MIT、メリーランド州立大学にみる

産学連携について

 

平成13年9月26日



はじめに

 

尾身幸次科学技術政策担当大臣は、平成13年9月上旬、米国へ出張した際、マサチューセッツ工科大学及びメリーランド州立大学関係者及び本邦派遣の駐在員と会談を行い、産学連携について、意見交換を行った。本資料は、これらの会談を通じて、先方からの説明のうち重要なポイントを抽出したものである。

 

一方、参考資料は、既往の文献や上記会談で得られた資料などを事務局が整理したものであり、本文の背景にある統計資料として利用して頂きたい。

 


1.        MIT

 

MITクレイ副学長、インダストリアル・リエゾンオフィスのアカルド産学プログラム太平洋事業部長兼東京事務所長及びTLOのネルソン所長、ターナー次長と会談した。

 

(1)MITの活動全般

   特に、断りのない限り、クレイ副学長のコメント

  

(ミッション、学風)

    MITは1861年に設立。当時から研究面でのアカデミック・エクセレンスを目指しており、国家的な課題解決につながる基礎研究・技術を希求してきた。この伝統は今日のMIT形成に役割を果たしている。

 

    研究や教育の実施に当たって、教授陣の関心、彼らのイニシャティブが極めて重要。彼らは世界の問題に挑戦し、それに学生を巻き込んでいく。

                      

○MITと産業との連携は非常に歴史があり、かつ、重要なもの。他の大学と異なり、1861年の設立当時に「有用な産業のための科学」が明記され、自然体でパートナーとして係わりを持っている。その後、他の大学と同様に進展してきているが、産業と大学の相互作用を当初から妥当なものとしてきた点に顕著な相違点が見られる。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

    当初より社会との関連を重視する学風を持ち、単に知識の獲得のみならず、応用を重視している。(アカルド部長)

 

(年間予算)

    大学の年間予算は13億ドル。うち、750百万ドルを研究に充当している。さらにそのうち、MIT本キャンパスでは350百万ドル。ボトムアップ型の組織であり、ファカルティー・メンバーが研究を行う。この350百万ドルのうち、80〜100百万ドルが企業のスポンサー研究。他方、ほぼ同額の予算がリンカーン研究所に投入されるが、こちらの方はほぼ100%連邦政府の研究を実施している。(アカルド部長)

 

    MITにおいては、3つの収入源がある。すなわち、①授業料、②グラント・契約、③基金(エンダウメント)。

 

 

  (組織)

    MITには20〜25の学部組織があり、学部長の下に置かれており、ここでは教育が主体。他方、100のラボ、センターが置かれており、ここでは教授の運営により、研究が行われる。(アカルド部長)

 

  (基金、税制)

    基金は80億ドル。基金はこの国の伝統と言えるものであるが、1600支援ユニットが作られており、多くを個人的な寄付に依存している。これらの寄付は免税。MITの卒業生は自分達の大学をより強くするための義務を負っている。組織的には、Resource Officeがあり、副学長の下で100名ぐらいのスタッフが働いている。因みにハーバード大学の基金は180億ドルである。

 

    基金の運用益の4%を事業に使い、残りは基金造成のために繰り入れられる。寄付に対する税制は有利に設定されており、無税である。寄付がこのように集まるのは、税制に加えて寄付をしようとのチャリティー精神が根幹になっている。

 

    不動産税については、例えば、学生用の寄宿舎を作り、学生が料金を払うような場合は免税になるが、商業用の建物を建設した場合には課税となる。また、大学は非営利団体であるので、所得税は免税されている。

 

  (政府との連携)

    連邦政府、地方政府ともに関係が深く、その関連の仕事も多い。

 

(企業との連携)

    主要企業は教授陣と協力しておリ、直接的な共同研究、教育訓練活動、さらには研究、製品開発、プロセス開発、プロセス評価などの付随的な活動が行われている。

 

  (日本との関係)

    MITでは、過去から1300名以上の日本人学生が教育を受けてきた。

 

    現在、大学院には100名を越える院生、学部学生はせいぜい5名程度でほとんどいない。理由は学費が年間3.5万ドルと高いこと、外国籍の学生数を大学院では40%としているのに対し、学部は8〜9%と抑えていることに起因していると思われる。因みに学部学生数は4500名、外国人学生数は400名程度。(アカルド部長)

 

○企業研究者は日本から150名程度派遣されてきている。(アカルド部長)

 

