第3章 日本の子供の貧困に関する先行研究の収集・評価(2.2.(9))
2. 先行文献の収集・評価結果
2.2. 先行研究から得られた各状況に関する主な知見
(9)保護者の就労状態
日本の相対的貧困層427 の8割は就業世帯である428 。OECD(2009)による世帯属性別ワーキングプア比率429 の国際比較をみると、日本のひとり親世帯のワーキングプア率は58%と突出している(図表3-29、図表3-30) 430 ,431 ,432 。
図表3-29 世帯種別ワーキングプア(in-work poverty)率(2005年前後)
注:世帯主が稼働年齢(18-64歳)で、かつ就労者が1人以上いる世帯に属する人々の中、等価可処分所得中央値の50%未満の所得(=相対的貧困)の人々の割合。
出典:佐藤哲彰 (2011) p.34
図表3-30 貧困率の国際比較(%)
出典:周燕飛(2012a)p.1
ひとり親世帯のワーキングプア率が高い背景には、世帯主が非正規雇用かどうかが密接に関連していると考えられる。我が国の現役世帯においては、貧困433 に陥るか否かは、特に世帯主の雇用形態が正社員であるか否かと有意な関係があり、非正社員が有意に貧困に陥りやすく、貧困から抜け出しにくいとの指摘がある434 。また、諸外国との比較においても、日本では低所得世帯の子供の親は非正規雇用者の割合が高いとされている。我が国の母子世帯は、他の先進諸国に比べても就労率が高く8割が就労しているが435 、半数は非正規就労である436 。また、非常勤雇用の母子世帯の世帯主は、非常勤雇用の両親世帯の世帯主と比べても、就業時間が短く、稼動収入も低く、その86%が年間稼動収入437 200万円未満である438 (図表3-31)。母親が非正規雇用の母子世帯が正規雇用になることで、低所得を回避できるとする指摘もある439 。
図表3-31 所得分布と平均所得(母子世帯と他の世帯)
出典:厚生労働省(2011)「平成22年国民生活基礎調査の概況 4世帯別の所得の状況」を基に作成
しかし、正規雇用に至ることの難しさ及び正規雇用の効果が限定的なものではないかとの指摘もある。総務省労働力調査(基本集計及び詳細集計)のマイクロデータをパネルデータ化し、1ヶ月間の就業状態及び従業上の地位等の変化を分析した研究440 において、母子世帯の世帯主は、ふたり親世帯の世帯主に比べて、非常勤雇用から正規常勤雇用になることが有意に困難であることが示されている(図表3-32)。また、正規常勤雇用であっても、母子世帯の世帯主の約3割が週就業時間は34時間以下であり、約4分の1は年間稼動収入200万円未満に留まっている(図表3-33,図表3-34)。さらに、常勤雇用の有子世帯主は、20歳代前半であれば正規常勤雇用化しやすいが、40歳を超えると難しくなる。子供が大きくなり、学費等の経費がかかる40歳代において正規常勤雇用化が困難であれば、学齢期の子供がいる世帯の家計が困窮することが考えられる。さらに、雇用に関わる各種奨励金も対象は若年者に傾斜している。例えば、平成24年3月までの時限措置として施行された若年者等正規雇用化特別奨励金441 は、40歳以上の雇用については適用されないものであった。また試行雇用奨励金442 は、40歳未満の者を雇用した場合に適用されるが、45歳以上の中高年齢者については、原則として雇用保険受給資格者等を雇用した場合に限定される。このように、事業主にとっては奨励金支給の対象からも外れることとなり、中高年齢層が正規雇用が抑制される結果となっている443 。また、正規雇用であっても、男性と同等の賃金を得ている母親は少ない444 。
図表3-32 非常雇から翌月正規常雇への移動に関するロジスティック回帰分析
(親と20歳未満の子のみからなる世帯の世帯主で、臨時雇・日雇であった者)
出典:佐藤(2011)p.614
****1%有意、**5%有意, *10%有意
注1)労働力調査2011年12月調査及び労働力調査(基本集計)2002年1月から2009年11月までの調査において2年1ヶ月目調査に該当する者のうち、親と未成年子のみからなる世帯の世帯主であり、かつ臨時雇・日雇である者を、労働力調査(詳細集計)2002年1月から2009年12月までの2年2ヶ月目調査データとマッチングし、うち2年2ヶ月目調査において雇用者である者のデータを分析したもの。
図表3-33 年間稼動収入別構成比(両親世帯、父子世帯、母子世帯の世帯主;2002-2009年)(%)
注1)年間稼動収入は、この1年間の全ての仕事からの収入(税込)。調査票と同時に配布される「記入のしかた」では、仕事変わった場合は、現在の仕事での1年分の見込み額を記入するよう求めている。
注2)集計用乗率をかけている。
出典:佐藤(2011) p.612
図表3-34 週間就業時間別構成比(両親世帯、父子世帯、母子世帯の世帯主;2002-2009年)(%)
