の困難性やハンディキャップに関係する支障から生ずる困難性によって妨げられない。
9 健康上の理由で就学が一時的にできない義務教育段階の障害児にも、学校の教育及び教授が保障されなければならない。
以上のようにイタリアでは「障害児の教育権・学習権=地域の学校の普通学級において教育を受ける権利・学習する権利」と明確に法律で規定されており、学校などの教育機関には障害児者を受け入れる義務と責任があることが明文化されている。
ところで、なぜイタリアがこのような規定になっているのか。ここで、1992年法律104号までの歴史を追うことでそれを整理してみたい。
イタリアで障害児の学校教育の統合について問題になったのは1969年の「暑い秋」とよばれる民主化運動が行われた時期である。否、障害児の学校教育の統合ではなく、「分離」について問題になったというほうが正解であろう。同時期には精神病患者の精神病院への隔離や学校教育の貧富格差の問題などの差別の解消が叫ばれていた。
精神病院の解体についてはトリエステのフランコ・バザーリアなどの精神科医が推進し1979年法律180号で精神病院の開放が法制化され、2000年末には時の厚生大臣が国内の精神病棟の完全廃止を宣言している112。彼らは地域社会から隔離された場で治療する精神科医の専門性を批判し、「障害者の社会生活は遠い先の目標ではなくそれ自体がリハビリテーションの手段なのだ。」「隔離はそれ自体が障害である。」として精神病院を地域社会に開放することを訴え実践した113。治療することが地域社会からの隔離につながっている精神科医の専門性について再構築されている点が特徴である。
「この考え方は、医師やセラピストの伝統的な役割、任務、権限を切り捨てるので、彼らは専門職としての在り方を全面的に変更しなくてはなりません。」
「職業訓練士、音楽療法士、作業療法士などが徐々にリハビリテーションの場面から姿を消していくのが見られます。遊び、音楽、コミュニケーション、運動は、障害を持った子供の日常生活の基本的要素として、社会関係の中で考えられるべきなのです。それを治療と名付けたり、治療者に委託するべきではありません。」
「必要があれば“治療”が行われますが、その治療とは、家族や、幼稚園の職員、学校の教師に指示を与えるという意味です。・・・セラピストは、学校で子どもを“治療”するのではなく、相談員として働きます。」114
同時期に学校の階級差別の告発が行われている。学校を子ども全員の人権を守る場にする取組が行われ、マリオ・ローディはバルビアナ学校の子どもたちと、経済的に苦しい家庭の子どもが、勉強ができずに落第していく状況は学校制度や社会制度に問題があることを突き詰め告発している。
【告発内容】
「僕らも彼らと一緒では学校がやりにくくなるのを経験しました。時々彼らを学校から追い出したくなることもありました。しかし、彼らを失ってしまったら、学校はもう学校ではなくなります。それは健康な人を世話して病人を拒む病院みたいなものです。それはますます取り返しのつかない差別の手段になります。」
「あなた方は社会でそんな役割を果たしたいというのですか?そうでなければ彼らを呼び戻して最初からやり直してがんばってください。」115
このような流れの中で、この時期、障害児を他の集団から取り出して個別に教育を行うよりも、その集団から隔離されることによる阻害化などのマイナス面の方が大きいことが明らかになり、障害児の発達のためには健常児集団の中で普通の関係を築けるようにするという基準が置かれた。
【基準】
「身体的、精神的、感覚的な障害など、全てのハンディキャップの基底には、コミュニケーション病理、つまり、適切な方法により他者へ意思を伝え、他者からメッセージを受け取るという、あらゆる人的、社会的発展の前提たるコミュニケーション的統合に必要となる能力の欠損がある。程度に差こそあれ、およそ全ての障害児に見られるコミュニケーション能力不足は、同様の問題を抱える状態にある児童と一緒に隔離していたのでは発達しないのであって、彼らが元来持っている僅かな能力を刺激することのできる健常な同級生に囲まれる環境にあってこそ、有益な発達が可能となるのである。」116
イタリアでインクルーシブ教育について初めて言及された1971年法律118号は障害者の法制一般について言及した法律である。ここで、義務教育は、重度の障害児以外は地域の公立学校で行うこと、そのための通学の保障、建築バリアの除去、授業中の介助の保障について規定した。さらに、就学前、高等学校、大学への就学については「容易にする」と規定されている。
【1971年3月31日法律118号】28条
1 障害者で義務教育学校又は国立の職業訓練校に通うものは、以下について保障される。
a) 保護者協会と訓練機関団体の負担による自宅から学校、訓練所への交通機関の無料利用
b) 就学の障壁となる建築バリアの克服と除去、学校への通学の保障
c) 義務教育は公立学校の普通学級において実施されなければならない。ただし、公立学校の普通学級における学習が阻害され困難となるような重度の障害を持つ場合を例外とする。
3 障害児の高等学校及び大学への就学を促進する。就学前の学校機関及び放課後活動においても同様とする。
この時期から、学校の民主化に関する法改正が行われていく。学校一般の法律の中に障害児の普通学級への就学が位置づけられていることがイタリアの法改正の特徴である。
まず、1974年に「幼稚園、小学校、中・高等学校と芸術学校における協議機関の設置と再組織」という大統領令416号が発出された。これは障害児のインクルーシブ教育に直接言及しているものではないが、保護者や地域住民、そして、高校段階では生徒自身が学校の会議に参加することが保障されたものである117。保護者が学校の会議に参加する権利が保障されていることは、学校の民主化の推進とともに、子どもの教育の第一義的責任を保護者が持っていることに通じており、これは、インクルーシブ教育に関する法制度においても重要な位置づけになっている。
次に、1975年に、フランカ・ファルクッチ上院議員を長として委員会が報告書を提出している118。このファルクッチ報告書はこの後にも効力ある1977年法律517号や1992年法律104号の基礎となる文章であるため「インクルーシブ教育のマグナ・カルタ」とよばれているものである119。
報告書はまず「障害児の完全な統合のために求められる新しい学校の条件」として、学習の到達点を点数で評価する従来の学力観を克服し、生徒が自身の潜在的能力を実現・発展させるためにあらゆる表現方法を生かして総合的に到達した習熟度を評価基準としなくてはならないとしている。普通学校は障害児の社会化及び学習プロセスの展開を実現するための計画化とコミュニケーション能力を与えることを目指す計画を実施しなければならないとし、学校の役割とは、子どもたちを文化的に社会的にそして市民として成長させることであるとしている。そして、「障害児の統合のための新しい学校」として、障害児を疎外化させないためには既存の学校の在り方を変えなければならないとし、学校の規模や学級の規模の小数化、一学級一担任制ではなく教員の複数配置、支援教師と介助員の配置、合科授業等の教科学習の柔軟化、評価方法の変革等について提案している。
