資料10 2022年1月31日 障害者差別解消法に基づく「基本方針」の改定に関する意見 社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 竹下義樹 p1 T 「障害者」の定義を明確にする(障害者権利条約1条) (1)過去に障害を有した者及び将来障害を有する蓋然性のある者が含まれること。 (2)断続的又は周期的に日常生活又は社会生活に制限を受ける状態にある者が含まれること。 (1)過去に障害を有していたが現在は寛解している者(例えば、過去に精神疾患に罹患していたが現在は寛解した者)や、まだ症状が発症しておらず生活上の制限を受けていないが将来発症して制限を受ける蓋然性のある者(例えば、HIVや肝炎等、感染してから長い潜伏期間を経て将来的に発症する蓋然性の高いウイルス保持者、網膜色素変性症やALS等、進行性の疾患を有する者)であっても、疾患や症状等についての無理解や偏見により、深刻な差別を受けることがある。例えば、警察官任用後、無断でHIV抗体検査を行われ、その検査結果が陽性であったために事実上辞職を強要された原告が国家賠償法等に基づき損害賠償を求めた事案(東京地判2003年(平成15年)5月28日労働判例852号11頁)や、金融公庫の採用選考過程において健康診断の1つとして本来検査の必要性の無いB型肝炎ウイルス感染の検査を本人の同意なく実施した事案(東京地判2003年(平成15年)6月20日労働判例854号5頁)等の裁判例がある。 (2)「継続的に」とは、「前からの状態が途切れずに続くこと」(「大辞林」三省堂)という意味であるため、「断続的に」(切れたり続いたりする)又は「周期的に」(一定期間を置いて繰り返される)生活上の制限を受ける者は、差別解消法の対象から除外されてしまうおそれがある。 しかし、例えば、指定難病115の「遺伝性周期性四肢麻痺」(一時的に筋力が低下する等の症状を呈する。)に罹患している者のように、断続的又は周期的に生活上の制限を受ける者に対する差別も問題となり得る。 既に総合支援法の障害支援区分認定については、移動や動作、行動障害に関して断続的又は周期的なものが考慮されていることからしても、上記を基本方針で明確にすべきである。 p2 U 障害を理由とする差別(障害者権利条約2条) 1 不当な差別的取扱いについて (1)「不当な差別的取扱い」に関連差別と間接差別が含まれることを明確にする。 改正法成立に際して、衆議院・参議院内閣委員会双方とも附帯決議の4項で「基本方針において、障害者の権利に関する条約の精神にのっとり、差別の定義に係る基本的な考え方を明記することを検討すること」を求めている。 基本方針では、直接差別、間接差別及び関連差別の概念ないし定義を明示し、具体例を示すなどして、差別の全体が理解できるようにすることが必要である。 (参考)2013年度(平成25年度)の地方公共団体の公務員採用試験の受験資格について、全国の地方公共団体における合計207の試験のうち、89%は介助なしで職務遂行できる人であることを、71%が自力(単独)で通勤できる人であることを、51%が活字印刷文による出題に対応できる人であることを、13%が口頭(音声)による面接に対応できる人であることを、受験資格としていた。 (2)暴言、いやがらせ(ハラスメント)を「不当な差別的取扱い」の1類型として含める。 ハラスメントについても、それが障害を理由とするものであるときは、それを禁止し、かつ救済の機会を保障することが必要である。虐待として位置づけることも考えられるが、職場や学校、サークル等において、無視や排斥の形で不当な取り扱いが発生する場合があるので、平等な機会を保障するという見地から、不当な差別の禁止の1類型として位置づけることを検討すべきである(京都府条例参照)。もしも、ハラスメントが「不当な差別的取扱い」に含まれないとした場合でも、相談対象に含めるべきである。 p3 (3)正当な理由 正当化事由の具体例を示すべきでないこと。 差別的取扱いの事例は合理的配慮の提供により区別、排除または制限等を回避できる場合が殆どであり、正当化事由の適切な具体例が見当たらない。また、正当化事由にあたるか否かは事案ごとに異なり、その多様性が大きいにもかかわらず、正当化事由にあたる具体例を挙げてしまうと、そのような場合は一律に正当化事由にあたるとの誤解や拡大解釈を招き、障害がある人の権利保障が後退しかねない。 