国連経済社会理事会 E/ESCAP/APDDP/3 2002年9月3日 原文:英語 (内閣府仮訳) 国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP) 「アジア太平洋障害者の十年(1993-2002)」最終年ハイレベル政府間会合 2002年10月25-28 日 滋賀県大津市 アジア太平洋障害者の十年(1993―2002年)行動課題実施に関する達成状況レビュー (暫定議題4) 障害者の状況に影響を与えている現在の傾向 要約 「アジア太平洋障害者の十年(1993-2002)」の終期が近づいてきたが、アジア太平洋地域における、障害者に影響を与える問題とそれに取り組む必要について認識を高めるという点では、多くの前進があったことが認められる。だがこの「十年」のさまざまな成果にもかかわらず、この地域のほとんどの国においては、先進国、開発途上国を問わず、障害者は依然として最もサービスの届かない、差別されている最大のグループである。この地域で障害者が開発プロセスにおける完全参加と平等を保障されるためには、まだなすべきことが多く残されている。 本文書では、障害者の状況に影響を及ぼす現在の三つの動向、すなわち教育、情報通信技術(ICT)の発達、貧困について概観する。どの領域においても、障害者が社会の片隅に追いやられることなく、教育、ICT、貧困削減プログラムに貢献し受益するようになるためには、克服すべき難題がある。「アジア太平洋障害者の十年」がさらに10年延長され、障害者の完全参加と平等という目標が達成されることを期待する。 目次(ページ略) 序 一.教育 二.情報通信技術(ICT) 三.貧困と障害 序 1.ESCAPは1992年4月23日の決議48/3 により、アジア太平洋地域における「障害者に関する世界行動計画」の実施を活性化させるために、1993-2002年を「アジア太平洋障害者の十年」とすることを宣言した。「十年」の終期が近づいてきたが、アジア太平洋地域における障害者の状況や、開発プロセスにおける完全参加と平等に影響を及ぼす問題に取り組む必要について認識を高めるという点については、多くの前進があったことが認められる。とくに国家や準国家レベルでは、平等のためのさまざまな対策が実施され、進展を遂げている。たとえば立法、バリアフリー環境、地域に密着したリハビリテーション・サービス、教育、訓練、雇用の推進などの形で現れている。またこのような対策に関するプログラムの計画や実施に、障害者自身がより積極的に貢献するようになっている。 2.こういった成果にもかかわらず、この地域のほとんどの国においては、先進国、開発途上国を問わず、障害者は依然として最もサービスの届かない、差別されている最大のグループである。障害者は他の人々が自由に手にしているような生まれながらの権利、たとえば医療、教育、雇用、地域参加、その他の基本的な社会的・政治的権利とサービスを利用することから妨げられてきた。このようなサービスを利用できず、またそのことを十分に訴えることができないために、障害者とその家族は経済的・社会的に疎外され、偏見や拒絶にさらされ、ひいては貧困な生活を送らざるを得なくされている。障害者の数は、人口の増加のほか、戦争及びその他の暴力、不適切な医療、自然及びその他の災害等の要因によって増加し続けている。とくに注目されるのは、この地域の多くの社会で高齢化が進み、高齢に特有な障害が増えていることである。 3.この地域において障害者の完全参加と平等という「十年」の目標の達成をめざして、障害者を社会に統合し、すべての開発プログラムの主流として組み入れるには、いくつもの主要な領域において、重要な行動が継続的に必要である。驚くことではないが、障害者の多くは貧しく、貧困と社会的疎外は切っても切れない関係にある。ESCAP地域の障害者の圧倒的多数は、必要なサービスが利用できない農村地域に住んでいる。貧困のおもな原因は雇用の不足である。就業できない障害者は不当に多い。ESCAP地域の多くの部分では、就労率を高める努力がなされているが、就職する―そして職を維持する―のに大きな妨げとなるのは、教育へのアクセスの不足である。