第1節 「子ども・子育てビジョン」までの経緯

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エンゼルプランと新エンゼルプラン

1990(平成2)年の「1.57ショック」1を契機に、政府は、出生率の低下と子どもの数が減少傾向にあることを「問題」として認識し、仕事と子育ての両立支援など子どもを生み育てやすい環境づくりに向けての対策の検討を始めた。

1994(平成6)年12月、今後10年間に取り組むべき基本的方向と重点施策を定めた「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)(文部、厚生、労働、建設の4大臣合意)が策定された。また、エンゼルプランを実施するため、保育所の量的拡大や低年齢児(0~2歳児)保育、延長保育等の多様な保育サービスの充実、地域子育て支援センターの整備等を図るための「緊急保育対策等5か年事業」(大蔵、厚生、自治の3大臣合意)が策定され、1999(平成11)年度を目標年次として、整備が進められることとなった。

その後、1999年12月、「少子化対策推進基本方針」(少子化対策推進関係閣僚会議決定)と、この方針に基づく重点施策の具体的実施計画として「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(新エンゼルプラン。大蔵、文部、厚生、労働、建設、自治の6大臣合意)が策定された。新エンゼルプランは、従来のエンゼルプランと緊急保育対策等5か年事業を見直したもので、2000(平成12)年度から2004(平成16)年度までの5か年の計画であった。最終年度に達成すべき目標値の項目には、これまでの保育サービス関係だけでなく、雇用、母子保健・相談、教育等の事業も加えた幅広い内容となった。

第1-1-1図 これまでの取組

  1. 1990年の1.57ショックとは、前年(1989(平成元)年)の合計特殊出生率が1.57と、「ひのえうま」という特殊要因により過去最低であった1966(昭和41)年の合計特殊出生率1.58を下回ったことが判明したときの衝撃を指している。

次世代育成支援対策推進法

家庭や地域の子育て力の低下に対応して、次世代を担う子どもを育成する家庭を社会全体で支援する観点から、2003(平成15)年7月、地方公共団体及び企業における10年間の集中的・計画的な取組を促進するため、「次世代育成支援対策推進法」(平成15年法律第120号)が制定された。同法は、地方公共団体及び事業主が、次世代育成支援のための取組を促進するために、それぞれ行動計画を策定し、実施していくことをねらいとしたものである2

  1. 具体的には、地方公共団体及び事業主は、国が策定する行動計画策定指針に基づき、次世代育成支援対策の実施により達成しようとする目標、実施しようとする対策の内容及びその実施時期等を定めた行動計画を策定することとされている。

少子化社会対策基本法、少子化社会対策大綱及び子ども・子育て応援プラン

2003年7月、議員立法により、少子化社会において講じられる施策の基本理念を明らかにし、少子化に的確に対処するための施策を総合的に推進するために「少子化社会対策基本法」(平成15年法律第133号)が制定され、同年9月から施行された。そして、同法に基づき、内閣府に、内閣総理大臣を会長とし、全閣僚によって構成される少子化社会対策会議が設置された。また、同法は、少子化に対処するための施策の指針としての大綱の策定を政府に義務づけている。

2004(平成16)年6月、少子化社会対策基本法に基づき、「少子化社会対策大綱」(以下「大綱」という。)が少子化社会対策会議を経て、閣議決定された。

この大綱では、子どもが健康に育つ社会、子どもを生み、育てることに喜びを感じることのできる社会への転換を喫緊の課題とし、少子化の流れを変えるための施策に集中的に取り組むこととしていた。そして、子育て家庭が安心と喜びをもって子育てに当たることができるように社会全体で応援するとの基本的考えに立ち、少子化の流れを変えるための施策を、国をあげて取り組むべき極めて重要なものと位置づけ、「3つの視点」と「4つの重点課題」、「28の具体的行動」を提示した。

2004年12月、大綱に盛り込まれた施策の効果的な推進を図るため、「少子化社会対策大綱に基づく具体的実施計画」(子ども・子育て応援プラン)を少子化社会対策会議において決定し、国が地方自治体や企業等とともに計画的に取り組む必要がある事項について、2005(平成17)年度から2009(平成21)年度までの5年間に講ずる具体的な施策内容と目標を掲げた。

第1-1-2図 施策の体系(平成22年度まで)

