第3章 日本の子供の貧困に関する先行研究の収集・評価(2.2.(10))

2. 先行文献の収集・評価結果

2.2. 先行研究から得られた各状況に関する主な知見

(10)ひとり親家庭の離婚後の収入

ひとり親世帯が経済的にも安定した生活を送るためには、離婚後の子供の養育費がひとつの基盤となる。しかしながら、我が国における養育費をめぐり、1.養育費の取り決めがなされないことが多い、2.いったん養育費の取り決めをしても、途中で支払われなくなることが多い、3.養育費の額が十分でない、の3点が問題として指摘されている463

全国母子世帯等調査によると、実際の養育費の支払いはもちろん、その取り決めすらなされていないケースが多い。また、世帯所得が低い世帯ほど、取り決めをしている割合が低くなっている傾向がある(図表3-41)。

図表3-41 母子世帯の母の養育費の取り決めの有無(母の就労収入階級別)

母子世帯の母の養育費の取り決めの有無(母の就労収入階級別)

出典:厚生労働省(2012)p.45


日本の母子世帯の多数は離婚が原因であるが、離別母子世帯のうち実際に養育費を受け取っている世帯の割合は19.7%に留まっている464 。これは先進諸国と比較しても顕著に低い水準である。諸外国における例として、養育費受給率はスウェーデンが94.8%と突出しているほか、ノルウェー77.7%、フィンランド69.0%と北欧において高く、欧州ではフランス55.8%、ベルギー40.1%、ドイツ28.4%、その他カナダ30.8%、米国31.7%となっている(ただし、いずれも2000年前後の数値)465 。先進諸国におけるひとり親世帯(死別を除く)の養育費受給率と子供の貧困率の関係をプロットすると図表3-42のようになり、養育費受給率が高い国ほどひとり親世帯の貧困率が低い傾向にあることがわかる466

図表3-42 先進諸国の養育費受給率と貧困率の関係(2000年前後)

先進諸国の養育費受給率と貧困率の関係(2000年前後)

注: Luxembourg Income Study Databaseに基づく推計。貧困率は、直接税控除後の可処分所得ベース。対象はひとり親世帯。

出典:大石(2014) p.55


我が国において養育費の受取率が低い理由として、1.「協議離婚」を主とする離婚慣行、2.養育費不払いに対する法的措置の欠如、3.父親との絶縁・敵対関係の継続が挙げられている467 。夫婦の話し合いだけで決める「協議離婚」は他の離婚の方法より合意難度が低い468 こともあり、全体の87.9%(2009年)と最も多くなっている。しかしながら、家庭裁判所や弁護士の介在がある他の種類の離婚に比べると、「協議離婚」における養育費の取り決め率は著しく低い。厚生労働省「2006年全国母子世帯等調査」によると、「調停・審判・裁判離婚」の養育費取り決め率が77.7%であるのに対して、「協議離婚」の場合には31.2%に過ぎない。協議離婚は離婚届を提出するだけで成立し、協議の内容についてチェックを受けることはないことが理由の一つとして考えられる469

他方、最高裁判所事務総局家庭局「養育費支払の実情調査」によれば、調停離婚の成立後、約1年から1年半を経過した時点での状況をみると、「期限どおり全額受け取っている」が最も多く全体の50.0%、次いで「一部について受け取っている又は受け取ったことがある」が約24.0%、「期限どおりではないが全額受け取っている」が全体の約20.0%、「全く受け取ったことがない」が約6.0%となっている470 (図表3-43)。 他の調査と比べて養育費が継続して支払われている割合が高い理由として、調停の場でお互いが合意したこと、法的効力がある書面が作成されたこと、離婚後の経過年数が短い時点の調査であったことが考えられる。

図表3-43 養育費の受給状況

養育費の受給状況

注1: 67(70%)は、「期限どおり全額受け取っている」48(50.0%)、「期限どおりではないが全額受け取っている」19(20.0%)を合わせたものである。
注2: 厚労省調査=平成18年度「全国母子世帯等調査」結果報告書、全母子協調査報告書=財団法人全国母子寡婦福祉団体協議会 平成21年度 養育費を確保するための調査研究事業報告書、最高裁家庭局調査=最高裁判所事務総局家庭局「養育費支払の実情調査」を指す。

