子ども・子育て支援新制度

パネルディスカッション(私立幼稚園と新制度)

<私立幼稚園と新制度>

無藤

まず、最初の話題ですけれども、私立幼稚園とこの新しい制度についてです。前半の自治体からの報告にもありましたが、私立幼稚園がこの制度に入っていくにあたって、さまざまな不安があるのは当然です。これまで私立幼稚園は、基本的には都道府県の私学助成の元にあったわけですが、この新しい制度では、私学助成の場の中に維持されるという選択肢もありながら新しい制度に入ることもでき、さらに、その新しい制度に入った中でも、いわゆる幼稚園のままか、認定こども園に転換するかといったこと。また、子育て支援事業をどの程度拡大するかなど、いろいろな問題があると思います。逆に市町村から見れば、これまで直接的な対応をしていなかった私立幼稚園が管轄に入ってくるわけですので、さまざまな戸惑いがあったかと思います。そういうわけで、私立幼稚園と新制度、とりわけ私立幼稚園と市町村との関係の構築というあたりに焦点をあてながら考えていきたいと思っています。

それでは、早速、パネリストの方にそれぞれの経験、ご意見を開陳していただこうと思います。最初に長年私立幼稚園・保育園を運営してきた大分県の正本さんにお願いします。現在は幼保連携型認定こども園の運営に関わっていますが、そのご苦労を少しお話しいただきます。よろしくお願いします。

正本 パネルディスカッション中の正本 秀崇さんの写真

皆さま、あらためましてこんにちは。大分県より参りました。大分県認定こども園連合会で会長をしています、むさしこども園園長の正本秀崇と申します。どうぞよろしくお願いします。

まずは、自己紹介も兼ね、お手元の資料35ページの「むさしこども園の取り組み」を紹介しながら、過疎の私立幼稚園が、やはり新しい制度が必要だったという話をさせていただきます。むさしこども園ですが、今、法人種別は社会福祉法人です。この後で話をしますが、学校法人の私立幼稚園でもあり、社会福祉法人の認可の保育園でもあるということです。所在地は大分県国東市です。国東と書いて「くにさき」市と読みます。大分空港がある街で、国東市の武蔵町というところに私が住んでいますので、「むさしこども園」と言っています。武蔵と聞くと関東のイメージがあると思いますが、昔からこの地域を武蔵と呼んでいまして、このことから武蔵という言葉を使っています。今、人口は約2万8000人です。27年度の国勢調査の結果で2万8000人ですが、5年前は3万2000人でした。この前、集計が出て、大分合同新聞という地元の新聞に「5年間で一番人口が減ったところが国東市」というタイトルが出ました。日本創成会議でも消滅可能性都市で大分県の中では国東市が危ないですよと言われているところです。そういうところで保育園と幼稚園を運営しています。

利用定員を130名と書いています。1号が70名、2号15名、3号45名としていますが、簡単にイメージしていただければ、認可の保育園が全60名定員の保育園で、認可の幼稚園が105名の定員でした。50名から60名ぐらいの園児がいましたというところで、実際だいたいこのぐらいだろうという感じで、今では利用定員をこのように設定をしています。職員数は31名。職員数が多いと思われるかもしれませんが、0歳から子供がいますから保育園側から見るとだいたいこのぐらいだろうとイメージをしてください。

沿革は、昭和25年9月に「武蔵町保育園」を県の認可をいただいて始めました。そこに写真があると思いますが、お寺があるのが分かると思います。昭和25年9月は、このお寺の中で保育園をしていました。戦後、昭和20年、私のおじいさんとおばあさんがお寺を開いて、農繁期の託児所や地域に開放するということで保育園をはじめたのが始まりです。それとともに、女子文化学園という裁縫学校を開いて取り組みをしてきました。もう私のおじいさんもおばあさんも亡くなって、今年7回忌ですけれども、生前に話を聞いたところによると、昭和30年代ぐらいまでは保育園でも働いていない方を見ることはできていたということです。もともとお寺の寺子屋でしたから誰が来てもよかったのですが、一応、制度的には30年の後半から40年にかけて、監査で、働いていない家庭の子どもを保育園で見てはいけないということをかなり強く言われたそうです。ですから、今まで来ている子どもたちや保護者に「来年から来れませんよ」と言えなかったために、昭和46年に学校法人の「むさし幼稚園」を設立して、場所はちょっと変わりましたが、むさしの地域の子どもたちを全て受け入れようということで保育園と幼稚園を一緒に運営をしてきました。

