第3章 日本の子供の貧困に関する先行研究の収集・評価(2.2.(1))

2. 先行文献の収集・評価結果

2.2. 先行研究から得られた各状況に関する主な知見

(1)保育園・幼稚園等での幼児教育

様々な能力の発達には適切な生育環境が必要である。中には習得に臨界期310 の制約を受ける学習事項311 も存在する。これは同じ経験・学習をしても、幼い頃とより成長してからでは、学習が成立する仕組みが異なるからである。ごく幼い頃には、新たな経験・学習をすると、2つの神経細胞がスパイン(dendritic spine)312 によって繋がり、神経の通り道が形成される。この通り道を電気信号が走り、その度ごとにこの学習の回路は強化されていく。しかし、成長に伴いスパインの動きが鈍くなり、新たな学習回路を作り出すことが難しくなるとされている313 。したがって、乳幼児期に保育所・幼稚園等に就園し多様な経験・学習を得る教育環境に恵まれることは、後年の学習を促進する可能性がある。

ヘッドスタート計画314 やペリー就学前教育315 等の世界的に著名な研究によれば、子供の認知的到達度の格差は公教育入学時の6歳時点で明白であり、学校教育の効率性は、就学前教育に依存していることが示されている。また、40歳時点での収入、持ち家率、生活保護の非受給率とも有意な関連があるとされている316 (図表3-3)。このように、幼稚園等に就園し良質の就学前教育を享受することは、貧困の予防にもつながると考えられる317

図表3-3 ペリー就学前プロジェクトの効果

<教育的効果>

ペリー就学前プロジェクトの効果 教育的効果

<40歳時点での経済効果>

ペリー就学前プロジェクトの効果 40歳時点での経済効果

出典:Heckman(2015)p.30


Heckmanの就学前教育研究結果によると、就学前教育は個人の所得の上昇に直接貢献するだけでなく、当該個人の社会的成功や健康にも寄与する。一方で、我が国においては、ひとり親家庭とその他の世帯の幼児の就園状況に差異があるとの指摘がある。図表3-4に示されているように、0-2歳においては低所得のひとり親世帯の66.7%が保育所を利用しているが、その他の低所得世帯では29.9%の利用に留まっている。また、3-5歳においては、低所得の318 ひとり親家庭の83.8%が保育所を利用しているが、その他の低所得世帯の保育園利用率は48.3%、幼稚園利用率は40.3%と約半々である319 。つまり、就学前教育の重要性を踏まえると、まずその状況を把握することが必要であるが、我が国の就学前教育参加率は世帯属性、年齢区分、及び保育園か幼稚園かで大きく差があるため、このような世帯属性別の就園率を把握すべきであると指摘されている320

図表3-4 子供の年齢、貧困(低所得)・非貧困(非低所得)別、世帯類型別の就学前教育保育参加率

子供の年齢、貧困(低所得)・非貧困(非低所得)別、世帯類型別の就学前教育保育参加率

出典:竹沢(2016) p.95


310臨界期仮説:あるものごとの学習には適切な時期が存在し、一定の時期を過ぎると学習が成立しなくなる限界の時期があるとの仮説。(参考:榊原洋一(2004)『子どもの脳の発達 臨界期・敏感期 ―早期教育で知能は大きく伸びるのか?(講談社+α新書)』講談社)

311臨界期の存在が指摘されている学習事項の例として、例えば絶対音感や言語の習得がある。

312神経細胞の樹状突起から突き出ている小区画を指す。

313Fields, R. D. (2005). “Myelination: An Overlooked Mechanism of Synaptic Plasticity?”,Neuroscientist,11,5, pp.528-531.

314低所得世帯に暮らす3~4歳児を対象とした就学前教育。1960年代に米国において導入された保障教育政策、貧困対策の一つである。(出典:添田久美子(2005)『「ヘッド・スタート計画」研究 ―教育と福祉―』学文社)

315経済的に恵まれない3歳から4歳のアフリカ系アメリカ人の子供達を対象に、午前中は学校で教育を施し、午後は教師が家庭訪問を行い指導に当たった。この就学前教育は2年ほど続けられ、終了後、この実験の被験者となった子供たちと、就学前教育を受けなかった同じような経済的境遇にある子供たちとの間では、その後の経済状況や生活の質にどのような違いが起きるのか、約40年にわたって追跡調査が行われた。(出典:ベネッセ教育総合研究所(2009)  「就学前教育の投資効果から見た幼児教育の意義―就学前教育が貧困の連鎖を断つ鍵となる― 大竹文雄[大阪大学社会経済研究所教授]」BRED,16,30-32.)

316Heckman, J.J.(2013). Giving Kids a Fair Chance, The MIT Press.(ジェームズ・J.ヘックマン(2015)『幼児教育の経済学』東洋経済新報社)

317前掲315

318平成25年度国民生活基礎調査を用いた貧困線(122万円)以下の世帯を低所得世帯とし、貧困の定義としている。

319竹沢純子(2016)「経済面以外の子どもの貧困指標の検討:就学前教育保育参加率の検討」厚生労働科学研究費補助金政策科学総合研究事業(政策科学推進研究事業)『子どもの貧困の実態と指標の構築に関する研究』平成27年度総括研究報告書(研究代表者 阿部彩), 90-98.

320同上