この報告書の特徴は、障害児の潜在能力を認め、子どもはそれぞれ成長過程の主人公であるので個人の尺度で評価されるべきであるとしていること、そして、学校は障害児の疎外を克服するための有効な場であるため、障害児が普通学級で豊かな学習をするためには、学校全体の改革が必要であるとしていることである。そこから、学校規模等や教員配置等から教育方法や評価方法というハード面からソフト面にわたる学校全体の変革を提言している。
この報告書の後、公教育省内に障害者特別課が設置され、障害児の普通学級への転学を規定した通達や、支援教師の資格に関する大統領令など、報告書の内容を実施するための法令文書が複数出され、1977年法律517号へとつながる。1977年法律517号「児童生徒の評価、追試験の廃止、学校制度の改正規定に関する法律」は、評価を中心とした小中学校の教育改革のための法律である。障害児だけではなく全ての子どもが個々のニーズに合った教育を受けられるように、評価を含めた学校全体の改革が記載されているもので、その中に障害児の普通学級への就学が位置づけられているものである。
この法律で、分離学級の廃止が記載された。そして、クラスの人数は25名を上限とするが障害のある児童生徒が在籍するクラスは上限20名とすること、支援教師の起用、教科の学習を固定化されたものとせず合科授業等を用いることにより個に応じた学習を保障すること、障害児の統合のための活動をクラス単位で行うプロジェクトの導入、そして、それらの予算は国及び地方公共団体が保障しなくてはならないことなどが規定された。
そして、1985年の小学校学習プログラム(日本の学習指導要領にあたるもの)では、第1章「小学校の方針と目的」の一つに「民主的共生の教育」が掲げられ、第2章「児童の教育的ニーズにふさわしい学校」の中の一つに「学習困難を示す生徒、障害児の統合教育」が記載されている。小学校教育の中に障害児の統合教育が正当に位置づけられ、「障害のある児童は、学校に対して、教育補助と学習指導支援についてより複雑な問題を提示している。」とされている120。ここからは、障害の有無で子どもをとらえるのではなく、学習に困難があるなないかという基準で子どもをとらえ、困難があるとしたらその克服を学校が保障しなくてはならないとしている。
【第1章「小学校の方針と目的」121】
「民主的共生の教育」
児童は、「すべての市民は、等しく社会的尊厳を有し、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政治的意見、個人及び社会的条件により差別されない。」(共和国憲法第3条)ということについて納得するよう導かれる。
小学校は、こうした民主的共生の基本的指針が、受け身の無関心として認識されることのないように努め、確かな価値を実現する明瞭かつ首尾一貫した行動基準に基づき、児童が自らの考えを意識し、自らの行動に責任を持つよう刺激していく義務を持つ。
【第2章「児童の教育的ニーズにふさわしい学校」】
「学習困難を示す生徒、障害児の統合教育」
いずれの場合も、学習の目的が無視されたり、「出席している」だけの単なる社会化に終わることがあってはならない。社会化のプロセスは、大きな意味でこれも学習なのであり、その発達の的確な育成措置を欠くことは、さらなる疎外の形を生む可能性があるからである。
障害のある児童は、学校に対して、教育補助と学習支援についてのより複雑な問題を提示しているのである。この小学校学習プログラムは1990年に改正される122。ここで、障害児4人に対して支援教師1人の割合で配置することが規定されているが、その「適用除外」となる障害児の個別学習については、例外的で、本人の要求や特に深刻な状況の場合に行うものでなけれればならないことが記載されている123。
【適用除外】
適用除外については、「学習において」ハンディキャップのある生徒の要求及びその学習プロジェクトから特に深刻な状況が検証される場合を対象とするのであって、ハンディキャップにおける臨床的な症状の度合いから適用除外の有無が自動的に決定されることはありえない。1対1という特権的な比率については(教員一人対生徒一人:筆者注)、最大限の注意を払って考慮し、特殊な目的に応じて完全な例外的手段を持って適用されるべきで、いずれの場合においても、ハンディキャップのある児童を級友から除外して、支援教師だけの排他的な教育・学習関係のうちに孤立させるなどして統合教育の方針に背くことにならないようにする必要がある。
1978年にリヴォルノで重度の知的障害のある小学校4年生の男児が学校に就学を拒否され、保護者が訴訟を起こしている。簡易裁判所、地方裁判所では勝訴したが、高等裁判所では敗訴であった。この裁判は1981年法律118号に記載されている重度障害児を除外するという文章の解釈について争われており、高等裁判所は学校当局が憲法に基づいて障害児を除外する権限を持つとして、入学拒否は重度障害児の権利侵害には当たらないとした。
高等裁判所の判決理由は次の3点に集約できる。
この法律118号の例外規定は1992年法律104号で廃止されている。現在では上記論点については以下のような論理で克服されている。
その後1987年に、神経・心理的障害のある職業高校生徒が学校による評価不能で学習を継続しても利益が得られないという理由で一年生への再登録を拒否されたため、保護者が起訴し、高等学校への就学を保障する憲法裁判所判決が出されている。ここでの争点は1981年法律118号3項の「高等学校及び大学への就学を促進する。」という規定であり、憲法裁判所は、これは違憲であり「障害児の高等学校や大学への就学は保障される。」としなければならないとしている。以下は、障害とインクルーシブ教育の関係について言及している部分である。
【言及部分】
学校に関わっている障害者の法的な立場を評価するには、まず何よりも障害者は回復不可能であるという、科学的には克服されたはずの観念は今や時代遅れのものであり、学校への受け入れや統合は彼らの回復によっては重要であると考えなければならない。普通の教員と生徒がいる教育課程に参加することが、実際上社会化を促進するのに適した要素であり、障害によってもたらされる状況を漸進的に減少させることによって、能力、コミュニケーション及び人間関係の学習を改善することのできる状況からこそ心理的な利益を得て、不利益者の可能性を非常に刺激することに貢献できるのである。ケアやリハビリテーション、それと家庭生活の良さに加えて、学校に通うということは、人格の全体的な発達に影響をもたらす複合的で相互作用的な要素の中で障害者の回復にとって本質的なものなのである124。