私は大学を卒業して平成11年から働くようになりました。平成11年になりますと昔と違ってだんだん人口が減ってきて、幼稚園の運営が厳しくなってきました。

平成15年から保育園と幼稚園を1つにしたいという話し合いを理事会で持つようにしてきました。平成20年から幼保一体の施設の認定こども園を始めたわけですが、平成15、16と2年間、理事会でもんで、17、18、19と現場の先生方で話をしてきました。5年の時間をかけて平成20年からスタートし、今、7年が経ち8年目を迎えました。8年も経ってくると、やっぱり1つにしてよかったと感じています。ですが、1つにするまで5年もかかってけっこう大変でした。今回の新制度がスタートするにあたって、タイトな日程と感じられた方も多いのではないかと思います。いろいろなことを決断もしないといけない、準備もしないといけない、本当に大変だろうと思っています。しかし、私としては保育園と幼稚園が1つになって、うちの地域としてはよかったと思っているところです。

地域の特色もいろいろありますが、目指してきたものとしては、子どもと保護者と保育者という3つのテーマを掲げて保育園と幼稚園を1つにしよう、認定こども園として頑張ろうということです。やはり、子ども集団の拡大を図りたかったというところです。過疎の町なので、だんだん子どもの集団が小さくなってきます。小さくなったらいけないというわけではありませんが、幼稚園の4歳児が10人と保育園の4歳児が10人と別れているのですが、20人で遊んだほうが楽しいじゃないかということです。みんなで遊んだほうが楽しいよねということで、そういう取り組みをしようということでした。

保育園と幼稚園を1つにして、本当に見えてきたことは、子どもの育ちってすごいなということでした。特色のところにちょっと書いていますが、うちの保育園は4歳児までで5歳になったら向かいの幼稚園に行ってくださいねという取り組みをしていたわけです。つまり、保育園の先生は5歳の子どもの育ちを知りませんでした。当然ですが、幼稚園の先生は0、1、2歳の子の育ちを知らないわけです。平成18年、19年の2年間は先生の人事交流をして、今まで知らないところを見ようということで準備を進めてきました。保育園の先生としては、5歳児の子どもの育ちは本当にすばらしいということが見えてきました。友達同士で取り組んだり協力するというところが「ああ、子どもの育ちはたくましいな」と本当に感じる事例が出てきました。

保護者にとっては、就労によって園を替えずに済むことはとても大切なことでした。うちの小さな町であっても、仕事がなくなったら保育園で預かることができなくなってしまいますので、園をやめなければいけません。うちの園は5歳になったら幼稚園に行く仕組みを取っていましたので「園長先生、保育園のほうで5歳は預かってくれませんか」ととても強く言われてきました。幼稚園の経営も苦しかったところがありましたから、私は保育園に取り込んでしまえばいいのではないかと思っていたのですが、「保育に欠ける」条文があり、保育園では働いていないおかあさんの子どもを見ることができないという現状がありました。大分空港がある町ですので転勤族が存在しています。幼稚園の人数は少ないのですけれども、幼稚園がなくなると子どもの行き先がなくなるのでとても困るということでしたので、私も「来年からもう来ないでください」と言えなくなりました。なんとか保育園と幼稚園を1つにして子どもの現場を維持できないかと模索してきたのが、平成15年からの実情でした。

そして保護者にとっても子育て支援が大切だということが見えてきました。うちみたいな田舎でも核家族が進んでおり、おじいさん、おばあさんと一緒に住んでいません。子育て経験がない旦那さんとおかあさんで子育てをするのは、とても大変な状況になってきました。そこに現場のプロの先生方が子育て支援として、子どもはこう育ちますよと言っていくことがとても大切だということが、だんだん見えてきました。幼稚園は0、1、2歳をみたこともありませんし、いかに在宅で子育てをしている方々が大変かということがなかなか見えてこなかったところがあります。保育園もそうです。そういうことを1つにすることで、うちも田舎ですけれども、在宅で子育てをするのはけっこう大変なんだなということが見えてきたところです。そういう子どもと保護者の状況がだんだん見えてきて、先生方の考え方がちょっと変わってきたと言いますか、先生方の考え方を整えるのにちょっと時間がかかりました。