    外国に対して教育プログラムを積極的に展開している。学部、大学院のみならず、ワークショップや教育コースなどのプログラムを実施しており、ここ数年で300人程度の人が日本から参加している。

 

(2)産学連携プログラムの活動

    断りのない限り、アカルド事務所長のコメント(1948年にMITを卒業。40年間、連邦政府、民間あるいは自分自身の企業で研究開発に当たってきた。86年にMITに戻り、インダストリアル・リエゾン・プログラム(ILP)のアジア太平洋事業部長であるとともに、同時にMITの東京オフィス所長でもある。)

(産学連携プログラムの現状)

    産学連携プログラムは1948年に設立され、以来、産業界とMIT全体の窓口として機能している。幅広いニーズと関心を持つメンバー企業は、同プログラム通じてMITとそれぞれの企業が望むような関係の構築が可能となっている。

 

    同プログラムは、企業のニーズ及び関心を把握しており、それらをMITの関係セクションに提示し、意見交換及び技術移転を支援する幅広い仕組みを通じて企業の要望を満たすような環境作りを行っている。同プログラムの企業担当者はMITをよく把握しており、それぞれの企業が短期的及び長期的な目的からMITの専門家との面談をアレンジしている。

 

    参加企業にとっては同プログラムへの参加により他の企業との関係構築が可能となり、新たなビジネス提携及び技術交流の場となっている。

 

    現在同プログラムには世界中から約200社の企業が参加しており、日本からは松下、NEC、富士通、東芝、川崎重工、キャノンなど約30社が参加している。(以上ボストン総領事館)

 

 

(企業との協力形態)

    企業との協力形態については、研究費を負担する(産業スポンサーシップ)、コンソーシャムを作る、研究者を派遣する、先端教育を受ける、といったものがある。

 

    70年代に日本の企業の関心が高まり、ILPへの参加が増加。86年には世界各国から300うち日本から50社が参加していた。日本企業はハイテク企業を中心に松下、東芝、富士通、KDD等と協力してきた。

 

 

  (企業との研究の性格)

○企業がスポンサーとなる研究に関しては、教授は研究マネージメントを行いつつ、学生に対していかに研究を行うかを教える教育としての機能を持っている。教授はアイディアを出し、研究を監督する。学生は教育の一環として研究プロジェクトを行う。教授と学生は研究を通して論文を書くことによって学術界で認められるようになる。学生は卒論、博士論文を書くが、これもプロジェクトの一部である。その意味で産業界はアカデミックなプロセスを支援していることになる。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

○MITは産業界と連携しているが、両者の間の壁は維持されている。すなわち、すべての研究は公開することとしており、秘密の研究は行わない。また、研究者の創意によるものであり、アカデミックに価値のある研究しか行わない。この連携プログラムは、コンサルティングとは異なるものである。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

○産業スポンサー研究は、製品開発ではなく、その背後にあるサイエンスが重要である。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

(産業スポンサーシップ)

    企業との総契約額は100百万ドル。企業1社ではコストが大きすぎる場合、コンソーシャムを形成する場合もある。これは参加企業が成果をシェアできる前競争的な研究の場合に成立する。例えば、自動車産業の例をあげると、新しい潤滑油の研究や内部燃焼装置の研究、さらにはトヨタやホンダが参加している12Vから42Vへの転換に関する研究などがある。

 

    産業スポンサーシップについては、ここ15年間で増大してきており、産業界の研究費が全体の研究予算に占める割合は7%であったものが、現在では24%になっている。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

  (企業との接点、契約)

    最近は毎週のように日本企業関係者が来訪する。教授陣と個別具体的な議論をする場合もあるし、より一般的なトピックスの場合もある。企業のトップが来訪し、大学がどのように企業と一緒に仕事をするかについてのビジョンを得て帰ることもある。

 

    ILPは、まず、企業に教授たちが何を考え、学生達が何をしているのかが分かるようにする。また、企業ニーズを学習するという目的もある。契約については、企業と教授の間で交渉する。その結果、知的活動として、意義があり、かつ、教育に似合った内容と判断されるものについては、契約を締結する。基本的には、企業側のアイディアを取り入れつつ、教授の指導の下、ハイレベルの博士課程の学生が研究を実施する。したがって、博士や修士が論文を書ける内容である必要がある。

 

    企業との契約については、OSP(Office of Sponsored Research)が担当。OSPが契約案をレビューし、教授や学生の時間を割り当て、研究手法などをチェックする。こうした研究は競争的に更改される。

 

  (研究規模、資金の流れ、教授の給与)