注1)就業時間は、副業、内職、臨時の仕事などの時間を含む。
注2)集計用乗率をかけている。
出典:佐藤(2011) p.612
一方で、シングルマザー自身が正規雇用を望んでいないとの指摘もある。末子の年齢が15歳以上であれば正社員就業希望を持ちやすいものの、末子の年齢が6-14歳となると正社員就業の希望をしない割合が高く、特に低年齢児の母親は、子供との時間を大切にしたいためにフルタイム・正社員就業を希望していないとの調査結果もある445 。シングルマザーが、少なくとも当面の間、正社員就業を諦めざるを得ない理由として、「資格・能力不足仮説」「育児制約仮説」及び「非勤労収入仮説」446 が挙げられ、実証分析の結果、いずれの仮説も、一定程度の説明力を有していた447 。
東京都の調査448 ,449 によると、シングルマザーに占めるパート・アルバイトに従事する者の割合は1997年から2007年までの10年間で20%弱から50%以上へと2.5倍に増加し、年収が200万円以下の者の割合は33.4%から38.9%へと増えている(図表3-35)450 。
図表3-35 母子家庭の母の職種と年間収入(東京都)
<職種>
<年間収入>
出典:鳫咲子(2013)p.125図表1に東京都福祉保健局(2013)に基づき2012年度を追加
このように非正規雇用、低所得のシングルマザーが多い中、その就業は複数の仕事を掛け持ちする、いわゆるダブルワーク、トリプルワークが多くなっている(図表3-36)。シングルマザーの場合、日中以外の時間帯の全てについて副業を持つ比率が全体の2倍程度高くなっている。正社員以外が非典型時間帯451 に働く割合が二親世帯の母親より多く、副業を持つ比率も高いといえる452 。
図表3-36 時間帯別 副業を持つ母親の割合
出典:大石(2015) p.29
加えて、ひとり親世帯では所得貧困率453 も時間貧困率454 も高く、その上、同時貧困率455 も3割弱と非常に高い傾向にある(図表3-37)。時間貧困により、家事の外部化(外食や出前、お惣菜の購入、市場での家事関連サービスの購入等)の比重が増す。この負担分を考慮し「時間調整後所得貧困」456 を算出すると(図表3-38)、所得貧困率が2.4%上昇する457 。
図表3-37 時間貧困と所得貧困
注: 客体数が50以下の分類については、各種貧困率の掲載を割愛している。
出典:石井・浦川(2014) p.112
図表3-38 世帯類型別にみたいろいろな貧困率
出典:石井・浦川(2014) p.112
このように時間にも余裕がない中、ひとり親世帯は子どもと接する時間が短くなっているとの指摘がある458 ,459 。石井ら(2014)はひとり親世帯に時間貧困が多いこと、そして時間貧困世帯においては子どもと夕食を共にする頻度が「ほぼ毎日」である割合が5割に満たず、週に1~2日と回答している世帯が3割程度あり、一例ではあるとしながらも長時間労働や家事負担により子どもとの時間が削られていると指摘している(図表3-39)。
図表3-39 時間貧困と家族のつながり ―子供と夕食を共にする頻度―
出典:石井・浦川(2014) p.111
阿部(2011)は、21世紀出生児縦断調査をもとに、低所得層460 やひとり親世帯において、親子が共に過ごす時間が有意に短いことを指摘している(図表3-40)。特に親と過ごす時間が少ない(母親との時間が平日1時間未満、母親との時間が休日2時間未満、父親との時間が平日1時間未満、父親との時間が休日2時間未満、4つのカテゴリー全て)子供の割合を、所得階層ごとに算出した。親と過ごす時間が極端に少ない児童の割合は、低所得層が高い。平日に母親と過ごす時間が1時間未満である子供は、低所得層では5.0%、その他の4つの分位ではほとんど差異がなく3.0%から3.2%となる。休日に母親と過ごす時間が2時間未満の子どもの割合も同様であり、第1五分位のみが高い数値となっている。父親と過ごす時間についてはさらに大きな違いがある。父子世帯において平日唯一の親である父親と過ごす時間が1時間未満である子供が38.7%、休日でさえ12.9%いることが懸念されている。
図表3-40 親との時間 7歳児が母親・父親と過ごす時間、所得階層別、世帯タイプ別
注: 父親、母親がいない場合は、一緒に過ごす時間は0とみなす。
出典:阿部(2011) p.75
以上のようにシングルマザーはそうではない女性に比べ、家事時間と睡眠時間が常に少なく、勤労時間が長くなっている。すなわち、ひとり親世帯の母親は他の世帯の女性に比べて家事時間と睡眠時間を短縮することによって勤労時間の増加に対応しており461 、健康を保つために十分な睡眠時間が得られているのかどうかも懸念される。経済的自立には更なる就労が必要であるが、これ以上就労時間を増やすには、すでに少ない家事時間と睡眠時間、そして子供と共に過ごす時間を犠牲にする必要があるため、現実的でないとの指摘もある462 。
427等価可処分所得の中央値の50%未満。