経験のある方もいるかとは思いますが、保育園の先生と幼稚園の先生の仲がちょっと悪く、ことがなかなかうまく進みませんでした。私は平成11年から一緒に働いていますが、幼稚園に行けば保育園の悪口を聞きますし、保育園に行ったら幼稚園の悪口を聞くという状況でした。話を聞いていると人が悪いわけではなく、幼稚園の先生は「もっと子どものために準備をすればいいのに」という話をして、保育園の先生は「もっと保護者のためにちょっと考えればいいのに」と、ちょっとした観点が違っていました。これはもう、制度が2つに分かれているからこうなっているのだろうということが徐々に見えてきました。しかし、子どもの育ちでやはり楽しく過ごすのはいいねと思うのと、保護者もその子どもの姿を見て変わってくるという状況で、その姿を見た先生方が保育園、幼稚園は関係なく、子どものためにどう保育をしたらいいのかという、保育の原点が見えてきたような気がします。

そのときに、やはり難しくなるのが子どもの発達段階であって、おむつを外すにはどう伝えていったらいいのかであったり、午睡はどうあるべきかなど、今まで、当たり前に保育をしてきたことを考えるきっかけになったと思っています。こういうことを振り返ることができた中でも、保育の連続性や幼児教育が大切だなと感じてきました。うちももう50人を切って、いつやめようかという話になったときもありましたが、それでもやめることができない中で続けていく、やはり永続性を図られるためには、今の制度ではなくちょっと違う制度があるといいなと思いました。うちの場合は、目の前に認可の保育園がありましたので、この認可の保育園と一緒に手が組めないかなということを常に思っていました。保育園は0、1、2歳がいるからではありますけれども、定員が40であれば給食が出せるだけの十分な財源がいただけます。そういうことで幼稚園も取り組みができないかなということを模索してきました。今回の新制度は、この定員の設定で運営ができるということは、こちらとしてはとてもよかったと思っています。新たな展開として、0歳から12歳までの子どもの育ちをサポートできたらなということで今年から児童クラブを設けました。今回の制度を、田舎の者としてはとてもよかったと捉えています。

無藤

ありがとうございました。今、さまざまな形で幼稚園、保育園、最後は学童の話まで出していただきました。それを受けて、大豆生田さん、全国の幼稚園、保育園の状況について詳しいと思いますので、どのように感じたかを少しお話しいただけますか。

大豆生田

パネルディスカッション中の大豆生田 啓友さんの写真 大豆生田です。よろしくお願いします。私は自由枠のようですので、時間内で好きにお話をしたいと思います。

まさに今、都市部などの私立幼稚園ではけっこう迷われていることが大きいと思っています。そのとき認定こども園になられた方々の中に、今、正本さんが言ったようなことを言っている方がすごく多く、嬉しく思っています。というのは、認定こども園になることで今まで3歳から全て発達を考えてきたけれども、やはり0、1、2からみると全く見方が変わる。例えば、おむつに関しても「3歳までおむつを取ってきてね」と言ったけれども、親子の実態を見るとずいぶん違うということが分かってくる。そこからものを考えるようになってくるので、子どもたちの見方が変わってくる。それから、0、1、2の親子の見方が変わってくる。先ほど話もあったように、幼稚園と保育園に溝があるというのだけれども、きちんと子どものことや親のことで話を始めると、そこが乗り越えられるという話がたくさんあちこちで出てきていて、「ああ、すばらしいな」と思っています。

私は認定こども園になるかならないかではなく、まずは認定こども園ということが今の時代の中で、考え方としてすごく大事だと思っています。それは、どの子どもに対しても質の高い教育・保育が受けられるということ。親の働き方に関係なく同じところで生活するということ。それから、地域の在宅までを含めた子育て支援がすごく大事だということは、今のままの幼稚園、保育園であろうがすごく大事な視点だと思っています。そういう意味で言うと、今回、新制度が動き出したということは、全ての園がこのことを考え始めるようになったという意味で、ものすごい前進だと思っています。

