基調講演

 基調講演  14:50 ~ 15:15

講師:大日向 雅美(恵泉女学園大学大学院教授、NPO法人あい・ぽーとステーション代表理事)
テーマ:「子ども・子育て支援で、夫婦・男女・地域の絆を!」


大日向雅美氏の写真

― はじめに ―

皆様、こんにちは。ようこそいらしてくださいました。大日向雅美です。

基調講演をさせていただくにあたって、簡単に自己紹介をさせていただきます。

私は専門が発達心理学で、大学では子どもの発達・親子関係論・家族論・ジェンダー論などを担当しております。

大学は多摩市にありますが、住まいは港区です。港区に住んで40年近くになります。港区で二人の娘を育てました。保育園の先生・小学校の先生、地域の方々には大変お世話になりました。

その御恩返しの気持ちもあって、9年ほど前から南青山で、元あおば幼稚園の施設を活用して、区と協働で、子育て・家族支援のNPO活動にも携わらせていただいております。

― 家族の日と「国際家族年」 ―

今日は家族の日です。新しい少子化対策(2006年少子化対策会議決定)の一環として、子どもと子育てを応援する社会の実現を目指して平成19年(2007年)から実施されています。

家族の日というと、いつも思い出すのが、1994年の「国際家族年」です。

国際家族年の理念と目的等は下記の通りです。

家族は社会の基礎的単位であるが,近年種々の問題によって家族構造が変化するとともに,その機能も低下し,このため,その構成員,特に幼児,高齢者,障害者等に対し必要な援助を行うことが出来なくなっている。また,これまでの家族の概念を越えて家族形態の多様化も顕著になっている。他方,家族のもつ機能を強化することは,家庭の不和,犯罪,青少年非行,麻薬,アルコール中毒の防止等にも寄与すること等に鑑み,家族間題は,特別かつ国際的な注目を要するとの認識が深まった。

○目的

国際家族年は,家族の重要性を強調し,家族間題に対する政府,国民の関心を高めることにより,家族の役割,構造及び機能に対する理解,家族の関心事,現状及び問題に対する認識を深め,もって家族の福利を支援,促進するための施策を助長することを目的とする。そのための諸計画を国内,地域及び国際レベルにおいて政府,非政府組織,地域及び国際機関が協力して実施する。

○原則

国連は,国際家族年の実施の際留意すべき基本的原則として,

(イ) 家族は国により,また各国内の社会により,様々な形態と機能を有するもので,本国際年はすべての家族のニーズを包含しそれに対処するものでなければならない。

(ロ) 家族内における各個人の地位及びその家族の形態及び状況にかかわらず,国連組織下で作成された国際的合意文書によりすべての個人に与えられた基本的人権及び基本的自由を促進することを求めるべきである。

(ハ) 政策は,家族における男女の平等の強化をめざし,家庭内の責任のより完全な分担及び雇用機会をもたらすものでなければならない。等をかかげている。

○共通スローガン

共通スローガンは「Building the Smallest Democracy at the Heart of Society

我が国では,『家族からはじまる小さなデモクラシー』

各地でさまざまなイベントが開催されました。私もそのいくつかに参加しました。

家族をテーマとした各地の研修会やシンポジウムのいくつかに参加して、ちょっと妙な経験をしました。その中から2つほどご紹介いたします。

まず、その1です。

都内で開かれたある会合の分科会で「母性神話を考える」の講師として招かれたのですが、参加者のうちの男性のほとんどが、私の分科会に参加を希望されたのです。

どうして?主催者も首をかしげていました。

でも、私にとってショックだったのは、講演の後での参加者(男性たち)の声でした。「こんなはずではなかった」「こんな話を聞く会とは思わなかった」と後悔と不満の表情を浮かべながらの感想を次々に口にされたのです。

私は何を話したのでしょうか?…

私は1970年代のコインロッカーベビー事件以来、育児に悩み苦しむお母さんたちの声を聞いてきました。育児は母親の仕事だと決めつけられて、孤軍奮闘する中で、育児不安・育児ストレスに苦しむ女性たちの実態を明らかにし、その背景にある日本の母性観の問題点を明らかにすることを私のライフワークとしてきました。

言い換えれば、日本社会の母性観の弊害を問い直したのですが、しかし、私は女性が子どもを愛することも、家族や夫を大切にすることも、とっても素敵なことと考えています。大事にしたいと願っています。でも、現実には母親たちは子どもを愛せないことに苦しんでいたのです。