428OECD (2008). Growing Unequal?, OECD, Paris, p. 135.
429世帯主が稼働年齢(18-64歳)で、かつ就労者が1人以上いる世帯に属する人々の中、等価可処分所得中央値50%未満の所得(=相対的貧困)の人々の割合。
430OECD (2009). Employment Outlook, OECD, Paris.
431周燕飛 (2012a)「「働いているのに貧困」から「経済的自立」へ」独立行政法人労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』,労働政策研究報告書,140,1-15.
432平成25年国民生活基礎調査においても、子供がいる現役世帯のうち大人が一人の貧困率は54.6%となっている。
433相対的貧困線(158万円)に基づく。
434石井加代子(2010)「2000年代後半の貧困動態の確認とその要因に関する分析」Joint Research Center for Panel Studies Discussion Paper,DP2009-006,1-19.
435OECD (2007) によると、日本のシングルマザーの就業率はOECD24カ国中、上から2番目となっている。(参考:OECD(2007). Babies and Bosses: Reconciling Work and Family Life- A Synthesis of Findings for OECD Countries, Paris, OECD, 16.)なお、平成23年度全国母子世帯等調査における母子世帯の就業率は80.6%である。
436平成23年度の母子世帯の母の正規の職員・従業員の割合は39.4%である。(参考:厚生労働省(2012)「平成23年度全国母子世帯等調査結果報告 7 調査時点における親の就業状況」http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_08.pdf)
4371年間の全ての仕事からの税込年収。
438佐藤哲彰 (2011)「非常雇から正規常雇への転換 : 母子世帯の母は不利なのか」三田商学研究,103(4),601-618.
439大石亜希子(2012)「母子世帯になる前の就労状況が現在の貧困とセーフティネットからの脱落に及ぼす影響 ―就業履歴からのアプローチ―」独立行政法人労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』, 労働政策研究報告書, 140, 79-98.
440前掲438
441若年者等正規雇用化特別奨励金とは「年長フリーター及び30代後半の不安定就労者」又は「採用内定を取り消されて就職先が未定の学生等」について正規雇用等をした事業主に対し支給される奨励金で、平成24年3月31日までの時限措置であった。
(参考:厚生労働省「年長フリーター等や内定を取り消された学生等を雇い入れた事業主の方への給付金」http://www.mhlw.go.jp/general/seido/josei/kyufukin/dl/8.pdf)
442試行雇用奨励金とは職業経験、技能、知識等から就職が困難な特定の求職者層について、これらの者を一定期間試行雇用することにより、その適性や業務遂行可能性を見極め、求職者及び求人者の相互理解を促進すること等を通じて、これらの者の早期就職の実現や雇用機会の創出を図ることを目的として、事業主に支給される奨励金。現在はトライアル雇用助成金と呼ばれ、内容も一部改編されている。
(参考:厚生労働省「試行雇用奨励金」http://www.mhlw.go.jp/general/seido/josei/kyufukin/pdf/10.pdf
厚生労働省「トライアル雇用助成金(一般トライアルコース)」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/trial_koyou.html
厚生労働省「障害者トライアルコース・障害者短時間トライアルコース」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/shougai_trial.html)
443前掲438
444内閣府男女共同参画局(2012)「男女共同参画会議基本問題・影響調査専門調査会報告書 ~最終報告~ 平成24年2月」http://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/kihon/kihon_eikyou/senmon.html
445周燕飛(2012b)「正社員就業がなぜ希望されないのか」独立行政法人労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』,労働政策研究報告書,140,61-77.