新しい少子化対策

2005年、我が国は1899(明治32)年に人口動態の統計をとり始めて以来、初めて総人口が減少に転じ、出生数は106万人、合計特殊出生率は1.26と、いずれも過去最低を記録した。

こうした予想以上の少子化の進行に対処し、少子化対策の抜本的な拡充、強化、転換を図るため、2006(平成18)年6月、少子化社会対策会議において「新しい少子化対策について」が決定された。

「新しい少子化対策について」では、「家族の日」・「家族の週間」の制定などによる家族・地域のきずなの再生や社会全体の意識改革を図るための国民運動の推進とともに、親が働いているかいないかにかかわらず、すべての子育て家庭を支援するという視点を踏まえつつ、子どもの成長に応じて子育て支援のニーズが変化することに着目して、妊娠・出産から高校・大学生期に至るまでの年齢進行ごとの子育て支援策を掲げた。

「子どもと家族を応援する日本」重点戦略

「日本の将来推計人口(平成18年12月推計)」において示された少子高齢化についての一層厳しい見通しや社会保障審議会の「人口構造の変化に関する特別部会」の議論の整理等を踏まえ、2007(平成19)年12月、少子化社会対策会議において「子どもと家族を応援する日本」重点戦略(以下「重点戦略」という。)が取りまとめられた。

重点戦略では、就労と結婚・出産・子育ての二者択一構造を解決するためには、「働き方の見直しによる仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現」とともに、その社会的基盤となる「包括的な次世代育成支援の枠組みの構築」(「親の就労と子どもの育成の両立」と「家庭における子育て」を包括的に支援する仕組み)を同時並行的に取り組んでいくことが必要不可欠であるとした。

働き方の見直しによる仕事と生活の調和の実現については、2007年12月、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が政労使の代表等から構成される仕事と生活の調和推進官民トップ会議において決定された。

また、重点戦略を踏まえ、2008(平成20)年2月に、政府は、希望するすべての人が安心して子どもを預けて働くことができる社会を実現し、子どもの健やかな育成に社会全体で取り組むため、保育所等の待機児童解消をはじめとする保育施策を質・量ともに充実・強化し、推進するための「新待機児童ゼロ作戦」を発表した。

【「利用者意向調査」(2009年)から】

子ども・子育てビジョンの策定経緯

「新しい少子化社会対策大綱の案の作成方針について」(2008年12月、少子化社会対策会議決定)を受け、2009年1月、内閣府に「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム」を立ち上げ、少子化対策担当大臣の下、全10回の会合、地方での懇談、大学生との公開討論会を開催し、同年6月には提言(“みんなの”少子化対策)をまとめた。

その後、2009年10月、内閣府の少子化対策担当の政務三役(大臣、副大臣、大臣政務官)で構成する「子ども・子育てビジョン(仮称)検討ワーキングチーム」を立ち上げ、有識者、事業者、子育て支援に携わる地方自治体の担当者等からの意見聴取や国民からの意見募集などを行い、2010(平成22)年1月29日、少子化社会対策会議を経て、「子ども・子育てビジョン」(以下「ビジョン」という。)が閣議決定された。

ビジョンの策定に当たっては、それまでの取組に関する評価として、施策の利用者の視点からの少子化施策に関する意向調査や、子ども・子育て応援プランに掲げられた数値目標の達成度などを踏まえ、検討が進められた。

「利用者意向調査」(2009年)から、子ども・子育て応援プランに掲げられた「目指すべき社会の姿」の達成度については、特に「若者が意欲を持って就業し、経済的にも自立できるような社会」、育児休業の取得促進、育児期の離職者の減少などの「仕事と家庭の両立支援と働き方の見直し」に関する評価が低いことが、「国の取組」については、男性の子育て参加促進、労働時間の短縮などの「仕事と家庭の両立支援と働き方の見直し」、「妊娠・出産の支援体制、周産期医療体制を充実する取組」に対する評価が低いことが明らかになった。また、「少子化社会対策に関する子育て女性の意識調査」(2009年)からは、子ども・子育て施策として重要なものについて、経済的支援措置や保育所の充実をはじめとした子どもを預かる事業の拡充、育児休業や短時間勤務などへの要望が高いことなどが明らかになった。

