第1節 「子ども・子育てビジョン」の背景
1 子どもと子育てを応援する社会に向けて
これまで「少子化対策」として、さまざまな計画の策定や対策が講じられてきた。しかしそれが目に見える成果として、生活の中では実感できない現状にあると考えられる。これらの現状を踏まえ、今後の子ども・子育て支援策を進めていく上では、以下の観点が重要となる。
<1>社会全体で子どもと子育てを応援していくという「子どもが主人公」(チルドレン・ファースト)との基本的な考えのもと、「子どもを大切にする社会」をつくるという観点。
<2>これまでの「少子化対策」から「子ども・子育て支援」へと視点を移し、子育てをする親や子どもたちなどの当事者の目線で、個人が希望を普通にかなえられるような教育・就労・生活の環境を社会全体で整備していくという観点。
<3>「子ども・子育て支援」を進めるにあたっては、「男女共同参画」、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)」、「子ども・若者育成支援」のそれぞれの施策と密接な連携を図るという観点。
2 これまでの施策の評価
「少子化社会対策大綱」(2004(平成16)年6月閣議決定。以下「旧大綱」という。)及び旧大綱に基づく数値目標等を定めた「子ども・子育て応援プラン」(2004年12月少子化社会対策会議決定)における「目指すべき社会の姿の達成度」等については、「利用者意向調査」(2009(平成21)年3月)により以下のように評価されている。
(「目指すべき社会の姿」の達成度)
「目指すべき社会の姿」の達成度についてみると、全体的に厳しい評価だが、特に、「若者が意欲を持って就業し、経済的にも自立できるような社会」と「仕事と家庭の両立支援と働き方の見直し」に関する評価が低くなっている。
<評価が低い項目>
※数字は、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の計
・若者が意欲を持って就業し、経済的にも自立できるような社会(71.5%)
・希望する者すべてが、安心して育児休業等を取得できる職場環境が整った社会(71.3%)
・育児期に離職を余儀なくされる者の割合が減るとともに、育児が一段落した後の円滑な再就職が可能な社会(65.5%)
・働き方を見直し、多様な人材を効果的に育成活用することにより、(労働)生産性が上昇するとともに、育児期にある男女の長時間労働が是正される社会(65.0%)
(「国の取組」への評価)
このような「目指すべき社会の姿」を実現するために、国がどの程度取り組んでいるかという評価についてみると、全般的に厳しい評価だが、特に「仕事と生活の調和のとれた働き方の実現に関する取組」や「妊娠・出産の支援体制、周産期医療体制を充実する取組」に対する評価が低い。
<評価が低い項目>
※数字は、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の計
・男性の子育て参加促進のための父親プログラム等の普及の取組(59.2%)
・労働時間短縮等、仕事と生活の調和のとれた働き方の実現に向けた環境整備の取組(54.8%)
・妊娠・出産の支援体制、周産期医療体制を充実する取組(52.9%)
・妊娠・出産しても安心して働き続けられる職場環境の整備を進める取組(50.4%)
(国民の求める「子ども・子育て施策」)
国民が求める子ども・子育て施策に関するニーズについては、内閣府が実施した少子化対策に関する特別世論調査(2009年2月)等をみると、大きく分けて、<1>経済的支援の充実、<2>保育所の充実をはじめとした子供を預かる事業の拡充、<3>育児休業や短時間勤務を含めた働き方の見直しについての要望が高くなっている。
(子どもを持つ上での不安)
子どもを持つ上での不安もしくは持たない要因を調査(インターネット等による少子化施策の点検・評価のための利用者意向調査・中間報告(2009年11月))したところ、「経済的負担の増加」が際立っており、「仕事と生活・育児の両立」、「出産年齢、子どもを持つ年齢」がこれに続いている。
3 結婚、出産、子育てをめぐる最近の状況
(若年者の非正規雇用の増加)
若年者の雇用をめぐる環境をみると、完全失業率及び非正規雇用割合ともに、全年齢計を上回る水準で推移している。また、非正規雇用者の有配偶率は低く、30歳~34歳の男性においては、非正規雇用の者の有配偶率は正規雇用の者の半分程度となっているなど、就労形態の違いにより家庭を持てる割合が大きく異なっている。
(若い世代の所得の伸び悩み)
子育て世代の所得分布をみると、30代では、1997(平成9)年には年収が500~699万円の雇用者の割合が最も多かったが、2007(平成19)年には300万円台の雇用者が最も多くなっており、この10年間で下方にシフトしている。
(依然として厳しい女性の就労継続)
