国際青年育成交流事業


事業概要
団別レポート
メキシコ国旗 メキシコ団
モロッコ国旗 モロッコ団
ミャンマー国旗 ミャンマー団
ルーマニア国旗 ルーマニア団
スウェーデン国旗 スウェーデン団
タンザニア国旗 タンザニア団
タンザニア国旗 タンザニア派遣団 日程 アルバム 団員レポート1 団員レポート2

『タンザニアで感じたこと』

高知県 森田 佳余


1 タンザニアに行くまで
 実を言うと、この事業に応募することを決めるまでは自分がアフリカに行くことになるとは思っても見ませんでした。海外に行った経験はありましたが、それは、東アジアやヨーロッパ、アメリカの国々であり、地理的に近い、あるいはメディアなどを通して情報が身近なところにある地域でした。
 アフリカと私との接点と言えば、ある国際ボランティア組織を通じてザンビアの小さな女の子の里親になっていたことがあります。それでもその女の子の生活に思いをはせることはあっても、自分がアフリカに行くというアイデアは浮かびませんでした。それだけ、私にとってアフリカは遠いものだったのです。思えば、就職をしてからの6年間というものは海外に行くということ自体ありませんでした。
 今年の春、地元の役所での仕事にも自信が付いてきて、もう少し何かをしてみたいと思い始めたときに青年国際交流事業の募集を目にしたのです。これは何かをはじめるチャンスだと思い、希望国には自分にとって未知の国であるタンザニアを選びました。

 タンザニアという国は、日本での知名度はあまり高くありません。しかし、気を付けて見ると、よくテレビの動物ドキュメンタリーの舞台となっているし、キリマンジャロ山やコーヒーは有名です。それでも、タンザニアの人々の生活を知る機会は多くありません。私は、タンザニアの人々、特に女性や子どもたちがどういう生活をしているのか知りたいと思いました。
 成田空港からアムステルダムまで12時間、そこで飛行機を乗り換えて10時間の長旅の末に実質上の首都であるダルエスサラームに着きました。最初に感じたことは「案外、普通だな」ということでした。立派とは言えないけれど空港はきちんとしているし、ホテルまでの道は舗装されて道路脇には携帯電話の大きな看板が立っています。ダルエスサラームは海辺にあり、エメラルドグリーンの海と椰子の木を見ていると、まるで楽園のようで世界の最貧国のひとつとはとても思えませんでした。


タンザニア派遣団レポート写真32 友愛の国 
 タンザニア連合共和国は、他の多くの紛争や部族対立を抱えるアフリカの国と違って平和な国です。タンザニア連合共和国はタンガニーカ国とザンジバル国という2つの国からなっており、宗教的にも宗教はキリスト教とイスラム教がそれぞれ約4割、あとは伝統宗教という異なる宗教を抱え、120を超える部族がいますが、独立時に「友愛」の精神を唱えるニエレレ初代大統領がスワヒリ語を公用語としたことで、各部族がコミュニケーションを取れるようになったことが功を成したと言われています。また、タンザニアは隣国から難民も積極的に受け入れており、その精神は素晴らしいと思います。
 タンザニアの人たちは、全体的にとても人なつこくて親切です。気候や風土がそうさせるのでしょうか。会えば笑顔で「ジャンボ!」と手を差し出してくれるし、道行く子どもたちは私たちの乗ったバスを見ると手を振ってくれました。私がお世話になったホストファミリーもとても親切で、日曜日には私のために親戚や知り合いを集めてビーチパーティーを開いてくれました。


3 農場での体験
 タンザニアに着いて3日目、私たちはUVIKIUTAという集団農場に行きました。ここでの体験が私にとって最も思い出深いものとなりました。この農場は、若者による模範的な共同生活の場として、私たちだけでなく様々な国から見学に訪れる人がいるそうです。
 タンザニアは人口の大半が若者と子どもが占める国ですが、働き盛りの若者に職がないのが大きな問題となっています。そこで、タンザニアにある資源とは何かと考えたとき、豊富にある土地を使って農業をやろうということになり、仕事の無かった数名の若者が何も無いところから始めたのがこの農場です。今では、30名ほどの若者が自給自足に近い生活を送っています。中には、小さな子どももいました。一人の女の子がとても私たちになついてくれ、滞在した3日間の間、しょっちゅう私たちを訪ねてきてくれました。農場を出発する日、行ってしまうことをスワヒリ語で伝えることができなかったけど、彼女にはそれが分かったらしく、さみしそうな表情をしていて、私も本当に寂しかったです。
 私たちはここで植林体験をさせていただきました。苗木と牛糞を積んだトラックに乗ってヤシの木が立ち並ぶデコボコ道を走り、木を植えた後は近くの沼からバケツリレーで水を運んで水撒きをしました。また、椅子取りゲームやタンザニアのゲームを教えあったり、カルチュラルナイトといってタンザニアの文化と日本の文化を教え合う場では、一緒に歌ったり踊ったりで大盛り上がりでした。
 この農場には太陽発電の電気はありますが、水道がありません。洗濯やお風呂には庭のドラム缶に汲んできた水を使います。ドラム缶の水が無くなってしまうと、また汲んでくるまで水は使えなくなります。日本では簡単にできることに多くの時間と労力がかかってしまいます。けれども、ここでの時間はゆったりとしていて、それが苦にはなりませんでした。短い時間で色々な事ができてしまうけど、それ故に忙しい日本の生活と、ゆっくりとしか物事が進んでいかないこの農場の生活と、どちらにしても何でもない日々の生活の大切さのようなものを感じました。
タンザニア派遣団レポート写真4

