2 子どもの健康と安全を守る
1)予防接種
予防接種はこれまで、多くの疾病の流行の防止に大きな成果をあげ、感染症による患者の発生や死亡者の大幅な減少をもたらすなど、わが国の感染症対策上極めて大きな役割を果たしてきたところである。
しかし、感染症が著しくまん延し、大きな被害を与えていた時代は過ぎ去り、今日ではその流行が余り見られなくなったため、予防接種によって獲得した免疫が感染症の流行を抑制していることが忘れられてしまいがちとなっている。
このため、感染力が非常に強い疾病に関しては、免疫水準の変化により周期的に流行を繰り返すおそれもあり、予防接種により国民全体の免疫水準を維持するためには、予防接種の接種機会を確保すると共に、社会全体として一定の接種率を確保することが重要である。
2007(平成19)年においては若年層の間に麻しんの流行が見られたため、国としては麻しん対策を推進する観点から、2012(平成24)年までに国内の麻しん排除を目指し、「麻しんに関する特定感染症予防指針」を策定し、2008(平成20)年度から2012年度にかけて接種時に中学1年生相当の年齢の者及び高校3年生相当の年齢の者を対象として、麻しんの予防接種を実施することとしたところである。
2)こころの健康づくり
2008(平成20)年度から、経験豊かな退職した養護教諭をスクールヘルスリーダーとして、養護教諭未配置校や経験の浅い養護教諭の配置校へ定期的に派遣し、校内での教職員に対する研修、個別の対応が求められる児童、生徒への対応方法等に関する指導等を実施するとともに、スクールヘルスリーダーによる情報交換・知見の向上を図ること等により、児童、生徒が抱える現代的な健康問題に適切に対処できる環境を整備するスクールヘルスリーダー事業を実施している。
また、子どもの日常的な心身の健康状態を把握し、健康問題などについて早期発見・早期対応を図ることができるよう、教員を対象とした指導参考資料を作成するとともに、養護教諭、臨床心理士等を対象に、子どもの心のケアの効果的な対応方法等に関するシンポジウムを開催している。
児童思春期におけるこころの健康づくり対策として、児童思春期におけるこころのケアの専門家の養成研修を行い、精神保健福祉センター、児童相談所等で児童思春期の専門相談を実施している。
さらに、様々な子どもの心の問題、児童虐待や発達障害に対応するため、都道府県域における拠点病院を中核とし、各医療機関や保健福祉機関等と連携した支援体制の構築を図るための事業を2008年度より3か年のモデル事業として実施するとともに、中央拠点病院の整備を行い、人材育成や都道府県拠点病院に対する技術的支援等を行っている。
3)性に関する科学的な知識の普及と発達段階に応じた適切な教育
安易な人工妊娠中絶を避けるため、人工妊娠中絶が女性の心身に及ぼす影響や安全な避妊についての知識の普及を図っている。また、女性が主体的に避妊を行うことができるようにするための避妊の知識の普及等の支援を行っている。さらに、自治体等を通じ、思春期の男女に対する性や避妊、人工妊娠中絶等に関する相談や情報提供を推進しているところである。
学校における性に関する指導は、エイズ及び性感染症や人工妊娠中絶などの性に関する健康問題について、児童生徒がそのリスクを正しく理解し、適切な行動を取れることをねらいとしており、体育科、保健体育科、特別活動、道徳などを中心に学校教育活動全体を通じて指導することとしている。性に関する指導を進めるに当たっては、学習指導要領にのっとり、児童生徒の発達の段階に沿った時期と内容で実施すること、個々の教員がそれぞれの判断で進めるのではなく、学校全体で共通理解を図り、保護者や地域の理解を得ながら実施すること、集団指導と個別指導の連携を密にして効果的に行うことなどに留意する必要がある。
政府では、学校において適切な性に関する指導が実施されるよう、効果的な指導方法について実践研究等を実施するとともに、各地域における指導者養成と普及を目的とした研修会を行ったところである。
4)「食育」の普及促進
2005(平成17)年6月に制定された食育基本法(同年7月施行)において、子どもたちに対する食育は、心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性を育んでいく基礎となるものと位置付けられたところである。
食育の推進に関する取組を総合的かつ計画的に推進するため、2006(平成18)年3月には、食育基本法に基づき、食育推進会議(会長:内閣総理大臣)において、2006年度から2010(平成22)年度までの5年間を対象とした食育推進基本計画(以下「基本計画」という。)が決定され、食育の普及促進等各種施策が推進されているところである。
(1)国民運動としての食育の推進
食育基本法の趣旨から、子どもたちに対する食育が重要であるとの認識の下、基本計画に基づき、家庭、学校、保育所、地域等において、国民的広がりを持つ運動として食育を推進している。基本計画は、食育推進運動を重点的かつ効果的に実施し、食育の国民への浸透を図るため、毎年6月を「食育月間」として定めている。内閣府では、実施要綱を策定して全国的な推進を図るとともに、2009(平成20)年6月に島根県松江市において第4回食育推進全国大会を開催するなど、食育に関する国民の理解の促進に努めたところである。
