(2)家族の役割と子育てに対する意義

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(家庭の役割に対する意識)

 家庭は社会を構成する最小単位であるが、現在の私たちは、家庭の意味をどのように認識しているのだろうか。
 内閣府の「国民生活に関する世論調査」(2005年6月調査)によれば、現在の生活に満足している人の割合は59.5%(「満足している」7.7%と「まあ満足している」51.8%)であり、不満とする人の割合は37.5%(「やや不満だ」27.0%と「不満だ」10.5%)と、満足している人の方が多い。
 同調査で、家庭がどのような意味を持っているか尋ねたところ、「家族の団らんの場」を挙げた人の割合が61.1%と最も高く、ついで「休息・やすらぎの場」(55.5%)、「家族の絆(きずな)を強める場」(46.2%)、「親子が共に成長する場」(35.8%)の順となっている。性別にみると、「家族の絆(きずな)を強める場」、「親子が共に成長する場」をあげた人の割合は女性で高くなっている。
第1‐5‐5図 家庭の役割

(子育てに対する意義)

 内閣府の「社会意識に関する世論調査」(2006(平成18)年2月)によれば、子育てを楽しいと感じるか辛いと感じるか尋ねたところ、「楽しいと感じることの方が多い」と答えた人の割合が49.3%、「楽しいと感じることと辛いと感じることとが同じくらい」と答えた人の割合が36.4%、「辛いと感じることの方が多い」と答えた人の割合が6.0%となっている。2002(平成14)年の同じ調査と比較すると、ほとんどこれらの割合は変わっていない。性別でみると、「楽しいと感じることの方が多い」と答えた人の割合は女性で高くなっている。
 なお、「楽しいと感じることの方が多い」と答えている人は、子どもがある人の場合には54.7%、子どもがない人の場合には32.3%と、子どもがある人の方が高い数値となっている。この傾向は他の調査でも同様であり、子どもがない場合には概して子育てに対する楽しさの実感がわきにくいが、実際に子どもを持つと、子育てを楽しいと感じる人が多くなるものといえる。
 前述の世論調査において、子育ての楽しさについては、「子どもの成長に立ち会えること」を挙げた人の割合が62.1%と最も高く、以下「家族のきずなが強まること」(52.5%)、「子育てを通じて自分が成長できること」(45.3%)、「子どもの様子を見ているだけで楽しい」(38.2%)の順となっている。2005年の調査と比較して、「家族のきずなが強まること」をあげた人の割合が49.4%から52.5%へと高くなっている。

(家族・地域のゆらぎ)

 明治時代以降の子育ては、基本的には父母とその子どもの核家族において担われてきたが、家族内(祖父母や父母のきょうだい、子どものきょうだい、親類等)における助け合いに加え、身近な地域における助け合いやふれあい等を通じて、子育てを地域社会全体で支援するという機能が働いていたとみられる。
 しかし、現在の子育ては、核家族化や離婚の増大によるひとり親世帯の増加、地域社会における希薄な人間関係等によって、ややもすると、地域において孤立したり、母親ひとりだけの「弧」育てとなったりしている問題を抱えがちであると指摘されている。
 子育てをしている夫婦がその手助けを頼っている相手をみると、その夫婦の親が突出して高い(第1‐5‐7図を参照)。そのほかには、ファミリー・サポート・センターなどの公的な子育て支援サービスなどがあげられているものの、その割合は夫婦の親と比べればはるかに小さい。近所の知人をあげる割合も小さい。かつての日本では年長の子どもが年下の弟妹の「子守り」をすることが普通であったが、きょうだいが少ない現在では例外的なこととなっている。こうした状況においては、自分または配偶者の親から援助が受けられず、外部の保育サービスも受けていない子育て夫婦の場合、夫が子育てを助けなければ、妻だけに子育ての責任と負担がかかってしまい、いわゆる育児ノイローゼや児童虐待等の不幸な事態を引き起こしかねない。
 また、地域社会の中で人間関係が希薄化し、お互いの協力関係が弱くなる中で、身近な地域で相談相手や自分に代わって短時間子どもを預けられる人がいないなど、子育てが孤立化し、負担感が大きくなっている状況がみられる。アンケート調査結果によれば、特に、在宅で育児を行っている割合の高い3歳未満児を持つ母親の半数近くが社会からの疎外感や孤立感を感じている(第1‐5‐6図参照)。
第1‐5‐6図 周囲や世間の人々に対してどのように感じているか

第1‐5‐7図 子育てへの手助けを頼る相手は夫婦の親がほとんど

(親自身の未熟さの問題)

 親自身が未成熟なまま子どもを生み育てているのではないか、という問題点も指摘されている。「子育てに関する意識調査」(2004年12月財団法人こども未来財団)によれば、子どもを取り巻く環境の問題点として、様々なものがあげられている。「親以外に子どもをしかる大人が少なくなった」(57.1%)、「子どもをねらった犯罪が多くなった」(50.7%)という地域社会の問題、「戸外で遊ぶことが少なくなった」(67.8%)、「自然にふれ合う機会が少なくなった」(65.8%)という子どもの行動の問題と並んで、「親自身が未成熟であることが多くなった」(70.3%)が高い割合で選ばれている。
 また、国立女性教育会館の「平成16年度・17年度家庭教育に関する国際比較調査」をみると、日本では他の国と比べて子どもの世話の経験が少ない。「小さい弟や妹の世話をした経験」は日本(18.2%)は、タイ(32.4%)、アメリカ(36.0%)、フランス(28.1%)、スウェーデン(31.7%)より少なく、同調査の1994(平成6)年調査よりも5.4ポイント減少している。アメリカやフランス、スウェーデンではベビーシッターの経験も多いが、日本ではこの経験もほとんどないという結果となっており、子どもに接する機会が少ないまま親になっているという現状がある。
第1‐5‐8図 子どもを取り巻く環境について問題だと思うこと

