第2章 諸外国における子供の貧困に関する指標の状況(2.1.3)

2. 健康、教育等様々な分野の指標を設定するアプローチを用いた貧困に関する指標の設定状況

2.1. 子供の貧困に関する指標

EU 2012年「社会的保護委員会から欧州委員会への勧告書:子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進(SPC Advisory Report to the European Commission on Tackling and Preventing Child Poverty, Promoting Child Well-Being)」

EUは、2020年までのEUの政策基本方針である「欧州2020(Europe2020)」の一部として、「貧困削減・社会統合推進のための戦略(The European Platform Against Poverty and Social Exclusion74 」を策定した75 。戦略においては、「社会統合及び均等政策」、「移民の社会統合」、「教育及び若年施策」、「社会的保護及び不可欠なサービスへのアクセス」、「雇用へのアクセス」の5つの政策領域76 ,77 で貧困削減・社会統合推進に取り組むことが述べられており、それぞれの領域において2020年までに完了させるべきキーアクション(重点活動事項)が設定されている78

「教育及び若年施策」におけるキーアクションの1つとして、若年期の貧困79 の撲滅・予防のための子供の貧困の状況を把握する方法について、2012年に社会的保護委員会から欧州委員会に対して勧告を発表することが定められている80 。このキーアクションの結果が「社会的保護委員会から欧州委員会からの勧告書:子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進(SPC Advisory Report to the European Commission on Tackling and Preventing Child Poverty, Promoting Child Well-Being81 」である。

この勧告書では3分野の指標計30項目が推薦されており、各指標は主要指標、二次指標、背景指標82 の3種類に分類されている。これらの指標は、欧州委員会が2013年にEU加盟国に向けて発表した勧告書「子供への投資:不利の悪循環の解決(Investing in Children: Breaking the Cycle of Disadvantage83 」において、子供の貧困及び社会的排除の対策の進捗状況のモニタリングに使用すべき指標として推薦されている。

