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| 河村文部科学大臣からの挨拶 |
| ・ | 教育は「国家百年の大計」だと言われるが、これは古くて新しく、資源に恵まれない日本がここまで頑張って来られたのも教育の力によるところが大きい。しかし、今の教育を見てみると色々な問題点が指摘されている。日本も大きな改革の時期を迎えている中で、日本の将来を握る鍵である教育をいかに再生していくかという課題に取り組んでいる。 | |
| ・ | 私は、大臣就任にあたり、小泉総理から、知育、徳育、体育、それに食育を加えた人間力向上のための教育改革に努めるようにとの指示を受け、また、教育基本法改正の問題にも汗をかくようにとの指示を頂いた。 | |
| ・ | 教育基本法の改正については、遠山前大臣の時に中央教育審議会に諮問し、答申を頂いている。重要な問題であるので、与党間でも十分な協議をし、また同時に国民的な議論が必要であることから、このタウンミーティングをはじめ、全国各地において国民の皆さんの意見を聞く機会を持ってきた。人間力向上の教育のためには、教育をどのように見直したら良いかということを考えながら取り組んでいる。 | |
| ・ | また、「地方の時代」と言われる中で、義務教育費国庫負担制度については、制度の根幹を保ちながら、「総額裁量制」で地方にしっかり自由度を持って教育に取り組んで頂こうという取組を今まさにスタートした。 | |
| ・ | いよいよ国立大学の法人化がスタートした。これからは、個性的で世界に発信することができる活性化した大学の在り方が期待されている。その他、地域の教育力の向上、家庭の教育力の向上、子どもの居場所づくりなどの取組も進めている。 |
| 小平総合研究大学院大学長からの挨拶 |
| ・ | 現在、学長として学生の教育に当たっているが、IT技術の進歩によるメディアの子どもへの影響や、次世代の人たちが知識を習得していく上での社会環境は大きく変わってきている。その中でつくづく思うのは、教育の出発点は家庭教育、幼児教育にあるということである。人間は生まれたときにすでに大人の脳の1/3の重さを持っている。半年の間に倍になり、小学校に上がるときには成人の脳の90%に達する。その後いろいろ学ぶにしても、その基本は小学校に入る前に備わっている。そこがきちんとしていないと、後から入ってくるものがうまく動かない、役に立たないということになると思っている。そのため、地域と家庭が子どもたちを導く、正しく育てるということが大切であり、自分のことは自分でする、人に迷惑をかけない、困っている人がいたら助ける、物を大切にするというような基本的なことをしつけるのは、やはり地域と家庭の責任だと思っている。 | |
| ・ | 私は天文学の専門家として、最近の子どもたちの理科離れを気にしている。小学生までは理科に興味を持っているのだが、その後次第に興味が薄れていく。子どもたちが感動を持って職業を選択できる教育が必要ではないかと考える。 | |
| ・ | 国立大学の法人化については、これまで国立大学が担ってきた国の整備する知的文化基盤としての重要な役割が今後も活かされていくように願っている。 |
| 永井世田谷文化生活情報センター館長からの挨拶 |
| ・ | 学力低下と言われるが、先生方が持っている知識と、今の若者が持っている知識とは性格の違ったものではないかと私は思う。若者には、先生方のように活字文化から来る知識はないかもしれないが、インターネットやコンピュータなどで画像を読み取る能力には素晴らしいものがある。また、国際協力をしたいという気持ちも強い。 | |
| ・ | しかし、心配な面もある。それは、日本の若者が自己肯定感を持てなくなっているということである。自分は価値のある人間であると思っている若者が、米国では52%、中国では49%いるが、日本では8.8%しかいない。日本の若者が自信をなくしていることが心配である。 | |
| ・ | 教育基本法については、中央教育審議会で色々な議論があったが、「人格の完成」という目的には反対意見はなく、今の視点で見て、付け加えるものは何かということであった。教育改革と言っても、今までの良かった部分を覆すということでは決してなく、今までできなかったことを改め、今どうするかを考えることだと思う。また、これまでのように上から指示されるのではなく、地域の皆さんに自由に考えてもらいたい。一人一人が責任を感じて子どもたちを良い方向に引っ張って頂きたいと思う。 |