(児童虐待の問題)

 近年、全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数は増加を続け、2005年度においては34,472件に上っており、児童虐待防止法施行前の1999(平成11)年度に比べ3倍の増加となっている。相談の内容も、専門的な援助を必要とする困難なケースが増えており、特に、子どもの生命が奪われるなど重大な事件も後を絶たない状況である。児童虐待問題の背景には、家族の抱える社会的、経済的、心理的な問題等様々な問題があることに加え、地域の子育て機能の低下を背景とした養育力の不足している家庭が増加していることにも起因していると考えられている。
1 2005年度の児童虐待対応件数34,472件の内訳は、身体的虐待42.7%、保護の怠慢・拒否(ネグレクト)37.5%、心理的虐待16.8%、性的虐待3.1%となっている。また、主な虐待者をみると、実母61.1%、実父23.1%、実父以外の父6.1%となっている。

第1‐5‐9図 児童虐待の対応件数の推移

(親育ちの子育て支援)

 内閣府の「社会意識に関する世論調査」(2006年2月)において、子どもを育てることについて今以上に大きな役割を担うべきものについて聞いたところ、「親や家族」と答えた人の割合が44.8%と最も多く、他では「子育てのための施設」(11.1%)、「行政」(11.1%)、「国民全体」(9.3%)などとなっている。
 子育ては次代の担い手を育成する営みであるという観点から、子どもの価値を社会全体で共有し、子育て家庭が安心と喜びをもって子育てに当たれるよう社会全体で支援することが必要であるが、いうまでもなく、子育ては父母その他の保護者が第一義的責任を持つものである。親や家族が子育ての基盤として確立していなければ、社会的支援も効果が薄くなり、児童の健全な育成を図ることができない。
 したがって、子育て支援を進める上では、親自身が子どもを持つことや子育てについての自覚や責任感、あるいは子育ての能力を持つことができるように、中学・高校の頃から、これらの事柄に関する教育・啓発等が必要であると考えられる。さらに、仮に精神的に未成熟なまま親になった場合でも、家族や地域社会、行政等が各種の支援をすることにより、「子育て」を通じて「親育ち」となるような誘導策が必要である。

(社会的な意識改革の必要性)

 家庭は、子どもが親や家族との愛情によるきずなを形成し、人に対する基本的な信頼感や倫理観、自立心などを身に付けていく場でもある。しかし、職場優先の風潮などから子どもに対し時間的・精神的に十分向き合うことができていない親、無関心や放任といった極端な養育態度の親などの問題が指摘されている。さらに、前述したとおり、親による児童虐待をはじめ子どもの家庭内暴力、配偶者間の暴力など、現代の家庭・家族は深刻な問題を抱えており、社会として適切な対応を求められている。こうした問題の背景には、家族の絆や地域の絆が揺らいできている現状があるだろう。
 総合的な少子化対策を進めていく上で、生命を次代に伝え育んでいくことや家族の大切さが理解されることが重要である。子どもの誕生を祝福し、子どもを慈しみ、守り育てることは、社会の基本的な責任であることを、大人もこれから親になる若者も認識するように、社会全体の意識改革に取り組む必要がある。

(コラム)子どもを大切にする文化

 幕末から明治初期に日本を訪れた欧米人の多くが、日本の子ども達が様々な遊戯をしてにぎやかに遊んでいる様子や、礼儀正しくしつけられている姿、大人達が子どもを大切にし、子どもと遊び、子どもの成長を楽しみにしている様子を、驚きと好感、そして賛嘆をもって記録している
 たとえば、幕末の駐日イギリス外交官であり『大君の都』を著したオールコックは、「子どもの楽園」という表現を使い、大森貝塚を発見したアメリカ人のモースは、「子どもの天国」であり、「世界中で日本ほど、子どもが親切に取り扱われ、そして子どものために深い注意が払われる国はない」と記述している。
 1878(明治11)年、47歳にして単身で日本を訪れ、東北地方から北海道まで旅行をしたイギリス人女性のイザベラ・バードは、その著『日本奥地紀行』の中で栃木県・日光での見聞として、次のように書いている。
 「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭に連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。他人の子どもに対しても、適度に愛情を持つて世話をしてやる。父も母も自分の子どもに誇りを持っている。見ていて非常に面白いのは、毎朝6時ごろ、12人か14人かの男たちが低い塀の下に集まって腰を下ろしているが、みな自分の腕の中に2歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵をみせびらかしていることである。その様子から判断すると、この朝の集会では、子どものことが主要な話題となっているらしいのである。」
 今では見られない光景ではあるが、男達が小さな子どもを抱いて互いに「子ども自慢」をしている様子が興味深い。これらの見聞記を読むと、明治以降の近代化から現代まで150年くらいの間に、日本の子どもの行動や親と子の関係、地域社会の中での子どもの位置などにおいて、変化したもの、残っているもの、そして失われたものに対する感慨を呼び起こされる。
2 渡辺京二著『逝きし世の面影』(2005年、平凡社ライブラリー)参照
3 イザベラ・バード『日本奥地紀行』(邦訳、平凡社。原書は1880年刊)

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