子ども・子育てビジョン

ビジョンでは、次代を担う子どもたちが健やかにたくましく育ち、子どもの笑顔があふれる社会のために、子どもと子育てを全力で応援することを目的として、「子どもが主人公(チルドレン・ファースト)」という考え方の下、これまでの「少子化対策」から「子ども・子育て支援」へと視点を移し、社会全体で子育てを支えるとともに、「生活と仕事と子育ての調和」を目指すこととしている。

また、基本的な考え方として、「社会全体で子育てを支える」、「『希望』がかなえられる」を掲げ、子ども・子育て支援施策を行っていく際の3つの大切な姿勢として、「1 生命(いのち)と育ちを大切にする」、「2 困っている声に応える」、「3 生活(くらし)を支える」を示している。この3つの大切な姿勢を踏まえ、「目指すべき社会への政策4本柱」と「12の主要施策」に従って、具体的な取組を進めることとしている。

さらに、このビジョンに基づき、政府を挙げて、子どもを生み育てることに夢を持てる社会の実現のための施策を強力に推進することとしており、2010年度から2014(平成26)年度までの5年間を目途とした数値目標を掲げている。

加えて、ビジョンでは、関連施策については、定期的に進捗状況を点検・評価するとともに、その結果に基づき、必要な見直しを行うこととしている。このため、2011(平成23)年度において、中間的な点検・評価のための調査の実施を予定している。

第1-1-3図 子ども・子育てビジョン概要

重要と評価されている子ども・子育て支援策

育児支援として何が重要かについては、「少子化社会に関する国際意識調査」(2011年)によると、日本では「教育費の支援、軽減」をあげる人の割合が最も高く、以下「保育所の時間延長など、多様な保育サービスの充実」、「小児医療の充実」、「育児休業を取りやすい職場環境の整備」と続いている。このことから、子ども手当や高校の実質無償化などの現金給付とともに保育サービスなどの現物給付が求められ、また、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を図ることも求められていることが明らかになったが、このような考え方はビジョンに盛り込まれているところである。

一方、日本を韓国、アメリカ、フランス、スウェーデンと比較したところ、「教育費の支援、軽減」をあげた人の割合は韓国、アメリカに次いで3番目であるが、「保育所の時間延長など、多様な保育サービスの充実」や「小児医療の充実」は5か国中最も高く、「育児休業を取りやすい職場環境の整備」もスウェーデンに次いで高くなっている。

第1-1-4図 重要と考える育児支援(国際比較)

待機児童解消「先取り」プロジェクト

2013(平成25)年度からの実施を目指して「子ども・子育て新システム」(詳細については、第1部 第1章 第2節を参照。以下「新システム」という。)の検討を進める一方で、厳しい経済状況による影響もあり、待機児童については、都市部を中心に深刻な問題となっていることから、新システムの実施を待たずに速やかな対応を図るため、2010年10月、内閣総理大臣指示により、「待機児童ゼロ特命チーム」(以下「特命チーム」という。)が設置された。特命チームでは、既成概念や既存のルールにとらわれない、効果的な施策を打ち出すため、待機児童の問題に意欲的に取り組む地方自治体などからのヒアリングを踏まえながら、同年11月29日に「国と自治体が一体的に取り組む待機児童解消『先取り』プロジェクト」(以下「「先取り」プロジェクト」という。)を取りまとめた。

この「先取り」プロジェクトでは、足下の待機児童の数を見て「後追い」で保育サービスを提供していくのではなく、潜在的な保育ニーズ量を見通しながら、「先取り」で計画的に進めていくとともに、新システムの考え方を「先取り」した取組を行うこととしている。2011年度では、待機児童解消に意欲的に取り組む地方自治体を対象に実施することとし、今後、「先取り」プロジェクトにおける取組の結果、高い効果が得られ、かつ他の地域においても同様の効果が期待できるものについては、新システムの中で全国展開することを検討することとしている。

第1-1-5図 「国と自治体が一体的に取り組む待機児童解消『先取り』プロジェクト」概要

地方自治体における待機児童解消に向けた取組事例

待機児童については、都市部を中心に深刻な問題となっており、速やかな解決が求められていることから、内閣総理大臣の指示により設置された「待機児童ゼロ特命チーム」において、2010(平成22)年11月29日に「国と自治体が一体的に取り組む待機児童解消『先取り』プロジェクト」を取りまとめた。この特命チームでの取りまとめに当たっては、待機児童の問題に意欲的に取り組む地方自治体からヒアリングを行ったので、これら地方自治体の取組内容を以下に簡単に紹介する。