母親一人で育児に明け暮れる日々は、たとえば24時間営業のコンビニをひとりで切り盛りしているような毎日だと、当時の母親たちは訴えていたのです。子どもが生まれても、夫は変わらず仕事にまい進。いつしか会話もなく、言葉も通じない。このまま社会からもどんどん置き去りにされていくのか・・・。

こうした思いを募らせていると、子育ての大切さは頭では分かっているのに、苛立ってしまう。わが子を愛したいのに、愛せない…と、涙ながらに訴える母親の声を全国を回って、調査で聞き取っていたのです。育児は女性の役割と決めつけられ、子どもを産んだら、母親以外の生活が奪われるような社会の在り方・家族の在り方に問題があることを指摘したかったのです。

国際家族年の精神も、まさにそこにあったと思います。ただ、当時はまだ十分に理解されていなかったのです・・・。

参加した男性たちは、「母性はすばらしい。だから女性よ、家庭で家事育児に専念しなさい」と言ってくれる講師だと思ったそうです。

もうひとつの例は、ある地方都市で開催された国際家族年シンポジウムの経験です。

そのシンポジウムでは、地域で活躍している女性(アナウンサー)、職場代表として労働組合の男性、行政の方たちがシンポジストとして登壇されました。

私はコーディネーターの役をお引き受けしておりましたが、シンポジストの皆さんは国際家族年の目的や精神にそったメッセージを展開して下さっていました。

ところが、会場からの質疑応答の時になって、一人の中年男性が、次のような発言をされました。「そんな多様な生き方を認めるとか、女性も社会に参加できるようになんて言っていたら、子どもの世話は、だれが見るんだ。年寄りの世話はどうするんだ?」と。

こうした質問は、従来の家族観を問い直して、国際家族年の理念を皆で再確認するチャンスにもなるかと思った矢先です。登壇していたシンポジスト(職場代表)の男性が「本音をいうと、わしもおかあちゃんには家にいてもらいたいと思っておるところだ。子育ては母親の仕事だし、じいちゃん・ばあちゃんの世話は何と言っても、嫁さんの役目だしなぁ」と言われました。会場から拍手喝さいでした。「なんと勇気あるお人だ!!」と、シンポジウムがはけた後も、参加者に囲まれて、その日、一番の人気者になっておられました。

― 家庭や社会での男女共同参画がどのように進んだか ―

あれから18年です。10年ひと昔と言いますから、ふた昔近い年月が流れています。

社会は、日本の社会は、人々の考えは変わったでしょうか? 一言で言うと、複雑です。

いくつかデータをご紹介しましょう。

○教育分野:女性の大学進学率45.8%

●各分野で活躍する女性の比率は非常に低い

 ジェンダー・ギャップ指数(スイスの非営利財団世界経済フォーラムの算定)

 男女格差:日本はOECD加盟国135カ国中101位

●女性の就業継続や再就職をめぐる状況は依然として厳しい

育児休業利用者は増えているが、出産前後に継続就業している割合は増えていない。出産を機に離職する女性が多い(国立社会保障・人口問題研究所)

6歳未満の子のいる夫の一日あたりの家事・育児時間の国際比較

33分(家事を含めて60分)OECD加盟国の中で最低水準

スウェーデン 3:21(内育児時間1:07)/アメリカ 3:13(1:05)

ノルウェー 3:12(1:13)/フランス 2:30(0:40)2006年統計

しかし、家族・子育てに視点をおくと、若干明るい方向への動きも見られます。

○男性の育児休業取得率は

2011年男性の育児休業取得率は前年比1.29ポイント上昇の2.63%、

初めて2%を超えた。女性の育児休業取得率は前年比3.5ポイント上昇

87.8%で、過去3番目に高い水準。

○「夫が外で働き、妻は家庭を守るべき」という性別役割分業観(内閣府の調査)

賛成の割合は減少

1979 31.8+40.8→ 2002 14.8+32.1→ 2009 9.5+27.8 (女性)
  11.9+34.0 (男性)

○一昨日、ベネッセがプレスリリースした調査によると

はじめての子をもつ夫婦(全国4737人)の子育て意識・環境の変化

2006年と2011年比較

・夫の出産立ち会い63.3%(6.6ポイントアップ)育児家事参加も上昇

 子どもが父親と楽しく過ごせていると妻評価75.5%(14.1ポイントアップ)

 子育て環境も、託児利用など改善されたという回答が増えている

依然として現実は厳しいです。でも、人々の意識・子育て環境には明るい日差しもさし始めていると言ってもよいかもしれません。

なぜ人々の意識に変化が表れているのでしょうか?