    MITの研究プログラムとしては、ミッションによって規模も異なるが、中規模のもので年間15万〜20万ドル。大型のもので年間50万〜100万ドル。最近では大規模パートナーシッププログラムを設立し、5年間で18百万ドル規模のものも開始した。相手は、エムゲン、フォードなど7〜8プログラムを実施中。そのうちの一つはNTTと共同している。

 

○企業からの研究資金は、まず大学に入る。その上で、担当する教授や大学院学生の経費(授業料や生活費に使われる。教授の給与は大学から支払われており、エクストラの給与にはならない。企業が研究費を負担する形態の場合は、企業は大学と契約するのであり、教授と個別に契約するわけではない。ただし、教授の給与は、年間9ヶ月分であり、夏季の給料の財源ははこうしたプロジェクトにより確保される。(一部ネルソン所長、ターナー次長)

 

  (企業研究者の派遣)

    企業は研究者を派遣することができる。日本からは150名程度が派遣されている。この場合は、企業側が研究者の給料、住居手当、MITへの費用を負担する。例えば、MITのメディアラボの場合、派遣1名当たり年間50〜70万ドル、AIラボの場合5〜10万ドル必要である。

 

  (教授個人の企業コンサルティング)

○産業との係わりについては、公式のものと非公式のものがある。個人レベルの活動では、MITの教授は週4日間大学で働き、1日は自分の関心に基づき、コンサルティングに使うことが認められている。MITの教授陣は産業界のこと、産業界が抱える問題点をよく知っている。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

    教授が外部で行うコンサルティングの報酬と大学から受け取る給与は別のものである。コンサルティングの場合は、教授のプライベートな活動であり、相手企業により直接教授に支払われる。コンサルティングに学生を使うことは許されない。(ネルソン所長、ターナー次長)

 

(3)TLOの活動

    ネルソン所長、ターナー次長のコメント

  

  (バイ・ドール法の意義)

    バイ・ドール法の成立により、連邦政府の資金による研究の場合も、研究成果として得られる発明を大学が所有することが可能になった。この法律は、大学に経済的なインセンティブを与えること、及び、大学において教授たちとライセンスの仕事を行うことを可能にしたことに意義があるが、特に後者が重要である。すなわち、大学における基礎研究は、すぐに経済的な恩恵をもたらすものではなく、他方、産業と一緒に仕事をすることによって、教授たちは産業を知ることができるのである。知的財産の仕事をすることによって、さらに多くの産業人が大学に来て、大学でどのようなものが開発されうるのかの検討が深められる。

 

  (TLOのスタッフ)

  ○専任はライセンス・オフィサーが9名。スタッフを入れて総勢30名。

 

  (技術移転実績、成功の要因、効果)

    年間400件の開示があり、100件のライセンス化、20〜30の新会社のスタートアップにつながっている。TLOで知的財産管理を行っている20〜25%は産業負担による研究であり、70%が連邦政府の負担によるものである。

 

    スタートアップ企業には2名程度の大学院卒業生ないしは学部卒業生が就職する。5年も経つとさらに雇用が増加することから、年平均100名以上の卒業生が、このような会社に勤めているものと思われる。

 

    MITの技術移転制度は他大学のそれと変わらない。しかし、成功の秘訣は、技術移転にかかる全ての仕事をこのTLOで行われていることが考えられる。このオフィスにおいて、質の高い人材を雇用し、彼らに教授や企業と直接話をさせ、他の委員会の意見を聞くのではなく、彼ら自身の判断で技術移転を実現するというやり方を取り入れている。官僚的な仕組みを極力排し、少数の厳しい原則だけは決めてあとは自由に取り組むことが重要と考えている。

 

    年間400件の開示に対し、その対応としては二つのストラテジーが考えられる。すなわち、①いいものだけの数少ない成功例をピックアップするか、あるいは、②できるだけ多くの技術を外に出すように努力するかである。MITにおいては、収入はあくまで副産物と認識しており、役に立つ技術を開発することが目的と考えられている。したがって、個々の発明は有益な面があるので、MITでは後者のストラテジーを採用し、少数の発明を最適化するのではなく、数多くの発明を扱うようにしている。さらに、大学の研究成果は、技術開発の観点から極めて早い段階のものであるので、勝者をピックアップすることは難しいという事情もある。

 

    このストラテジーを採用することによって、知的財産の道程に多くの教授が関与することになり、大学のカルチャーを変えることにつながる。多くの発明に多くの人を関与させることにより、成功の確率を上げることができる。

