少子化対策

コラム(8)

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コラム:少子化に関する東日本大震災被災地における子育て支援

1 東日本大震災における子供に関する状況

2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災は未曾有の被害をもたらした。被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の3県において収容され警察による検視等を終えた死者は、2016(平成28)年2月29日までに15,824人にのぼり、身元が判明した人は15,749人で、そのうち0~9歳は468人、10~19歳は425人となっている。震災により親を亡くした児童については、震災孤児241人(岩手県94名、宮城県126名、福島県21名)、震災遺児1,514人(岩手県488名、宮城県871名、福島県155名)となっている(2014(平成26)年3月1日現在)。

さらに、被害の甚大な3県(岩手県、宮城県、福島県)等被災地の学校から他の学校において受け入れた幼児児童生徒数は、19,522人となっており、学校種別の内訳は、幼稚園1,513人、幼保連携型認定こども園264人、小学校11,078人、中学校5,306人、高等学校1,190人、中等教育学校21人、特別支援学校150人(幼稚部・小学部・中学部・高等部)となっている(2015(平成27)年5月1日現在。国公私立計。同一都道府県内の学校からの受入れ数を含む。)。19,522人のうち、岩手県、宮城県、福島県の幼児児童生徒で、他の都道府県の学校において受け入れた数は、10,271人となっており、出身県別の内訳は、岩手県284人、宮城県1,258人、福島県8,729人となっている(2015年5月1日現在。国公私立計)。

加えて、物的被害を受けたのは、幼稚園が941校、小学校が3,269校、中学校が1,700校、中等教育学校が7校、特別支援学校が186校となっている(2012(平成24)年9月14日現在)。

2 東日本大震災の被災地等における子供・子育てに関する対応

1)被災者支援(健康・生活支援)総合対策に基づく子供に対する支援の推進

復興大臣を座長とし、関係府省局長級からなるタスクフォースにおいて、2015(平成27)年1月23日に「被災者支援(健康・生活支援)総合対策」を策定した。この総合対策においては、様々な形で被災の影響を受けている子供に対する支援を柱の一つとしており、2015年度に、新たに創設した「被災者健康・生活支援総合交付金」により、被災した子供に対する総合的な支援を行うとともに、心のケアや学習支援等に関する取組を継続して行うなど、多方面から子供に対する支援事業を実施している。

2)「新しい東北」の創造に向けた取組

東北地方は、震災前から、人口減少、高齢化、産業の空洞化等、現在の地域が抱える課題が顕著であった。このため、単に従前の状態に復旧するのではなく、震災復興を契機として、これらの課題を克服し、我が国や世界のモデルとなる「新しい東北」を創造すべく、取組を進めている。具体的には、幅広い担い手(企業、大学、特定非営利活動法人等)による先駆的な取組を加速するための「新しい東北」先導モデル事業等を実施してきた(2015(平成27)年度で事業終了)。

被災地では、子供の外遊びの減少や、生活環境の変化に伴うストレスの発生等の課題が生じている。こうした課題の解決に当たっては、子供の居場所(遊び場、運動の場)づくりや、子供の育ちを身体・精神の両面から支援できる人材の育成等を通じ、元気で健やかな子供の成長を見守る安心な社会づくりを進めることが重要である。

2015年度の「新しい東北」先導モデル事業では、子供の遊び場づくり活動を持続可能な取組として様々な地域に広げていくため、災害公営住宅の共用スペースを利用した遊び場づくりや農環境を活用した遊び場づくりなど、地域コミュニティの再生にも寄与する取組を支援している。

3 被災地における子育て支援の例

東日本大震災の被災地においては、地方公共団体や特定非営利活動法人、ボランティア団体などが、子供や子供を持つ親などに対して、引き続き支援を行っている。

《子育て支援サークル等の取組(岩手県)》

【内陸部での緊急支援】
岩手県における取組の様子  「特定非営利活動法人いわて子育てネット(現認定NPO法人いわて子育てネット・岩手県盛岡市)」は、2011(平成23)年3月14日に、沿岸部で被災し、住まいを失った新生児と母親及び家族の受け入れ支援事業を立ち上げた。

被災した新生児と産褥時の母親のこころと体の健康を守るために、産後ケアセンターとしての機能(1週間滞在)を持たせた宿泊施設(サンセール盛岡)を準備し、同年3月17日宮古病院より初めの2組の親子が搬送されてきた。助産師を待機させ、母乳指導・沐浴指導・育児指導を行った。産婦人科医・小児科医・児童精神科医も駆けつけ、必要に応じた対応があったことはたいへん心強いものであった。

