第6章 物質的はく奪指標(1.2.1)
1. 物質的はく奪指標の基本的概念等
1.2. 諸外国における活用状況
1.2.1. EU
EUでは、「ヨーロッパ2020(Europe2020)」戦略513 の中で、「貧困と社会的排除」が柱の一つとして掲げられ、「貧困と社会的排除のリスクにさらされている人数」の削減目標が定められている。「貧困と社会的排除のリスクにさらされている人」514 の定義は、相対的貧困の状況、物質的はく奪の状況又は非常に低い就労密度(就労可能月数に対して実際就労した月数の割合)のうち一つでも該当する者とされている515 。はく奪指標については、「所得と生活水準統計」(EU-SILC)において、「予期せぬ支出に対応できる」、「1年に最低1週間、家を離れて休暇を過ごす」、「2日に1度の肉や魚などを含む食事」、「家で十分な暖が取れる」、「カラーテレビがある」、「洗濯機がある」、「自家用車がある」、「電話がある」、「住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納がない」の9項目の保持・享受の状況を調査し、4項目以上を金銭的な理由で実現できていない場合「著しい物質的はく奪」の状態、3項目以上を金銭的な理由で実現できていない場合を「物質的はく奪」の状態と定義し516 、各加盟国における「はく奪」及び「著しいはく奪」の状態にある世帯の割合を子供の有無など世帯類型ごとに公表している517 。
2012年、EU-SILC分析ネットワーク(Network for the Analysis of EU-SILC)は、現行のはく奪指標を構成する9つの項目のうち、1)「洗濯機がある」、2)「カラーテレビがある」、3)「電話がある」の3項目を削除し、1)「古くなった家具の買い替えができる」、2)「月に1度は友達や家族と食事や飲みに行く」、3)「ぴったりの寸法の靴2足(1足は全天候型)がある」、4)「古着を新しい服に買い替えることができる(中古品は含まない)」、5)「定期的にレジャー活動を行う」、6)「家にPCと自分用のインターネット接続がある」、7)「他人に相談することなく、毎週、自分のために少額のお金を使うことができる」、の7項目を追加した、13項目からなる物質的はく奪指標を提案した。この案では、うち何項目が金銭的な理由で欠如している場合に「はく奪状態」とみなすかというはく奪状態の基準(はく奪線)は設定されておらず、はく奪状態にある加盟国別の人口の割合を、はく奪線を3項目とした設定した場合、6項目と設定した場合、という段階別に公表しているのみである518 。追加の提案がされたこれらの7項目について2013年には希望加盟国でパイロット調査519 が、2014年にはEU-SILCに参加している全ての国で全13項目についてアドホック調査520 ,521 が実施された。2015年には改定案を正式に決定し、3項目を削除し7項目を追加した調査を2016年以降に行っていくことが決定されている522 ,523 。
2012年の提案では併せて、1歳以上15歳以下の子供を対象とする子供のはく奪指標について、その項目も新たに提案された。1)「野菜・果物を1日1回摂取」、2)「肉・魚又は相当するたんぱく質を1日1回摂取」、3)「勉強や宿題をするのにふさわしい場所がある」、4)「家で十分な暖が取れる」、5)「古くなった家具の買い替えができる」、6)「新しい服がある(中古品は含まない)」、7)「ぴったりの寸法の靴が2足(1足は全天候型)ある」、8)「自家用車がある」、9)「費用のかかる学校の遠足や活動に参加する」、10)「年齢にふさわしい書籍を持っている」、11)「屋外でのレジャー用具を持っている」、12)「屋内用のゲームを持っている」、13)「定期的なレジャー活動を行う」、14)「家にPCと自分用のインターネット接続がある」、15)「1年に最低1週間、家を離れて休暇を過ごす」、16)「遊びや食事のために時々子供を家によぶ」、17)「特別なときのお祝いをする」、18)「住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納がない」、の18項目から構成される。子供のはく奪指標に関しても、はく奪状態の基準(はく奪線)は決定されておらず、はく奪状態にある加盟国別の子供の人口の割合を、はく奪線を3項目と設定した場合、5項目と設定した場合といったように段階別に公表しているのみである524 。これらの子供の調査項目についても、前述の2013年のパイロット調査及び2014年のアドホック調査において調査されたが、これらの項目が今後正式に指標としてEU-SILCに含まれるどうかについては発表されていない。
513前掲75
514「貧困と社会的排除のリスクにさらされている人」とは、1)60%の貧困線を下回る等価可処分所得を得ていない、2)物質的はく奪項目9項目のうち4項目以上を満たすことができない、3)就労可能月数に対して実際就労した月数の割合が0.20以下である、のうち1つでも該当する人、と定義されている。
515前掲18
516European Comission(2016).“Glossary:Material deprivation”
http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Glossary:Material_deprivation
517European Comission(2017).“Material deprivation statistics - early results”
http://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Material_deprivation_statistics_-_early_results
518European Comission(2012).“Measuring material deprivation in the EU: Indicators for the whole population and child-specific indicators”, Eurostat Methodologies and Working Papers, 2012 edition, Luxembourg, Office for Official Publications of the European Communities.
519European Comission, ESS agreement: EU-SILC supplementary variables on Material deprivation to be collected in 2013, an ESS agreement within Regulation (EC) No223/2009 of the European Parliament and of the Council of 11 March 2009
http://ec.europa.eu/eurostat/documents/1012329/6073921/ESS+agreement+SILC+2013+material+deprivation+variables.pdf/0e93d42d-ace2-4f1e-8789-0628b95002cf
520EU-SILCには毎年調査対象となる指標(一次変数(primary variables))と、4-5年間隔で調査することを想定した指標(二次変数(secondary variables))が存在する。ここでアドホック調査(ad-hoc module)とはこの二次変数の調査を指す。(参考:Eurostat (no date). “Legislation”.
http://ec.europa.eu/eurostat/web/income-and-living-conditions/legislation
521European Comission, Comission Regulation (EU) No112/2013 of 7 Februrary 2013.
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32013R0112&from=EN
522European Comission, Commission Regulation (EU) 2015/2256 of 4 December 2015
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32015R2256&from=EN
523調査結果はまだ公表されていない。
524同上