この判決について、石川がアントーニオ・エスポージドの著書を翻訳して紹介しているので引用する。
【紹介部分】
1987年判決は、憲法第3条第2項に言及してより明確な解釈を行い、前例の法的・司法的方針を覆しただけではなく、障害者が「無能力」という理由で高等学校就学を阻むことは、「彼らの能力及び功績は、各自の持つ障害の状況に適した固有の基準に従い評価されるべきである。ことを忘れることであり、また、「障害により呈される障壁を、適切に準備する手段を介して除去又は緩和することにより、人格の十分な発展の機会を全市民に等しく保障する」という憲法義務の不履行を意味すると主張した。
かかる規定からは、ハンディキャップの種類を問わずその程度が重度又は最重度の生徒についても、独断的に入学及び通学が拒否されることがあってはならない。彼らの就学の障壁については、「障害者の利益のみに関して評価されるべきであって、これと反対側にあると仮定される学校共同体に関して評価されるべきではない。障壁は、学習と編入という両方の基準で測定し、学習面だけでなく支援の準備を整えた組織の尺度で具体的に検証する。つまり、支援組織の欠如のために障壁が存続することのないようにする。」
さらに、同判決は、「労働能力のない者及び障害者は、教育及び職業訓練を受ける権利を有する。」とする第38条第3項、並びに、これに関する任務は「国により整備され、又は、統括される機関及び施設」が行わなければならないとする同条第4項を引用した。裁判所によれば、かかる規定は、高等学校も含め学校への就学を障害者にとって可能とするインテグレーション・支援の対策の義務性を示すものであり、彼らの権利を犠牲にするのではなく、これらの手段を介して、かかる権利の教授と学校の機能性におけるニーズの間の調整を実現すべきであることを示している125。
このように、この時点では、障害の程度を問わず、全ての学校段階で障害児は普通学級で統合されるという理論が形成され、それがこの後直ちに法律に反映されていくのである。
この判決に基づいて1987年公教育省通達262号が出される。以下は要点の抜粋である126。
これらの変遷の上で、論理形成が行われそれらが法律に直結し、1992年法律104号へと結びつくのである。
イタリアの法律は明確に障害児の学習権を保障し、国や市の義務についても規定しているため訴訟では勝訴することが多いといわれている。教育において差別禁止という文言を用いた明確な規定は存在しないが、前述の法律104号12条4項における障害児の学習権は障害に起因する困難性により妨げられないという規定は障害児への差別禁止に相当するものであろう。さらに、それを保障するための方策について同法律で記載されている。
障害児の教育に関する訴訟事例を見ると、支援教師の時間数の削減に関するものが多い。例えば、2006年には、予算削減で支援教師の配置時間を一日から5.6時間に減らされたことに対して保護者が市を起訴し、シラクーサ行政裁判所は市に対して障害のある子どもに学校時間全てに補助員の配置を保障している1992年104号法13条に反しているという判決を出している127。また、2010年にはラツィオ州行政裁判所に3人の障害児の保護者が支援教師の配置時間を減らされたとして国を相手に訴訟を起こしている。保護者は勝訴し、裁判所は支援教師の時間の回復と保護者にそれぞれ4,000ユーロの賠償金支払いを国に命じている128。
2006年に法律67号「差別の犠牲者である障害者の法的保護に対する規定」が制定されている。この法律は、2000年11月にEUの理事会で承認された「雇用及び職業における均等待遇のための一般的枠組みを確立するEC2000年78号閣僚理事会指令(均等待遇枠組指令)」に基づいてイタリア政府が制定したものである。法律の内容は上記指令をほぼ踏襲しているもので、全4条の短いものである。第1条は目的と適用範囲、第2条は差別の定義として直接差別、間接差別、嫌がらせの三つに類型化していること、第3条で法による保護として司法による救済が行われること、第4条で法の適用範囲として、個人及び団体を対象とすることが記載されている。
第一条(抜粋)
この法律の目的は、共和国憲法第3条に規定され、1992年法律104号第3条により推進されている、障害者の市民的、政治的、経済的、社会的権限を完全に享受するための機会均等原則及び公正な取り扱いを完全に実施することである。
第二条において、均等待遇の原則は、障害に基づくいかなる差別も存在してはならないことを意味するとし、差別の定義として、[1]直接差別(discriminazione diretta)、[2]間接差別(discriminazione indiretta)、[3]嫌がらせ(le molestie ovvero)の3つに類型化している。
[1] 直接差別
障害を理由として、障害のない者と比較して不利に取り扱われている、あるいは、それと近似した状態の場合
[2] 間接差別
表面的には中立的な規定、基準、慣行、命令、契約又は行為によって、特定の障害を持つ者が他の者と比較して不利な立場に置かれる場合
[3] 嫌がらせ
障害と関連した理由により障害のある者の尊厳と自由を侵し、あるいは、威嚇的で侮辱的で、敵意に満ちた環境を生み出すような好ましくない行動や行為
第三条では、司法による救済として、個人及び団体は裁判所に訴訟をすることができ、その手続きは1998年法律286号「移民救済法」を適用し、一般の手続きよりも迅速で効果的な法による保護を行うことを目指している。立証責任については、障害のある個人に対する差別の有無の証明は原告にある。裁判所は損害賠償命令や差別の状況を改善する命令や、差別の撤廃に関する計画を迅速に採用するなどの権限を有しており、また、その地域で最も発行部数の多い新聞において裁判について公表することができる。
第四条では、団体が、個人に代わってあるいは団体として起訴し裁判に参加することができることが書かれている。この団体とは障害のある人々の保護を目的として組織された協会及び事業体にまで拡大されている。
ヒアリングにおいて、この法律は学校や行政の関係者にあまり周知されておらず、この法律や国連の障害者権利条約の内容についてはすでに1992年法律104号やその他の法律で内容を網羅しているために、国内への影響は少ないという意見が多くみられた。
この法律がイタリアで初めて適用されたのは、2011年1月9日のミラノ一般裁判所で争われた支援教師の時間数削減に対する判決である。17人の障害児童生徒の保護者と障害者権利団体ledha(Lega per i Diritti delle Persone con Disabilità)が国に対して訴訟を起こし、支援教師の時間数削減は障害児への直接差別に当たるとして勝訴している129。