また、2007(平成19)年8月からは、食育推進会議の下に「食育推進評価専門委員会」を設置し、食育の推進状況についての評価を行うとともに、「若い世代の食生活改善」等様々な課題について審議を重ねている。
(2)家庭における食育の推進
2006年6月に公表した「平成17年度乳幼児栄養調査」結果では、出産直後や離乳食の開始時期に授乳や子どもの食事への不安が高まること、幼児(4歳未満)の約1割に朝食の欠食がみられることなどが明らかとなり、乳幼児のいる家庭への食育を推進していく必要がある。このため、授乳や離乳について適切な支援が推進されるよう「授乳・離乳の支援ガイド策定に関する研究会」を開催し、2007年3月に「授乳・離乳の支援ガイド」を取りまとめた。
さらに、2010年3月、子育て中の保護者を主たる対象とする「親子のための食育読本」を作成し、公表したところである。
(3)学校等における食育の推進
学校における食育を推進するためには、学校における指導体制の整備が不可欠である。2005年4月に制度化された栄養教諭は、各学校の指導体制の要として、教育に関する資質と栄養に関する専門性を生かして、学校給食の管理を行うとともに、食に関する指導を一体として担うことにより、教育上の高い相乗効果をもたらすことが期待されており、食育の推進に大きな効果を上げている。2009年9月現在で、すべての都道府県において2,663名の栄養教諭が配置されている。このほかにも<1>全国のすべての小学校1年生・3年生・5年生、中学校1年生の児童生徒を対象とした「食生活学習教材」の作成・配布、<2>栄養教諭を中核として、学校、家庭、地域が連携しつつ、学校における食育を推進するためのモデル事業の展開、<3>教職員、保護者等を対象とした食育の普及啓発、栄養教諭による実践指導の紹介、生産者等も含めた関係者間の情報交換を行うシンポジウムの開催など、各種事業を継続的に実施し、学校における食育の推進に努めている。
また、2008(平成20)年3月には、小中学校の学習指導要領の改訂を行い、その総則において、「学校における食育の推進」を明確に位置付けるとともに、家庭科(技術・家庭科)や体育科(保健体育科)、特別活動、総合的な学習の時間など、関連する教科等においても食育に関する記述を充実した。
さらに、2009年4月には、改正学校給食法を施行し、第1条(この法律の目的)において、「学校における食育の推進」を明記するとともに、栄養教諭が学校給食を活用した食に関する指導を行うことや、校長が食に関する指導の全体計画を作成するなど、必要な措置を講ずることを規定した。
児童福祉施設における食事は、入所する子どもの健やかな発育・発達及び健康の維持・増進の基盤であるとともに、望ましい食習慣及び生活習慣の形成を図るなど、その果たす役割は極めて大きい。そこで、2009年度に改定された「日本人の食事摂取基準」(2010年版)を受けて、児童福祉施設における食事の提供及び栄養管理のあり方について、子どもの健やかな発育・発達を支援する観点から、具体的な食事計画の作成や評価など栄養管理の手法について、専門家による検討を行い、「児童福祉施設における食事の提供ガイド」を取りまとめたところである。
なお、保育所における食育の推進については、2009年4月に施行された、新たな保育所保育指針(厚生労働省告示第141号)に位置付けられている。
(4)地域における食生活の改善等のための取組の推進
心身ともに健康で豊かな食生活の実現に向け、2000(平成12)年に策定された「食生活指針」を具体的な行動に結びつけるため、2005年から「何を」「どれだけ」食べたらよいかをわかりやすく示した「食事バランスガイド」について普及・啓発を行っている。特に、農林水産省では、栄養バランスに優れた「日本型食生活」の実践を促すため、ポスターやマスメディアなどの多様な媒体を活用した普及・啓発、食育を熱心に取り組もうとしている地区を対象に、集中的・重点的に「食事バランスガイド」を活用した「日本型食生活」の普及・啓発を推進した。さらに、食に関する関心や理解を深めるため、一連の農作業等の体験の機会を提供する教育ファームや、学校給食への地場産物の活用の促進など、地域の特性を活かした取組を促進している。
また、厚生労働省では、食育の一層の推進を図るため、2008年度の厚生労働科学研究1において、自治体の食育に関する様々な取組事例を収集し、ホームページ掲載による情報提供を行っている。
- 「食育を通じた健康づくり及び生活習慣病予防戦略に関する研究」(主任研究者:荒井裕介)
5)子どもの事故防止
(1)子どもの事故予防のための取組
