第2節 人口減少社会の到来(2/2)

[目次]  [戻る]  [次へ]


2 人口減少による影響

●労働力人口の減少

上記のとおり、平成18年将来推計人口をみると、2055(平成67)年には、合計特殊出生率が1.26、総人口が9,000万人を下回り、その4割(約2.5人に1人)が65歳以上の高齢者といった姿が示されている。こうした人口減少社会は、単純な人口規模の縮小ではなく、高齢者数の増加と生産年齢人口(15~64歳)の減少という「人口構造の変化」を伴うものであり、我が国の経済社会に大きな影響を与えることが懸念される。

例えば、生産年齢人口が減少することに伴い、出生数の減少による若年労働力の減少や、高齢者の引退の増加によって、労働力人口は高齢化しながら減少していくことが予想され、経済成長にマイナスの影響を及ぼす可能性があることから、中長期的な経済成長の基盤を確保するためにも、イノベーションの推進を図るとともに、若者、女性、高齢者、障害者などの働く意欲と能力を持つすべての人の労働市場への参加を実現するための仕組みづくりを強力に進めることが必要である15。こうした施策を講じることにより、労働市場への参加が進めば、2030(平成42)年時点で6,180万人の水準にまで労働力人口の減少を抑えることができると見込まれている(第1‐1‐21図参照)。

第1-1-21図 労働力人口の推移と見通し

(CSV形式:2KB)ファイルを別ウィンドウで開きます

また、労働力人口の減少が生じると経済成長にマイナスの影響を及ぼす可能性があることに留意し、中長期的な経済成長の基盤を確保する観点から、イノベーションの推進を図るとともに、若者、女性、高齢者など、働く意欲を持つすべての人々の就業参加を実現することが不可欠である。

また、これから生まれる世代が労働力化する2030年以降についても、生産年齢人口の減少速度の加速により、さらに急速な労働力人口の減少が予想され、若者、女性、高齢者などの労働市場参加が進まないことに加えて少子化の流れを変えることができなければ、2050(平成62)年の労働力人口は4,228万人と、現在(2008年)の6,650万人の3分の2弱の水準まで落ち込むことが見込まれている。

●高齢化率の上昇

少子化の進行による急速な人口減少は、労働力人口の減少による経済へのマイナスの影響のほか、高齢者人口の増大による年金や医療、介護費の増大の影響が考えられる。一方で、社会保障制度を支える現役世代の人口及び総人口に占める割合の双方が低下していくため、社会保障制度の持続可能性を図るためには、高齢者に対する給付内容の見直しや、給付と負担の均衡等の措置を講じていかなければならない。

さらに、人口減少による社会的な影響としては、地域から子どもの数が少なくなる一方で、高齢者が増加し、特に過疎地においては、防犯、消防等に関する自主的な住民活動をはじめ、集落という共同体の維持さえ困難な状況など、地域の存立基盤にも関わる問題が生じる可能性がある。

●国民の希望を反映した人口試算

「平成18年将来推計人口」を受けて、厚生労働省の社会保障審議会に「人口構造の変化に関する特別部会」(以下「特別部会」という。)が設けられ、「出生等に対する希望を反映した人口試算」(2007(平成19)年1月)(以下「希望を反映した人口試算」という。)が示された。

平成18年将来推計人口においては、参照コーホート16 として設定されている1990(平成2)年生まれの女性の生涯未婚率は23.5%、夫婦完結出生児数は1.70人と仮定されている。一方、「出生動向基本調査」等の結果によれば、未婚者の9割はいずれ結婚したいと考えており、また、既婚者及び結婚希望のある未婚者の希望子ども数の平均は、男女ともに2人以上となっている。こうした国民の結婚や出生行動に対する希望が一定程度実現したと仮定し、「希望を反映した人口試算」では、希望実現の程度によっていくつかのケースに分けて試算を行っている(第1‐1‐22図参照)。それによると、2040(平成52)年までに希望がすべて実現するケース(生涯未婚率10%未満、夫婦完結出生児数2.0人以上)の合計特殊出生率の試算の過程は第1‐1‐23図のとおりであり、これから出生年齢に入る1990年生まれの女性が50歳となる2040(平成52)年時点で、合計特殊出生率は1.75まで上昇する17。この場合、2055(平成67)年において、総人口は1億人以上、高齢化率は35.1%になると見込まれている。