イタリアにおいて明確な救済システムは存在しない。ただ、県段階のプログラム協定において、利用者がサービス内容の不実施について指摘する必要がある場合は、オンブズパーソン(Difensore Civico)制度のある市については市のオンブズパーソン機関へ、ない市は県のオンブズパーソン機関に申し立て、それを監督組織に通知するとされているところがある。ローマのオンブズパーソン事務所に問い合わせたところ、ローマに関しては、障害のある子どものインクルーシブ教育に関する事例は見られないとのことであった。
前述のように、学校に関して生じた問題は、行政ではなく訴訟を起こして司法判決を行う方法が一般的である。ただし、訴訟を起こすまでの間に、保護者の権利を明確にした法律や法令のもと、学校と保護者の話し合いが行われる機会を多く設けているので訴訟の数はそれほど多くはないとのことである。
他国のように分離学校がある場合は、分離学校か地域の学校かを選ぶための就学先の決定の手続きが必要になるが、イタリアでは地域の学校の普通学級への就学が原則として保障されているためそれはない。そのかわりに障害のある子どもの保護者の権利として初めに位置づけられているのは、子どもを障害児として認定するかどうかである。
保護者が子どもの障害認定を申請しない限り、学校において障害に対する支援や教育目標や支援体制が記載されている個別教育計画は策定されない。つまり、子どもの家族のみが子どものインクルーシブ教育を開始することが出来るのである。前掲の1994年OECDレポート130にも「おそらくイタリアは選択する自らの権利を行使する保護者の責任を最も明確に表現している国であろう。その主要な権利は保護者が望むならば統合教育を拒否する権利である。」と記載されている。
障害のある子どもの個別支援計画を策定するには家族の申請から始まり、全ての過程で家族の参加・協力が位置づけられている。毎年の個別支援計画の検証・改定・更新にも保護者が参加し完成した計画書には保護者を含めた参加者全員のサインが求められる。さらに、学校長が学年の進級や進学に際してこれら書類を進学先に送る際には保護者の許可が必要である。このように、子どもの教育に関して保護者の権利が明確に位置づけられている点がイタリアの特徴であろう。
ところで、2008年7月にイギリスで呼吸障害の子どもの保護者が子どもの介護を理由として不当解雇されたことは差別であるとする判決が欧州司法州裁判所で出されている131。差別の対象として本人だけではなく保護者も適用されたわけであるが、イタリアでは重度の障害のある子どもの保護者(養父母を含む)に対して以下の優遇措置が1992年法律104号において規定されていることを紹介しておく。
イタリアでは障害の有無に関係なく子どもは全員地域の学校の普通学級に就学することになっているため、就学先の決定機関はない。次年度に就学する子どもの保護者は全員、入学申請書を市の学校当局あるいは入学を希望する学校に提出する。
イタリアには全日制の学校やクラス(午前〜午後、月〜金)と半日制の学校やクラス(午前のみ、月〜土)が存在するため、保護者が家庭の状況に合わせて校区内の学校やクラスを選択する仕組みになっている(学校やクラスと記載しているのは、同じ学校に全日制のクラスと半日制のクラスがある場合もあるため。)。その際に学校やクラスの入学希望者数に偏りがあった場合、障害のある子どもは優先されるため、障害児は希望した学校やクラスに入学できるようになっている。
○ | 書類を記載している人(父、母、後見人の別)と子どもの名前 | ||
○ | 子どもの情報(性別、生年月日、住所、メールアドレス、通っていた幼稚園) | ||
○ | 希望する学校の名前と希望するクラス(下の項目にチェックを入れる) | ||
□ | 週24時間の半日制学校のクラス(時々午後の授業と給食がある) | ||
□ | 週27時間の半日制学校のクラス | ||
□ | 週30時間の半日制学校のクラス | ||
□ | 週40時間の全日制学校のクラス(給食を含む) | ||
そして □ 給食の利用を希望する / □ 給食の利用を希望しない | |||
○ | 宗教(カトリック)の時間に関する要望(下の項目にチェックを入れる) | ||
□ | 授業を受ける | ||
□ | 授業を受けない | ||
□ | 学習をする | ||
□ | 個人で勉強をする(教員の支援の下) | ||
□ | 自由に学習をする(教員の監視の下) | ||
□ | 学校を出る(場所は学校と保護者の責任の下、決定する) | ||
○ | 緊急時の連絡先 | ||
○ | 父親と母親の名前、生年月日、住所 | ||
○ | 兄弟姉妹の名前の年齢と就学している学校 | ||
○ | 障害の認定があるかどうか |
障害のある子どもの学習権を保障するために「個別教育計画」(piano educativo individualizzato:PEI)が作成される。そのための手続きとして、子どもが小学校に入学する前後に、障害の認定→「機能診断」の作成(Diagonosi funzionale:DF)→「動態―機能プロフィール」の作成(Profilo Dinamiko funzionale:PDF)→「個別教育計画」の作成(piano educativo individualizzato:PEI)という一連の流れがある。
障害児が学校に就学する際の具体的な手続きは、1992年法律104号13条に基づき、県と市がプログラムを規定する。このプログラムにより、地域保健機関、県、市、教育事務所、学校、保護者などの多くの機関の連携のもと障害児の教育に関する目標や支援体制、学校と学校外の統合生活の連携等の計画が行われる。細かい手続きや文書の様式は自治体により異なるので、ここではエミリア・ロマーニャ州のボローニャ県のプログラム規定(2008-2013版)132を紹介する。
[1] | 保護者が子どもの障害の認定を地域保健機関に申請する。 |
↓ | |
[2] | 機能診断の作成を、保護者が地域保健機関に申請する。地域保健機関は保護者、小児神経科医、心理学関係者の協力のもと作成する。 |
↓ | |
[3] | 保護者は入学を希望する学校に入学申請書と機能診断を提出する。 |
↓ | |
[4] | 学校長は、支援教師(insegnanti di sostegno)や介助員(educatorice sostegno)、コミュニケーションアシスタント等の派遣を県や市に要請する。 |
↓ | |
[5] | 動態―機能プロフィールを、保護者、地域保健機関の担当者、学校教員の参加のもと作成する。 |
↓ | |
[6] | 個別教育計画を、保護者、教員、地域保健機構の専門家、地方公共団体の担当者の参加のもと作成する。 |