図表2-6 EU「子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進」における指標の選定基準
指標の選定基準84
【各指標】
① 問題の本質を特定し、明確かつ一般に認められた標準的解釈を持つもの
② 統計的に頑強でそれが実証されているもの
③ 加盟国間で十分に国際比較可能な項目で、国際的に用いられている定義や統計調査の手法の水準に沿ったもの
④ 既存の統計を使用して開発することが可能であり、適時修正可能なもの
⑤ 政策介入の効果をよく捉えるもので、数値が操作されないもの
【指標全体】
① 欧州連合の基本原則にのっとり、主要な分野が可能な限り網羅されるように構成する
② 主要な分類間のバランスが取れるように構成する
③ 各国の状況を総合的かつ透明性を持って評価できるように構成する
図表2-7 EU「子供の貧困対策・予防と子供のウェル・ビーイングの推進」指標一覧
指標の分類 指標の種類 具体的な指標項目
①子供の貧困と社会的排除の撲滅と子供のウェル・ビーイングの向上における総合的な目標
(8項目)
主要指標 貧困のリスクにある子供の数 可処分所得が低い、物質的はく奪状況にある、就業密度が非常に低い、の3つの項目85 に1つでも当てはまる世帯に暮らす子供の数 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)
主要指標 貧困のリスクにある子供の割合(相対的貧困率) 居住国での等価可処分所得の中央値の60%未満の収入の世帯に暮らす子供の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)、世帯類型別86
主要指標 著しいはく奪状態にある子供の割合(物質的はく奪指標) 「家賃や公共料金の支払」「適切な暖房設備」「予期せぬ出費」「一日おきの肉や魚などのたんぱく質の摂取」「年に一度の1週間の休暇(自宅以外)」「自家用車」「洗濯機」「カラーテレビ」「電話(携帯電話を含む)」の9項目のうち4項目以上をまかなえない世帯に暮らす子供の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)
主要指標 就業密度が低い世帯に暮らす子供の割合 世帯内の成人(18-59歳、18-24歳の学生を除く)全員の1年間の就業可能月数の合計に対する実際に就業した月数の合計の比率が0.2未満である世帯に暮らす子供の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)
(検討中) 子供のはく奪指標 (物質的はく奪指標に関するタスクフォース87 にて検討中)
二次指標 子供の貧困のリスクの分散 居住国での等価可処分所得の中央値の70%未満の収入の世帯に暮らす子供と50%未満の収入の世帯に暮らす子供のそれぞれの割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)
二次指標 慢性的に貧困のリスクにある子供の割合 収入が3年連続で居住国での等価可処分所得の中央値の60%未満である世帯に暮らす子供の割合 0-17歳
背景指標 貧困のリスクにある子供の割合(貧困線を固定した相対的貧困率) 世帯所得が居住国での2005年88 の等価可処分所得の中央値の60%未満の世帯に暮らす子供の割合 0-17歳
②十分な資源へのアクセス
(9項目)
主要指標 扶養する子供がいる世帯に暮らす有業者の貧困率 扶養する子供がおり、居住国での等価可処分所得の中央値の60%未満である世帯に暮らす有業者の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)、世帯類型別(ひとり親世帯及び扶養の子供がいる一般世帯)
主要指標 就業密度別の貧困のリスクにある子供の割合 就業密度89 別(とても高い(0.85-1)、高い(0.55-0.85)、中(0.45-0.55)、低い(0.2- 0.45))居住国での等価可処分所得の中央値の60%未満の収入の世帯に暮らす子供の割合 0-17歳
主要指標 貧困のリスクにある有業者世帯の子供の割合 (指標作業部会90 にて検討中)
主要指標 子供の貧困ギャップ率 貧困線(居住国での等価可処分所得の中央値の60%の値)の値と貧困線未満の子供がいる世帯の等価可処分所得の中央値の差の貧困線の値に占める割合 0-17歳
二次指標 保育 年齢階級別(3歳以下、3歳~義務教育開始年齢)の公的保育・教育施設に預けられている幼児の割合 公的保育・教育施設に滞在する時間別(週30時間未満・週30時間以上別)
背景指標 親であることが就労に与える影響 0-6歳の子供がいない世帯に暮らす20-49歳の世帯員の就労率91 と0-6歳の子供がいる世帯に暮らす20-49歳の就労率の差 男女総合及び性別
背景指標 子育てが原因で短時間の就労をしている親の割合 全就労者に占める、子育てを理由として短時間の就労をしている(フルタイムで働いていない)者の割合 男女総合及び性別
二次指標 年金以外の社会移転制度92 の子供の貧困削減に対する効果 社会移転(年金以外)前の貧困のリスクにある子供の割合93 と社会移転後の貧困のリスクにある子供の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)
二次指標 住宅の費用の負担 住宅費が可処分所得の40%以上を占める世帯に暮らす世帯員の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)、貧困線(居住国での等価可処分所得の中央値の60%)の上か下か別
③良質なサービスへのアクセス
(13項目)
主要指標 就学前教育 4歳から義務教育を開始する年齢までの間の子供で、就学前教育に参加している子供の割合 性別
主要指標 読解、数学、理科の学習習熟度 PISA94 の学習習熟度レベルが5段階中1以下である15歳児の割合 親の学歴別、親の出身国別
主要指標 若年ニート率 就学・就労・職業訓練のいずれも行っていない若者(ニート)の割合 15-19歳、性別
二次指標 早期退学者率 18-24歳で、前期中等教育以下までしか修了していない者の割合 性別、最終学歴別(初等教育修了、前期中等教育修了別)
主要指標 乳児死亡率 該当年の出産数に対する同年の1歳未満で亡くなった乳児の割合 親の社会経済地位別(詳細は検討中)
主要指標 住宅のはく奪 「天井から雨漏りがする、壁・床・家の土台が湿っている、窓枠や床が腐っている」「風呂やシャワーがない」「共用でない水洗トイレがない」「暗すぎる、光が足りないといった問題がある」の4項目のうち1つでも当てはまる住宅に住んでいる世帯の世帯員の割合 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)、貧困線(居住国での等価可処分所得の中央値の60%)の上か下か別
主要指標 過密住宅 過密住宅に住んでいる者の割合。「1世帯につき1部屋ある」「1組の夫婦につき1部屋ある」「18歳以上の者に1人1部屋ある」「12-17歳の者に2人1部屋ある(同性の場合)」「12-17歳の者に1人1部屋ある(異性の場合)」「12歳未満の者に2人1部屋ある(同性・異性関係なし)」の6項目のうち1つでも満たせない住居に住んでいる世帯を過密住宅に住んでいる世帯とする。 年齢階級別(0-17歳, 0-5歳, 6-11歳, 12-17歳)、貧困線(居住国での等価可処分所得の中央値の60%)の上か下か別
主要指標 低出生体重児出生率 出生体重が2,500グラム未満であった乳児の数又は割合95
背景指標 肥満 BMI96 が30以上である18-24歳の者の割合 性別
背景指標 予防接種 1歳の誕生日までに百日咳、ジフテリア、破傷風、ポリオ(急性灰白髄炎)の予防接種が完了した幼児の割合及び2歳の誕生日までにはしか、おたふく風邪(流行性耳下腺炎)、風疹の予防接種が完了した幼児の割合 性別
背景指標 心理的苦痛 15-24歳の者で過去4週間に心理的苦痛97 を感じた者の割合 性別
背景指標 習慣的喫煙 15-24歳の者で毎日喫煙をする者の割合 性別
背景指標 自殺 15-24歳の10万人に対する自殺者の割合 性別