| 木村中央教育審議会副会長から中央教育審議会答申等についての説明 |
| ・ | 現在、世界のほとんどの国において教育改革が大きく進められている。わが国も例外ではなく、ここ20年ほどの間、大変な勢いで教育改革が進められてきた。この背景には、社会、時代の変化があり、家庭においては少子化という変化、学校においては進学率の向上と高等教育の大衆化、社会においてはサービス産業へのシフトという産業構造の変化が生じている。 | |
| ・ | 一方で、わが国は、規範意識、道徳心、自立心の低下という問題、いじめ、不登校、中途退学、学級崩壊という学校をめぐる問題、学ぶ意欲の低下など様々な教育の問題を抱えている。そのような問題がある中で、教育改革をやり、教育を正しい軌道に乗せようと努力をしているところである。中曽根首相によって臨時教育審議会が組織され、先見的な提案がたくさん出され、その後の教育改革に非常に大きなインパクトを与えた。また、小渕首相の時に教育改革国民会議が組織され、私もこれに参加したが、「教育の原点は家庭であることを自覚する」、「一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムを導入する」などの提案を出している。教育振興基本計画の策定を訴え、そして、教育基本法の見直しを提言した次第である。
その後、文部科学省では平成13年に「21世紀教育新生プラン」、さらに平成14年には「人間力戦略ビジョン」を打ち出し、「新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成」をモットーフレーズにして、さまざまな施策を世の中に問うている。 |
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| ・ | このように、わが国も臨教審以来、教育改革を模索して、さまざまな施策を講じてきたが、世の中からは教育というものを根本的に見直したらどうかという声が強く上がり、文部科学大臣の諮問を受け、中央教育審議会では、平成15年3月に「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」という答申を出した。 | |
| ・ | 答申の概要についてご説明すると、「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」というゴールを達成するために日本の教育を根本から見直そう、そして新しい時代にふさわしく再構築しようではないかということで議論をした次第である。 | |
| ・ | 基本法の改正の視点については、現行法の教育理念は、個人の尊厳や人格の完成、平和的な国家及び社会の形成者という非常に立派な基本理念を持っているので、これは引き続き維持していこうと考えた。それに加えて「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指そう」という観点から、現在の基本法に欠けているような教育の理念や原則を明確化しようと考えた次第である。 | |
| ・ | 例えば、教育の基本理念として、個人の自己実現と個性・能力の伸長、創造性の涵養、感性を大事にすること、自然や環境との関わりを大事にすること、社会の形成に主体的に参画する公共の精神、道徳心、自律心の涵養、日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識を涵養することなどを据えている。 | |
| ・ | また、主な改正の方向としては、例えば大学・大学院の役割や私学の役割の重要性など高等教育について教育基本法に盛り込もうということ。それから、教員が研究と修養に励み、資質向上を図ることや、家庭教育の役割、学校、家庭、地域社会の連携協力、国家、社会の諸問題の解決に主体的に関わっていく意識や態度の涵養、宗教に関する寛容の態度や知識、宗教の持つ意義を尊重するという態度、そして、教育振興基本計画の策定の根拠を盛り込むことを考えた。 | |
| ・ | その他、中央教育審議会では、初等・中等教育改革の推進方策の検討、高等教育のグランドデザインの検討、生涯学習振興方策の検討などに取り組んでいる。 |