 

  (ライセンス化のリスクへの考え方)

    特許をどの程度ライセンス化できるか、リスクをどの程度受け入れられるか、失敗を恐れていては何もできない。ハイテクへの投資はリスクもある。TLOのスタッフもリスクを負っている。ただし、大学としては、製品保証や倫理的リスクはとらず、単に資金的リスクを負うことにしている。また、失敗もあり、例えば、相手先企業の選択を誤ることもある。スタートアップ企業に行く学生もまた、本来大企業に行くだけの実力を持っているので、学生もまたリスクを負っている。仮にスタートアップに失敗したとしても、学生は学ぶだけであり、「バツ」がつけられるわけではない。

 

  (技術移転手続き)

    教授が発明を開示すると、TLOの1人のオフィサーが担当になり、その人が特許を請求するか否かを判断する。また、その人がスタートアップ企業を作るか否か判断する。さらにその人がライセンス契約を作成し、最終的にこのオフィスで署名をする。

 

  (ライセンス契約)

    ほとんど全てのライセンス契約は独占的な契約になっている。その理由としては、対象となる技術が初期で未開発であるので、独占的契約により、企業にそのような技術を開発するインセンティブが働くからである。

 

  (企業スポンサー研究の知的財産の取り扱い)

    企業スポンサーの研究の知的財産の取り扱いについては、大学が所有し、企業には非独占的なライセンスを供与する。もし、独占的なライセンスを与えるのであれば、大学にロイヤリティーを支払うことと併せて、必ず当該技術を開発するという条件を満たす必要がある。もし商業的な技術として開発に成功しなかった場合は、独占的ライセンスは剥奪される。

 

    このような取り扱いを可能にするのは、いくら企業が研究費を出すからといっても、技術開発は川の流れのような長い道筋、すなわち、専門家の養成、アプローチ方法の開発などがあるからであり、企業は2〜3年大学の力を借りるかもしれないが、研究スポンサーが全ての権利を持つことにはならない。

 

    企業によっては、研究開発になんらの関与もせずに、単にライセンスを獲得する場合もある。その場合、はじめは非独占的ライセンスを持つことになる。


2.メリーランド州立大学

   ダーモディー副学長(研究及び経済開発担当)ほかと会談した。

 

  (産学連携のスキーム)

    メリーランド大学での産学連携は、州立大学という性格もあり、地元企業の支援を通じて州の発展に貢献するという観点も重視され、積極的に取り組んでいる。

 

    連携のスキームを大学側では、次のように整理している。

    企業のスポンサーによる研究

    企業の技術発展プログラム

    メリーランド大学によるビジネス支援

    大学と産業界とのパートナーシップ

 

  (企業スポンサー研究)  

    企業から資金を受ける研究については、メリーランド大学と企業との間で交渉によって決定される。既に学内に存在する研究ポリシー以外に定められたルールはないが、通常知的財産権は大学の帰属する。これとは対照的に連邦政府の資金による研究については、ルールは複雑である。よく承知されているとおり、知的財産権は連邦法により大学に帰属される。

 

  (企業の技術発展プログラム)

    これらには次のプログラムが存在。

             技術インキュベーター(オンキャンパスの設備を使ってスタートアップ企業の技術を支援)

             メリーランド州産業パートナーシップ(産業界からのスポンサー研究に大学からも共同で資金を提供)

             技術拡張サービス(無料で企業に技術コンサルタントを提供。州全体にある地域オフィスで実施。)

             ディグマン・アントレプレナーシップセンター(既存の成長著しい企業をベンチャー及びエンジェルのネットワークが診断や経営コンサルティングを実施)

             ヒンマン・キャンパス・アントレプレナーシップ・プログラム(大学の学生が自身の技術を企業化するのを支援するプログラム)

             TLOの活動

 

    TLOの活動は、1986年OTC(Office of Technology Commercialization)として発足。ビジネスや産業界に大学の知的財産の移転促進を目的としている。このため、知的財産の保護はもとより、ライセンシングの交渉を行っている。

2001年の発明公開件数117件、特許取得件数11件、ライセンス件数67件、技術移転収入1.9百万ドル、スピンオフ企業は86年以来22社。

OTCのスタッフは、9名。

 

  (メリーランド大学のビジネス支援)

    ビジネス支援として大学が取り組んでいるのは

    メリーランド小規模企業発展センター(ビジネスプランの作成、ローン助成申し込みなどへの、地域の州のオフィスで支援)