446「資格・能力不足仮説」:年齢が高い、本人の健康状態が悪い、学歴や職業経験が不足している等の理由で、正社員就業が不可能と本人が判断し断念する。
「育児制約仮説」:ひとり親で子供を育てるシングルマザーにとって、育児制約が正社員就業の障害となり、母親は正社員就業の希望を持ちにくくなる。
「非勤労収入仮説」:その他の世帯員の収入、養育費や遺族年金、家賃収入等の非勤労収入が十分であれば、正社員として働く必要がなく、正社員就業を希望しない。
447前掲445
448東京都福祉保健局(2008)「平成19年度『東京の子どもの家庭』報告書全文」http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/zenbun/heisei19/19hokokusyozenbun.html
449東京都福祉保健局(2013)「平成24年度『東京の子供と家庭』報告書全文」http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/zenbun/heisei24/24hokokusyozenbun.html
4502012年のパート・アルバイト等の非正規労働者割合は56.0%に増加している。
451何を「非典型時間帯」とするかは、分析によっても、対象とする国によっても異なるが、月曜日から金曜日までの日中を「典型時間帯」とし、「日中」は午前9時から午後5時を指すことが多いとしている。
452大石亜希子(2015)「母親の非典型時間帯労働の実態と子どもへの影響」独立行政法人労働政策研究・研修機構『子育て世帯のウェルビーング ―母親と子どもを中心に―』JILPT資料シリーズ,146,21-44.
453分析対象世帯の手取り所得が最低生活費を下回っている場合、その世帯を「所得貧困」とみなしている。最低生活費は、生活扶助基準、母子世帯加算と児童養育加算、住宅基準、教育扶助基準と高等学校等就学費を考慮して、分析対象となる世帯ごとに算出している。
454家庭生活において必要な時間(家事・育児時間など)が確保されているかどうかに着目した貧困に関する指標。総務省「平成23年社会生活基本調査」を参考に、基礎的活動時間(睡眠・食事・身の回りの用事(排泄・入浴・身支度など)と最低限必要な家事時間を設定し、時間貧困線を定義している。基礎的活動時間については、男女別に20-64歳における週全体の平均値を用いている。内訳としては、睡眠時間は男性で7.5時間/日、女性で7.2時間/日、身の回りの用事は男性で1.1時間/日、女性で1.5時間/日、食事は男性で1.5時間/日、女性で1.6時間/日である。また、先行研究にならい、基礎的活動時間には最低限必要な余暇時間を含めている。余暇時間は、月曜日から金曜日は1時間/日、土曜日と日曜日は3時間/日と仮定されている。
455所得貧困でかつ時間貧困である世帯の割合。
456時間貧困を賄うために家事サービスを購入することにより所得貧困に陥るかどうかで判断される。この際、家事サービス価格としては、現実の市場における各家事サービスの時間当たり価格を当てはめている。
457石井加代子・浦川邦夫(2014)「生活時間を考慮した貧困分析」三田商学研究,57(4),97-121.
458前掲457
459阿部彩 (2011)「子どもの社会生活と社会経済階層(SES)の分析 -貧困と社会的排除の観点から-」こども環境学研究,7(1),72-78.
460親の所得を世帯人数で調整した等価世帯所得の五分位による所得階層を用い、「低所得層」=第1五分位、「中間層」=第2~第4五分位、「富裕層」=第5五分位としている。
461阿部彩 (2012)「時間の貧困:ジェンダーと社会経済階級と時間格差」独立行政法人労働政策研究・研修機構『シングルマザーの就業と経済的自立』,労働政策研究報告書,140,178-196.
462前掲431