| 会場からの主な発言と大臣、その他の登壇者からのコメント |
教育基本法の改正について | ||
| ・ | 小学校の教員として、子どもには確かに悩みはあり、問題行動を起こしたりもしているが、それらが教育基本法のせいとは思えない。教育基本法を変えるのではなく、それを生かしていくべきなのではないか。(会場) | |
| ・ | 教育が悪くなったのは、教育基本法のせいではないというご意見は、その通りだと思う。教育基本法を変えなくてもきちんとやればいいのではないかというよくある議論だが、個人的にはそういう立場はとらない。学問には必ず大前提となる公理がある。教育基本法が制定された時は、非常に立派だったと思うが、社会の変化などにより足りない部分が出てきていると思う。そういうことから、私は教育の大前提となる公理をきちんとすべきではないかと思っている。(木村副会長) | |
| ・ | 人格の完成であるとか、平和的な国家や社会の形成者としての役割という大事な理念はこれからも大切であって、これを変えるということではなく、今の時代を考えたときに、これで良いのだろうかという部分をプラスアルファとして変えていこうということである。例えば、現行の基本法には、家庭教育は社会教育の一環としてちょっと書いてあるだけだが、これをもっと重視していこうということなどである。現在の教育に問題があるとすれば、それはどこかということはやはり考えなければならない。その解決策の一つとして、例えば総合的な学習の時間を、人間力の向上、人格の完成に役に立つということで取り入れたところである。(河村大臣) | |
| ・ | 教育基本法に問題があるために教育のゆがみが生じ青少年の非行が起きている、とは思っていない。むしろ教育行政に原因があり、大人社会のゆがみが教育のゆがみを生じさせているのではないかと考えている。民主教育、平和教育、人間教育が確立されるようにお願いをしたい。(会場) | |
| ・ | 現在生じている様々な課題は、確かに教育基本法のせいで生じてきているわけではない。しかし、教育基本法の理念が戦後50年以上経って、修正が必要になっている。今起こっている多くの問題には2つの背景があり、1つは、学校や家庭での教育がかつてのように外からある程度遮断できるような状況ではなく、子どもたちが大人の社会にどっぷりつかった状態であることである。このような状況においては、少人数学級などによって教員等と子どもの付き合いの密度を上げないと外からの影響から子どもたちを守れないと思う。もう1つは、家庭教育の力が落ちたために、家庭教育が本来しなくてはいけなかったようなことを学校の先生方が担わされているということである。家庭教育を充実させるとともに、少人数学級のように子どもと指導する側の密度を上げる必要があると思う。(小平学長) | |
| ・ | 子どもたちに限らず個人の能力が育つのは、個人と個人の接触の密度の濃さによるものだが、日本は父親と過ごす時間が非常に少ない。子どもを取り巻く環境は、どこを見ても個人と個人との接触が少なくなって来ているわけだから、家庭教育にしても学校教育にしても、もっと接触できるような努力をしていかなければならないと思う。(木村副会長) | |
| ・ | 少子化など社会情勢の変化は教育基本法の改正に必ずしも結びつかないのではないかと思う。なぜ今のタイミングで教育基本法の改正なのか。愛国心や宗教教育ということが、自衛隊の海外派遣、首相の靖国参拝と重なる部分を感じ疑問に思う。(会場) | |
| ・ | 道徳心や規範意識の低下の中で道徳を学ぼうとすると、やはり人間はいかに生きるべきかということに到達しなければならず、宗教について全く触れないわけにはいかない。宗教教育を強制しようということではない。信仰の自由は非常に大事である。例えば、イタリアはカトリック9割の国であるが、小学校の宗教教育の時間は選択制になっており、1割の方々にも配慮して別の授業が設けてある。このようなことも参考にしていきたい。
今、イラクに自衛隊が国際貢献で行っている。「こういう時に」と言われるが、教育基本法の話は今に始まったことではなく、10年以上も前から議論されてきて、2年前に本格的に諮問をしたということである。このタイミングを狙って愛国心を上から押しつけるためにやっているのだと思われるとそれはあまりにうがちすぎていると思う。(河村大臣) |