障害者はごく幼年期から、既存の社会的・物的障壁のために社会的に疎外されている。障害児の大多数は教育システムの中で全く教育を受けることができず、教育が受けられる場合でも、普通学校の環境の中でのインクルーシブ教育を受けられる障害児はほとんどない。またこの領域でこれから取り組むべき重要課題としては、コンピュータ・リテラシーによる新情報技術への障害者のアクセスがある。 4.以下の章では、障害者に影響を及ぼす現在のいくつかの動向について概観する。教育の不足は、社会的疎外と貧困につながる主な要因の一つなので、このテーマを最初に取り上げることにする。その後の章で、ICTの発達や貧困に関する動向について取り上げる。「アジア太平洋障害者の十年」がさらに10年延長されることによって、障害者の完全参加と平等という「十年」の目的が達成されることを期待する。 一.教育 5.障害のある児童や若年者の教育は、アジア太平洋地域の政府が直面している最も深刻な課題の一つである。「アジア太平洋障害者の十年」行動課題の実施に関する各国の進展状況をみると、何らかの形で教育にアクセスしている障害を持つ児童や若年者は10パーセントを下回っている(ESCAP, 2002a)。国連児童基金(UNICEF)(1999)、ジョンソン及びウィマン(2001)、ジョーンズ(2001)によると、多くの開発途上国ではこの数字はさらに低いかもしれない。この状況は、この地域における障害のない児童や若年者の初等教育就学率が70パーセントを上回るという事実と対照的である。ESCAP地域の各国及び地域における、障害のある児童や青少年の就学率を向上させ、障害のない児童の就学率との差を縮めるという「アジア太平洋障害者の十年」行動課題の目標は、いまだ達成されていない。 6.教育は基本的人権の一つであり、障害児も含めて、すべての児童には教育を受ける権利がある。この権利は「世界人権宣言」、「子供の権利条約」、「万人のための教育世界宣言」、万人のための教育とミレニアム開発目標に関する「ダカール行動枠組み」において提唱されている。「子供の権利条約」は国連史上、最も多くの国に批准された人権条約で、アジア太平洋地域のすべての国々及び地域で批准されている。この条約は国家に対し、機会均等の原則に基づいて、すべての児童に初等教育を義務化かつ無償で供給することとし、障害に基づく差別を含むあらゆる差別から児童を保護することを義務付けている。また障害児が、最大限に社会に統合し、個々の成長を支援するような方法で、教育にアクセスし享受できるようにすることを求めている。 7.適切な教育の不足は、障害の有無にかかわらず、すべての児童にとって貧困と疎外のおもなリスク要因である。だが障害児にとって、教育を受けられないことが原因で貧困になるリスクは、障害のない児童の場合よりもさらに高い。障害のある児童や若年者が教育から疎外されると、個々の更なる成長の機会からも疎外されることになり、とくに職業訓練、雇用、所得創出、事業開発に対するアクセスが減少する。家族、社会、地域の活動や義務行為への参加や貢献も制限される。教育や訓練を受けられないと、経済的・社会的に自立できず、生涯続く長期的な貧困に陥りやすくなり、しかもそれが半永久的に世代間で循環する可能性がある。教育へのアクセスを拒まれた障害児は、社会とその家族にとって、経済的な負担にならざるをえなくなる。 8.アジア太平洋地域において障害児の教育完全参加を妨げる要因は数多く、国際社会、政府、非政府組織(NGO)、地域社会、障害者団体による活動ないしその欠如などに深く関わっている。万人のための教育というイニシアチブが、1990年3月、タイのジョムティエンにおける「万人のための世界教育会議」で発動し、2000年4月、ダカールにおける「世界教育フォーラム」で再確認され強化された。だが、これらの会議において、障害児が万人のための教育における活動の優先的対象であると強調されることはなかった。その結果、このイニシアチブが発動しから12年経っても、万人のための教育における国内計画の中で、障害児について特に言及している政府は、この地域でわずか7つにとどまっている。