第4章3

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4.3 ドイツにおけるワーク・ライフ・バランスへの取組

4.3.1 はじめに

近年、ドイツにおいても「ファミリー・フレンドリー」という言葉ではなく「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が使われるようになってきた。しかしながら、使われているのはごく一部であり、行政を含む一般では依然として「ファミリー・フレンドリー」という言葉が主流である。これは、ドイツでこのテーマを扱っている行政機関が、労働系の省庁ではなく家族問題を担当する連邦家族・高齢者・女性・青少年省であることを反映している。

なお、ドイツでワーク・ライフ・バランスやファミリー・フレンドリーが語られる背景には、少子高齢化に対する強い危惧がある。政府の広報用パンフレットの中にも、「ドイツの出生率はEUの中でも最低ランクであり、世界202ヶ国の中でも185位である。若者は平均2人の子どもを望んでいるが、実際生まれてくる子どもは1.3人でしかない」と触れ、ファミリー・フレンドリーが「ドイツの将来性にとってはもっとも重要な要素」と記されていることにも、それは表れている。また、政府はファミリー・フレンドリー的企業文化を勧める10の理由を掲げているが、その中でも少子化対策という側面は色濃い。

図表4‐11 ファミリー・フレンドリー的企業文化を勧める10の理由

  1. 大半の人が熟練労働と幸せな家庭生活を結び付けたいと思っているため。
  2. より多くの子どもは社会にとってより多くの成長と富を意味するため。
  3. ドイツ経済は男女の知識を最も重要な資源として捉えているため。
  4. 企業において満足度の高い親は、モティベーション、生産性、集中力が高いため。
  5. 家族における母親・父親は、仕事のために重要な組織的社会的能力を身につけているため。
  6. ファミリー・フレンドリーによって企業は、良い労働者を確保し、維持することができるため。
  7. 企業はファミリー・フレンドリー施策によって経済的に得をし、創造性を増すことができるため。
  8. ファミリー・フレンドリーな企業はより魅力的で責任感の強い雇用主として捉えられるため。
  9. 子どもによる刺激こそ進歩の源泉であるため。
  10. 子どもは誰にとっても将来への最善の投資であるため。

4.3.2 財界との連携によるワーク・ライフ・バランスへの取組

以下では、ドイツにおけるファミリー・フレンドリーが中心となったワーク・ライフ・バランスの取組についてみていく。

ドイツのファミリー・フレンドリーの取組は、自らが認める通り他の国よりも一足遅いものであったが、2003年以降は積極的な取組が進められている。取組を効果的に進めるにあたってドイツ政府は、財界、労働組合などと、2003年夏に「家族のための同盟」(Allianz fur Familie)を結成し、政府だけではなく各方面が連携して取組を推進していくことをアピールした。

主な取組としては、(1)ベスト・プラクティスの分析とその紹介、(2)社会的影響の試算、(3)企業コンクールの実施、(4)地域連携の促進 ‐ が挙げられる。

一つ目のベスト・プラクティスの分析と紹介では、先進企業における好事例が紹介されるだけではなく、より多くの人に訴えかけるためにコスト・ベネフィット分析を行い、ファミリー・フレンドリー施策は企業にとって利益になるということを示している。具体的には、ファミリー・フレンドリー施策を実施することにより節約できるコスト、またファミリー・フレンドリー施策を実施する際のコストとして図表4‐12のようなコストを10の協力企業からデータを集め、それらをもとに「ファミリー有限会社」というモデルを作りシミュレーションを行っている。

図表4‐12 コスト・ベネフィット分析に用いられたコスト

ファミリー・フレンドリー施策により圧縮可能な人事関連コスト ファミリー・フレンドリー施策の実施に要するコスト
再雇用コスト
(配置転換、新規採用コスト)
引継ぎコスト
(育児休業中の引継ぎコスト)
再統合コスト
(復帰者の再統合コスト)
相談・連絡コスト
(親への相談提供、育児休業者への連絡、復帰支援プログラムにかかるコスト)
フレキシブルな労働時間の調整コスト
(短時間勤務、フレックスタイム制、裁量労働制によるコスト)
在宅勤務コスト
事業所内保育施設コスト
(資料)BMFSFJ(2003)をもとにみずほ情報総研作成。