また、新生児と母親の安心・安全な居住環境をつくること及び母親や家庭の育児支援を目的に、盛岡市内アパートにおいて生活支援(1ヶ月)を行った。岩手県や盛岡市と情報を共有しながら行ったことで、内陸部への妊産婦と新生児等の専門施設での一時受け入れが速やかに行われた。また、花巻市等の地方公共団体や事業に賛同する団体にも活動の広がりが見えた。

【交流の場、遊びの場の再生】

被災地における子育て世帯(親子)の負担は平時に比べ大幅に増大した。また、地域における子育て支援体制の崩壊とともに、子育て世帯の孤立化がますます懸念された。このため、岩手県の地域子育て支援拠点施設の中核的役割を担う子育てサポートセンターが、2011年6月~2012(平成24)年3月まで出張業務として被災沿岸地21か所で「出前ポコポコ」を開催した。参加者922名。リズムで遊ぼう・運動会・ちびっこ遠足・おもちゃ広場等の遊びや親子カフェ等で情報交換等の「交流の場」を提供するとともに、保育実務に必要な文具や内陸部の子育て支援センターから送られた手作りおもちゃを届けたり、子育て支援者の育成等、被災地における地域子育て支援拠点施設等の活動を支援した。

また、「いわて子育てネット」では、親子で思い切り遊ぶ機会が欲しいというニーズに応え、2015年に宮古、釜石、大船渡地区において「遊び道場がやってきた」を開催した。

同時に、子育てに悩む親子が集い相談できる場を提供するとともに、盛岡、大船渡、久慈地区においては、親が自信を持って子育てする力を身につけるスキルアップ事業を実施。子育てに自信が持てない、身近に相談する相手がいないといった不安の軽減を図りながら、ネットワークの構築に努めた。

【子供にとって遊ぶことは生きること】

被災地から盛岡市に避難してきている子供の多くは、必ずしも広いとは言えないアパートの室内で体を持て余し、ストレスをかかえていた。また、盛岡では冬期はますます遊び場が少なく体を動かす機会が減少する。そこで、「いわて子育てネット」では子供たちが健康的な汗をかき、震災後のストレス発散、冬期の運動不足の解消を目的として、2011年12月17日~2012年3月20日、盛岡市の中心市街地に室内遊び場「ちびっ子ジムJUMP」を企業からの寄付で設置し、自主運営した。室内で思いっきり遊べる大型遊具や鉄棒、平均台等体育器具を設置し、必要に応じて鉄棒等の教室も開講した。また、被災した沿岸部からの送迎付き遠足を受け入れた。2012年度から3年間は、場所を移して盛岡市の委託事業となった。

沿岸地区では遊び場がない、遊ぶ機会がない、子供たちの体力低下や肥満の増加、ストレス等が問題視され、子供の育ちへの警鐘が鳴らされていた。「ちびっ子ジムJUMP」で運動遊びのスキルを積んで、2012年度からは沿岸被災地12市町村に子供たちの縮こまったこころと体の開放に運動遊びを中心とした事業を展開した。同時に、もっと子供たちに体を使って遊ぶ機会を増やすために地元に「運動遊び」の子育て支援者も育成した。

また、「いわて子育てネット」では、親子で思い切り遊ぶ機会が欲しいというニーズに応え、2015年に宮古、釜石、大船渡地区において「遊び道場がやってきた」を開催した。

コラム 少子化に関する東日本大震災被災地における子育て支援

同時に、子育てに悩む親子が集い相談できる場を提供するとともに、盛岡、大船渡、久慈地区においては、親が自信を持って子育てする力を身につけるスキルアップ事業を実施。子育てに自信が持てない、身近に相談する相手がいないといった不安の軽減を図りながら、ネットワークの構築に努めた。


《未就学児に対する心のケアの取組(宮城県)》

宮城県における取組の様子  阪神・淡路大震災における子供の心のケアでは、教育部門が支援の中心となって就学児の心のケアを中心に実施しており、未就学児に対する支援については必ずしも十分ではなかったと報告されている。宮城県では、このような先例も踏まえ、震災当初から未就学児に対する心のケアの重要性を認識し、取り組んできた。その中でも「専門家派遣事業」と「プレイメイク事業」について紹介する。