2015年までにすべての男女児童が初等教育の全過程を修了できるようにするというミレニアム開発目標を、開発途上国においても達成できるように、世界銀行は23カ国に対し、万人のための教育の実現に協力するよう呼びかけているが、上記の状況を見る限り障害児の教育の現状は改善しそうにない。 9.上記の条約や宣言に署名したアジア太平洋地域の政府は、障害児に教育へのアクセスを保証するという義務をなかなか果たせないでいる。20の政府が、すべての児童に教育を義務付ける法律を制定した、あるいは制定する予定であるという報告をしたが、社会のあらゆるレベルに浸透している障害者への差別的態度が、障害児の教育へのアクセスを実施する妨げになっている。障害児に関するデータは限られており、通学や学業成績に関する国の統計にも、ほとんど障害者のデータは提示されていない。このことが教育システムにおける進展のモニタリングに対する妨げになっている。こうした情報の欠如は、障害児の権利が無視され続け、就学率が「十年」の間にごくわずかしか向上しなかった一因である。 10.域内における障害児の教育対策として最も一般的な形態は、分離された特殊学校である。たいてい都市部にあり、収容人数に制限がある。NGOによって運営されているものが多く、政府の財政支援を受けているものも受けていないものもある。「障害者の機会均等化に関する標準規則」や「特別なニーズ教育に関するサラマンカ声明と行動の枠組み」には、農村地域の場合も含めて、統合教育あるいはインクルーシブ教育によって、近隣あるいは地域の普通学校において教育を受けることが、障害のある児童や若年者の大部分にとって最善の教育機会であると述べられている。ある場合には、現在のところ最も望ましい教育形態は特殊教育かもしれないが、その目的はあくまでも、生徒が普通教育システムで教育を受ける準備とすべきである。2002年には、27の政府が、障害のある児童や青少年が普通学校に通学するケースが増えていると報告している。この傾向が続けば、これからの10年間でこの地域の就学率は著しく向上するだろう。1997年にトルコは、障害のある児童や若年者の早期処置、就学前教育、普通教育環境で初等及び中等教育を享受する権利を保障するという進歩的な法律を制定した。 11.出生後4年間における障害の発見や認定をはじめとする早期処置は、障害のある乳幼児やその家族にとって、とりわけ重要である。家族を支援し訓練することによって、障害児が成長できるよう支援する技術を可能な限り与えることができる。障害のある乳幼児を早期に発見できず、親や保育者に処置や支援を提供することができないと、障害児が教育機会から利益を受けられる可能性をさらに狭めてしまうという、二次的な障害状況を作り出してしまう。20を超える政府から、早期処置サービスを設置している、あるいは設置する計画があるという報告があった。このサービスには医療、教育、社会福祉、地域開発など複数の領域の協力が不可欠である。こういったサービスを提供するのに最も効果的なアプローチは、親や地域社会が実施にあたってのリソースとして従事する地域に密着したリハビリテーションで、都市部でも農村部でも適用することができる。 12.障害児が十分な学習成果を獲得し、地域社会に完全に参加できるような適切な教育を受けようにするときには、特殊学校においても普通学校においても、教育の質の向上が大切である。どの教育環境の場合でも、質の高い教育を提供するのに大きな障壁になるのは、早期発見及び処置サービスの不足、障害児に対する否定的態度、疎外的な政策や慣習などである。さらに教師研修(とくに多様な能力を持つ児童を指導しなければならないインクルーシブな普通学校の教師)の不適切さ、教師を支援するシステムの不足、適切な教材や用具の不足、十分なアクセスを可能にするための学校環境の改善が行われていないことも障壁となる。特殊学校の児童が学ぶカリキュラムは、職業訓練や広い社会での生活に統合するための準備にはならないほど幅が狭いこともある。こういった障壁の多くは、周到な政策、計画、実施方策、リソースの配置を通して、障害のある児童や若年者を国のあらゆる教育開発イニシアチブに含めることによって克服することができるだろう。 13.学校システムをインクルーシブ教育に向けて整備するには、いくつかの段階を踏まなくてはならない。