第2章 諸外国における子供の貧困に関する指標の状況(1.2)

1. 貧困に関する指標の考え方

1.2. 貧困を多面的に把握する2つのアプローチ

貧困を多面的に把握しようとする動きは、国際的には以下の二つのアプローチに集約することが可能である11

ア.相対的貧困率と物質的はく奪指標を併用するアプローチ

物質的はく奪指標とはその国で典型的に保持・享受するものとされている財・サービスの欠如を示す指標である。所得だけでは測れない生活の質を把握する試みとして、イギリスの研究者、Townsendの1979年の調査から始まった貧困の測定方法である12 ,13

1979年のTownsendの調査以降も、所得と財・サービスの欠如状態の両方を含む統計調査はほぼ存在せず、所得を用いた貧困率のみを貧困指標として用いるのが主流であったが、1994年の欧州共同体世帯パネル調査14 の開始、そして1992年にイギリスの家計資源調査15 が開始されたのを皮切りに物質的はく奪に関する調査の必要性が認知されていった16 。現在では貧困の金銭的な側面と非金銭的な側面の両方を捉えることの重要性が多く指摘17 されており、貧困率と物質的はく奪指標の両方を活用している例がEUを中心に見られる。

具体的には、EUでは、2020年までのEUの政策基本方針である「欧州2020(Europe2020)」の柱の1つとして「国ごとの貧困又は社会的排除のリスクがある欧州市民の数を25%、2,000万人削減する」という貧困と社会的排除の目標を設定し、「貧困又は社会的排除のリスクがある」者を指標として設定している。「貧困又は社会的排除のリスクがある者」とは、「相対的貧困の状況」、「物質的はく奪の状況」及び「非常に低い就業密度(就労可能月数に対して実際就労した月数の割合)の状況」のうち、いずれか一つでも該当している世帯に暮らす者を指す18EUの目標を受けて、各国が指標を設定している19

図表2-1 欧州2020における「貧困と社会的排除」を構成する状況
指標構成項目20 定義
相対的貧困の状況 居住国での等価可処分所得の中央値の60%未満である世帯
物質的はく奪の状況 「家賃や公共料金の支払」「適切な暖房設備」「予期せぬ出費」「一日おきの肉や魚などのたんぱく質の摂取」「年に一度の1週間の休暇(自宅以外)」「自家用車」「洗濯機」「カラーテレビ」「電話(携帯電話を含む)」の9項目のうち、4項目以上についてまかなえない世帯
非常に低い就業密度の状況
(就労可能月数に対する実際就労した月数の割合)
世帯内の成人(18~59歳、18~24歳の学生を除く)全員の1年間の就業可能月数の合計に対する実際に就業した月数の合計の比率が0.2未満である世帯

OECDが2008年に公表した報告書「格差は拡大しているか:OECD加盟国における所得分布と貧困」21 は、所得に関する統計の分析が主眼としているが、「所得では捉えられない貧困の側面:物質的はく奪の指標から何が学べるか」と題する章において、相対的貧困率や貧困ギャップ率といった所得に基づく指標のみならず、物質的はく奪指標も用いた貧困に関する国際比較を行っている22 。物質的はく奪指標については、「適切に家を暖めることができない」「食生活に金銭的な理由で制約がある」「住宅が人数に対して狭い」「貧しい居住環境にある」「公共料金等の請求に対する支払ができない」「家賃や地代の請求に対する支払いができない」「家計収支が赤字になることがある」23 ,24 の7項目による構成項目のうち2項目以上当てはまる世帯の割合、3項目以上当てはまる世帯の割合、という形の項目数別の比較や、世帯主が就業年齢の世帯のうち2項目以上当てはまる世帯の割合の比較等様々な国際比較をしている25