そうすると、今回の課題の中で市町村との関係の構築という問題があります。特に幼稚園は、これまでの区や市という枠とは別に動いてきたところがあったので、どういうふうに関係を構築するかという課題があります。私は墨田区の子ども・子育て会議の会長をしていますが、そこで面白かったのが、最初に量の整備だけでなく保育の質をよくしていきたいという話になりました。そのときにいろいろな議論がありましたが、この1年でやったことがあります。それは、公立幼稚園、私立幼稚園、公立保育園、私立保育園が1つのテーブルに載って、この1年間で協働的な学び、つまり、プロジェクトアプローチのようなものですが、5歳児を中心にそんなふうな保育をいろいろな園でやってみました。それぞれ4つの団体から1つずつ園の代表として出ていただいて、この1年間実践をしてきました。それぞれの園ですごく手ごたえがあって、今までと違った視点から見ることができました。しかも、公開保育を義務付けていますので、それぞれを見合うということも初めて起こりました。そのときに、それぞれが動き出したということが明らかです。これまでと違った観点から、それぞれが見直しをはじめました。その合同発表会がちょうど1週間後の2月29日に墨田区で夜6時からありますので、よろしければどうぞ墨田区にお申し込みください。

そういう意味で言うと、これから行政がそこをどういうふうにコーディネートするかが重要になってきます。同じ土俵に乗って、この地域の保育をどうしようかということを考えることが大事だと思います。それを市区町村から言い出すのか、場合によってはそれぞれの団体からそのことを発信するのか。それは、どこから始まってもかまわないと思うのですが、やはり、この新制度の大きな特徴は、それぞれの自治体の中で子どもたちを育てていくことに一歩進められる制度だということをいかに生かすかが重要だと思います。

無藤

今、おっしゃっていただいたように、最初のテーマは私立幼稚園ですけれども、私立幼稚園も含め全ての保育所、公立、私立、いずれにしても、市町村と互いに連携、協力しながら、いい意味でのお互いの活用をどう図るかが大事なのだろうと思います。そこで、また正本さんですけれども、大分で私立幼稚園というスタートを持ちながら、さまざまな信頼性を得て市町村と相互に活用するということについて工夫されていったと思います。実は、そういう事例はどうなのかという質問もいただいております。お聞きするところでは、市町村キャラバンという形で市町村とのパイプ作りに力を入れたそうですが、そのことについても少し経験を話していただきたいと思います。

正本

不慣れなところがありますが、思いだけは伝えたいと思っています。認可の保育園と幼稚園でしたので、当然、大分県私立幼稚園連合会に加盟をしています。また、大分県認可私立保育園協議会にも加盟しています。私はご縁をいただいて、平成18年から大分県私立幼稚園連合会の理事として活動をしています。今回、大分県私立幼稚園協会の市町村キャラバンをここで発表してくれと言われたときに、土居孝信現会長と、ちょっと嬉しく感じました。大分県私立幼稚園連合会の市町村キャラバンについて少しお話をしたいと思います。大分県私立幼稚園連合会は、早い段階から保育制度改革の動向に気をかけてきました。平成16年から研修会を始めてきましたが、このときには私は本当に若かったので、この研修会に行ったときに「保育園と幼稚園は1つになるんですよ」という話を聞いて目が飛び出るぐらいびっくりしたのを覚えています。うちもちょうど悩んでいたときでしたので、いい研修会だなと思っていました。

当初、ずっと連合会の中で研修会をしていましたが、どうもこの保育制度の改革を見ていくと、市町村が中心になるみたいですよということになってきたので、私たちがやっている研修会を市町村の担当の方にも声をかけたほうがいいのではないかということになりました。市町村の方も情報が欲しかったようで、そのような研修会があるのなら参加をしたいということでしたので、平成21年から大分県内を巡って、その地区の行政の方を呼んで研修することを始めました。このあたりから行政の担当課と仲がよくなり、私立幼稚園の情報を発信することができたと思っています。仲がよくなった当初は「よかったら私たちの団体で市長とか教育長に説明にあがりますけどね」という乗りでした。そこから、平成23年に市町村キャラバンが始まったわけです。平成18年に認定こども園法ができて、平成24年に子ども・子育ての関連3法が制定されるわけですが、めまぐるしい中で制度議論がされたのが事実です。