まずすべての児童には学校に通う権利があり、個人差を受け入れるのが学校の責任であるということを明確に認識すべきである。教育行政官、学校管理職、教師、地域社会に対して訓練の機会を設け、これまでの姿勢を変えさせ、障害児を障害のない児童と一緒に教育するのは可能であるという考え方を浸透させなければならない。障害児をもつ家族に対しては、自分の子供に教育を受ける権利があるとの意識を高めなければならない。変化の最も大切な要素は教師の訓練である。すべての教師は、地域の普通学校で多様な能力を持つ児童を指導できるように、教師としての姿勢と技術を養わなければならない。また柔軟で適応性のあるカリキュラム、個別的で児童を中心に考えた教授法、適切なモニタリングや評価方法を教師が構築できるような訓練を行うべきである。農村部においても都市部においても、リソースセンターや専門教師などの支援システムを構築し、適切で入手しやすい教材、道具、用具を用意するべきである。学校はバリアフリーの進んだ場所にしなければならない。 14.アジア太平洋地域の国・地域、とりわけ中国、インド、ラオス人民民主共和国などにおいては、学校で実施されているインクルーシブ教育政策の例が数多くある。次の10年間のこの地域における障害児の教育アクセスと積極的な教育成果の向上のために、そういった実例を準地域的あるいは全地域的に体系的に共有すべきである。 二.情報通信技術(ICT) 15.ICTは、経済成長と情報通信ネットワーク拡大の主要な原動力の一つとなった。 1990年代半ばから、現代のICTの構成要素であるインターネットとワイヤレス通信技術は、情報、投資、産業、個人の国境を越えた未曾有の交流を生み出している。ICTはすっかり日常活動の一部となり、政府、企業、個人の生産活動や日常活動に不可欠なものとみなされている。 16.過去10年間、ICT開発は世界規模で大きく進展し、とくにネットワーク形成、連帯、雇用、生活の自立という面で、障害者により多くの機会を開いた。聴覚障害者や視覚障害者は、電子メール、聴覚障害者用の付加的通信製品、音声合成装置、文字拡大装置、文字読み上げプログラムなどによって、より簡単かつ頻繁に情報通信にアクセスできるようになった。上肢機能を失った人や上肢の不自由な人は、音声ナビゲーションソフトを、視聴覚障害者は更新表示可能な点字スクリーンリーダーを活用することができる。デジタル・トーキングブックの次世代の世界標準になるであろう「デジタル・音声情報システム(DAISY)」もまた、視覚障害者及び活字を読めない人々と、障害のない人々との情報格差を埋めようとしている。さらに身体障害者用の入力装置、補聴器、聴覚障害者のための警告システム、特別なニーズのある児童のための双方向的学習ソフトウェアなどもある。このような支援コンピュータ技術は、さまざまなレベルで雇用機会へのアクセスを促進している。障害者の中には、バリアフリー/ユニバーサルデザインのコンピュータプログラム設計の専門家になったり、コンピュータ技術と知識、障害者としての消費者経験を土台にして有望な企業家になっている人もいる。 17.国連開発計画は、ICTが開発途上国に対し、貧困削減、基礎的医療、教育などの主要な開発目標の達成を過去と比べはるかに効率的にする、未曾有の機会を提供することができると報告している。これは、域内におけるICTの大きな可能性を示唆しているのだろう。 18.世界的にはいわゆる「デジタル・デバイド」(ICTへのアクセスに関する個人、集団、国、地域間の格差)について懸念が広まりつつある。技術と情報への依存がますます深まる国際社会では、ICTとそれに伴う技術や情報にアクセスできない「持たざる者」は疎外される可能性に脅かされている。アジア太平洋地域の障害者は、ICTやICTを享受するための技術や情報にアクセスするには、まだいくつもの障壁に直面している。ICTのハードウェアやソフトウェアが入手できたとしても、身体的障壁から支援コンピュータ技術の不足やアクセシビリティのないマルチメディア・デザインまでにわたるアクセスの問題にぶつかってしまう。 19.