表13の一番初めの手続きである障害の認定に関連して、ここで障害の定義について整理する。障害の定義は1992年104号に規定されている。障害者とは、「恒常性のあるいは進行性の、学習、人間関係及び労働の面での困難性をもたらし、かつ、社会的不利や阻害を引き起こす、身体、精神あるいは感覚に障害を有するもの」(第1項)であり、重度障害とは「単一又は重複の障害が、年齢に対して個人の自律性を縮小させ、個別あるいは関連的な次元で常時包括的・永続的な支援が必要とみなされる場合」とされている(第3項)。この法律はイタリア国籍以外の外国人、無国籍者、定住者にも適用される(第4項)。
【第3条(抜粋)】
1 障害者(persone handicappate)133とは、恒常性のあるいは進行性の、学習、人間関係及び労働の面での困難性をもたらし、かつ、社会的不利や阻害を引き起こす、身体、精神あるいは感覚に障害を有するものである。
3 単一又は重複の障害が、年齢に対して個人の自律性を縮小させ、個別あるいは関連的な次元で常時包括的・永続的な支援が必要とみなされる状態を重度の障害という。
この法律は教育のみではなく障害者の生涯を通した包括法であるため、この定義は福祉や労働等全ての分野に適用される。判定は、地域保健機関の小児神経科医、心理学関係者、そして、社会福祉士等その他の専門家などが医療委員会を組織し、証明書(certificazione)が発行される。これにより、「1992年法律104号に相当する」と認定され、法律に記載されている支援サービスを受けることが保障される。
ところで、この定義を見ると医学モデルに準拠しているように思われる。それを克服するために、現在イタリアでは世界保健機構(WHO)の生活機能分類の適用が急がれているようである134。判定の項目は自治体が設定するが、多くの自治体がWHOのICD-10を使用している。ボローニャでは判定は次の3項目で行われている。
[1] 医学的診断
[2] 世界保健機構(WHO)のICD-10(I nternational Statistical C lassification of D I seases and Related Health Problems:「疾病及び関連保健問題の国際統計分類(国際疾病分類)」)の評価
[3] 重度障害かどうか
ICD-10に関して、ボローニャを例にとると、ICD-10を参考に設けられた診断カテゴリーには5つの群があり、それらはそれぞれ以下を含んでいる。
1群―神経的・精神的な障害
2群―神経学的な障害
3群―知的障害
4群―病気に起因するもの
5群―社会的、文化的そして適応の問題
(1、2、3、4群は法律104号の障害の定義として有効であるため支援を要求できる。5群は支援の対象にならないとされている。)
1群は精神障害や発達障害を含むもので、発達障害を「学習障害、高機能自閉症、注意欠陥多動性障害」と定義している日本の学校教育法制度と比較すると広く捉えているといえる。2群は言語障害や学習障害であるが、読字障害や書字障害は除外されている。これらについて、2010年に新たな法律が出されている。3群には日本の教育法における知的障害と肢体不自由が含まれる。4群は視覚障害及び聴覚障害そして病弱児である。
ところで、2群の学習障害について、2010年法律170号「学校における学習障害(disturbi di specifici di apprendimento:DSA)のための新基準」135が出されている。そこでは学習障害の定義を読字障害、書字障害、正書障害及び計算障害とし、知的障害との区別を明確にしている。学習障害(DSA)と法律104号の障害(handicap)は同一視できないとし、学習障害に応じた個人化された個人に必要な指導法や学業評価、試験方法の適切な方法の提供等の保障が学校教育を受ける権利を保障するとし、そのための法体制づくりを急務としている。
群 | 診断カテゴリー | ICD10コード |
---|---|---|
1群 | 統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害 | F20~F29(統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害) |
1群 | 気分・感情に関する症候群 | F30~F39(重度を含む)気分(感情)障害 |
1群 | 強迫思考の症候群 | F42(強迫神経症) |
1群 | 強いストレスへの反応と不適応の症候群 | F43.1、F43.2、F43.3、F43.8(外傷後ストレス障害、適応障害、その他の重度のストレス反応) |
1群 | 人格障害 | F60~F62(人格障害) |
1群 | 広汎な神経発達の変化に関する症候群 | F84~F89(広汎性発達障害、その他・詳細不明の発達障害) |
1群 | 運動と行為の障害の症候群 | F90~F92(多動性障害、行為障害) |
1群 | 運動と音声の複合的なチック症候群(トゥーレット) | F95.2(音声性及び多発運動性の両者を含むチック障害) |
2群 | 言語の障害 | F80.1、F80.2.F80.3(表出性言語障害、受容性言語障害、てんかんを伴う後天性失語症) |
2群 | 学習能力の混合性障害 | F81.3(学習能力の混合性障害) |
2群 | 運動機能の特異的な障害 | F82(運動機能の特異性発達障害) |
2群 | 混合性の特異的な発達障害 | F83(混合性特異的発達障害) |
3群 | 知的障害 | F70~F79(知的障害) |
4群 | 視覚と聴覚の欠損 | H54~H90(盲および低視力、眼及び付属器のその他の障害、外耳疾患、中耳および、乳様突起の疾患、内耳疾患) |
4群 | 全ての病気 | 全ての病気は、重要な程度に関係する個人の自律、知的障害または他の障害に対応する問題と結合するならば証明することができる。 |
保護者の申請のもと地域保健機関は子どもの障害が認定し、機能診断を作成する。保護者は、入学申請書とともに、この機能診断を学校に提出する。
ボローニャの機能診断の様式を見ると、子どもの機能について、運動、感覚、認識、学習、言語コミュニケーション、情緒―関係、個人的自律及び社会的自律という8つの領域に分けて自由記述と程度(軽度・普通・重度)を記載するようになっている。自由記述に際する留意事項として、子どもの所有している能力と困難、興味関心や発達の可能性、そして、児童生徒の物理的な移動や投薬・リハビリなどの状況、カウンセラーや補助員等人的配置の必要性が記載するとされている(表15)。
○ 子どもの名前/○ 生年月日/○ 住所 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
○ 機能について(自由記述)