74訳語は独立行政法人労働政策研究・研修機構(2013)「第12章 社会的保護(社会保障、社会福祉)に関する政策」『EUの雇用・社会政策』海外労働情報, 170-186頁を参考にした。

75European Commission, Communication from the Commission: Europe2020 A strategy for smart, sustainable and inclusive growth, 3 March 2010, COM(2010) 2020 final. http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2010:2020:FIN:EN:PDF

765つの政策領域の訳は「独立行政法人労働政策研究・研修機構(2013)前掲74」を参考にした。

77この5つの政策領域のうち子供に着目しているのは「教育及び若年施策」のみであり、他の領域では人口全体が対象になっている。

78European Commission, Commission Staff Working Paper: List of key initiatives, 16 December 2010, SEC(2010) 1564 final, acoompanying document to the Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions: The European Platform against Poverty and Social Exclusion: A European framework for social and territorial cohesion, 16 December 2010, COM(2010) 758 final.
http://ec.europa.eu/social/BlobServlet?docId=6395&langId=en

79このキーアクションを定めている文書において、若年期の貧困は定義されていない。

80前掲78

81前掲41

82背景指標とはcontext indicatorの訳である。この勧告書では、子供の貧困の一番重要な状況(アウトカム)を捉える第一次(primary)指標、第一次指標が捉える状況をより詳細に捉える第二次(secondary)指標、そして各加盟国における子供の貧困の背景をより良く理解するために有用な背景(context)指標の3種類に指標を分類している。

83European Union: European Commission, Comission Recommendation, Investing in children: breaking the cycle of disadvantage, 20 Febrary 2013, C(2013) 778 final. http://ec.europa.eu/justice/fundamental-rights/files/c_2013_778_en.pdf

84EU「ラーケン指標・社会的包括指標」の選定基準と類似している。

85これら3つの項目の定義については、図表2-1を参照。

86この指標に使用する世帯類型の詳細は記載されていない。EU統計局では、世帯を20以上の類型に分類しているが、クロス集計をする際に全ての類型で集計しているわけではなく、その集計の目的に合った類型を用いているようである。前述の「欧州2020(Europe2020)」 の柱の1つである「貧困と社会的排除」の指標である「相対的貧困率」、「物質的はく奪指標」、「就業密度(就労可能月数に対して実際就労した月数の割合)」の最新の分析では以下の世帯類型を使用している。1)全人口、2)扶養する子供が1人以上いるひとり親世帯、3)65歳未満の単身世帯、4)65歳以上の単身世帯、5)扶養する子供3人以上と成人2人の世帯、6)2人とも65歳未満の2人世帯、7)扶養する子供2人と成人2人の世帯、8)最低1名が65歳以上である2人世帯、9)扶養する子供と成人2人以上の世帯、10) 扶養する子供がいない成人2人以上の世帯、11)扶養する子供がいない成人3人以上の世帯(参考:Eurostat (2015).“EU Statistics on Income and Living Condition(EU-SILC) methodology ? definitions of dimensions”, http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/EU_statistics_on_income_and_living_conditions_%28EU-SILC%29_methodology_-_definition_of_dimensions#Activity_status)

87EUの物質的はく奪指標の見直しのために加盟国11か国の統計局、EU-SILC分析ネットワーク、指標作業部会等で構成。

88貧困線を固定する年は定期的に再検討する必要があるとしている。

89就業密度の算出方法については同表の「就業密度が低い世帯に暮らす子供の割合」を参照。

90指標作業部会(ISG: Indicator’s Sub-Group)は社会的保護委員会内の部会である。

91対象の人口(ここでは0-6歳の子供がいない世帯に暮らす20-49歳の世帯員)に占める就労している者の割合。

92社会移転制度とは、老齢年金、遺族年金、失業手当、家族関連給付、疾病・障害給付、教育関連給付、住宅手当、社会扶助及びその他の給付を含むとされている。(参考: Eurostat(2016) “Glossary: Social Transfers”, http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Glossary:Social_transfer)

93算出方法は同表の「貧困のリスクにある子供の割合」を参照。

94PISAとはOECDが15歳児に対して実施する「OECD生徒の学習到達度調査」を指す。「第5章2.2.1学力に課題のある子供の割合」で詳述。

95乳児の数であるか割合であるかは特定されておらず、この指標の詳細は指標作業部会によって検討する予定であるとされている。

96体重と身長の関係から人の肥満度を示す体格指数のこと。

97心理的苦痛とはpsychological distressの訳であり、心理的苦痛の定義は示されていない。