この地域の障害者の多くにとって基本的な問題は、ICTの開発、アクセス、利用を支えるインフラ(電気、遠距離通信、ハードウェア、ソフトウェアなど)の欠如や不足などである。この問題は障害者の大多数が生活している農村地域では、とくに切実である。アジア太平洋地域の障害者の70〜80パーセントは、開発途上国の農村地域に住んでいるが、そういった地域ではICTインフラは広範囲に行き渡らず、経済的にも手が届きにくい。日本のような先進工業国でも、障害者のインターネットへのアクセス可能性は、障害のない人と比べると著しく低い。健常者の34パーセントがインターネットにアクセスしているのに対し、聴覚障害者の場合は11パーセント、身体障害者の場合は8パーセント、視覚障害者の場合は3パーセントである。他の諸国では、インターネット使用料が日常の生活費に対して過度に高い。たとえばミャンマーでは、平均家計所得は20米ドルだが、インターネット使用料は時間当たり約9米ドルである。次第に宣伝されるようになってきているDAISYにしても、このような技術の消費者として、視覚障害者が手ごろな価格でDAISYの作成/再生ソフトウェア・プログラムを利用できるかどうかについては、ほとんど注意が払われていない。 20.もう一つの課題は、ICTの急速な発展に伴う利用可能なウェブ・デザインと支援コンピュータ技術の不足である。インターネットがテキストベースのメディアから、マルチメディア環境のメディアへと変化していることにより、障害者にとってさまざまな問題が引き起こされている。テキストベースのメディアでは、視覚障害者は文字読み上げソフトを利用してインターネットにアクセスすることができたが、現在のインターネット通信の特徴であるグラフィカルなホームページでは障壁が生じる。学習障害者、認知障害者、聴覚障害者などは、新しいインターネット環境が、アクセス可能なデザインのための機能上のニーズに対応していないために、支援コンピュータ技術がウェブ処理に役立たなくなっていることに困難を覚えている。 21.ますますデジタル化する経済の労働市場で、障害者は未だに多くの障壁にぶつかっている。その理由の一つは、ICTのアプリケーションに対する技術や理解が乏しいことである。このことは、障害者が貧困や教育機会の貧しさのゆえに一般に教育程度が低いことを反映している。障害者は基本的社会サービスにアクセスしにくいのと同様に、デジタル技術や情報に対するアクセスも限定されやすい。ICT市場は、需要を創出し製品を購入する余裕のある、教育程度が高く経済力があり技術を使いこなせる消費者のために、製品や情報を構築・開発し、流通させる傾向がある。 22.またICTの発展とそれが障害者に及ぼす影響についての統計的、定性的データも不足している。このデータ不足は、政策立案者が問題の性格と程度を正確に理解し、有効な解決法を実施する際の課題となっている。これらは、障害者がICTの発達によって社会の片隅に追いやられることなく、デジタル経済のさまざまな利益に貢献したり享受したりできるために克服すべき多くの課題の一部である。 三.貧困と障害 23.貧困と障害の性質、程度、関連性や傾向は、いくつもの理由から、これまで十分にまた体系的に検証されてこなかった。障害の問題が貧困に関する研究の中で取り上げられるようになったのは、ごく最近のことである。貧困と障害の二つの問題における調査設計、統計的分析の定義問題、概念、方法の違い、それに関連して障害者と貧困との相互関係の性質や程度を含む発生率、分布、傾向に関する信頼できる比較データが乏しいということも理由である。貧困と障害に関する入手可能なデータが乏しいということは、障害者が疎外されている実情を反映している。わずかに存在している研究も、おもに障害のない学者によって行われたものである。障害者、ましてや慢性的な貧困の中に生活する障害者が研究課題に影響を及ぼす機会はほとんどない。 24.貧困と障害に関する入手可能な情報は、おもにケーススタディや事例証拠によるものだが、その情報によると、どの国でも不相応に多くの障害者が極度の、あるいは慢性的な貧困生活をしている。また障害者は、現在は貧困でなくても、きわめて貧困に陥りやすい傾向がある。障害者はさまざまな面において貧困の被害を受けやすい。