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| ・ | 教育基本法の改正について、気になった部分が2つある。1つは「国を愛する心」について、純粋な意味で愛国心というのは誰もが自然に持っているものであり、その心を大切にしましょうというのであれば、それはよいことだと思うが、学習指導要領に盛り込まれたり、通知表の項目になり評価の対象となるのは、ちょっとおかしいと思う。もう一つは、教育について家庭の役割を法律に規定することについてであり、「なぜ私の家のことに口を出すのですか」という違和感を感じる。(会場) | |
| ・ | 「国を愛する心」については、日本の歴史、伝統、文化を大事にする、あるいは故郷を大事にすることから生まれてくる。そして自分の国を大事にすることから世界の国に対する理解というものが生まれてくる。こういうことから出てきている。
また、自分の家庭の役割まで国が法律で定めるのかとのお話であるが、やはり家庭の教育が大事であるということ、そして親にもそういう責任があるということを自覚してもらう必要があるのではないか。今はあまりにもそれが希薄になっている。 例えば、私の地元である山口県の学校でも朝ごはんを食べていない子どもが16%、時々食べていないという子どもを入れたら2割いるという。子どもにちゃんとごはんを食べさせてもらわないと子どもがかわいそうだ。そういう子はお腹がすいて落ち着かず、ほかの人にも迷惑をかけるということが現実にあった。しっかり自分の家でおやりになっている方は「何を言っているのか」と思うかもしれないが、20%近い家庭が今、そういう状況にあるという現実も無視できない。家庭の役割について国民の皆さんに関心を持ってもらえれば、教育基本法改正の動きにも大きな意義があると思う。(河村大臣) |
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義務教育費国庫負担制度の見直しについて | ||
| ・ | 義務教育費国庫負担制度について地方の裁量を増やすということであるが、財政力のある地域と無い地域とでは差が生じないか心配だ。また、子どもを持つ母親として、教育費負担について気を病んでいる。(会場) | |
| ・ | 全国津々浦々、どこでも一定の水準以上の教育を受けることができるというのが日本の教育の非常に優れた点である。しかし、今、そういうことは国ではなく地方に全部任せてもらえないかという声がある。義務教育費国庫負担制度によって、義務教育費の1/2は国が確保し1/2は地方が負担することとなっているが、これを全部地方に渡したらいいのではないかという意見もある。しかし、そうすると、財政力の強いところ、弱いところで教育費のかけ方が変わり、問題であると思う。文部科学省は今の制度を維持することを考えているが、一方ではそのような圧力もかかっている。地域により教育に格差が生じないように最大限注意していかなければならない。(河村大臣) | |
| ・ | 国が責任を持って、地域によって教育レベルが違わないように支えるという仕組みは大切だと思うが、地域それぞれの文化圏に根ざした教育があってもいいのではないかと思う。多様性を持っていろいろなところが実験を並行的にやっていって、伸びるところが伸びればそれを学ぶというのが良いのではないかと思う。(小平学長) | |
少人数教育の推進について | ||
| ・ | 山形県では3年前から県独自に「さんさんプラン」という少人数教育を推進している。私の学校でも、落ちつきのない子どもが毎日1時間の個別指導によって落ちついて学習できるようになった。文部科学省も山形県の取組を励まし、少人数教育を推進してほしい。(会場) | |
| ・ | 中央教育審議会も、少人数学級ということを言い続けてきている。わが国が大変な財政状態にあることはわかるが、やはり教育に対する投資を優先すべきだと思う。高等教育のGDPに対する比率は、主要先進国で一番少ない。初等中等教育についても、フランス、ドイツ、米国よりも投資比率が低い。この辺のところを考えないと教育はなかなかよくならないと思う。(木村副会長) | |
| ・ | 山形県の「さんさんプラン」については大いに奨励したい。文部科学省は、義務教育についての予算をできる限り確保するので地方の教育委員会がそれをしっかり運営して頃きたいと思っている。(河村大臣) | |
