第3章 日本の子供の貧困に関する先行研究の収集・評価(2.2.(7))

2. 先行文献の収集・評価結果

2.2. 先行研究から得られた各状況に関する主な知見

(7)う歯の状況

世帯所得(支出)と子供のう歯割合には関連があり399 ,400 ,401 ,402 、学齢期の永久歯う蝕経験は、等価家計支出403 が低いほど多いとの指摘がある404

例えば、21世紀出生児縦断調査を用いて低所得と3.5歳児の歯科受診に至ったう歯の有無を調べたところ、低所得層405 が歯科受診に至ったう歯の割合は19.1%、非低所得層は17.8%と低所得層は非低所得層に比べう歯を有する割合が有意に高い(p=0.015)。低所得層がう歯があっても歯科受診をしない傾向があるとされている406 ,407 ことを考慮すれば、低所得う虫歯はこの結果よりも強い関係にある可能性も考えられる。また、「まちと家族の健康調査(J-SHINE)」を用いて世帯収入と未就学児のう歯の関連を調べると、年収が300万円未満になると急激にう歯の本数が上がる傾向にあった(図表3-21)。年収が300万円以上では1本以上のう歯がある割合は約10%であるが、300万円未満では26%に上っている。所得とう歯の間にはしきい値があり、一定の所得以下になると急激にう歯のリスクが高まっている可能性が指摘されている。また7歳児のいる世帯について、所得と子供の歯科受診に至ったう歯の有無を調べたところ、低所得層が歯科受診に至ったう歯の割合は41.4%、非低所得層は39.8%と、低所得世帯のほうが統計的に有意に高かったものの、大きな差は見られなかった (p=0.025)。これは、う蝕の受診についての歯科医や地方自治体による行政報告ではなく、調査対象者が自己判断したために、低所得世帯のう歯の割合が過小評価されているためではないかと推測されている408

図表3-21 「まちと家族の健康調査」における世帯収入と未就学児の虫歯との関連

「まちと家族の健康調査」における世帯収入と未就学児の虫歯との関連

出典:藤原(2015) p.145


特定の地方自治体を対象とした調査も存在し、例えば東京都では、23区の小学校6年生男女の虫歯の状況と23区の平均所得の関係に焦点を当て、所得の低い区ほど、子供の虫歯の状況が悪いとの結果を得ている409 。大阪府が平成28年度に実施した「子どもの生活に関する実態調査」では、困窮度(所得)別に子供自身が自分の体や気持ちで気になることを明らかにしている。世帯の等価可処分所得が中央値以上の群と世帯の等価可処分所得が中央値の50%以下の困窮度I群との間で比較すると、「歯がいたい」と答えた困窮度I群の子供の割合は、「歯がいたい」と答えた中央値以上の群の子供の割合の2.3倍であった410 。また、足立区の平成27年度「子どもの健康・生活実態調査」411 では、生活困難世帯412 の子供と非生活困難世帯の子供の虫歯の割合を比べたところ、5本以上の虫歯がある子供の割合は生活困難世帯は19.7%、非生活困難世帯は10.1%との結果となった(図表3-22)。

図表3-22 生活困難世帯の子供のむし歯の状況

生活困難世帯の子供のむし歯の状況

出典:足立区・足立区教育委員会 国立成育医療研究センター研究所社会医学研究部(2016) p.32


なお、貧困は虐待のハイリスク要因であるとされ413 ,414 、虐待と口腔状況との関連を指摘する調査もある。2002年に実施された東京都歯科医師会の調査415 では、被虐待児の口腔には下記のような特徴が認められたことが報告されている。

図表3-23 被虐待児の口腔の特徴
◆6歳未満児の乳歯
dmf416 者率は、対照群の2倍以上
一人平均dmf歯数は、対照群の3倍以上
未処置歯数は、対照群の6倍以上
2歳児一人平均dmf歯数は、対照群の7倍以上
◆6-12歳児の永久歯
11-12歳児の一人平均DMF歯数はそれぞれ対照群の2.7倍、3倍
11-12歳児の治療率は、それぞれ対照群の2割以下、3割

399前掲367

400駒村康平(2009)『大貧困社会』角川SSC新書

401相田潤(2010)「口の中にも経済・教育格差」月刊保団連,1018,17-21.

402相田潤・安藤雄一・柳澤智仁(2016)「ライフステージによる日本人の口腔の健康格差の実態:歯科疾患実態調査と国民生活基礎調査から」口腔衛生学会雑誌,66(5), 458-464.

403世帯票に記録されている調査対象世帯の1ヶ月間の家計支出を世帯員数の平方根で割った数値。

404同上

4053.5歳の子供がいる世帯であって等価可処分所得の中央値の50%未満(年収137万円以下)の世帯を低所得世帯としている。

406可知悠子・井上真智子・川田智之 (2016) 「経済的理由による受診抑制に関する医師の認識と診療上の対応 -都内一般診療所への郵送調査から-」 日本プライマリ・ケア連合学会誌,39, 214-218.

407矢部あづさ (2016)「学校歯科治療調査と受診実態調査から見えてくるもの : 子どもの貧困とのかかわりでむし歯の状況を調べる」月刊保団連 (1225), 2016-10, 17-22.

408前掲367

409前掲400

410公立大学法人大阪府立大学(2017)「大阪府子どもの生活に関する実態調査」(大阪府委託)http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/28281/00000000/01jittaityosahoukokousyo.pdf

411足立区・足立区教育委員会 国立成育医療研究センター研究所社会医学研究部(2016)「子どもの健康・生活実態調査 平成27年度報告書」https://www.city.adachi.tokyo.jp/kokoro/fukushi-kenko/kenko/documents/27honpen-1.pdf

412生活困難世帯は、世帯年収300万円未満、生活必需品の非所有、ライフライン(家賃、ガス代、保険料等)の支払困難経験ありの3つの要素に1つでも該当する世帯と定義されている。

413松本伊知朗編著(2010)『子ども虐待と貧困 -「忘れられた子ども」のいない社会をめざして-』明石書店

414川松亮(2008)「児童相談所から見る子どもの虐待と貧困―虐待のハイリスク要因としての貧困―」浅井春夫・松本伊知朗・湯澤直美編著『子どもの貧困―子ども時代のしあわせ平等のために―』明石書店

415社団法人東京都歯科医師会(2004)『児童虐待防止マニュアル ―かかりつけ歯科医の役割―』 一世印刷

416永久歯列のう蝕経験の総量を知るために用いられる指標。D(=decayed teeth)は未処置う蝕歯、M(=missing teeth)はう蝕が原因で抜去した歯、F(=filled teeth)はう蝕が原因で処置した歯を指している。