たとえば障害者の雇用や所得レベルは障害のない人に比べて非常に低い。一般の人々には開かれている様々な参加の機会を剥奪されていたり、疎外されたりしている。慣習的、社会的、文化的な偏見によって差別されているため、基本的サービス、人的資本、生産的資本へのアクセスを制限されている。また自分の属する社会でも、疎外され、無力化している場合が多い。 25.世界6億を超える障害者のうち、およそ4億人がアジア太平洋地域に居住し、その中でも南アジアと東南アジアが高い比率を占めるとされている(ESCAP, 2002b)。2億人近い人々に重度または中度の障害があり、地域社会の生活に参加するのに特別な介助機器を必要としている。障害者の70〜80パーセントは農村地域に住み、そのほとんどが貧困ラインを下回る生活をしている。 26.一般に、障害者は開発途上国の貧困層のうち15〜20パーセントを占めていると推定されている。ある社会では、障害者は最も不遇な人と見なされ、低所得国では、障害のある貧しい人は最貧層に入る。 27.障害者の失業率に関する正確で信頼できるデータは、アジア太平洋地域のほとんどの国では入手できないが、入手できた事例証拠では、障害者は雇用において不当に低く評価されている。国際労働機構(ILO)によると、先進工業国で障害者の失業率の数字がわかるところでは、失業率は障害のない人の2倍から3倍にのぼるという(ILO, 1984)。日本の障害者の雇用率は非常に低い。たとえば日本の障害者白書によると、民間企業における障害のある被雇用者の割合は、全雇用者の1.49パーセントにすぎない。政府の障害者雇用の割当要求は2.1パーセントである。また障害者が雇用された場合、訓練レベルよりも低いレベルの仕事をさせられる傾向が強い。 (ニューフェルド、オルブライト、1998年)。 28.障害は貧困の原因であり結果でもある。貧困家庭は多くの場合、食糧を栽培する土地を所有せず、基本的ニーズを満たすだけの所得や適切な住居、生計の手段、衛生設備を持たず、医療へのアクセスも限られている。家族が病気になることも多く、障害を引き起こす可能性のある病気にかかることもある。子供が生まれても低体重で、健康な乳児にくらべて障害を負うリスクが高い。さまざまな形での栄養不良は障害の原因になるし、また他の障害を引き起こしうる原因になることもある。さらに、子供の栄養不良と知的発達の障害との関連を考えると、リスクを負っている子供の数が大きいことが懸念される。現在、約5億1500万人のアジアの人々が慢性的に栄養不良で、世界の飢餓人口のほぼ3分の2を占めていると言われている。子供の栄養不良による犠牲者はアジア太平洋地域が最も多い。(ESCAP, 2002b)。 29.すでに障害のある人や紛争によって障害を負った人は、戦争や紛争による過酷な環境のもとでは、とくに健康を害しやすい。アフガニスタン、カンボジアを含む206の地域で行われた調査によると、対象地域の地雷事故の発生率は、最高がアフガニスタンの1.9パーセント、最低がモザンビークの0.5パーセントだった (アンダーソン他、1995年)。障害者率は、生存者のみについて言うと、アフガニスタンとカンボジアで約0.9パーセントだった。また6パーセントの家庭が、地雷事故によって被害を受けているが、アフガニスタンの一部では、22パーセントにまでのぼる。このような状況が貧困リスクを高くする身体的・精神的障害の原因となる。 30.調査によると、障害者及び障害者を抱える家族の状況をさらに悪化させる要因には、3つのタイプがある。 (a) 収入の喪失、(b) 障害によって生じる追加的費用 (c) 種々のサービスや社会及び地域活動からの疎外 (エルワン、1999)。障害と直接関係がある追加費用としては、医療費、器具、住居の適応、特別なサービスなどが含まれる。こういった費用はかなりの負担になる。インドの障害者の調査によると、治療と器具の直接費用は3日分から2年分の収入にあたる(平均値は2ヶ月分)。1995年に4カ国を対象に行われた調査では、地雷被害者の12〜60パーセントが医療費を払うために資産を売却せざるをえなくなり、カンボジアの地雷被害者の61パーセントが医療費を払うために借金をしていた (アンダーソン他、1995)。