出典:上村(2012) p.58


養育費が継続して支払われないことの理由については、おおむね経済的問題(支払いたくとも支払い能力がない)と感情的問題(支払えるが、支払いたくない)の2点が指摘されている471 。離別した男性(子供がいる場合とは限らない)の経済状況を見ると、結婚している男性に比べ、経済状況が悪いとの指摘がある472 ,473 ,474 。離別男性の無業者の比率は10%(有配偶者は2%)、公的年金未加入は12%(同3%)、契約雇用者や小規模企業に勤めている場合が多く、持ち家率も少ない475 とされる(図表3-44)。

図表3-44 離婚男性のプロフィール(2001年)(%)

離婚男性のプロフィール(2001年)(%)

注:25歳以上60歳未満の男性が対象

出典:阿部・大石(2005) p.158


しかしながら、離別父親の中に、養育費の支払い能力が高いと考えられる者が一部含まれていることも事実であり476 、支払い能力だけではなく支払意思の問題も大きい477

また、離婚した父親と子供との間の面会交流の有無も、養育費の継続的な支払いに影響があるようである。独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施した「第3回子育て世帯全国調査」(2014)によると、離婚した父親と子供との間で「面会交流あり」の場合、養育費の受け取り率が24.4%で、「面会交流なし」の場合(13.4%)より11.0ポイント高い478

以上の諸研究、諸調査結果に鑑みても、取り決めと実際の支払行為の間には大きなかい離が存在し、養育費を継続的に確保することは難しい状況にある479 ,480 ,481 。理由のひとつとして、公正文書ではなく、口約束や私的文書での取り決めの場合では裁判所による強制執行ができない上、転居等により相手の所在が不明になるケースが多い482 ことが考えられる。

母子福祉における養育費の確保のための施策は、母親に裁判所の利用を促し、それを支援するものであるが、養育費の確保という点からみて、わが国の裁判所の制度には限界があり、また、離婚後の親子の問題は、当事者間だけで解決することは困難であるとの指摘がある483

463下迫田浩司 (2013)「母子世帯の貧困と養育費」消費者法ニュース,95,78-80.

464厚生労働省(2012)「平成23年度 全国母子世帯等調査結果報告(平成23年11月1日現在)」http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_29.pdf

465Skinner,C., Bradshaw,J. and J. Davidson. (2007). “Child Support policy: An International Perspective”, Department for Work and Pensions Research Report, 405, Leeds: Corporate Document Services.

466大石亜希子 (2014)「養育費の徴収強化が離別母子世帯の貧困削減に及ぼす影響 : 米・ウィスコンシン州の養育費徴収スキームを例に」週刊社会保障, 68(2766),54-59.

467周燕飛(2012c)「養育費の徴収に秘策はあるのか」独立行政法人労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』,労働政策研究報告書,140,161-176.

468離婚には合意難易度の低い順に、協議離婚、調停離婚、審判離婚、裁判離婚の4つがある。

469下夷美幸(2008)『養育費政策にみる国家と家族 ―母子世帯の社会学―』勁草書房

470上村昌代(2012)「離婚母子家庭の直面する養育費不払い問題に関する考察」チャイルド・サイエンス : 子ども学,8, 57-61.

471日本弁護士連合会 両性の平等に関する委員会(2011)『離婚と子どもの幸せ -面会交流・養育費を男女共同参画社会の視点から考える-』明石書店

472阿部彩・大石亜希子(2005)「母子世帯の経済状況と社会保障」国立社会保障・人口問題研究所編『子育て世帯の社会保障』東京大学出版会

473前掲467

474大石亜希子(2012)「離別男性の実態と養育費」国立社会保障・人口問題研究所編『日本社会の生活不安 : 自助・共助・公助の新たなかたち 』慶應義塾大学出版会

475前掲472

476前掲467

477前掲469

478独立行政法人労働政策研究・研修機構(2015)「子どものいる世帯の生活状況および保護者の就業に関する調査2014(第3回子育て世帯全国調査』」調査シリーズ,145. http://www.jil.go.jp/institute/research/2015/145.html

479前掲471

480前掲469

481下夷美幸(2014)「離婚母子家庭と養育費 : 家族福祉の現代的課題」社会福祉研究,120,145-151.

482前掲466

483前掲481