2 合理的配慮の提供について (1)合理的配慮の提供 合理的配慮の内容の多様性を踏まえつつ、一定の分類(例えば、「1 基準・手順の変更」、「2 物理的形状の変更」、「3 補助器具・サービスの提供」、「4 人的支援」など)に基づいた数多くの具体例を分かりやすく示すこと。 とりわけ、教育の場面における職員の加配、公共交通機関の利用の場合における介助、手話通訳等の人的支援の重要性を指摘しつつ、人的支援に係る具体例についても盛り込むべきである。 合理的配慮の具体例を広く啓発することが必要である。 とりわけ「4 人的支援」については、重要であるにもかかわらず、過重な負担か否かの判断以前に合理的配慮の対象から外されることが多い。 しかし、障害者雇用促進法に関する「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」(合理的配慮指針)においても、「面接時に、就労支援機関の職員等の同席を認めること」や「面接を筆談等により行うこと」など、人的支援による合理的配慮の具体例が盛り込まれている。 障害者差別解消法に係る基本方針にも人的支援に係る具体例を多く盛り込んでおくことが必要である。 p4 (2)「意向の尊重」「意思の表明」「建設的対話」 合理的配慮の内容を確定するプロセスにおいて、意思の表明は黙示のものでもよいこと、本人の意向を尊重すべきであること、建設的対話による相互理解を前提とすべきことを、基本方針で明らかにしておくことが必要である。 また、基本方針第2の3(1)ウでは、知的障害や精神障害(発達障害を含む。)等により本人の意思表明が困難な場合には、「障害者の家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者が本人を補佐して行う意思の表明」も含まれるとしているが、この場合も本人の意向を確認することを明記すべきである。 合理的配慮の内容は個別具体的な場面において障害の特性により個別的に定まるものであるが、当該障害者が1番ニーズを把握しているはずである。 「意思の表明」について、現行基本方針は、「意思の表明がない場合であっても当該障害者が社会的障壁の除去を必要としていることが明白である場合には、法の趣旨に鑑みれば、当該障害者に対して適切と思われる配慮を提案するために建設的対話を働きかけるなど、自主的な取組に努めることが望ましい」としている。 しかし、権利条約も障害者基本法も、意思の表明を合理的配慮の提供義務の発生要件とはしていない。また雇用促進法も採用後における合理的配慮の提供について申出を要件としていない。 そもそも自ら意思の表明をすることが難しい障害のある人が多数いることから、「意思の表明」は、合理的配慮の発生要件と解されるべきではなく、合理的配慮の実現に向けたプロセス開始の要件を例示したものにすぎないことを明確にしておくべきであり、また、「意思の表明」は、黙示のものでよいと解されるべきことを明示すべきである。 意思の表明を黙示のものでもよいとするからといって、合理的配慮の内容が、本人の意向から離れたものであってはならない。 また、本人の意向が第1であることから、現行基本方針では、本人でなく本人に付き添っている家族や支援者が本人を補佐して意思の表明を行ってもよいとされているが、補佐による意思の表明がされた場合であっても、それが本人の意思であることを本人に確認するなど、本人の意向が蔑ろにされることがないよう最大限努めるべきであることも明記すべきである。 3 過重な負担 過重な負担の判断の要素を基本方針において十分示すべきであり、具体的には「公的支援の有無」、「合理的配慮が提供されないことによって被る障害者の人権侵害及び不利益の程度」、「行政機関ないし事業者と障害者の関係性」についても判断要素として明記すべきである。 なお、「過重な負担」に当たる場合の具体例を基本方針において示すことは、誤解と弊害を生むことになるので示すべきではない。 p5 (1)過重な負担の判断要素 1 過重な負担に当たるか否かが事業者により主観的、恣意的に判断され得ることになると、共生社会の実現や障害者差別の解消という法の目的が達成されない。 負担が過重か否かは、個別の事案ごとに、具体的場面や状況に応じて客観的に判断されることが重要であり、個別事案ごとの判断の際に活用しやすい過重な負担の判断の要素を基本方針において十分示していくことが必要である。 この点、現行の基本方針では、 事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か) 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約) 費用・負担の程度 事務・事業規模 財政・財務状況 の5つの要素を挙げている。