運動領域
感覚領域 認識領域 学習領域:読み、書き、計算 言語コミュニケーション領域 情緒―関係領域 個人的自律領域 社会的自律領域 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
○ 機能の程度(チェックを記載する)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
○ 担当者、責任者のサイン等 |
これは子どもの就学先を判定するためのものではなく、学校長が支援教員や介助員を要請するための資料となるものである。学校長はこれを元に支援教員や介助員の派遣要請を行い保護者の申請に基づいて障害のある子どもが入学する体制を整えるのである。
子どもが入学すると、機能診断を元にして、学校における具体的な個人の計画を作成するために、障害のある子ども一人一人に学校と地域保健機関そして保護者によるオペレーティンググループ(Gruppo Operativo)の設置が義務付けられている136。構成員は、校長、クラス担当教員及び支援教員、地域保健機関の担当者、地方公共団体の教育補助員又は技術者、そして障害のある子どもの保護者である。このグループは少なくとも年に3回は集まり、動態―機能プロフィールと個別教育計画を策定・検証・更新を行う。更新は必要時のほか、学校間のつながりを持たせるために幼稚園、小学校、中学校の最終学年と高等学校の在学中にも行うことになっている。
ボローニャの動態‐機能プロフィールの様式を見ると、学校外での子どもの様子や対人関係について質問しているモデルAと、子どもの機能の状態について記載するモデルBがある。モデルAは自律と支援の状況、支援を得ている人、家での活動と対人関係、学校外での活動等、特に誰と一緒に何をしているのかという子どもの社会参加を中心に聞き取る内容になっている。モデルBは機能診断と同じ8項目([1]運動領域、[2]感覚領域、[3]認知領域、[4]学習領域(読み/書き/計算)、[5]言語コミュニケーション領域、[6]情緒―対人関係領域、[7]個人的自律領域、[8]社会的自律領域)の現状と、潜在的能力(短期間・長期間にわたる予測)等について記載するものである(表16)。
○ 学校、所在地/○ 作成日、更新・改定日/○ 名前、出生地、出生日等、
○ 障害認定の日、地域保健機関名、医学診断(ICD-10と診断名) ○ 支援とリハビリの情報
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この動態‐機能プロフィールをもとにして、個別教育計画が策定される。個別教育計画は、毎年策定され、子どもがクラスの授業に参加するに伴い必要となる支援や事項、学校外の活動やそれらの統合等について記載された文書で、クラスの授業と連結した個別の学習指導プログラムも含んでいる。学校やクラスは障害のある子どもが在籍していることを前提とした学習指導計画案が策定するが、個別教育計画はそれを個人に焦点を当てて書かれたものともいえる。
記載内容としては、[1]クラスの特徴、[2]支援教師や補助員、その他人的支援の配置時間、[3]生徒が利用するもの(食堂の使用、投薬、特別な移送、エレベーター、トイレ、車いす、特別な机、計算機、休憩する場所、特別な器具と補助等)、[4]通学時間、[5]障害のある子どもの参加を前提としたクラスの活動プログラム、[6]学校内と学校外の活動の統合の形、クラスでの授業内における個別の目標の有無や達成状況、学校外での活動プロジェクト、[7]リハビリテーションやセラピーについて、などである。
○ 学校、通学地域、学校年度、クラス、名前、出生地、出生日、住所等、 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1 クラスの特徴
位置づけ/授業時間/休憩時間を含む一日の時間割/子どもの人数と障害のある子どもの数/クラスにおける障害のある子どもの歓待の状況
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2 子どもが利用するもの
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3 子どもの週当たりの学習時間
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4 一週間当たりの学校内での活動計画の編成モデル
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5 クラス全員で行う障害のある子どものための特別活動プログラム
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6 プロジェクト
a) プロジェクトに関係する方法や戦略と個別教育プログラムを添付する b) 個別教育プログラムの統合活動と学校外の機関の参加 □ スポーツ関係の活動 □ 文化、教育、社会関係の活動 □ 職業進路の活動 □ 学校/授業に関係する活動(高等学校の生徒のための) □ 専門教育と一緒の統合活動 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7 リハビリテーションの介入と予想されるセラピー
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8 学校外の関心と活動
PEIの更新日
学校長サイン クラス会議の長のサイン 地域保健機構担当者のサイン 地方公共団体の社会・技術担当者のサイン 地方自治体の教育専門家のサイン 両親のサイン |
1992年法律104号には、障害児のインクルーシブ教育を保障するための方策として次の事項が記載されている。
ア 個別支援教育計画の作成のための手続きとその内容・留意点
イ 地方公共団体、学校、地域保健機構によるプログラム協定の締結
ウ インクルーシブ教育の実現方式
エ インクルーシブ教育のための作業グループ
オ 評価及び試験について
これらは、1970年代からの取組の中で障害児の普通学級におけるインクルーシブ教育を達成するために必要な事項として義務化されたものである。以下、それぞれについて見ていく。
これについては前述したが、障害児を普通学級にインクルーシブするための最も重要な方法として、障害の認定→機能診断書の作成→動態‐機能プロフィールの作成→個別教育計画の作成の一連の流れについて規定されている。これにより、地域保健所が管轄する医療と保健、そして学校教育と家庭(保護者)が連携して障害児の教育に責任を持つ体制ができ、普通学級における必要な支援等が具体化される。文章には子どもの障害の状態とともに、その子どもの好みや文化的嗜好性、潜在能力について記載される。
【第12条(関連する条項を抜粋)】