4 子どもたち
 タンザニアで印象に残ったことのひとつが子どもの多さです。少子化に悩む日本とは大違いで、どこに行ってもたくさんの子どもたちの姿がありました。私たちは、滞在中二つの学校を訪問し、そのうちダルエスサラームの小学校では保健分野で活躍する青年協力隊の方と一緒に子どもたちの身体測定をお手伝いさせていただきました。小さな教室に溢れ出そうなくらいたくさんの子どもたちがいて元気いっぱいで、どこの国も子どもは一緒だなぁと思いました。しかし、子どもを取り巻く環境は違っており、JICAの方のお話では、まず学校の数が足りておらず、また途中で学校を辞めてしまう子どもが多いということでした。特に、女の子が辞めてしまうことが多いそうです。その背景には、早期の妊娠などの問題があるようです。そう言えば、病院を見学させていただいたときに産婦人科にいた妊婦さんはとても若そうでした。


5 女性の生活
 女性の生活についてですが、私たちが滞在した都市部や観光地のホテルやレストランでは働く女性を多く見ました。私たちがお会いした政府の高官の中にも女性が多くいました。また、タンザニアでは議員の一定割合は女性にすることが決められているそうです。しかし、一般庶民の生活では女性が家事をするという役割分担が根強いようでした。外で遊んでいる子どもたちを見ても男の子ばかりで、女の子は家で家事をしているのではないかと思いました。人口の4割がイスラム教徒ということもありますし、それぞれの文化があるので、少し見ただけでは何がいいか一概には言えないのですが、もし今の制度で不都合を感じている人たちがいるのなら、少しずつでもそれは変えていくべきだと思います。長年暮らしている日本の状況でさえ、問題があることは分かりながらもどうすればいいのか明確な答えが見つからずにいるのに、今回の短い滞在でタンザニアの状況がつかめなかったというのが正直なところです。でも、これからもアンテナを広げて関心を持ち続けていたいと思います。


6 病気
 タンザニア滞在中に神経を使ったのが蚊でした。マラリアを持った蚊に刺されてしまうのではないかと私はいつも冷や冷やしていました。けれども、タンザニアの人たちは年中、マラリアの恐怖と向き合っているのです。そして、実際たくさんの人が適切な治療を受けられないまま命を落としているのです。確かに、私たちが見学させていただいた大きな都市の病院でさえ日本の病院とは比べ物にならないような設備であり、きちんとした知識・技術のある医師の数も足りないということでした。広大なタンザニアに散らばる村に住む人たちが医療を受けることはきっと大変なことだろうと思います。
 HIV/AIDSの問題も深刻です。はっきりした統計がないということですが、人口の20%が感染していうるという話もあり、本当に大変なことです。それなのに、対策があまり順調に進んでいないということでした。対策のために国際機関や各国からの援助があるのに、その資金を効果的に使えていないのです。その背景には、行政制度の問題や、宗教、文化の問題があります。確かに、今まで続いてきた制度や習慣を変えるのは難しいでしょうが、 HIV/AIDSという深刻な問題に立ち向かっていくためには変える勇気が必要なのではないかと思いました。
 HIV/AIDSの問題に取り組んでいる若者グループとも交流しました。彼らは、ポスターやパンフレットの他、歌や踊りに啓発の意味を取り込むなどして予防を呼びかけていました。現在、日本ではHIV/AIDSの感染率は低く、啓発も偏見をなくし理解しようといった、どこか他人事のようなものが多いように感じます。実際、私自身もタンザニアの若者とのディスカッションでHIV/AIDSについての意見を言えず、日頃の関心の薄さを露呈してしまいました。もっと日頃から自分の事として考えなくてはいけないと思いました。


7 日本との関わり
 タンザニアは意外と日本との関わりが多い国でした。走っている車の多くが日本車で、タンザニア人にとっては日本という国は結構知られているようです。そして、青年海外協力隊の派遣が最も多い国がタンザニアです。私たちは、タンザニアで活躍する多くの日本人に会うことができました。病院で働く人、学校で教える人、農村の開発をする人、さまざまな分野で働いている人たちがいました。
 私は、自分ができることは何だろうと考えました。そして、まず日本でできることをしっかりやることから始めたいと思いました。なかなか上達していない手話ボランティアの勉強をもっとしっかりやること、それから、青年国際交流機構の活動、タンザニアの魅力を伝えていくこと。身近なことと、遠くの人たちの事も考えること、この両方のどちらも欠けてはいけないのだと思います。


8 参加した意義
 この事業に参加して、タンザニアという国に出会えたことはもちろん、一緒に旅をした仲間、旅先で知り合えた方々、ホームステイ先の家族、事業を支えてくださった方々、などたくさんの人との出会いがあったことが何よりの収穫でした。
 派遣中、私が具合を悪くしたときは、団の皆が気づかってくれました。タンザニア団は本当に仲がよくて団結力のある、優しくて逞しい団でした。また、1ヶ月もの長い間、仕事を休んで参加することを快諾してくれた職場の上司や仲間のやさしさにも出会えました。たくさんの人に支えられての派遣で得たことを、これからの活動に活かしていきたいと思います。

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