「専門家派遣事業」は、アウトリーチの手法により支援ニーズを把握し、臨床心理士等の専門家を派遣して保育士や幼稚園の教諭に対するコンサルテーション等を行うものである。事業の開始当初は保育所等に余裕がなかったこともあってか、支援を求めるところが少なかったが、重ねての訪問による信頼関係の構築や、気になる子供の増加等により、次第に訪問回数が増加していった。2015(平成27)年度は369か所訪問している。

「プレイメイク事業」は、トラウマによって深刻な影響を受けた子供たちに『遊び』を通して『癒やし』と『力』を与えようとするものである。

プレイメイク実施前 プレイメイク実施後

この活動では、パラシュートやクッションボール、スカーフやパペットなど多くの道具を、その時の児童の興味に合わせて組み合わせて使用する。活動時には、効果の検証として、初回と最終回に、子供たちに人物画(同一人物)を描いてもらい、その変化を確認した。描画では、そもそもの描画力に施設間でバラツキがあったり、変化が見られるレベルではないこともあったが、最終回に書いた絵に付加物がついたり、描く絵が大きくなったり、色使いが増えるなどの変化がみられることもあった。

これまで、未就学児が生活する場では、『遊び』の大切さは共有されているものの、実際には“ただ遊ばせている”という状況にあった。東日本大震災という子供たちにとっても大きな衝撃となった災害後だからこそ、改めて「遊び」の大切さや遊びが持つ力を確認し、子供たちが主体となって行う遊び・プレイメイクが有効であったといえる。

現在においても、被災した子供が在籍する小学校1、2年生のクラスに落ち着きがないという報告が多い。必ずしも震災の影響であるとは言い切れないが、全くないとも言えないだろう。また、震災後に出生した子供であっても、被災した親の経済的・心理的に不安定な状況の影響を受けて、心の落ち着きのない子供も報告されている。震災から5年が経過してもなお、引き続き心のケアの取組は必要である。その時々の状況に応じた適切な支援内容を検証し、実施していく必要があるだろう。


《ふるさと「ふくしま」の学び事業「ジャーナリストスクール」(福島県)》

今年で3年目を迎えた「ジャーナリストスクール」は、福島の子供たちが復興に向けた地域の現状や課題等について自ら取材をし、また、新聞作りをとおして、福島の現状や未来について考え、新聞にまとめ、広く発信するもので、子供たちが豊かな感性を発揮し、ふるさと「ふくしま」への愛着心を育む機会を提供することを目的とし実施した。

福島県における取組の様子

今回は2015(平成27)年7月22日から同24日にかけて会津地方において実施し、県内の小学生21名、中学生10名、高校生2名の合計33名の子供たちが参加した。

講師に大学教授を招き、子供たちに取材のコツや記事の書き方等を教えた。

講師からは、各班から取材内容を聞いて、「読者に何を伝えたいのかはっきりとした思いを持つことが大切。」「具体的な言葉でわかりやすく伝えよう。」などと子供たちに丁寧に指導を行った。

また、講師からはジャーナリストを目指そうとしたきっかけ、若い頃の苦労話など、子供たちの疑問にも答えながら、「事実を正確にわかりやすく伝えること、情報を基に自分の頭で考え、分析すること」が大切という話も伝えた。

【子供たちによる新聞作り】

新聞作りは、県立高校新聞部顧問の先生、新聞社の記者の指導のもと、取材してきたことをどのように記事にまとめ、面割をするのか、たくさん撮った写真の中から、どの写真を載せると読者に理解しやすく効果的なのかを話し合った。記事は班のみんなで分担し文字に起こしていき、新聞の名前、記事の大見出しや小見出しなどみんなで意見を出し合い、「わかりやすく伝えるにはどうしたら良いのかな。」「たくさんの人にこの新聞を読んでもらいたい。」「この言葉の表現でいいのかな。」等、より良い新聞にするために必死で考えた。子供たちの間から「早く読みたいな。」「完成が待ち遠しい。」と言う声が聞こえてきた。下書きの誤字脱字をチェックし、新聞が印刷機から出てくると目を輝かせた子供たちからは大きな歓声があがった。

【子供たちの感想】
  • 取材や新聞作りをとおして、いまでも会津で頑張っている人がたくさんいることがわかりました。自分も前向きにこれからも頑張っていきたいです。(小5女)
  • 現地に行って取材をし、自分の手で原稿を書き、仕上げることはなかなかできないことであり、とても良い経験になりました。また、参加した友だちは県内様々な地域から来ており、交流する良い機会となりました。(中2女)
  • 物事のまとめ方について学ぶことができました。更に新聞に興味がわきました。(中3男)
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