(1) 大阪府大阪市

大阪市では、待機児童数がかつて全国市区町村の中で最多だったが、2001(平成13)から2009(平成21)年度までで保育所定員枠を9,117人分拡大し、2010年4月の待機児童数は205人と大幅に減少した。

特徴的な取組としては、保育所の本園の新設・増改築による整備のほか、賃貸物件を利用した分園の整備である。また、民間保育所の整備については、大阪市の市有地や未利用施設を活用し、はじめの10年間は無償貸与とするなど、既存資源を活用している。

(2) 東京都世田谷区

世田谷区では、待機児童増加を踏まえた施設整備計画を策定しており、2010年度には1,527人の保育サービスの定員増を図ることとしている。

特徴的な取組としては、区有地(公共施設の敷地の一部など)や学校(小中学校の校庭や教室)を使った私立保育園の整備がある。

また、国家公務員宿舎跡地を利用し、私立の認可保育所を2012(平成24)年4月に開設予定である。仕組みは、国有地を世田谷区が借りそれを事業者に貸すというものである。

(3) 東京都江東区

江東区では、直近3年間で保育サービスの定員を1,992人増やしたが、供給が需要を呼ぶような状況で、新たな整備計画を2010年4月に策定し、5年間で2,520人の定員増を図ることとしている。

特徴的な取組としては、30戸以上の大型マンションについて、1戸当たり125万円を区に寄附するか、マンション内に保育園をつくりそれを区に寄附してもらっている(「公共施設整備協力金制度」)。

また、区独自に整備費に係る補助制度をつくるとともに、不動産のリースを活用した認可保育所の分園整備も行っている。後者については、区が、民間の土地・建物を借りて社会福祉法人に転貸し、当該法人が認可保育所の分園として運営している。

さらに、グループ保育型家庭的保育室(「おうち保育園」)として運営事業者がマンションの1室を借りて、そこで3人の保育員が9人の1~2歳児を預かっている。

(4) 東京都足立区

足立区では、新しい路線が2線開業し、駅前などの開発が進んだことで、この3年間で人口が約2万人増え、特に30~40代の若い世代の流入が顕著で、急激に保育に対する需要も伸びている。

特徴的な取組としては、保護者の選択肢を増やすために、幼稚園の活用を考えており、2010年度から区独自に幼稚園教育奨励助成事業と銘打ち、幼稚園での預かり保育に補助を行っている。また、2歳児について幼稚園での年度当初から、子育て支援の一環としての受入れを進めている。

(5) 東京都三鷹市

三鷹市では、近年住宅増が続いており、2006(平成18)年4月からの3年間に人口が約5千人増加し、市外から転入してくる就学前の児童人口も増加傾向にある。これを予測し、2004(平成16)年の「次世代育成支援行動計画前期計画」に基づき、7年間に約600人の受け入れ枠を拡大したが、2010年4月の待機児童数はいまだ243人である。

特徴的な取組としては、<1>閉園した公立幼稚園施設を改修した公設民営保育所の増設、<2>民間保育所(認可・認証)の積極的な誘致、<3>家庭福祉員の増員、のほか、<4>市内の大学病院に働きかけ、事業所内的な保育施設を整備し、併せて病児保育施設も整備した。また、<5>民間の認可保育所の分園設置及び増築の支援を実施している。

(6) 神奈川県横浜市

横浜市では、待機児童は2010年4月現在1,552人おり、認可保育所を2010年には1,577人分整備している。

整備の具体的内容としては、市有地の貸付や、既存建物の改修によるものが主流であるが、特徴的な取組としては、2010年には、民間所有地と保育所整備運営法人のマッチング事業を実施しており、既に民間保育所の4割ほどが借地又は借家で運営している。

また、市独自に認可外保育室(「横浜保育室」)に対する助成をしており、さらに、家庭的保育として共同型や特定非営利活動法人型で整備を大幅に増やしている。

加えて、幼稚園の通常の教育時間の前後に、朝7時半から夜18時半まで預かり保育を行う園を、「預かり保育幼稚園」として市独自に認定・支援している。

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