「今後の少子化対策の方向について」(少子化問題調査会中間とりまとめ)

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資料2

平成16年5月20日
少子化問題調査会長
森 喜朗

 本調査会は、昨年3月27日に発足し、11回にわたり、各方面の有識者からのヒアリングなど議論を進めてきた。その間に、「次世代育成支援対策推進法」、「少子化社会対策基本法」の成立を見たところである。
 近く、「少子化社会対策大綱」及び「平成16年度骨太方針」の策定が予定されており、これらに本調査会での議論が反映されるよう、下記のとおり、中間とりまとめを行うものとする。
 本調査会は、今後さらに多くの角度からの真剣な検討を行っていく方針である。

 作家 塩野七生さんは、ローマ帝国衰亡の歴史を考えつつ、国家衰亡の理由の一つとして、人口の減少を挙げておられる。日本の現状を見るとき、少子化問題は国家のこれからの多くの困難の原因となるであろうだけに、その対策は急がねばならない。しかし、文明史的課題であるだけに即効薬はなく、また人それぞれの生き方、価値観にかかわる問題を含んでおり、政策としては誠に難しいといわざるをえない。
 歴史的・経験的に見ると、3つの解決の途があるように思われる。
1 日本の経済を含めた将来への国民の希望と安心感の醸成
2 結婚をし、家族を創り、子どもを産み育て愛くしむという価値観を、強制ではなく、社会で享有できる雰囲気を創りあげること
3 結婚し、育児しやすい経済的支援を充実すること
である。
 これまで少子化対策について多くの議論がなされ、政府でも各種の施策が講ぜられてきたが、ややもすると育児支援、経済的な援助策などでの子どもを産み育てる環境整備、健全な青少年の育成に重点が置かれてきた。「次世代育成支援対策推進法」、「少子化社会対策基本法」も主としてこのような流れに属するものである。これらについては更なる充実を図る必要があるが、少子化基調に歯止めをかけるには、何よりも次のような視点からの対応が必要であると思われる。

  1.  少子化問題は出生率の低下を食い止めることを目指すものとしてとらえるべきで、直接少子化を阻止する即効薬はない。子どもを産む産まないは基本的には個人の自由、選択であるから、子どもを産むのが自然、当たり前と大多数の人が考える社会を創ることが基本である。
     これは短期的、経済的政策で対応できる問題ではなく、国民のライフスタイル、意識や価値観の問題として国民運動として推進されねばならない。
     政策においても、出生率を低下させる、あるいは、子どもを産まないことを助長することとなるような制度を採ることには慎重な配慮が必要である。

  2.  以上の観点から、少子化問題への対応に関し、本調査会の議論においては、次のような意見が出された。
    (1)個人や自分を強く意識する風潮の基盤をなしてきた法律・制度・教育等を見直し、国民のライフスタイル、意識や価値観を変えていく必要がある。

    1) 個人も家族・地域社会・公共の中で生かされていると言う「全体と個人の調和」の重要性を認識し、家族や地域を大切にすることを中心とする社会を創る必要がある。このため、税制、相続法制等の制度の見直しも検討すべきである。
    2) 個々人が現時点での自己の価値観・私的な利益・欲求を追求する傾向に対し、「子どもがいない社会はどうなるか」を伝えるなど、多くの国民が結婚や出産はいわば人間としての本来的な生き方だ-と自然に考える社会の雰囲気を醸成することが必要である。
    3) 学校教育、家庭教育は、両親・祖先・子孫への思いを大切にする、子供・家族の大切さを実感できる-ものとすることが必要である。また、異性は互いに尊重し合い、身体的・生理的違いを認めあったうえで、人間としての尊厳を認めあうべきであって、行き過ぎたいわゆるジェンダーフリー的教育や制度は改めるべきである。
     家庭や家族を持つこと、子育ての喜びを共有できる社会を創るべきである。

    (2)子育てについては、父母等の保護者が第一義的責任を有することを明確にし、地域社会や企業の子育てについての環境整備を進めていく必要がある。
     女性の社会参加が進む中で、地域社会や企業の対応がこれに追いついていない現実がある。男性の育児参加、母親が子供と少しでも長く時間を過ごせるようにすること、などの環境整備が必要である。
     また、高齢者の知恵が評価され、生かされる社会の実現を図る必要がある。
    (3)出産に悩む親に対する地域支援体制の充実、生殖補助医療についての検討が必要である。

  3. 以上を踏まえ、本調査会としては次のような論点に踏み込んだ国民的 議論を提唱し、国民的合意を得る必要があると考える。
    (1)出生率の低下について、その影響とその原因は一対のものである。出生率の低下は、経済成長優先、個人主義的豊かさの追求という戦後の社会風潮の進展と軌を一にしており、逆に出生率の低下は、経済活力の減退、社会保障制度などの破綻と言う観点から深刻に捕えられねばならぬ事実にこのことは端的に現れている。
     つまり、経済優先、個人優先の価値観に替わる新しい価値観の醸成に努め、経済成長(豊かさ)と少子化との相互矛盾をどのように調和させるべきかを国民的に議論しなければならぬ時が来ている。
    (2)経済成長、個人主義優先の思潮は、結果として、わが国の家族、地域社会の崩壊をもたらした。経済成長、個人主義優先により、それまで家族、地域が果たしていた機能・役割は外部化され、年金、医療、介護は公的社会保障に委ねられてきている。それが、更なる経済的豊かさ、個人主義の浸透をもたらし、それにより家族、地域の果たす役割、機能が更に低下すると言う悪循環が、今日の深刻な少子化という社会をもたらしている一つの原因とも言える。
     家族、地域の役割、機能を回復することが、経済優先、個人主義優先にどのような影響をもたらすか、あるいは家族、地域の役割、機能を少子化傾向に歯止めをかけつつ、代替する公的な仕組みを構築できるかは、国民の将来の選択にかかっているといえよう。

 即ち、日本の将来の「国の形ち」、又は「国家像」についての国民の選択である。豊かさ、数字に表れたGNP、社会保障の大きさを求め続けるのか、従来の豊かさは或る程度で抑えつつも、数字に表れない環境保全、やさしさ、温かさ、一体感を持ちうる社会を追求していくのかである。