5 個別教育計画を作成するための動態‐機能プロフィールの作成には、障害者としての児童生徒が認定されることと、機能診断の作成入手が必要である。
個別教育計画は、障害児の保護者、地域保健所の職員、公教育省の基準によって認定される教育心理専門教員と、学校の担当教員が協力して作成する。
これには児童生徒の身体的、精神的及び社会的情緒的な特徴を記載し、また、障害の状態から生じる学習困難性や回復可能性、障害者の文化面の志向について支援・要求され、さらに、徐々に強化され発展されるべきその子どもの持つ能力も重視されなければならない。
6 動態‐機能プロフィールを作成した後は、地域保健所の職員、学校及び保護者の協力によって、学校で具体化されている多様な支援措置とその影響や効果を検証する。
8 動態‐機能プロフィールは、幼稚園、小学校及び中学校の最後の学年と高等学校の途中で見直しが行われる。
障害のある児童生徒のインクルーシブ教育に関して地方公共団体・学校・地域保健機構が共同でプログラムを策定することが規定されている。これの効果は以下である。一つは、子どもが学校内だけでなく学校外においてもインクルーシブされた活動に参加できること。二つ目は、支援体制の整備を共同で行うことによりその権限と予算の配分について明確にしてその実施を義務化したことである。
例えば、学校と専門のセンターの連携による専門の教材や補助器具の整備、国による支援教員の派遣、市による身体的な介助員の派遣、県による視覚障害や聴覚障害の補助員の派遣というように役割を義務化した。そして、支援教員は一般の教員と同等に障害のある子どもの教育に関する責任を有し、その役割について明確化している。
支援教師について、障害児には個別支援計画に沿って支援教師が配置されるが、支援教師の役割は障害児個人の支援ではなく、学級担任とともにクラスを共同で担当することである。また、他の教員と協力して障害児の個別支援計画を作成し、学年協議会及び教員会議において活動の計画策定に参加するなど、障害児の個別支援計画を学校教育全体に位置づける役割を担う。
また、介助員は教員ではなく福祉関係の職員などが担う。介助員は様々な種類があるが、身体障害、知的障害の児童生徒には介助員として市の職員が、聴覚障害児へのコミュニケーションスタッフや視覚障害児の介助は県の職員が配置されている。さらに、ボローニャでは独自に高等学校段階になるとチューターという制度を設け、その高校を卒業した同年代の者を配置している。
【第13条(抜粋、要約)】
1 あらゆる段階・種類の学校の普通学級及び大学における障害者の統合教育は、・・・学校機関が、医療・社会保障・文化・レクリエーション関係の事業と、地域の公立及び民間の機関によるその他の活動との間で、指導計画を作成することを通して実現される。この目的の遂行のために、(a)地方公共団体、学校機関、地域保健機構は、プログラム協定を締結する。・・・このプログラム協定は、教育・リハビリ・社会化に関する個別プロジェクトを共同で準備し実施し点検することを目的とするほか、学内活動と学外の活動の統合も含むものとする、(b)専門センターとの連携による専門機器や補助具を学校において整備する、(c)新しい教授法の実験、(d)聴覚障害者のための大学における通訳アシスタントの雇用。
2〜5 学校当局の負担による支援教師の派遣、身体障害、市の負担による知的障害の児童生徒のための介助員の派遣、県の負担による視覚障害、聴覚障害の児童生徒のための補助員等の派遣について、そして、支援教員の役割として他の教員と協力して教育指導プログラムの策定、合同学年協議会、学年協議会、教員会議の権限に関する活動の策定と点検に参加するとされている。
ここでは、インクルーシブ教育の実施を高めるために、以下が規定されている(14条)。
インクルーシブ教育について提案、検証し管理するためのオペレーティンググループを県段階と学校内に設置することが規定されている。特徴としては、県の団体間オペレーティンググループでは障害者団体や家族団体が指名した人が3分の1を占めていること、学内オペレーティンググループにも保護者や生徒の参加が見られることである(15条)。
イタリアには日本のように入学試験は存在しないが、中学校修了資格試験や高等学校修了資格試験があり、これらを取得することにより上級の学校(高等学校や大学)への進学が認められる。しかし、そこに一般的で絶対的な評価基準が存在する限り、特に重度の知的障害児の進級や進学の大きな障壁となる。これらについて、公教育が設置する修了資格試験の基準ではなく、障害のあるもので必要なものに関しては、個別教育計画に基づいて個人の進歩の度合いにより評価するとされている。
義務教育から高等学校にまでこの評価方法の導入について徹底したのは1995年教育省通達第80号137、1997年教育省告示266号である138。必要な者は、国が規定する学習計画ではなく、個別教育計画の発展のみで評価することができる。その場合は成績表の下部にそれを明記するよう規定している。その者には職業専門学校卒業試験及び芸術学校卒業試験の参加、能力及び取得技術の証明、職業訓練課程受講に有効な証明書の発行の権利が保障されている。
さらに、試験の方法について、障害に応じて補助員を配置したり、同質であるが内容の異なる試験内容等へと変更・調整することにより公平を保つ義務が学校側にあることが記載されている。以下、内容の要約である。
他にも学校全体の改革として以下がある。
(ア) 学級人数の少人数化
1クラスの上限人数は25人で、障害のある子どもが在籍する場合は20人を限度とする。
(イ) 教員の複数性
一学級二担任制や二学級三担任制など、複数の大人が子どもを多様にみられる体制を作った139。
(ウ) 教科学習の柔軟化
教科を固定的に学習するのではなく、合科的な授業を取り入れることで学校の独自のプロジェクトの中での学習を可能にした。
(エ) 学校の住民参加
クラス会議、学校会議等、学校に地域住民や保護者の代表、高等学校段階では生徒の代表が構成員になり学校の運営に参加する。
(オ) 障害児の通学の保障
1971年法律118号で障害児の通学の無償化が規定されていたが、障害児の通学について市の福祉局との連携により、専用バスの運行や介助員の措置等が行われている。
(カ) バリアフリー
1971年法律118号で公共建築物及び学校施設の障壁の除去について規定され、その後1978年大統領令384号で実施のための規則を承認した。18条では、「就学前から大学その他の公立学校は、歩行ができないあるいは困難な子どもによる利用を保障しなければならない。」「机、いす、タイプライター、点字教材、着替えの部屋など、教育活動に必要な教材や設備は、個々の障害に対応したものでなければならない。」「エレベーターのない学校においては、歩行のできない子どもの学級は地上階に設けなければならない。」と規定されている。