女性の就労をめぐる環境をみると、出産前に仕事をしていた女性の約6割が出産を機に退職している。また、女性の育児休業利用者の割合は堅調に増加傾向にあるものの(2008(平成20)年は90.6%)、育休を取らずに就業を継続している女性の割合も考慮すると、出産前後で就労継続をしている女性の割合は、この20年間ほとんど変化しておらず、出産に伴う女性の就労継続は依然として厳しい。
(子育て世代の男性の長時間労働)
子育て期にある30代男性の働き方をみると、約4人に1人は週60時間以上の就業となっている。また、60時間以上就業している者の割合も過去10年間で増加するなど、労働時間の長時間化の傾向がみられる。加えて、育児時間を国際比較してみると、6歳未満の子どもを持つ男性の育児時間は、1日平均約30分程度しかなく、欧米諸国と比較して半分程度となっている。家事の時間を加えても、我が国の子育て期の男性の家事・育児にかける時間は1日平均1時間程度となっており、欧米諸国と比べて3分の1程度となるなど、男性の育児参加が進んでいないことがわかる。
(いわゆる「子どもの貧困」)
近年、いわゆる「子どもの貧困」問題が懸念されているが、2009(平成21)年11月に厚生労働省から発表された相対的貧困率についてみると、子どもがいる現役世帯の世帯員の相対的貧困率は、2007年の調査で12.2%、そのうち、ひとり親世帯については54.3%となっている。また、OECD加盟国で比較した相対的貧困率についてみると、我が国はOECD諸国の中でも高い水準であり、その改善が課題となっている。
(共働き世帯の増加)
1990年代半ばより共働き世帯数が専業主婦(夫)世帯を上回り、近年更に増加傾向にある。これとともに、保育所待機児童の問題が深刻化する一方、幼稚園の充足率は低下し、就学前児童の受け皿が時代に合わなくなってきているとの指摘がある。
このような流れを受け、幼稚園と保育所の機能を併せ持つ認定こども園の整備が、2006(平成18)年の制度発足以来進められており、2010(平成22)年4月現在の認定数は532となっている。
(お産の場の減少)
産婦人科及び産科医療施設の推移をみると、この10年間減少傾向にあり、身近なお産の場が減少していることがうかがえる。
4 家族関係社会支出の国際比較
我が国は、欧州諸国に比べて現金給付、現物給付を通じて家族政策全体の財政的な規模が小さいことが指摘されている。家族関係社会支出の対GDP比をみると、我が国は0.81%(2005(平成17)年)となっており、フランスやスウェーデンなどの欧州諸国と比べて3分の1から4分の1となっている。また、社会保障給付費に占める家族関係給付の割合をみると、我が国は4.2%(2005年)となっているのに対し、欧州諸国ではおおむね10%程度となっている。
5 「子ども・子育てビジョン」の検討経緯
(ワーキングチームにおける検討)
2009(平成21)年10月、内閣府の少子化対策担当の政務三役(大臣、副大臣、大臣政務官)を中心として「子ども・子育てビジョン(仮称)検討ワーキングチーム」(以下「ワーキングチーム」という。)を設置した。ワーキングチームでは、有識者、事業者、子育て支援に携わる地方自治体の担当者等からのヒアリングを活発に行いつつ、検討を進めた。ヒアリングは、「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム」(2009年2月~6月)メンバー、認定こども園を運営する事業者、地方自治体の子育て支援担当者、経済団体及び労働者団体等より行なった。
また、保育所待機児童問題の実情を把握するために、認可保育所、東京都の認証保育所、廃校となった小学校を活用した保育施設、保育所型の認定こども園を訪問した。また、待機児童問題が深刻な沖縄においては認可外保育施設が多いことから、その実情の把握が行われた。
(今後の子ども・子育て支援策についての意見募集)
ビジョンの策定にあたって、広く国民から意見募集を行い(2009年10月16日~11月11日)、312件の意見が寄せられた。寄せられた意見の中では、「保育所・幼稚園・放課後対策」に関する意見が最も多く96件(31%)、次いで、「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」及び「子ども手当等(経済的支援)」に関する意見がそれぞれ36件(12%)などとなった。本意見募集からは、子ども手当のような現金給付のみならず、保育サービス等の現物給付に対する国民の要望が強いことがうかがえる。
(「子ども・子育てビジョン」の意義)
以上のような、これまでの施策の評価、国民の求める子ども・子育て施策、結婚、出産、子育てをめぐる最近の状況、ワーキングチームにおける検討や意見募集等を踏まえ、ビジョンは、
<1>現在、子どもと子育ての置かれた状況を踏まえ、これからの新しい子ども・子育て支援等の理念や基本的な考え方を明らかにする
<2>今後5年間に重点的に取り組む施策を盛り込むとともに、保育サービス等の整備などの「数値目標」を盛り込む
<3>国と地方が連携・協力して、社会全体で子育てを支えるという気運を盛り上げる
ことを目指して策定された。