以下に示すように、基本方針改正にあたってはより多くの要素を挙げることが考えられる。 2 障害者雇用促進法に係る合理的配慮指針では、以上に含まれない要素として、「公的支援の有無」を挙げている。即ち、当該措置に係る公的支援を利用できる場合は、その利用を前提とした上で「過重な負担」に当たるか否かを判断することとなるということである。障害者差別解消法に係る基本方針においても同様に「公的支援の有無」を判断の要素とすることが考えられる。 3 また、負担が過重と言えるかどうかについては、事業者の経済規模や被る影響だけではなく、それが提供されないことによって被る「障害者の人権侵害及び不利益の程度」も判断の要素として考慮すべきであり、その旨基本方針に明示すべきである。合理的配慮の内容は建設的対話を経て相互理解のもと定まるものであるから、障害者が被る不利益の程度も考慮されることになる。 (2)過重な負担に当たる具体例を示すべきではないこと 個別の事案ごとに「過重な負担」に当たるか否かは変わるのであり、「過重な負担」に当たる場合の具体例を基本方針において示すことには慎重であるべきである。 ある事例を「過重な負担に当たる」と列挙することにより、類似の事例について事業者が「過重な負担」に当たると安易に判断し、拡大解釈され、結局、法の趣旨が没却されることにもなりかねない。 例えば、ビルの2階に店舗を持つ事業者に対し、車椅子を使用する客が入店できるように、合理的配慮の提供としてエレベーターの設置を求める場合を考えるとして、ある事業者(例えば家族経営の飲食店)にとっては過重な負担に当たるかもしれないが、ある事業者(例えば上場企業)にとっては過重な負担に当たらないかもしれない。このような中で、「ビルの2階に店舗を持つ事業者に対し、エレベーターの設置を求めること」を「過重な負担」に当たる場合であると明記すべきではない。 p6 4 環境の整備との関係(o5) 合理的配慮の提供(障害者差別解消法7条2項、8条2項)と環境整備(障害者差別解消法5条)の定義及び両者の関係については、十分な議論を踏まえてその関係を基本方針に明記すべきである。 社会的障壁の除去を必要としている障害のある人が現に存する場合、合理的配慮の提供が可能か否かをまず検討すべきである。当該バリアの排除を環境整備(努力義務)に該当することを理由に合理的配慮の提供を拒絶してはならないことを明記すべきある。 逆に、合理的配慮の提供としては、「過重な負担」に該当すると判断される場合であっても、環境の整備として検討すべき場合もある。 (1)合理的配慮の提供及び環境の整備の定義並びに両者の関係 合理的配慮の提供(障害者差別解消法7条2項、8条2項)と環境整備(障害者差別解消法5条)の関係について整理の上、基本方針に明記すべきである。 この点、合理的配慮は個別的・事後的な性格を持つ。即ち、ある個別具体的な場面において、特定の実質的不利を被った障害者個人が(個別的)、その不利を除去するために特定の配慮要求を行い、その要求を受けた相手側が(事後的)、その不利を除去するために、現状を変更することが、合理的配慮である。 一方、環境整備(イコール事前的改善措置)の場合は、障害者が特定の配慮要求をしていない段階でも、障害種別を考慮に入れて障害者一般に実質的不利をもたらさないための合理的措置を講ずる努力義務が、役務提供者に発生する。 合理的配慮と事前的改善措置とでは、義務の発生契機が異なるのである(以上につき、川島聡ほか(2016)・合理的配慮-対話を開く、対話が拓く・有斐閣)。 以上のような定義を踏まえると、ある障害者にとっては合理的配慮の提供に係る具体例となる事例が、他の障害者にとって環境の整備に係る具体例となる、というケースがあり得る。 例えば、ある聴覚障害者が飲食店を訪れ、言語によらないコミュニケーション方法を求めた結果、店側がタブレットを用いて筆談を行い、それを契機としてその店では他の障害者もタブレットによる筆談で注文ができるようになった、という事例で考えると、最初に申出をした聴覚障害者にとっては合理的配慮の具体的事例であるが、他の障害者にとっては環境の整備の具体例となる。 このように、事例ごとに「これは合理的配慮の事例」、「これは環境の整備の事例」などと峻別できるものではないが、実際に全国各地で生じる個別事例を、現場で相談にあたる者が混乱に陥ることなく分析、検討できるようにするため、基本方針において合理的配慮の定義、環境の整備の定義を確認しておくことは重要である。 