その後、1989年法律13号でこれらの基準は私立学校を含む民間の建造物にも適用され、1992年法律104号へとつながる。8条では、学校を含む公的・私的な建造物には物理的障害の除去が義務付けられている。これに伴い、学校におけるスロープや階段昇降機、エレベーターの設置、特別な仕様のトイレ等の整備が進められている。
ただ、統計を見ると、設置はあまり進んでおらず、州による格差も大きい。
州 | 実施している学校数 | 設備 | |||
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入口 | 休憩室 | 階段 | エレベーター | ||
ピエモンテ州 | 3,037 | 29.4 | 32.9 | 19.6 | 15.5 |
バレ・ディ・アオスタ州 | - | - | - | - | - |
リグーリア州 | 871 | 25.0 | 25.8 | 18.4 | 16.3 |
ボルザーノ州 | - | - | - | - | - |
トレント州 | - | - | - | - | - |
ベネト州 | 3,019 | 35.2 | 34.4 | 23.6 | 12.4 |
フリウリヴェネツィアジウーリア州 | 930 | 42.6 | 47.3 | 26.5 | 18.3 |
エミリア・ロマーニャ州 | 2,211 | 40.7 | 43.0 | 23.6 | 19.9 |
トスカーナ州 | 2,518 | 29.2 | 33.2 | 20.3 | 12.7 |
ウンブリア州 | 758 | 37.5 | 40.2 | 23.2 | 18.3 |
マルケ州 | 1,274 | 35.7 | 37.4 | 25.2 | 16.6 |
ラツィオ州 | 3,202 | 22.5 | 25.3 | 16.0 | 14.1 |
アブルッツォ州 | 1,263 | 20.7 | 20.3 | 16.1 | 8.8 |
モリーゼ州 | 360 | 30.3 | 25.6 | 15.0 | 7.8 |
カンパーニア州 | 4,375 | 17.6 | 20.0 | 19.7 | 8.5 |
プーリア州 | 2,605 | 24.3 | 22.9 | 20.2 | 10.1 |
バジリカータ州 | 696 | 20.5 | 17.7 | 14.7 | 9.1 |
カラブリア州 | 2,642 | 31.8 | 30.6 | 19.3 | 4.6 |
シチリア島 | 3,996 | 30.5 | 29.8 | 15.9 | 10.6 |
サルディニア州 | 1,582 | 22.0 | 19.0 | 13.5 | 7.1 |
イタリア | 40,383 | 29.7 | 30.7 | 20.3 | 13.1 |
障害のある教員についての公的な統計は存在しない。ただ、手話とイタリア語を用いている聴覚障害児のインクルーシブ教育学校において、コミュニケーションアシスタントと支援員は原則として聴覚障害者を採用している。これは、子どもにとって大人モデルとしての役割も持つという。以下はローマの幼稚園、小学校、中学校の児童生徒数、教員数、コミュニケーションアシスタント、支援員のデータである140。聴覚障害のある教員については、現在はいないが、近年退職した者に数名、そして、現在、養成機関に数名在籍しているとのことである。
幼稚園 | 小学校 | 中学校 | |
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児童生徒数 | 46 | 65 | 36 |
教員数 | 8 | 12 | 11 |
コミュニケーションアシスタント(聴覚障害者) | 6 | 11 | 3 |
支援員(聴覚障害者) | 2 | 4 | 1 |
1992年法律104号20条21条で、障害のある者は、公職採用試験や職業資格試験において、受験者の申請により必要な支援者の利用や試験時間延長が保障されることや、障害が重度の場合は、就労の場所の選択において優先権が与えられること、月3日の休暇の取得が規定されている。
2006年に国連障害者権利条約が採択され、イタリアでは2007年3月30日に条約と議定書に署名し、2009年5月15日に批准した。条約批准に際して、1992年法律104号で権利条約における学校教育の内容を満たしているとされ、あまり問題になっていない。これは、1992年104号法が現在まで一部の改正のみで抜本的な法改正は行われていないことからわかる。実は、イタリアは1987年に国連で障害者差別撤廃条約を提案しているが当時は反対多数で却下されたという経緯を持つ。イタリアは国連やEUの規定内容を国内で着実に実体化した国であるといえる。
だが、実態を見ると、近年の教育予算の削減や市場化を取り入れた教育改革の中で、支援員の配置時間数が減少されるなどの影響がみられる。また、私立学校は障害児の受け入れに消極的であり、保護者にとっては実質選択できない状況にある。2006年差別禁止法が実態にどのような影響を与えるのかさらに注目していきたい。ただ、そのような中でも、イタリアは普通学級におけるインクルーシブ教育を分離教育へ転換することはないであろうと思われる。現状に対する批判・不満の背後に「イタリアのインクルーシブ教育制度に対する誇り」が強く存在していることを感じるからである。折しも、イタリア訪問調査中の2011年3月22日、ダウン症の女性が文学の学位を修得しパレルモ大学を卒業したという新聞報道があった141。翌日に訪問したボローニャ大学で、ニコラ・クオモ教授は大学の講義でこれを取り上げ、「ダウン症の人の能力がこの40年で上がったわけではない。イタリアの社会環境が変わったのだ。インクルージョンは文化の問題である。」と解説をした。イタリアのインクルーシブ教育の30年間の到達点を端的に表している出来事であろう。
本報告は、2011年3月のローマ、ボローニャ、ミラノにおける調査とその際の収集資料、関連機関のホームページより収集した資料によるものである。調査に際して、ボローニャ大学のニコラ・クオモ教授(彼自身視覚障害がありインクルーシブ教育哲学と実践を追求している。)及びアリーチェ・イモラ研究員、盲学校教員や大学教授を経て現イタリア中央州コンサルタント顧問のアントニオ・パッサーロ元教授、国立聴覚障害者特別教育協会の校長と教員、CGIL教員組合部ボローニャ支部、ボローニャボッシ高等学校校長と教員、社会的協同プロジェクトamicoに関わっている医師、心理学者、保護者の皆さんに多大な厚情とご協力を頂いた。時間の関係でイタリア公教育省とローマオンブズ事務所にはメールによる調査のみで訪問できなかったことが残念である。また、DPIイタリアのジャンピエロ・グリッフォ氏と熊本学園大学の堀正嗣教授より多くの示唆を頂いた。ここに心より感謝の意を表したい。