また、ユニセフ・イノチェンティ研究所の「レポート・カード10 先進国の子供の貧困」26 ,27 において、子供の相対的貧困率や貧困ギャップ率といった所得に基づく金銭的指標に加え、子供の物質的はく奪指標を用いた先進国の国際比較をしている28 。子供の物質的はく奪指標を構成する項目は「1日3食摂取」「肉・魚又は代替するタンパク源を1日1回摂取」「新鮮な野菜・果物を1日1回摂取」「子供の年齢と知識水準に適した本(教科書を除く)の所持」「屋外レジャー用品(自転車、ローラースケートなど)の所持」「定期的なレジャー活動を行う」「子供1人につき1つ以上の屋内ゲーム(知育玩具・積木・盤ゲーム、コンピューター・ゲームなど)の所持」「修学旅行や学校行事の参加費を支出できる」「宿題をするのに十分な広さと照明がある静かな場所がある」「インターネットへ接続できる」「新品の衣服(中古品を除く)の所持」「ぴったりの寸法の靴2足(1足は全天候型)の所持」「時々友達を遊びや食事のために家に呼ぶことができる」「誕生日、命名日、宗教行事などのお祝いができる」29 の14項目から構成され、そのうち2項目以上欠如している世帯に暮らす子供の割合、3項目以上欠如している世帯に暮らす子供の割合という形で国際比較している。

イ.健康、教育等様々な分野の指標を設定するアプローチ

1.1.において述べたとおり、生活水準は金銭的・物質的な充足度だけではなく、非金銭的・非物質的な状況によっても左右され、「生活の質」を多面的に捉えることが重要である。このため、幅広い非金銭的・非物質的な指標を追加し、貧困を多面的に捉える動きが見られる30 。これは貧困、社会的排除、ウェル・ビーイングといった社会の状態を、所得や支出などの金銭的指標より広い概念に定義し直そうという試みであり、健康、教育、社会参加の度合い等を含めた生活の質を測ることを目的としている。ここでいう社会的排除とは、物質的・金銭的欠如のみならず、居住、教育、保健、社会サービス、就労などの生活の複数の側面において個人が排除され、社会的交流や社会参加さえも阻まれ、徐々に社会の周縁に追いやられていくことを指す31 。また、ウェル・ビーイングとは個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念である32 。これらの指標は、様々な分野における状況(いわゆるアウトカム)を捉えており、貧困に関する具体的な数値目標というよりも状況の把握に活用されることが多い。

2.において詳述するが、国連開発計画「多次元貧困指数」、OECD「子供の福祉を改善する報告書」、ユニセフ「レポートカード7: 先進国における子供の幸せ:生活と福祉の総合的評価」及び「レポートカード11: 先進国における子供の幸福度」、 EU「社会的保護委員会 から欧州委員会への勧告書:子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進」及び「社会的包摂関連指標(旧ラーケン指標)」、イギリス労働年金省・教育省「子供の貧困戦略2014-2017」、イギリス労働年金省「より良い子供の貧困指標作成のための検討報告書」、フランス国立貧困・社会的排除監視機構「貧困と社会的排除の指標」、ドイツ連邦政府「連邦政府貧富報告書」、アメリカ子供と家族の統計に関する連邦政府フォーラム「子供のウェル・ビーイング指標」、スウェーデン子供オンブズマン局「子供のウェル・ビーイング指標」は、貧困や社会的排除状況にある人々の割合や人数を示す様々な指標を設定している(相対的貧困率、物質的はく奪指標、長期失業者数、早期学校退学率、低学力の子供の割合、社会とのつながりがない人の割合等)。

国連開発計画「人間開発指数」やOECD「より良い暮らし指標」は、社会の発展そのものをGDPといった金銭的指標よりも幅広い指標を使用し測定しようとする試みであるため、人々の数や割合を測る指標に加え、ある国における社会全体の平均的な状況を示す指標を設定している(平均余命、平均等価可処分所得、一人あたりの平均部屋数、平均賃金等)。

図表2-2 健康、教育等様々な分野の指標に関する指標を設定するアプローチを用いた指標・報告書の一覧
地域・国・国際機関
国連開発計画
  • 人間開発指数(HDI: Human Development Index33
  • 多次元貧困指数(MPI: Multidimensional Poverty Index34
OECD
  • より良い暮らし指標(Better Life Index35
  • 2009年「子供の福祉を改善する報告書」(Doing Better for Children36
ユニセフ・イノチェンティ研究所
  • 2007年 「レポートカード7: 先進国における子供の幸せ:生活と福祉の総合的評価 (Report Card 7: Child poverty in perspective: An overview of child well-being in rich countries)」37
  • 2013年 「レポートカード11: 先進国における子供の幸福度(Report Card 11: Child Well-being in rich countries: A comparative overview)」38
EU
  • 「社会的包摂関連指標 (Social Inclusion Portofolio) (旧ラーケン指標)」39
  • 2012年「社会的保護委員会40 から欧州委員会からの勧告書:子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進(SPC Advisory Report to the European Commission on Tackling and Preventing Child Poverty, Promoting Child Well-Being41
イギリス労働年金省・教育省
  • 「子供の貧困戦略2014-2017 (Child Poverty Strategy 2014-2017)」42 に掲げられた子供の貧困戦略指標
  • 2012年「より良い子供の貧困指標作成のための検討報告書」43
アメリカ 子供と家族の統計に関する連邦政府フォーラム
  • 子供のウェル・ビーイング指標(America’s Children: Key National Indicators of Well-Being44
スウェーデン子供オンブズマン局
  • 子供のウェル・ビーイング指標(Living Conditions Survey of Children45
フランス国立貧困・社会的排除監視機構
  • ONPESの指標(Indicateurs de l’ONPES46
ドイツ連邦政府
  • 連邦政府貧富報告書(ARB: der Armus-und Reichtumsbericht der Bundesregierung47

