第2章 諸外国における子供の貧困に関する指標の状況(1.1)
1. 貧困に関する指標の考え方
1.1. 金銭的指標3 だけでなく貧困を多面的に把握する指標への発展
近年の貧困に関する指標の開発状況に見られる最も大きな特徴は、金銭的指標のみで貧困を測定する方法から多面的に貧困を把握する方法への発展である4 。
金銭的指標とは所得や支出を用いて貧困を捉える指標であり、最も典型的なものは所得を用いた貧困率である。所得を用いた貧困率とは、人口に占める所得が一定の基準に満たない者の割合を示す。貧困率には絶対的貧困率と相対的貧困率があり、絶対的貧困率は、「各家計がこれ以下の所得だと食べていけない、 あるいは最低限度の生活を送ることができない、といった絶対的な水準」5 に注目する貧困率であり、相対的貧困率は「自分たちが所属する社会で慣習となっているような社会的諸活動への参加が不可能である状態, あるいは社会で必要とされる社会的資源において欠乏が生じているような状態」6 を捉える貧困率である。貧困率が典型的な指標とされていることには、所得が生活の水準を保つために不可欠であるという理由や、所得に関する統計調査が整備されているといった理由が挙げられる7 。
先進国においては、相対的貧困率が広く取り入られている。相対的貧困率には種々の算出方法があるが、等価可処分所得(世帯の可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入)を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額を貧困線として設定している。世帯の等価可処分所得がこの貧困線未満である世帯に暮らす者の人口に占める割合を算出する手法がOECDで採用され、広く活用されている8 ,9 。
しかし、所得や支出を用いた金銭的指標は、学習支援などの現物給付や家族の介護などの非金銭的な負担が反映されない、資産などのストック、ローンなどの負債が反映されないなどの問題を抱えており、生活水準を保つための資源(=金銭)の状況は示しているが、生活水準そのものを示しているとは言えないという制約を抱えていることが指摘され、近年においては、金銭的指標のみでは貧困を十分に把握できないとの認識が研究者の間では広く共有されている10 。
このような背景から、貧困に関する指標には金銭的指標に加え、教育機会、健康、社会参加等、貧困の非金銭的な側面を捉える指標を追加し、貧困を多面的に捉える動きが見られる。
3金銭的指標とは英語で多用される“monetary indicator”の訳であり、所得や消費を用いて貧困を捉える指標を意味する。
4阿部彩他(2013)「先進諸国における貧困指標の状況」厚生労働科学研究費補助金政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)『貧困・格差の実態と貧困対策の効果に関する研究』(研究代表者 阿部彩)平成24年度総括研究報告書別冊1
5橘木俊詔・浦川邦夫(2007)「日本の貧困と労働に関する実証分析」,日本労働研究雑誌,563,5.
6前掲5, 6頁。
7前掲4
8厚生労働省 「国民生活基礎調査(貧困率)よくあるご質問」http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21a-01.pdf
9この他にも、例えば、貧困線を中央値の半分ではなく60%に設定する、平方根ではない等価尺度を用いて算出された等価可処分所得を用いる等の方法がある。
10貧困測定における金銭的指標の限界に関する指摘をまとめた文献は以下に挙げるほか、多数存在する。
- 阿部彩他 (2013) 前掲4
- Notten, G. and C. de Neubourg. (2007).s “Poverty in Europe and the USA, Exchanging Official Measurement Methods”, Maastricht Graduate School of Governance Working Paper 2007/005.
- Notten G. and C. de Neubourg. (2011). “Monitoring Absolute and Relative Poverty: 'Not Enough' Is Not the Same as ‘Much Less'”, Review of Income and Wealth, 57(2), 247-269.
- Roelen, K., F. Gassmann, and C. de Neubourg. (2010). “Child Poverty in Vietnam - Providing Insights Using a Country-Specific and Multidimensional Model”, Social Indicators Research, 98(1), 129-145.
- Roelen, K., F.Gassmann and C. de Neubourg. (2011). “False Positives or Hidden Dimensions - What Can Monetary and Multidimensional Measurement Tell Us about Child Poverty?”, International Journal of Social Welfare, 21(4), 393-407.
- Thorbecke, E. (2008). “Multidimensional Poverty: Conceptual and Measurement Issues”, in Kakwani, N. and J. Silber. (eds.), The Many Dimensions of Poverty, New York, Palgrave MacMillan.
- Tsui, K. (2002). “Multidimensional Poverty Indices”, Social Choice and Welfare,19,69-93.