教員採用等について | ||
| ・ | 家庭や地域の教育力の低下について保護者として責任を感じるが、学校の先生の力というものも大きい。正規の教員でなく、非常勤の講師の先生の中に、子どもからの評判がよく保護者の信頼もあつい人がいる。このように現場での実績の素晴らしい人については、校長先生の推薦等により採用できるようであれば良いと思う。(会場) | |
| ・ | 「特別免許状」の制度がある。これは、今のお話のように非常にすぐれた方がいたら、「特別免許状」を差し上げて実際に学校で教えて頂くことができるものである。この制度はあまり使われてこなかったので、今度、「特別免許状」をもっと出しやすいようにしたところである。(木村副会長) | |
| ・ | 教員採用についてはペーパー試験に偏っているきらいがあると実感している。教員採用は、地方の教育委員会がそれぞれに行っているので、山形県の採用試験ではペーパー試験に捉われずに人物を見るようにしたらどうか。(河村大臣) | |
| ・ | 私の身近な話であるが、南陽市の小学校の図書館にPTAが雇用する形で20年間置いていた司書が今年から置かれなくなった。子どもの感性を育てる場として図書館があると思うが、そのような細かなところまで行政の手が及んでいないことが問題なのではないかと思う。(会場) | |
| ・ | 私が提案した法律に、「子ども読書活動推進法」という法律がある。子どもたちが本に接し本を読む機会を増やすために条件整備をして行こうという法律である。これにより、12学級以上ある学校には司書を置かなければいけないということとなったが、早く全学校に置くようにしたいと思っている。(河村大臣) | |
教育改革の方向性について | ||
| ・ | 大学で研究と教育活動に携わっているが、小中高で、「ゆとり教育」をした分、そのしわ寄せが大学にくるのではないかという危機感をもっている。世界に伍して戦える研究活動に学生がスムーズに入れるようにしてほしい。また、国語教育をしっかりやっていただきたい。学生に文章力がなく、筋道を立てて書く・話す訓練ができておらず、大学の研究室で苦労している。(会場) | |
| ・ | 文部科学省は「ゆとり教育」という言葉を一度も使ったことはないのだが、いつの間にか一人歩きをして、何か「ゆとり教育」が「ゆるみ教育」のような雰囲気になってしまったことは極めて遺憾なことである。
先ほど表現力の話があったが、最近の子どもは、お互いに話し合ったり、社会の現象にもっと関心を持つ必要がある。そこで総合学習の時間をつくり、体験学習をできるようにするなど教育を単なる詰め込みでない方向へ舵を切ったことは事実である。しかし、それによっていわゆる学力低下ということが起きてはいけないので、先生方にも頑張っていただいて、基礎・基本をしっかりやり、伸びる人はどんどん学ばせていく。それがまさに少人数クラスであったり、習熟度別クラスであったりする。これには文部科学省が責任をもって財源を確保しなければいけないと考えている。(河村大臣) |
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| ・ | 「ゆとり教育」という言葉を文部科学省は使っていない。中教審の答申では、21世紀は不透明で先が読めない社会になるだろうということとともに、あの頃、盛んに子供たちの自殺など事件が起きたことがあり、少しでもゆとりをつくって、その中で生きる力を身につけてもらおうということになった。そこのところを強調したあまりに、「ゆとり」が一人歩きしてしまい、今のようなことになったのだと思う。
しかし、ちょっと危険だと思うのは、「ゆとり教育」をなくせということを、また時間を増やせというふうに解釈されると、これは違うだろうと思う。日本人の大人の科学技術に対するリテラシーを調べると、OECD諸国では最低である。この統計の対象になった人たちは、なんと小、中、高校で一番理科をたくさん習っていた人たちである。いかに身についていないかということであり、裏を返せば時間をいくら長くしてもだめだということである。いかにうまく教えるか。勉強を好きにさせる。まずその工夫をすべきだろうと思う。(木村副会長) |
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人間教育について | ||