11前掲4

12Townsend, P.(1979). Poverty in the United Kingdom, London, Allen Lane and Penguin Books.

13物質的はく奪指標の概念や使用方法等の詳細については第6章で述べる。

14欧州共同体世帯パネル調査(ECHP: European Community Household Panel)は1994年から2001年の8年間実施され、2003年以降は所得と生活水準統計(EU-SILC)に移行した。(参考: Eurostat (no date). “European Community Household Panel (ECHP)”. http://ec.europa.eu/eurostat/web/microdata/european-community-household-panel

15Family Resources Survey(FRS)のことを指す。(参考:UK Office of National Statistics. (no date.) https://www.ons.gov.uk/surveys/informationforhouseholdsandindividuals/householdandindividualsurveys/familyresourcessurveyfrs)

16Bradshaw, J and Finch, N.(2003).“Overlaps in Dimensions of Poverty”, Journal of Social Policy, 32, 4, 513-525.

17例えば以下の文献が挙げられる。

  • Ringen, S.(2006 [1987]). The possibility of politics: A study in the political economy of the welfare state, Oxford, Oxford University Press.
  • Ringen, S.(1988). “Direct and indirect measures of poverty”, Journal of Social Policy, 17(3), 351-365.
  • Nolan, B. and Whelan, C. (1996). Resources, deprivation and poverty, Oxford, Oxford University Press.
  • Short K. (2003). “Material and Financial Hardship and Alternative Poverty Measures”, paper presented at the 163th annual meeting of the American Statistical Association.

18 EU Social Protection Committee Indicators Sub-group (2013).
EU social indicators - Europe 2020 poverty and social exclusion target
http://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=10421&langId=en

19 子供の貧困に係るものではない。非就業世帯に暮らす人の割合や長期的失業者の数など、各国の状況に見合った指標をそれぞれ設定し、目標を立てている。EUと同じ「貧困又は社会的排除のリスクがある者」を指標として目標を立てているのは、28か国中19か国(ベルギー、チェコ、ギリシャ、スペイン、イタリア、キプロス、リトアニア、ハンガリー、マルタ、オーストリア、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキア、フィンランド、フランス、クロアチア、ルクセンブルク)である。(European Commission,“Overview of Europe 2020 Targets” http://ec.europa.eu/europe2020/pdf/targets_en.pdf)

20前掲18

21OECD(2008). Growing Unequal? Income Distribution and Poverty in OECD Countries, Paris, OECD. (日本語訳:OECD(編著)小島克久・金子能宏(翻訳)(2010)『格差は拡大しているか:OECD加盟国における所得分布と貧困』明石書店)

22前掲4

23項目の日本語訳は阿部彩他(2013)(前掲4)に基づく。

24この分析にあたっては、OECDが項目の定義付けを行い各国において社会調査を実施したのではなく、各国の既存の社会調査を構成項目に当てはめため、各項目の具体的な定義は国によって異なる。例えば「食生活に金銭的な制約がある」の定義は、ヨーロッパ諸国では「隔日で肉、魚又は代替するタンパク源を金銭的な理由で摂取することができなかった」であり、オーストラリアでは「金銭的な理由で食事を摂取できないことがあった」である。

25このレポートにおいて、日本は相対的貧困率や貧困ギャップ率の所得を用いた指標と物質的はく奪指標の両方の国際比較に含まれている。物質的はく奪指標には後藤玲子ら(2004)による平成15年度社会生活調査が使用されている。(参考:厚生労働科学研究費補助金政策科学推進研究事業『公的扶助システムのあり方に関する実証的・理論的研究』 平成13年度-15年度総合研究報告書 : 平成15年度総括研究報告書(研究代表者 後藤玲子)

26UNICEF (2012). Measuring Child Poverty: New league table of child poverty in the world’s rich countries, Innocenti Report Card 10, Florence, UNICEF Innocenti Research Centre.