皆さん方もその当時を思い出すのではないかと思いますが、大分県私立幼稚園連合会でも正しい情報を会員に出すことと、市町村も巻き込んでいかなければいけないのではないかと考えました。私も過疎の私立幼稚園です。大分県の私立幼稚園は半分以上が定員を割っています。「このままでは、いつかは」という話になる中で、法律上、保育園が取って代って幼児教育はできないんだという中で、なんとか私立幼稚園も地域に残るという話で市町村キャラバンを実施していったわけです。

今、振り返ると本当に大変なことをしたんだなと思いますが、土居会長から「こっちから行こう」ということでした。平成18年に次世代育成法ができて、そのときに私立幼稚園が入らなかったことを会長が懸念をしておりましたので、「じゃあ理解してもらえないのではなくて、こちらから理解してもらいましょうよ」ということで市町村キャラバンをはじめました。市長、教育長と同席して、私立幼稚園を理解していただきたいというところで取り組みをしたわけです。

キャラバンの内容は、1に幼児教育の振興、2に市町村との関連構築を掲げてきました。平成23年から、24、25と取り組みをしてきたわけですが、23年に心がけたことは陳情文ではない要望書をもっていこうという話でした。意外と私立幼稚園は理解されていなかったところがあります。他の地区は分かりませんが、大分県では「やっぱり私学は好き勝手なことをして、お金儲けしている」というイメージがどこかにありました。ですから、「行きます」と言ったときに「なにしにこられるんですか」「なんの要望でしょうか」という反応でした。「要望じゃないんです。私立幼稚園がやっている取り組みをちょっと理解してほしいんです」と話しました。教育基本法にのっとって、私たちは子どもの育ちを大切にしています。生きる力を育むために一生懸命頑張っています。小1プロブレム、保幼小連携にも取り組んでいますと、日頃の保育の話を伝えてきました。24、25とつながるうちにだんだん理解をしてもらえ、今年も来たんだねという形になってきました。

当初は、要望はしないので日々の取組みの話をさせてほしいということでしたが、25年に子ども・子育て会議のメンバーの話が出てきました。ここでなんとか私立幼稚園の方を市町村の会議に入れてもらわないとということで、気付いたら平成25年から要望文を持ってあがっていました。お手元の資料で見ていただくと26年度は日出町だけに行っているのではありますが、もうこのときには全ての市町村で私立幼稚園関係者が入っていましたので、会議の場で情報を発信しようということでした。メンバーに入ったからといって、そこで終わりではなく、私立幼稚園連合会としては、そのメンバーを対象に対応勉強会もしました。

平成25年には日出町だけに行ったわけですけれども、ここは大分県ではキーポイントの町でした。その前の年に大分県で3つの市町村だけ人口が増えた町があります。大分市、中津市、日出町です。この日出町は町なのですけれども、人口が増えたところで、乗りに乗っている市町村でした。この制度も先端を行くんだという気合いの入った市町村でした。ここになんとか1号認定の保育料の試算を、保育園と同等にしてくれというお願いにあがったところ、日出町の方もとてもよく理解をしていただいて、いい金額を出していただきました。大分県内の市町村もやはりそこを見ていましたので、それを検討して取り組みの額を設定してくれたという状況がありました。このような市町村キャラバンを行って、気付いてみれば幼児教育を発信する場にきちんと入ることもできましたし、1号認定の2万5700円という国基準も下回ることができました。あと、よりよく市町村の方に理解をしていただいたなと思っています。幼児教育の振興のためと幼稚園の存続のために、大分県私立幼稚園連合会は活動をさせていただいたという流れです。以上です。

無藤

ありがとうございました。2人の意見や経験をお話しいただきました。2人の意見から全国的な状況は分かりませんけれども、推察するに、やはり私立幼稚園はこれまで幼稚園教育として大いなる実績を上げてきたわけです。幼稚園教育を含めても、広く幼児教育、さらに園の役割として子育て支援ということに拡大してきました。そういう意味で私立幼稚園がこの新しい制度の下でどういう形を取るかについては、さまざまな選択肢が許されていますけれども、そういう中でそれぞれの園それぞれの地域の事情に合わせながら、その選択はあるのだろうと思います。しかしながら、どういう形、どういう位置づけであれ、私立幼稚園が、私立幼稚園として、あるいは認定こども園としてであれ、果たすべき役割というものはあらためて確認できたと思っています。

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