このように、平成18年将来推計人口では、前回推計よりも一層少子高齢化が進行するとの見通しが示されているが、「希望を反映した人口試算」の結果を踏まえると、国民の結婚や出産・子育てに対する希望と実態とのかい離を解消することにより、少子化の流れを変えることが可能であると考えられる。

第1-1-22図 希望を反映した人口試算の合計特殊出生率の仮定

第1-1-23図 希望がすべて実現するケースの合計特殊出生率は1.75

●結婚や出生行動に影響を及ぼしていると示唆される要素

特別部会は、さらにこうした国民の結婚や出産・子育てに対する希望と現実のかい離に着目し、このかい離を生み出している要因を整理した。それによると、結婚では、経済的基盤、雇用・キャリアの将来の見通しや安定性、出産では、子育てしながら就業継続できる見通し、仕事と生活の調和の確保の度合い、特に第2子以降では、夫婦間の家事・育児の分担度合い、育児不安の度合い、特に第3子以降では、教育費の負担感(ただし、1970年代以降生まれの世代では1人目、2人目からについても負担感が強く意識される傾向)などがあげられている。

結婚や出産はいうまでもなく個人の決定に委ねられるものであるが、国民の希望の実現を妨げる社会的な要因が存在し、それが将来の社会経済に大きな影響が及ぼすことを考えると、このかい離を生み出している要因を除去し、国民の希望が実現できる社会経済環境を整備することは、我が国にとって不可欠な政策課題である。

第1-1-24図 結婚や出生行動に影響を及ぼしていると示唆される要素の整理

コラム 少子化社会対策に関する国際連携推進事業―アメリカ、イタリア、シンガポールの政策担当者との議論―

少子化対策に積極的に取り組んでいる各国の政策担当者との意見交換を通じて経験や知恵を共有し、我が国の少子化対策の立案・実施の実務面に活用するため、「少子化社会対策に関する国際連携推進事業を2008年10月に実施した。2006年度から今回で3回目となった。

2008年度においては、アメリカ、イタリア及びシンガポールの政策担当者等(各国2名)を招聘し、我が国の政策担当者との意見交換、一般国民を対象とした国際シンポジウムの開催及び関連施設の視察等を実施した。各国の議論は下記のとおり。

招聘者:

〔アメリカ〕

シナエ・チュン(Ms. Shinae Chun)(アメリカ労働省女性局 局長)

ロバート・ドラゴ(Mr. Robert Drago)(ペンシルベニア州立大学 教授)

〔イタリア〕

フランチェスカ・ペライア(Ms. Francesca Pelaia)(イタリア首相府家族政策局 家族政策上級管理責任者)

アンナマリア・マタラッツォ(Ms. Annamaria Matarazzo)(イタリア首相府家族政策局 家族政策上級担当)

〔シンガポール〕

ウン・フェイミン(Ms. Ng Hwei Min)(人材開発省労政職場局 副局長)

ウン・ミーリン(Ms. Ng Mie Ling)(社会開発・青年・スポーツ省 家族発展グループ長)

(1)「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)」に関して

〔アメリカ〕

女性の就業率について、3歳未満の子どもを持つ女性の約60%(2007年)が就業(仕事をもつ女性に占めるフルタイムは75%)し、その比率はますます増えてきている状況。したがって、職場における働き方の柔軟性は、かつてないほどその重要性が増していると認識している。

そして、より柔軟性のある職場環境を提供するには、雇用者のリーダーシップが鍵と主張。そのために政府としては、[1]成功している事業者が他の事業主を助けるという「フレックスオプションプログラム」を2004年から開始。[2]事業者のベストプラクティスを共有する「フレックス・イン・ザ・シティ」というプログラムを2008年より実施しているとの紹介があった。

招聘者(米国)の写真

〔イタリア〕

女性の就業率は比較的低く(45%程度)、出生率も低いのが現状。

ワーク・ライフ・バランスは、企業と組合が共に協力することで、職場において組織的に解決策を探していく必要があると主張し、企業にとっては投資であるとの考えが紹介された。

