第2回総合規制改革会議提出メモ
2001年5月31日(木)
清家篤(慶應義塾大学)
人口高齢化に伴って個人の職業生涯は長くなる。他方、技術革新、経済規制緩和によって一つの企業が保障できる雇用期間は短くなる。個人の職業生涯は長く、企業の雇用保障期間は短くなるのだから、一社で職業人生をまっとうできる確率は低くなる。
個人は、雇用を守りきれなくなった企業から、人材を必要とし、雇用を増加させる企業に移動することで長い職業人生をまっとうしなければならない。社会的には、これまでの「一社雇用保障体制」にかわる「労働市場を通じた雇用保障体制」を構築しなければならないことになる。
雇用・労働部門の規制はこの観点から再検討する必要がある。
さらに労働市場自体において、失業に関する地殻変動が観測されている。1990年には2パーセント程度だった失業率は2000年末には5パーセントに手の届く水準に達している。
失業は万一ではなく、20人に1人程度に起こりうるリスクになっている。
こうした中で、雇用政策のポイントを雇用者のための雇用政策から失業者のための雇用政策に転換すべきである。雇用者の利益と失業者の利益はしばしば背反する。たとえば、雇用維持助成金、労働者派遣規制、失業保険、解雇規制などで、両者の利害は対立する。
しかし、いつなんどき失業者になるかもしれないという時代になれば、雇用者にとっても失業者になったときの状況を改善するためにある程度譲ることは合理性をもつはずだ。
具体的政策の第1のポイントは労働市場の機能向上である。労働者がある企業から別の企業にできるだけ円滑に移動できるような環境の整備だ。規制との関連で次の3点を指摘しておきたい。
雇用情報の充実(民間職業紹介になお残る料金規制などの見直し)
再訓練プログラムの充実(とくに能力開発資金の貸し付け、税控除等)
採用における年齢制限撤廃(少なくとも定年の法定下限である60歳まで)
第2のポイントは企業が雇用を増やしやすい環境を作ることである。そのために規制の緩和は不可欠である。すでに経済産業省等の提案していることと重複する部分もあるが、次の4点を指摘しておきたい。
有期雇用契約の拡大(とくに適用範囲拡大、認定の緩和)
労働者派遣の拡大(とくに派遣期間の制限緩和、職種の一層の拡大)
裁量労働制の拡大(とくに適用範囲の拡大、適用手続きの簡素化)
明示的な雇用調整ルールの構築(理由ではなく手続きのルール化、情報開示<地域への影響の事前予測、将来の潜在的求職者にとって企業選びの基準となる、性・年齢・国籍等の差別禁止>)
なお、4については整理解雇4条件の成文法化といったかたちでの解雇規制強化の議論が組合側の一部からある他は、労使から特段に強い要望があるわけではない。理論的検討は必要としても、当面の具体的課題とすべきものではないかもしれない。
パートタイマーや派遣労働者などの増加は選択肢の多様化として是認されるべきであり、それによって就労人口も増加し、全体として社会の支え手を増やすというところに社会的意義もある。従って、パートタイマーや派遣労働者も社会保険や税の負担をきちんとする仕組みになっていないと意味がない。そうでないと、相対的にフルタイム労働者、常用労働者の負担増加となる。さらに社会保険料の雇用主負担分をすべて労働者に転嫁できないとすれば、この負担増はフルタイム労働者、常用労働者の雇用主の負担増にもなる。これはパートタイマーや派遣労働者の雇用主の負担すべきものを、フルタイム労働者や常用労働者とその雇用主に転嫁することにもなる。税や社会保険は、基本的に雇用形態等に関係 なく、純粋にその勤労収入に応じて負担するかたちに、現在の制度枠組を抜本的に変えるべきである。
雇用は生産からの派生需要である。従ってマクロの雇用回復は基本的にはマクロの生産活動の回復以外にありえない。雇用に関する規制緩和によって雇用の流動性を高めることは従って雇用回復の十分条件ではない。行き先のない流動化はたんなる失業増となる。
また、一般的なビジネスの規制緩和によって新たな生産物需要を作り雇用を回復させるということも、ある程度は可能かもしれない。しかし、経済活動全体が停滞したままで規制緩和を行っても、労働力の再配分を促進させるとしても、マクロの需要不足による失業を埋め合わせるだけのネットの雇用増を生み出せるわけではない。
経済の構造改革を進めるうえで規制緩和はきわめて重要な要素であることはいうまでもない。雇用の面でも長期的な労働市場構造の変化に対応した新たな規制枠組の再構築は不可欠だ。しかし、ビジネスや雇用における規制緩和を短期的なマクロの雇用問題の特効薬と考えてはいけない。構造改革の中で雇用問題は不可避と考えるべきである。
以上