図表4‐13 「ファミリー有限会社」の概要とファミリー・フレンドリー施策にかかるコスト

企業概要

従業員数:1,500名(うち女性従業員:669名)

女性比率:44.6%

短時間勤務者割合:14.7%(男性:3.9%、女性:28.1%)

平均勤務年数:10年

賃金レベル別の従業員数割合

30,000ユーロまで:43%(平均賃金:25,000ユーロ)
55,000ユーロまで:40%(平均賃金:40,000ユーロ)
55,001ユーロ以上:17%(平均賃金:65,000ユーロ)

賃金付帯コスト:45%

ファミリー・フレンドリー施策対象者

人数:124名

対象者の賃金レベル別分布

30,000ユーロまで:48%(平均賃金:25,000ユーロ)
55,000ユーロまで:47%(平均賃金:40,000ユーロ)
55,001ユーロ以上: 5%(平均賃金:65,000ユーロ)

育児休業利用者:20名

ファミリー・フレンドリー施策を実施しない場合

育児休業平均利用期間注釈37):36ヶ月

育児休業からの復帰率:20%

復帰者の短時間勤務率:100%

ファミリー・フレンドリー施策を実施する場合

育児休業平均利用期間:25ヶ月

育児休業からの復帰率:80%

復帰者の短時間勤務率:50%

シミュレーション結果

ファミリー・フレンドリー施策の実施に要するコスト

相談・連絡コスト 81,250ユーロ
フレキシブルな労働時間の調整 10,541ユーロ
在宅勤務コスト 30,000ユーロ
事業所内保育施設 182,322ユーロ
小計 304,113ユーロ

ファミリー・フレンドリー施策の実施有無による人事関連コストの違い

 ファミリー・フレンドリー施策を実施しない場合(A)ファミリー・フレンドリー施策を実施した場合(B)施策実施によるコスト圧縮効果(A-B)
再雇用コスト274,430ユーロ93,612ユーロ180,818ユーロ
引継ぎコスト354,550ユーロ178,242ユーロ176,308ユーロ
再統合コスト67,110ユーロ44,740ユーロ22,370ユーロ
小計696,090ユーロ316,594ユーロ379,496ユーロ

施策実施による利益

379,496(コスト圧縮効果)-304,113(施策実施コスト)
=75,384ユーロ(施策実施コストの25%)

(資料)BMFSFJ(2003)よりみずほ情報総研作成。

また、これ以外にも中小企業向けに、実際の企業名を出しコストとベネフィットの実例を示したり(注釈38)、ファミリー・フレンドリー施策を実施するための企業向けチェックリスト(Checkheft familienorientierte Personalpolitik fur kleine und mittlere Unternehmen)を用意したりしている。

二つ目の大きな取組は、企業単位でのコスト・ベネフィットではなく、社会全体への影響の試算である。これは、2004年3月に立ち上げられた「経済発展と社会的安定の原動力としてのワーク・ライフ・バランス」という官産共同プロジェクトの中で実施されたものであるが、結果として、ワーク・ライフ・バランスを実践することには図表4‐14に示すような効果があり、成長の原動力になると結論付けている。