国を始めとして、ここ20年余り、さまざまな施策が打ち出されてきました。

○国の少子化対策・子育て支援の経緯

1990年 1.57ショックを契機に、少子化対策・子育て支援が動き始めた

1994年 エンゼル・プラン

1999年 新エンゼルプラン:保育対策

2003年 次世代育成支援対策推進法

2004年 子ども・子育て応援プラン

2007年 子どもと家族を応援する日本重点戦略

2010年 子ども・子育てビジョン/子ども・子育て新システム検討会議

2012年 子ども・子育て関連3法案成立

こうした施策の背景には、人々のライフスタイルや意識の変化も相互連関的に作用しているといえるのではないかと考えます。

たとえば、人々が日々の暮らしの生きづらさを率直に見つめ始めた。育児不安や育児ストレスに苦しむ女性たちが声をあげるようになった。こんなはずではなかったと正直に訴える人が増えた。仕事も大事だが、家族との生活も大事にしたいという男性たちが動き始めた等々です。

また、地域も変わってきていると言えるでしょう。

私がかかわっているNPO法人あい・ぽーとステーションでは、家の中での孤独な子育てから一歩、外に出て、仲間や地域の方々と楽しく交流できる子育てひろばを運営しております。また港区と協働で、地域の子育て・家族支援に携わる活動をして下さる支援者の養成を2004年度から実施しています。講座を毎年開催して、すでに400人余りの支援者が誕生し、区内で活発に活動を展開して下さっています。港区以外でも、千代田区・浦安市・高浜市でも同様の講座を開催して、全体で800人余りの支援者が誕生しています。その多くが、自分たちが若いころ、育児に孤軍奮闘した辛い経験を、若い親世代に経験させてはならないという思いを胸に秘めておられます。若い親の中にも、この支援者さんを遠い実家の親のように頼りにしておられる方が少なくありません。

企業も変わりつつあります。子育てや家庭生活との調和を図ることに力を注ぐ企業も増え始めています。働きやすい職場環境の整備は、人材確保と共に企業の成長戦略にもつながるという視点からの改革については、この後のシンポジウムで、岩田さんや渥美さんから、興味深いお話がうかがえることと思います。

また、男性の意識も変わってきています。「イクメン」「イキメン(地域で活躍する男性)」という言葉も定着してきています。ベビーカー片手にかっこよく街を行き交う男性たちの実態については、清水さんに語っていただけることと思います。

この後のシンポジウムを私も楽しみにしております。

― 最後に ―

1994年の国際家族年を振り返りつつ、今日を見て思いますことは、この18年は無駄ではなかったということです。時代は、着実により良い方向に時間を重ねてきているといえるのではないでしょうか。

当然、課題もあります。いつの時代も課題のない時代はないとも言えます。

日本社会の子育てや家族をめぐる現状には、少子化に象徴される子育てのしにくさなど、依然として解決すべき課題も少なくありません。このまま少子化が急速に進行すれば、人口減少は避けられず、経済成長や社会保障の持続可能性も懸念されているところです。

ただ、ピンチはチャンスとも言えるのではないでしょうか。現状の問題点を直視し、正確な分析に基づいた対処を打つことで、新たな社会を築くことができるはずです。

社会が岐路にあるとしたら、大切なのは、ここからスタートするということです。今がスタートという認識です。子ども・子育て支援に関しては、先般、子ども・子育て関連3法案が3党合意で決定されました。社会保障の中に、子ども・子育て支援が位置づけられ、財源を確保して、注力する法律が成立したことは、歴史的な大きな一歩です。

こうした法整備が進められてきた今、子どもや子育て家庭を支える社会の意識づくりも不可欠です。

最後にそのための哲学として、私が大事にしている言葉をお伝えしたいと思います。それは、「支え・支えられてお互いさま」です。私が若くて新米ママだった時、ご近所の方がいつも助けて下さいました。とてもとても良くして下さって、感謝しきれない思いで、いつも「すみません。申し訳ありません」と夫と二人で頭を下げていたのですが、その方はこうおっしゃって下さいました。「今、あなたがたに必要なことは、上手に人に甘えることですよ」と。そして「私はあなたがたのお役に立っていれば、それだけでうれしい。何もいりません。あなたがたも、いずれゆとりができたとき、その時には、だれかのために尽くして下さいね」と。そして、「支え・支えられてお互いさまですから」という言葉を贈って下さいました。この言葉が今、地域の子育て支援の活動をさせていただくときに、いつも胸に刻んでいる言葉です。

親が子育てに喜びを持って、子どもと共に育ちあって行けるように、そして、地域の人々もまた温かなまなざしを注げる社会であることを願って、私の話を終えさせていただきます。ありがとうございました。