    バイオプロセスのスケールアップのような特殊な設備の使用

    教授陣によるコンサルティング

 

  (パートナーシップ)

    The Maryland Information Network Dynamics Lab

メリーランド大学での産学連携の一つの雛形。大学の当事者と企業関係者が始めから問題点を共有し、それに対する解決策についてアイディアを出しながらプロジェクトを開始するアプローチをとっている。2001年4月より富士通研究所との共同研究を開始。

 

    Center for Environment Energy Engineering

当該センターでは、原則研究費の半分を自己で調達することとなっている。このため、47社からなる産学連携コンソーシャムを構築。基本的な考え方は、当該センターの有する知識ベースを産業界と共有し、そこから研究課題を探し出していくここと。企業からも多くの研究者を受け入れており、企業の関心を有する分野の研究を共同で行っている。

 

    The Institute for Systems Research

産学連携のためにNSFがEngineering Research Centerというプログラムに基づき、1985年に設立。97年にそのプログラムは終了し、現在は独自の財源で運営されている。現在10名の客員研究員がいるが、うち4名は日本企業から。産業界の具体的な研究課題を明確にして研究を実施。

 

    Computer Aided Life Cycle Engineering

    Fraunhofer Software Engineering Center  

        


3.インプリケーション

(1)                 産業界と大学との緊密な交流

    

米国では、産業界側からの大学側への働きかけ、大学側からの産業界への働きかけが双方向で日常的になされており、両者間の関係ははるかに緊密である。たとえばMITでは、「エンタープライズ・フォーラム」にてハイテク系企業を対象にビジネスプラン構築のアドバイス及びワークショップを行っている。一方、産業界側も企業トップをはじめ、大学で何が行われているか注目し、たびたび大学を訪問しているようである。

    この背景には、有力な産業人のOBが、大学のボード・オブ・トラスティーズのメンバーとして大学経営の一端を担っていることや同窓会組織を活用し、常に多くの卒業生が大学の情報に接していることも影響していると考えられる。

    わが国においても、産業界、大学両当事者の意識改革とともに、様々な創意工夫により産業界側と大学側のインターフェース改善の工夫を早急に行わなければならない。

    

(2)                 産学連携についての大学のガバナンスと専門家の確保

 

    MITを例にとると、産学連携プログラムを推進するセクション:ILP(Industrial Liaison Program)、特許権その他の知的財産を保護し、商業化のためのライセンシングを行うセクション:TLO(Technology Licensing Office)、企業との共同研究契約を審査するセクション:OSP(Office of Sponsored Research)が整備されている。これらの組織は担当の副学長の下に設置されているように、大学の経営にもかかわる問題、言い換えれば大学のガバナンスにも通じる問題として考えるべきである。

さらに、産学連携の深化は米国の例のとおり、持続的な努力の積み重ねが必要であるが、上記セクションの職員には、エンジニアリングや法律のバックグランドを有し、新技術を市場に送り出す企業経験に通じ、さらにはコミュニケーション能力と交渉能力を有した経験豊富な職員が専門的に対応している。したがって、わが国の大学においても、産学連携に係わるアドミニストレーション機能について、従前の発想を改め、長期的に従事できる専門家の確保を急がなければならない。

 

(3)                 競争力ある研究者、研究拠点、大学のための条件整備

 

    グローバル化の中で日本企業は連携相手の大学についても国を選ばなくなっている。このような状況下において、米国の大学がスポンサーとなる日本企業に対するマーケティングに努力している点に留意しなくてはならない。我が国においても、経営面においてもアカデミックな面においても、個々の大学に自主的に創意工夫が許される環境が必要となる。具体的には、MITが学部を超えて設置している種々の境界領域の研究組織を組織し拠点形成を図り、優れた研究者に見合った処遇(給与、スタートアップ研究資金、スペース等)でリクルートしているように、研究組織や人材確保が大学の自主的な戦略によってできるような条件整備を図らねばならない。その際、人材の官民の枠を超えた流動性も重要なテーマである。

 

(4)                 教員の人事・処遇制度の弾力性確保

 

    MITにおいては、大学教員の年間給与は9月分となっており、その他の大学でもそういった例は多い。このため、教員は連邦政府の研究資金や企業からのスポンサー研究に積極的に対応するインセンティブともなっている。また、大学以外の活動、例えば企業活動にも目を向ける要因ともなっている。

また、MITでは、教授は週4日間大学で働き、1日は自分の関心に基づき、企業のコンサルティングに使うことが認められている。このことによって、教授は産業活動にニーズなり、産業の抱える問題や課題をよく承知するようになっているとの評価になっている。