図表4‐14 ワーク・ライフ・バランスが経済全体に与える影響

経済成長の強化とGDPの上昇

→2006~2020年の間にワーク・ライフ・バランス施策の拡大によりGDPが2,480億ユーロ上昇することが見込まれる。

競争力の強化

→労働時間あたりの生産性が1.6%上昇し、国際競争力が高まる。

出生数の増加

→女性の出生率が1.56に上昇することにより986,000人の出生が今後15年間で見込まれる。これにより2020年まで人口規模は維持される。

国内需要の喚起

→就業率上昇と人口増加により個人消費が喚起され、1,910億ユーロの個人消費増が見込まれる。

雇用の増加

→ワーク・ライフ・バランスの追加的効果は雇用の可能性の強化であり、これにより2020年には221,000人の雇用が創出されると見込まれる。

社会保険の強化による賃金付帯コストの削減

→雇用主は社会保険料を1,140億ユーロ節約することが可能である。また健康保険についても1,520億ユーロ削減可能である。

(資料)Prognos(2005)よりみずほ情報総研作成

三つ目の取組は、「成功要因家族2005」(Erfolgsfaktor Familie 2005)という企業コンクールである。連邦政府は、2004年9月15日から同年12月15日までを応募期間として、ファミリー・フレンドリー施策に積極的に取り組んでいる企業のコンクールを行った。このコンクールには336社が応募したが、そのうち小企業、中企業、大企業1社ずつが賞金1万ユーロの最優秀賞として選出されたほか、上位30社には、無料で「仕事と家族」(berufundfamilie)という鑑査(注釈39)を受ける権利が与えられた。

最後に挙げられるのは、「家族のための地域連携」(Lokale Bundnisse fur Familien)の促進である。2003年より連邦政府は、EUの資金援助も受け、自治体レベルで財界、行政、福祉団体、市民団体などが集結・連携してファミリー・フレンドリー施策を始め、家族のための課題解決に取り組んでいくことを奨励し、地域の中にファミリー・フレンドリーに取り組むという意識を根付かせようとしてきた。

地域連携は、まず関係者を集め、地域での家族に関わる課題について議論することから始められる。議論が進んでいる地域では、保育サービスの拡充や情報提供など、具体的な解決策への取組も進めている。具体的な例は図表4‐15の通りである。

図表4‐15 地域連携の実例

<ヴィースバーデン:Wiesbaden>

地域内の一企業が、現在育児休業を取っている80名の従業員のために事業所内保育施設を用意することを検討。この内容をヴィースバーデンの地域連携に説明し、連携と一緒にモデル保育所を設置することに。

<ヴォルフスブルク:Wolfsburg>

企業側から育児休業中の従業員の教育や復帰者の支援が課題との声が上がり、これに対し、地域連携がある教育機関で育児休業中の従業員に対する継続教育の機会や復帰者へのセミナーやイベントを提供。地域内の複数の中小の企業の従業員が参加できるように。

(資料)Prognos(2006)、BMFSFJ(2005)をもとにみずほ情報総研作成。

連邦政府は、上記のような地域の連携を促進するために、サービスオフィスを開設し、地域連携の立ち上げの進め方に関するコンサルティングを無料で実施したり、インターネット上で地域連携のためのハンドブックを公開して地域連携の好事例を紹介したりしてきた。連邦政府の積極的な後押しの結果、地域連携は一般市民の間でも重要性が認識されるようになり(注釈40)、2005年末時点で260の地域連携ができている。

以上が、ドイツ連邦政府がワーク・ライフ・バランスやファミリー・フレンドリーを進めるために行ってきた主な取組である。これら以外でも、ドイツ政府は企業への働きかけとは別途、ワーク・ライフ・バランスを促進するための基盤として、保育所の整備や育児休業制度の改正も行っている。このファミリー・フレンドリー促進の流れは、社民党と緑の党の連立からキリスト教民主・社会同盟と社民党の連立へと政権が交代した現在でも継承されている。地域連携の一層の促進が謳われていたり、「成功要因家族」(Erfolgsfaktor Familie)が新たな企業向けプロジェクトとして立ち上げられ2006年末までに1,000の企業でファミリー・フレンドリーに関する憲章を作成させようという試みていたりするように、今後も注目すべき取組が進められるようである。