具体的には、「前向きなアクション」が法律で制定(第53法案、2001(平成13)年)され、企業がワーク・ライフ・バランスの取組の資金を政府に申請し、プロジェクトが認められると財政的な支援を享受できることとなった。また、特別家族政策基金を設立することで、国、地域、地方レベルにおいてワーク・ライフ・バランスへの積極的な施策の策定、実施が可能になった。

招聘者(イタリア)の写真

〔シンガポール〕

女性の就業率は上昇傾向だが、妻は家庭にいるべきとの考えから年齢が高い層は低い状況。

2004(平成16)年には基金を創設(ワークライフワークス基金)し、これまでに中小企業を中心に450社以上助成してきた。これは、企業におけるフレックス勤務制度に重点を置いたワーク・ライフ支援プログラムの実施を促進するための資金助成で、例えばコンサルタントの雇用、在宅勤務や社用車の利用などに使うことができる。

広報・イベントとしては、成功事例の表彰を行い、ワーク・ライフ会議で成功例を共有し合うという取組をしている。

招聘者(シンガポール)の写真

(2)「子育て支援策」に関して

〔アメリカ〕

出生率に与えるプラス要因としては、「移民による出生率が増加」していること、「父親が家庭における労働負担を増加」させていること。一方、マイナス要因としては、女性の教育水準の向上や結婚の安定性の低下を背景にした「出産の高齢化」があるとの指摘があった。

取組としては、まずは「総括的な対策」として、[1]一部の子育て層だけではなく意思決定に全員が参加すること、[2]性や文化、民族などの異質な集団に配慮すること、[3]一人ひとり個人として対応すること、の重要性の指摘があった。

次に「両立支援策」としては、個々人に合わせて制度を設計し、内外でコミュニケーションをしつつ、幅広い関係者から評価をしてもらうような工夫の重要性の指摘があった。

最後に「偏見への抵抗」として、家族への思いやりをもちつつ職場でも頑張り、職場文化を変えていく行動をする紹介があった。

意見交換の様子1

〔イタリア〕

政策の充実として、具体的には特別計画(2007-2009年)を策定することで、幼児を対象とした社会教育サービスの拡充を目指している。中でも保育所の国家ネットワークを設立してサービスを提供し、保育サービスの普及率を11.4%(2004年)から15.3%の目標を決めている。

育児休暇取得率は低く、2歳未満の子どもをもつ父親が取った育児休暇は全体の8%のみにとどまっている。この要因としては、[1]経済的な保証が不十分、[2]産後1年間は母親が育児に専念すべきとの考えがある、と分析。財政的な支援を検討しているという。

意見交換の様子2

こどもみらい館での記念写真

意見交換の様子3

〔シンガポール〕

出生率は30年以上低下し続け、同時に高齢化も進行(労働力の25%が50歳以上)しているのが現状。出生率に与えるマイナス要因としては、[1]独身者率が上昇、[2]世帯サイズが減少、[3]結婚や出産年齢が上昇、していることがあると分析。

取組としてはワーク・ライフ・バランス、保育支援、財政支援という車の三輪が大切と主張。独身者に対しては、結婚相談の機関による結婚奨励策もあり、出会いの機会の提供や民間の結婚相談所への認定システムなどの取組を行っている。もちろん結婚や出産は個人が決定するものであり、政府ができることは環境を整備し、適切なメッセージを伝えることである。

 
15  労働力人口とは、15歳以上の者で、就業者及び就業したいと希望し求職活動をしており、仕事があればすぐ就くことができるが、仕事についていない者(完全失業者)の総数をいう。また、当該年齢人口に占める労働力人口の割合を労働力率という。
16  コーホートとは、出生・結婚などの同時発生集団を意味する人口学上の概念である。
17  この試算の前提として仮定される出生率(1.75)は、国民の希望が実現した場合を想定しており、生物学的なヒトの出生力を示すものではなく、また、施策が奏功した際の社会的に達成可能な上限を示すものでもない。平成18年将来推計人口の前提である2055年で1.26という数値とのかい離をいかに埋めていくかという議論の素材となることが期待される。


[目次]  [戻る]  [次へ]