2004(平成16)年度厚生労働科学研究2において、子どもの事故の実態とその予防策について検討し、その成果としてとりまとめられた「子どもの事故予防のための市町村活動マニュアル」について、各自治体等に対して情報提供を行った。また、研究成果のホームページ3への掲載や、健診時に使用できる子どもの事故防止チェックリストの自治体への配布など普及啓発を行っている。さらに、2009(平成21)年12月より、子どもの事故防止について、国自らの取組を加速化・重点化するとともに、家庭、学校、サークル、消費者団体、事業者、自治体等の取組を促進する「子どもを事故から守る!プロジェクト」を展開している。
- 「子どもの事故予防のための市町村活動マニュアルの開発に関する研究」(主任研究者:田中哲郎)
- 「子どもの事故予防のための市町村活動マニュアル」関連URL
(2)遊び場の安全対策の推進
都市公園における遊具については、安全確保に関する基本的な考え方を示した「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」を2008(平成20)年8月に改定し、各施設管理者への周知を図っている。また、2009年度には「都市公園安全・安心対策緊急総合支援事業」を創設し、都市公園の遊び場の安全・安心対策となる施設整備に対する支援を実施している。
(3)建築物の安全対策の推進
建築物における子どもの事故を防止し安全を守るためには、建築物に要求される性能水準を維持し、常時適法な状態に保つことが必要であり、このため、多数の者が利用する特定の特殊建築物等について、建築物の所有者等による維持保全計画の作成、定期報告制度等を通じ、適切な維持保全及び必要な改修を促進している。
また、社会資本整備審議会建築分科会建築物等事故・災害対策部会において、建築物に係る事故情報について継続的に分析・検討を行い、建築物の事故防止を図っている。
6)犯罪等の被害の防止
(1)子どもを犯罪等の被害から守るための取組の推進
子どもの犯罪被害を防止するため、2009(平成21)年12月に開催された犯罪対策閣僚会議において、「犯罪から子どもを守るための対策」の一部改訂を報告するとともに、同施策を推進する関係機関によって構成されるワーキングチームが設置され、今後更に、総合的な対策を推進していくこととされた。
これらに基づき、子どもを対象とする犯罪の取締りや通学時間帯における通学路等のパトロール活動を強化するとともに、防犯ボランティアによるパトロール活動や「子ども110番の家」の活動に対する支援を推進している。
また、学校等の教育関係機関と連携して、子どもの連れ去りや不審者の学校侵入を想定した実践的な防犯訓練や防犯教室の実施を推進するとともに、ネットワーク等の構築により、声かけ事案、不審者情報等の迅速な発信及び共有に努めている。
さらに、2009年度においては、学校安全に関する規定を充実した学校保健安全法の施行等を踏まえ、教師用の安全教育参考資料「『生きる力』をはぐくむ学校での安全教育」(2001(平成13)年11月作成)を改訂し、全国の学校等に配布している。
(2)「安全・安心まちづくり」の推進
防犯まちづくり関係省庁協議会において、「防犯まちづくりにおける公共施設等の整備・管理に係る留意事項」(2003(平成15)年7月)の着実な実施を図ることなどにより、防犯に配慮した犯罪の発生しにくい公共施設等の整備・管理の普及を促進し、あわせて、住宅についても犯罪防止に配慮した環境設計を行うことにより、犯罪被害に遭いにくい「安全・安心まちづくり」を推進している。また、子どもに対する犯罪の発生が懸念される学校周辺、通学路、公園、地下道、空き家等における危険箇所の把握・改善に努めている。
7)子どもの健康に影響を与える環境要因の解明
近年、子どもたちの間で、ぜん息などのアレルギー疾患や、先天奇形、小児肥満、自閉症など、体やこころの異常が年々増加していることが報告されている。
こうした子どもの異常の原因として、子ども自身の遺伝的要因や生活環境ばかりでなく、環境中の化学物質等が関与している可能性が指摘されており、国際的にも懸念されているが、これらの原因を明らかにするためには、従来の動物実験などでは不十分であり、人における大規模で長期間の疫学調査が必要であるとされている。
環境省は、環境中の化学物質等が子どもの健康に与える影響を解明するため、2010(平成22)年度より、「子どもの健康と環境に関する全国調査」(以下「エコチル調査」という。)を開始することとしている。このエコチル調査は、全国の10万人の妊婦の協力を得て、血液や尿、母乳などの分析を行うとともに、生まれてくる子どもの健康状態を13歳に達するまで追跡する大規模な疫学調査である。
なお、エコチル調査を実施することで、子どもの発育や発達に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかになることから、子ども特有のばく露や子どもの脆弱性を考慮した適正な環境リスク評価を行うことが可能となり、その結果、化学物質ガイドラインの作成や、国民との適切なリスクコミュニケーションを図ることが可能となるほか、化学物質に係るリスク管理を推進し、結果として次世代育成に係る健やかな環境の実現を図ることができるものである。