p7 なお内閣府による合理的配慮の提供等事例集においてすら、合理的配慮の提供の事例でありながら、環境の整備の事例として記載されているものがある。 事例集2(1)4は、「試験や受験の当日には合理的配慮の提供を受けられるが、日常の勉強で使える障害に対応した練習問題が少ない。」という障害がある人の困った状況において、「過去問などを電子テキスト化し、パソコンの読み上げ機能で使える問題集を作成した」という対応が環境整備の対応例として挙げられている。しかし、この対応例は、生徒から日常の勉強で使える練習問題がないため勉強ができないという個別の申出がされたことに対し、教師が合理的配慮の提供として問題集の作成を行ったというものであり、本来は、環境の整備事例として挙げられるべきではない。 以上のような整理を踏まえると、事例ごとに「これは合理的配慮の事例」、「これは環境の整備の事例」などと峻別できるものではなく、例えば上記事例では、申出をした障害者にとっては、タブレットによって注文を聞いてもらうことは環境の整備ではなく合理的配慮の提供に外ならないことになる。 そこで、社会的障壁の除去を必要としている障害のある人が現に存する場合、合理的配慮の提供が可能か否かをまず検討すべきであり、環境整備(努力義務)に該当することを理由に合理的配慮の提供を拒絶してはならない、というべきである。 また、車椅子利用者が市庁舎に出向く際にエレベーターの設置を合理的配慮として求めたが財政的理由から当該市がこれを拒否した場合であっても、今後不特定多数人への環境整備としてエレベーターの設置を検討する余地はあるはずであり、放置されるべきではない。 V 国及び地方公共団体による障害を理由とする差別を解消するための支援措置の実施に関する基本的な事項について (1)相談窓口の統一を図ること 差別解消法14条は、国及び地方公共団体は「相談に的確に応ずる」と定めるが、現状は、相談窓口が一本化されていないため、実効的な相談を期待することはできない。相談を受けた国や地方公共団体の具体的な権限についても不明確であり、市町村と都道府県の関係や役割(第1次的な相談窓口はどこか、都道府県に市町村に対する指導・助言権限があるか等)も明らかではない。法の規定にかかわらず、国として統一の相談窓口を設け、相談内容や地域によって適切な機関につなぐ仕組みを明記することが望まれる。 p8 (2)相談者の調整の役割を明記すること 地方公共団体の相談員は、相談段階においても、相談内容によっては相談者と相手方との間の「調整」に入る役割があると考えられるが、現行法には規定がないため、とりわけ障害者差別解消条例を持たない地方公共団体では、相談段階での調整機能が十分果たされない(調整に入ることを躊躇し、傾聴案件として話を聴くだけで終わってしまう、など。)。 基本方針において相談者の役割に調整の役割を含むことを明記すべきである。 (3)紛争解決の仕組みの充実を明記すること 差別解消法14条は、国及び地方公共団体に対し差別に関する紛争解決に係る「体制整備」を求めるものの、あっせんや勧告等の具体的な権限を付与する内容となっていないため、現行法のみでは個別紛争の実効的な解決が困難である。この点、障害者権利条約33条2項は、条約の実施について保護(救済)、監視するための枠組みの設置等を求めているが、国レベルにおいても、「国内人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)13が求める、政府からの独立性が担保された救済機関が存在しない。本来、法に基づく当該救済機関が必要であるが、全国であっせん等の仕組みを伴った条例の制定が望ましいことなど、紛争解決の仕組みの充実について明記するべきである。 (4)相談対応マニュアルの整備、相談対応スキルを上げるための研修、弁護士と福祉職からなる専門職チームの派遣等、相談に的確に応ずるための具体的な方法について記載すること 差別解消法14条は、国及び地方公共団体は「相談に的確に応ずる」等と定めるだけで、具体的な施策の定めがない。そのため、相談対応マニュアルの整備、相談対応スキルを上げる研修、弁護士や福祉職などの専門職からなるチームの派遣等の具体的施策が進んでいない。相談対応及び紛争解決についての国及び地方公共団体の施策内容をより具体的に定める必要がある。 なお、マニュアルについては、日弁連の「自治体担当者向け障害者差別解消相談対応マニュアル」を参照(handicapped_person_manual.pdf(nichibenren.or.jp))。 以上