本編目次  前頁 前頁   次頁 次頁
本編 > 第3章 > 第1節 若者を取り巻く現状
ユースアドバイザー養成プログラム
第3章 支援対象者の理解
  第1節 若者を取り巻く現状  

6 若者のメンタルヘルス

若者のメンタルヘルスとは,健康なバランスのとれた心身の状態に支えられた健全な精神状態を基準に,その状態を維持するのに必要な若者の精神機能や環境の条件を定義したうえで,個々の若者がどのくらいそうした機能や条件に恵まれているかを示しているものであり,当然ながらそれらの問題あるいは障害としての側面も含まれる。したがって,若者の精神機能やその活動内容とプロセスという本人の要因だけではなく,若者の心の形成に関わった乳幼児期や学童期の養育経過,ライフ・イベント,そして地域や学校といった若者を取り巻く環境要因をも視野に入れた包括的な評価を通して,はじめて個々の若者のメンタルヘルスが定義されることになる。

この若者のメンタルヘルスにおける障害には,発達障害や知的障害,そしてその両者以外の精神障害,さらにはそれらの周辺的問題などのきわめて多彩な現象が含まれている。精神医学的にはWHOの定めた疾病分類であるICD−10や米国精神医学会の定めたDSM−IVに記載されているように,これらの発達障害や知的障害をはじめとする多彩な現象の大半を精神障害の枠組みに含める疾病観が一般的といえる。しかし,ここでは混乱を避けるために,わが国の行政的な体系にしたがって発達障害,知的障害,精神障害の3障害を各々独立したものとして扱うことにする。したがってここでの精神障害とは,ICD−10などのいう精神障害から発達障害と知的障害(医学用語としては精神遅滞)を除外したものを指していると理解しておいてよいだろう。次に,これらの障害と関連した周辺的問題とは若者の問題を障害概念としてとらえるのではなく,現象単位でとらえようとして若者のメンタルヘルスに光を当てた観点であり,学校の長期欠席に当たる不登校,ひきこもり,非行と犯罪,自傷行為,自殺などがそれに当たる。

(1)知的障害

知的障害は心理検査に含まれる知能テストを実施した結果から得られた知能指数から判断される障害で,知的能力の水準が同年代の平均的水準と比べて著しく未熟であるものを指している。知的障害であることが抱えやすいメンタルヘルス上の問題は,特に軽度ないし中等度の知的障害の若者に,周囲から求められるさまざまな要求や指示を十分に理解できないことに強い不安と劣等感を持ちやすく,それに対処すべく過剰に背伸びしたり,あるいは圧倒されて萎縮したりする結果,さまざまな精神障害への親和性や脆弱性を持ちやすい傾向があることである。逆に,非行や犯罪,あるいは精神障害としての行為障害を示している若者の中に,軽度の知的障害である者が意外なほど多いといわれている。こうした傾向は知的水準が下がるほど軽くなるとされており,軽度知的障害以上に非行や精神障害に脆弱性の高いのは,自分が他者からどう見られているかを切実に認知できる能力を持つ境界知能児であるとされる。知的障害の定義の外にある境界知能の若者にも軽度知的障害の若者に対するのと共通の配慮が有益である場合が多いことは心得ておきたい。

(2)発達障害

発達障害者支援法が定義する発達障害の中心的な障害は,会話などの言語能力や書字・読字をはじめとする学習能力の特異的な障害などわが国で広く学習障害と呼ばれてきた障害群(以下「LD」という。),自閉症を含む広汎性発達障害(以下「PDD」という。),注意欠陥/多動性障害(以下「ADHD」という。)の3障害である。PDDはもともと自閉症と呼ばれてきた障害を中心に,自閉症と類似の症状を示す複数の障害を含めた障害群の名称であるが,若者のメンタルヘルスとして重要性の高いPDDとは,知能が境界知能以上であるいわゆる「高機能」のもので,非定型自閉症やアスペルガー症候群がそれに当たる。これらの障害は自閉症に比べると言語機能の障害が比較的軽微であるものの,社会性の障害やこだわりなどの領域では多くの問題を含むことがあり,支援の対象となりやすい。ADHDは,その衝動性の高さや不注意さによって社会性の未熟さや社会的不適応を形成しやすく,反社会性と非社会性の両者にわたる問題を抱えやすい発達障害の一群である。

(3)精神障害

国際的には精神障害には知的障害や発達障害も含まれているが,わが国では各々別の法律で定義され,独自の支援体系を持っていることから,各々独立した障害として扱われているということは前記のとおりである。精神障害は,従来用いられてきた概念を借りて名づけた精神病性障害,神経症性障害,人格障害の3領域に分けると理解しやすい。精神病性障害は統合失調症と双極性感情障害(従来は躁うつ病と呼ばれ,米国では双極性障害と呼ぶ。)が中心であり,特に就学・就労などの社会的支援が必要性が高いのは統合失調症の寛解状態にある若者や残遺症状を持つ若者の支援であろう。もちろん双極性感情障害の中のうつ病相を含むうつ病性障害の若者にも,その遷延例を中心に支援が求められることがある。神経症性障害は数多くの障害がこれに含まれる。最も一般的であるのは不安が前景に立つ不安障害で,先々を心配し続け,緊張の強い生活を送っている全般性不安障害,過度の内気さと引っ込み思案が特徴の社会恐怖(社会不安障害),強い恐怖発作が特徴のパニック障害などがこれに含まれる。若者の間に見られるその他の神経症性障害としては,不潔恐怖と手洗いなどの特徴的な症状を示す強迫性障害,環境要因に反応して不安が高まったり強い気分の落ち込みを経験したりする適応障害,虐待との関連が注目される解離性障害などが比較的一般的だろう。これらは各々支援に際して特別な配慮を必要とする場合が多いことを知っておきたい。

(4)関連する周辺の現象

国際分類では独立した障害とはされていないさまざまな現象が若者のメンタルヘルスという点で重要である。児童虐待や犯罪被害体験などの外傷的な出来事との遭遇は若者の心にしばしば重大な影響を与えるものであり,若者の精神障害や非行との親和性も高いとされている。不登校とひきこもりは現在の若者がストレス状況で比較的容易に選択可能となっている非社会的な病理現象であり,一方で非行は以前からよく知られた若者の一般的な反社会的な病理現象である。この非社会性と反社会性は決して相反するものではなく,実際に同一の若者に両者が併存していたり,あるいは両者の間で交代したりすることは珍しくない。自己破壊的な病理現象である自傷行為や自殺願望は若者の間で増加し続けている現象とされるが,これらの自己破壊的行動は自己破壊性や偏った依存願望やある種の嗜癖的心性などが複雑に絡み合ったもので,自殺行動そのものと必ずしも一致しない。こうした諸現象は決してそれ自体を独立した障害単位と理解すべきではなく,さまざまな障害の経過中に非社会的,反社会的,そして自己破壊的な病理現象が出現しうることをよく理解したうえで,これらの現象を示している若者の支援に当たるべきである。


  国立国際医療センター国府台病院第二病棟部長 齊藤万比古
-
本編目次  前頁 前頁   次頁 次頁