関連するものとしてはニュージーランドにおける研究がある。それによると、住居/居住設備が障害者の生活の「引き金」になるという。住居が整備されず安定していない場合は、他の要因も不安定になりやすく、障害の重さとはかかわりなく貧困のリスクが高くなる。 (エルワン、1999)。 31.開発途上国では、障害者は自分の属する地域社会の人々から、もっとも不利な境遇の人とみなされていることが多い。アジアの地域社会の人々は、14の「不幸」の条件リストの筆頭に「障害」を挙げている。2位が未亡人になることで、3位が土地を所有していないことである(ヘランダー、1995)。とくに開発途上国においては、障害者は否定的な社会的態度の犠牲になりやすく、汚名を着せられたり、無視されたり、その結果として障害の原因となる状況が悪化したり、新たに障害を引き起こす状況が始まったりする場合があると、一部の研究者は指摘している。また障害者は身体的、社会的、精神的、心理的虐待の対象になることがある。障害者は社会から疎外されたり取り残されたりする結果、家庭や地域に積極的に貢献する機会が減り、貧困に陥るリスクが高くなる。UNICEFは、約1億5000万人の障害児は保育、学校、リクリエーション、その他の社会的サービスにアクセスできず、読み書きが出来ず何の訓練を受けられないまま、結局は無職者になってしまうと指摘している。 32.開発途上国では、障害者がリハビリテーションやその他のサービスにアクセスする機会は非常に限られている。農村地域では、政府やNGOのプログラムを利用できるのはごく一部の障害者だけで、大多数は全く社会的に疎外されている(ハリス―ホワイト、サブラマニアン、1999年)。多くの貧困地域、とりわけ農村地域では、情報の不足、地域サービスの不足や移動コストなどのためにアクセスが制限されやすい。ESCAPの指摘によると、アジア太平洋地域の開発途上国におけるリハビリテーション・サービスは、いまだに適切なものではなく調整も不十分である。障害のある女性や女児にとってリハビリテーション・センターに通うことは非常に困難で、費用、時間、労力の面で家族に多くの負担がかかるという。またUNICEFの報告によると、女性や子供のリハビリテーション・サービスを受ける人に占める割合は20パーセントを下回るという。 33.障害者は当然のことながら、他の人々よりも弱い存在である。障害児はまったく潜在的可能性を開発させることができないことがある。この地域では、障害児を抱える家族に対する早期処置サービスや支援があまり発達しておらず、農村地域や都市の貧困地域になると、まったく存在しないことが多い。前述の通り、学校へのアクセスは非常に限られている。女性障害者は、女性であり障害がありしばしば貧困であるという三つの理由から差別されるので、障害のある男性よりもさらに不利な立場に置かれている。ESCAP(1995)の調査によると、少女障害者の苦境は誕生の時から始まり、たとえ生き延びられても、家庭内で差別されて十分な世話や食糧を受けられず、家族の交わりや活動から疎外されることもある。また医療やリハビリテーション・サービスへのアクセスや、教育及び雇用の機会も少ない。女性・少女障害者は、身体的・精神的な虐待にさらされるリスクが高く、家族によって虐待されることもある。家族外の人による虐待については報告されないことが少なくない。というのは障害のある娘がいるというだけでも汚名になるのに、そういった報告をすればさらに恥の上塗りをすることになるからである。このような問題は、農村地域でいっそう深刻である。 34.障害と貧困の複合効果によって、障害者は個人として成長する機会や自分の生活する社会に貢献する機会を妨げられている。障害者は全面的に無力化されて、自分の生活のどの面についても決断したり統制したりすることができなくなっている。これからの十年間で、アジア太平洋地域においてのこの事態を逆転させるには、緊急な対策が必要である。 ※文章中の参考文献については、原文に掲載されていますので、原文をご参照下さい。また、この和訳は、内閣府において便宜上仮訳したものであり、誤りを含む場合がありますので、引用される際は、必ず原文を参照して下さい。