北方領土墓参

北方領土墓参

元島民及びその家族による墓参のための訪問

北方領土への墓参について、政府は、先祖のお墓参りをしたいとの親族の切なる願いに沿い、人道的見地からこれが実現するようソ連側と強く折衝を行い、その結果、昭和39年に初めて実現しました。46年から48年までの間は、ソ連側の同意が得られず中断していましたが、49年は、日ソ首脳会談で田中総理が強く要請したことから再開され、翌50年も実施されました。
ところが、51年の実施にあたり、ソ連側は従来簡単な身分証明書で渡航していた慣行を変更し、旅券の携行とビザの取得を要求してきました。このような要求は、北方領土を法的にソ連領と認めさせようとするものであり、日本側から強く再考を求めましたが同意が得られず、以後60年まで実施できない状況にありました。
しかし、61年1月、8年ぶりに再開された日ソ外相間定期協議において、ソ連側から人道的見地からこの問題をしかるべく注意をもって検討していく旨の発言があり、また同年5月の日ソ外相間定期協議においても、ソ連側は、墓参にかかわる諸問題を外交チャンネルで検討することを念頭に置き、肯定的に対応する用意がある旨を表明しました。これを受けて事務レベルでの折衝が進められ、7月2日に日ソ間において墓参に関する口上書が交換された結果、従来の身分証明書による渡航方式で北方墓参が再開されることとなり、以降、毎年実施されています。