27題名の日本語訳は日本ユニセフ協会の訳に基づく。(参考:日本ユニセフ協会「レポートカード(Report Card)シリーズ」https://www.unicef.or.jp/library/reportcard/)

28このレポートにおいて、日本は相対的貧困率や貧困ギャップ率の所得を用いた指標の国際比較には含まれているが、子供の物質的はく奪指標に使用できる統計調査が日本には存在しないため、物質的はく奪指標の国際比較に日本は含まれていない。

29項目の日本語訳は一部、ユニセフ・イノチェンティ研究所・阿部彩・竹沢純子(2013)「イノチェンティ レポートカード 11 先進国における子どもの幸福度―日本との比較 特別編集版」日本ユニセフ協会に基づく

30このような議論は先行研究に多くみられる。文献の例として脚注17を参照。

31社会的排除リスク調査チーム (2012)「社会的排除にいたるプロセス~若年ケース・スタディからみる排除の過程~」内閣官房社会的包摂推進室・内閣府政策統括官(経済社会システム担当)

32小池由佳・山縣文治(2010)『社会的養護』ミネルヴァ書房

33UNDP (no date), “Human Development Index (HDI)”,
http://hdr.undp.org/en/content/human-development-index-hdi

34UNDP (no date), “Multidimensional Poverty Index (MPI)”,
http://hdr.undp.org/en/content/multidimensional-poverty-index-mpi

35OECD (2017).“Better Life Index”, http://www.oecdbetterlifeindex.org/

36OECD (2009).Doing Better for Children, Paris, OECD.

37UNICEF (2007).Child poverty in perspective: An overview of child well-being in rich countries, Innocenti Report Card 7, Florence, UNICEF Innocenti Research Centre.
(国立教育政策研究所(翻訳)(2010)『先進国における子どもの幸せ』)

38UNICEF (2013). Child Well-being in Rich Countries: A comparative overview, Innocenti Report Card 11, Florence, UNICEF Office of Research.

39Social Protection Committee Indicators Sub-group (2015). Portfolio of EU social indicators for the monitoring of progress towards the EU objectives for social protection and social inclusion (2015 update), Belgium, European Union.

40加盟国及び欧州委員会間での各加盟国、欧州委員会から2名ずつ委員が選任されて構成。社会状況及び各国社会保護制度の整備状況のモニタリング、加盟国及び欧州委員会間でのベスト・プラクティスの共有、閣僚理事会からの求めに応じた報告書の作成・意見具申等を行うための諮問機関(参考:独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2013)「第12章 社会的保護(社会保障、社会福祉)に関する政策」『EUの雇用・社会政策』海外労働情報, 13-09)

41Social Protection Committee (2012). SPC Advisory Report to the European Commission on Tackling and preventing child poverty, promoting child well-being, Brussels, European Union. http://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=7849&langId=en

42UK Department of Education (2014). Child Poverty Strategy 2014 - 2017, UK, The Stationery Office. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/324103/Child_poverty_strategy.pdf

43UK Department for Work and Pensions (2012).Measuring Child Poverty: A consultation on better measures of child poverty, UK, The Stationery Office. https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/228829/8483.pdf

44Federal Interagency Forum on Child and Family Statistics (no date). “America's Children: Key National Indicators of Well-Being”. https://www.childstats.gov/americaschildren/

45Nyman, A. and A. Raneke. (2011). Statistics on child well-being in Sweden, Statistics Sweden. https://www.oecd.org/els/soc/48959737.pdf

46L'Observatoire national de la pauvrete et de l'exclusion sociale (ONPES)(2015), “Indicateurs-de-l-ONPES”. http://www.onpes.gouv.fr/Indicateurs-de-l-ONPES.html

47Bundesministerium für Arbeit und Soziales (no date). “Armuts -und Reichtumsbericht” http://www.armuts-und-reichtumsbericht.de/SharedDocs/Downloads/Berichte/5-arb-langfassung.pdf?__blob=publicationFile&v=4