| ・ | 永井館長からの自分を肯定できる子どもが少ないという話を興味深く聞いた。一人一人が自分自身の存在を考えていく教育が社会の発展につながるのではないかと考える。(会場) | |
| ・ | 自分自身の存在を考えるということについて、例えば、人間科というものをつくる。社会で活躍している方に人生論などを教室で語って頂いて、子どもたちに聞く機会を設けてはどうかという中教審の提言があったと思う。確かに人生は実に多様であり、人生の中で自分がどれだけ充足して自分に自信を持つかということだと思う。これからはどこの大学を出たとか、そういうことではなくて、社会に必要とされる存在になるということだと思う。必要とされることができる技術や感性を持った人間として存在するということが大事だと思う。今の学校教育においては、進路指導そのものが学校の進学指導でしかないということはおかしいと思う。多様な人間の生き方というのを提案することが重要なのではないかと思う。(永井館長) | |
英語教育について | ||
| ・ | 英語教育について、オーストラリアに一年間滞在して、タイやインドネシアなどのアジアの若者に比べて日本人が英語を話せないことを痛感した。訓練の機会を作れば日本人も話せるようになると思うので、カリキュラムの中に取り入れてほしい。(会場) | |
| ・ | 私も英語教育には非常に興味を持っている。はじめて英国に行った時、日本人はなかなかしゃべれないが、筆記テストはできるという奇妙な現象を経験した。日本人が恥ずかしがり屋ということもあると思うが、大事なことは、子どもの時から生の英語を聞く環境に置くことだ。私の信念として英語は聞くことができれば話すこともできる。たくさんのJETプログラムの先生に日本に来てもらい、子どもたちに生の英語を早くから聞かせることでずいぶん変わるのではないかと思う。(木村副会長) | |
| ・ | 人のせいにするよりも自分の努力が足りなかったことを責めるべきであるが、私は英語で十分には意思疎通できない。私の子どもには自分でどんどん努力しろと言っているが、もっとコミュニケーションができるような英語教育にしたいと考えている。英語が使える日本人ということで実験校を設けるなど色々なプロジェクトをやっている。国際化時代であるので、英語教育をもっと大事にする方向でやっていきたい。(河村大臣) | |
| ・ | 技術としての英語ができることももちろん必要だが、それと同時に自分を肯定して、自分を表現したいというモチベーションがないといくら技術があっても生きない。今後の英語教育は、日本人が国際的に自分を主張しようという人格形成と並行してあるべきものであると思っている。(小平学長) | |
私立学校の教育について | ||
| ・ | 16年間公立学校に勤務し、その後、40年間私立学校で教育と経営に当たってきた経験から、私学においてこそ本物の教育ができると確信している。日本全体の教育を、もっと私学的な発想で運営するようにしてもらいたい。(会場) | |
| ・ | 確かに私立学校の経営のやり方や考え方を公立学校の運営に導入することは必要だと思う。そのようなこともあり、今、中央教育審議会において、コミュニティスクール、地域の方が経営に直接参画するような学校経営について活発に議論しているところである。(木村副会長) | |
| ・ | 私は、4人の子どものうち2人を公立の小学校に、2人を私立の小学校に通わせたが、私学の先生の子どもに対する熱意はすごい。「あなたのお嬢さんを私にお任せください」と言い切られたのは、私学の先生であった。これは公立学校の信頼感の問題になるので、公立の先生にも頑張っていただかなくてはならないが、私学がもっと頑張れる仕組みをつくり、支援することも国の施策としてやっていかなくてはならない。教育基本法に私学の考え方について規定することも課題である。(河村大臣) | |
| ・ | 私立の先生は、その学校と自分のアイデンティティを持っている。公立の学校の場合、異動があるので子どもとのコミュニケーションを含め、本腰を入れた学校教育が難しいのではないかという気がしている。(小平学長) | |
―以上― なお、速報版のため、修正の可能性あり。 [問い合わせ先] 内閣府大臣官房タウンミーティング担当室 電話 03-5253-2111(代表) |
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