したがって、我が国において、教員が弾力的に活動できるような人事、処遇体制の構築が求められる。こういった観点から、独立行政法人通則法での非公務員型の扱いをみると、給与が弾力的であるため、個人の能力に応じた設定が可能になり、併せて勤務条件は個々の雇用契約で対応できるなどの自由度を有している。

 

(5)                 大学財政に対する多様な資金の供給円滑化

 

    米国の私立大学の収入構造は、学生からの授業料、連邦政府のグラントや企業スポンサー研究資金など外部の研究資金、寄付や基金からの運用益の一部繰り入れの三つの要素から構成されている。さらに州立大学の場合、これらの要素に州政府からの予算措置が追加されるが、州政府からの資金の全収入に占める割合は3割程度である。したがって、私立大学のみならず、州立大学も含めて、外部資金の獲得こそが大学経営にとって極めて重要であり、懸命に努力をしている。特に、エンドウメントと呼ばれる基金については、州立大学を含む有力大学では数十億ドル規模に達し、大学経営に多大の貢献している。

したがって、わが国大学の経営基盤を強化し、競争力をつけていくためにも、寄付にかかわる税制を改善するとともに、産業界からの研究資金についても税制上無税とすることが重要である。

 

(6)                 大学のミッションと個性

 

    米国においても、研究大学と言われる競争力のある大学、アカデミズムを大事にしているリベラルアーツ型の大学、地元の経済発展に貢献しようとする大学、コミュニティーカレッジなど米国3700の大学は、その個性も区々であり、したがって産学連携にも濃淡があるようである。その結果、産業界からの資金収入規模、特許取得件数、ベンチャー輩出件数にも傾向に違いを生じている。このことはむしろ当然というべきで、我が国においても、それぞれが個性と特徴のある大学を目指すことによって、産学連携も効果があがるものと考えられる。このため、産学連携を重視して進めようとする大学においては、研究資金の配分やその他の体制整備について、一律ではなく個々の大学ごとの特徴、ミッションに応じて判断していくべき性格のものである。    

    一方、米国の州立大学は、州政府から予算の交付を受けており、当該州の経済発展にコミットしているのは、メリーランド州立大学の例にも見るとおりである。今後の地域における大学の在り方の参考になる。

 

(7)                 産学連携についてのルールの整備

 

    MITにおいては、学内で決定されたガイドが存在し、産学連携や知的財産の保護から商業化にいたるルールが設定されている。このガイドはMITの教職員はもとよりMITの施設を利用するビジターにも適用するものである。

    この中では、「特許権」のみならず、「著作権」、「商標権」、「回路配置利用権」、「試作品、リサーチツール、工学設計などの有形の研究資産」などを知的財産を幅広くカバーしており、これらの帰属、権利化の手続き、保護に関する考え方、利益相反の問題、ロイヤリティーの学内(発明者を含む)での配分などが定められている。これらのガイドは、産学連携を進める上での基本となるべきもので、我が国大学では、知的財産の広範な保護はもとより、権利の帰属など早急に解決するべき点が多い。これは、単に産学連携のためのみならず、大学が国際協力を進めていく上でも重要な点であり、早急に整備を進めていく必要がある。ただし、各大学ごとに責任をもって対応していくべきことであるが故に、各大学の特色を出すとの観点からそれぞれの大学のルールに個性があってしかるべきことである。

 

(8)                 大学から企業への人材の供給

 

    産学連携によって共同研究を行ったり、大学の研究成果の移転を受けるのを狭義の産学連携とすると、産業界のニーズにマッチした優れた人材の供給を受けることは、さらに重要なことである。特に米国の博士課程修了者は、我が国に比し、大学や公的研究機関にのみならず、はるかに産業界(スタートアップ企業を含む)に人材を輩出している。翻ってわが国では、大学側の課題としては、①博士課程在学者への経済的支援が十分かどうかの問題(米国ではプロジェクト費用から大学院生の学費や生活費の支給も可)、②博士課程在学者が企業経験はもとより企業風土になじんでないという問題(米国では、企業スポンサー研究に従事することも日常的である)、③企業側の欲する専門性にミートする人材を供給できない構造上の問題、企業側の課題としては、①なお博士課程修了者に対する採用を躊躇する一般的な産業界の傾向、②専門と能力に応じた個々人への適切なオファーをし得ない採用ポリシーなどの問題がある。