4.3.3 具体的な企業での取組

政府中心になって進められているワーク・ライフ・バランスであるが、それに呼応する形で個々の企業でのワーク・ライフ・バランスの取組も進んでいる。以下にいくつか具体的企業の事例を紹介する(注釈41)。

◆中小の不動産会社の例

従業員45名の不動産会社で、設立当初より家族を意識した人事施策を実施している。実践した施策は以下の通りである。

  • フレキシブルな労働時間の設定:1日の労働時間を6時00分~23時00分の間で自由に選択可能。週の稼働日は個々の部署・チームで自由に設定可。
  • 家族の緊急事態には仕事の中断が可能。子どもの学校の休みなどには休暇申請の際に最優先で配慮。
  • 育児短時間勤務や介護短時間勤務の実施。パソコンやインターネットを活用した在宅勤務の実施。
  • 事業所に隣接した保育所での子どもの預かり。緊急の場合は24時間・週末の対応も可。緊急時には保育士が子どもの送り迎えも担当。病児保育も可。会社は保育コストの50%を負担。
  • 従業員の子どもに職業訓練の機会を提供。
  • 結婚、子どもの結婚、転居、出産に伴い特別有給休暇を付与。
  • 企業年金の経済的支援。

施策を実施した結果、従業員のモティベーションが向上し、傷病休暇が急減し1%以下となった。従業員は出産後比較的早く復帰するようになり、そのため代替要員を募集、雇用、教育する必要がなくなった。さらに、従業員の定着率が高まったことにより、配置転換や新たな職場への適応にかかるコストが削減でき、満足度の高い従業員の仕事の質は高まった。企業イメージが向上することにより、より高い質の従業員を確保することを容易になった。

これらの施策については従業員からも満足の声が聞かれている。育児休業取得者は、短時間勤務や在宅勤務を利用することによって、平均10ヶ月程度で職場復帰するようになっている。家族を意識した施策により、従業員も企業も利益を得ている。

なお、この企業では今後、介護のために老人ホームの定員を確保したり、健康管理を強化したりすることなどを予定している。

◆大規模エネルギー会社の例

従業員数6,449名のエネルギー会社であり、以下のファミリー・フレンドリー施策を実施している。

  • 企業の支援による保育サービス(0~3歳対象)。
  • 市が提供するベビーシッターの仲介。
  • フレキシブルな労働時間モデル。
  • 外部コンサルタントを活用しての保育相談。
  • 育児期間中の従業員への両親プログラム。
  • 緊急用の親子ルームの設置。
  • 市スポーツ協会が提供する子どもの長期休業中の保育の紹介。
  • イントラネットによる情報提供。

上記施策の実施により、ノウハウを蓄積した従業員や専門性の高い従業員を定着させることができ、プロジェクトや顧客関係を維持することができている。また、従業員への投資の積極化、代替要員を入れることによるコストの圧縮も図ることができた。さらに、保育理由による欠勤を削減でき、早期復帰ができることにより、キャリアの中断を避けることもできるようになり、総じて従業員の満足度は向上した。


(注釈37)ドイツの育児休業は法律上36ヶ月まで認められている。

(注釈38)BMFSFJ(2004)Familienfreundliche Massnahmen im Handwerk

(注釈39)本鑑査は、Hertie-Stiftungが連邦政府と連携し、民間企業によって実施しているものである。審査委員が企業内の施策などをチェックし、初めて受審をした年には基礎認定を与え、その3年後に再受審した際に本認定が与えられる。受審にあたっては、企業規模に応じて費用がかかるが、その費用については公的機関などからの助成金も出されている。

(注釈40)民間調査機関のアンケートによると79%の人が地域連携を「とても重要」もしくは「重要」と捉えている。

(注釈41)ファミリー・フレンドリーを促進するための中小企業向けのサイト(http://www.mitterlstand-und-familie.de/)や企業向けのPRサイト(http://www.erfolgsfaktor-familie.de/default.asp)をもとに作成。


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