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ユースアドバイザー養成プログラム
第3章 支援対象者の理解
  第2節 若者の抱える問題(コンプレックスニーズを持つ若者の理解のために)  

6 HIV感染症

(1)HIV感染症の特徴

HIV感染症は初めてその存在が報告された1981年から今日に至るまで,「一度感染したら,絶対に治らない感染症」であることに残念ながら変わりない。しかし世界中の患者さん,医師,研究者の協力によって,HIV感染症を「早期に感染が判明し,適切な時期に治療を導入することができれば,健康な状態をより長く保つことができ,糖尿病や高血圧と同様に生涯にわたって治療を必要とする慢性疾患である」という状況にまで予後を改善させることが可能になってきている。しかし最も重要な点は,この疾患が「適切な予防を用いることによって未然に防ぐことができる」ということである。

(2)日本国内でのHIV感染の蔓延

日本でHIV/AIDSが注目を集めたのは1992年の「ストップエイズキャンペーン」であったが,その盛り上がりは一時的であり,逆に多くの人々に「HIV感染症は“あの時に問題になっていたけど,今は,もうない”」という誤った印象を残してしまう結果となった。昨年も厚生労働省のエイズ動向委員会へ届け出られた新規感染者の数は1,300人を超え,累積感染者数は12,000人を超えている。しかもこの人数は動向委員会へ届け出られたものに限られており,実際にはこの何倍もの「自分がHIVに感染していることを知らずに過ごしている」人々が日本にいるという残念な事実がある。

(3)自分を守る

HIV感染症はすでに「すぐに死に至る病」ではなくなったが,「一度感染すると絶対に治らない」側面は変わらず,「確実に予防できる疾患である」ことを鑑みれば,“将来のリスクグループ”として青少年にこの疾患についての基礎的な知識を持ってもらうことは,この国のみならず世界の公衆衛生の立場からも極めて有用である。ユース指導の第一線で活躍する人々から「自分を守る」ためにHIVについて学ぶ必要性をぜひ伝えていただきたいと切望する。

(4)HIV感染症の経路

HIV感染の経路は<1>性的接触,<2>母子感染,<3>注射器を用いる麻薬の乱用,<4>HIVが混入した血液製剤,<5>医療行為を通じての医療従事者への感染,の五つに大別できる。

ア 性的接触によるHIV感染症

HIV感染症について語る際に,「性的接触」は極めて広い行為を意味する。HIV感染症はヒト免疫不全ウィルス(Human Immunodeficiency Virus)感染症の略であるが,このウィルスはいったん体内に入ると血液,粘液などの体液,母乳,臓器など体内の隅々にまで侵入する。ヒトの皮膚は頑丈にできており,HIVが接触しても体内への侵入を食い止めることができる。しかし,粘膜はもっと脆弱な構造をしており,粘膜と粘膜との濃厚な接触があれば,HIVに感染しているヒトの粘液に含まれたウィルスは,粘膜を通じてヒトからヒトへ感染を成立させる。口腔内も,直腸も,膣も,ペニスの先端も,粘膜で覆われており,よく知られている一般的な性交や肛門を用いた性交だけでなく,いわゆるオーラルセックスもHIVを感染させる危険行為である。

また,口内炎や口腔内・性器周囲のヘルペス感染症などによって粘膜に炎症や潰瘍ができている場合には,粘膜の防御機能は更に弱まり,感染の確率はますます高まる。HIV感染症は性行為感染症の一つだが,他の性行為感染症と混在することによって,ますます感染の危険は高まる。近年10代から20代の女性のクラミジア有病率が問題となっているが,クラミジアに感染していることは,HIV感染を含むその他の性行為感染症の危険にすでに直面しているのと同じ意味を持つ。

イ 母子感染

HIVに感染している母親から生まれる子どもは,HIVに感染している可能性がある。母子感染成立のタイミングは三つある。一つめは妊娠中に経胎盤による感染,二つめは分娩中に産道を通る際に成立する感染,三つめは出産後授乳を通じての感染である。しかし,母親がHIVに感染していれば子どもはすべてHIVに感染するという訳ではない。母親がHIVの治療を全くしておらず,経腟分娩で子どもを産み,母乳を用いて育てた場合にHIVの母子感染を起こす確率は先進国では約25%と言われている。さらに,HIVに感染している女性が,妊娠前から十分な治療を行い,人工受精によって妊娠し(これはパートナーへの感染のリスクがあるため),帝王切開によって出産し,母乳を与えないで育てれば,子への感染の危険性を極めて低くすることができる。このため,妊婦に対するHIV抗体検査は次世代への感染を防ぐためにも極めて有効である。

ウ 注射器を用いる麻薬の乱用

静脈に注入する麻薬の乱用は注射器の回し打ちをともなうことが多く,HIV感染の危険の高い行為である。近年,麻薬乱用者の低年齢化,一般市民への浸透が顕著であり,B型・C型肝炎やHIV感染はこれに付随する問題となってきている。

エ HIVが混入した血液製剤

HIVに感染している人から提供された血液を元に製造された血液製剤には,HIVが混入している可能性があり,このような血液製剤を用いた治療を受けた場合に,HIVに感染する。これはいわゆる血友病患者での「薬害エイズ」として広く知られている。

オ 針刺し事故

HIVに感染している患者に医療行為を行う場合に誤って治療で用いた針や手術器具で自らを傷つけ感染する,医療従事者の針刺し事故も感染の経路となり得る。

(5)エントリードラッグとしての脱法ドラッグの蔓延

最近の若いHIV感染症の患者さんの傾向として,簡単に街で手に入り,服用することで多幸感などのトリップ気分を味わえる,いわゆる脱法ドラッグの経験者が多いことがある。多幸感を生む薬の利用の怖い点は,性衝動への影響があることのみならず,覚せい剤などのより依存性が高く,肉体的・精神的影響のより大きな薬へ移行する可能性が大きくなることである。「自分を守る」点からもこのような薬に手を出すことの危険性を強調しておきたい。

(6)女性の感染者の増加

平成18年の日本人のHIV感染者の男女比は9:1で,日本人HIV感染者の9割は男性である。男性の多くは同性との性行為を通じて感染した男性同性愛者だが,これは1980年代の米国でも同じ傾向であった。性的接触を通じて広がる病気であるHIVは,米国ではまずゲイの男性に,そしてバイセクシャルの男性を通して女性へと瞬く間に広がった。20年後の現在では米国のHIV感染者の3分の1は女性である。女性の感染者の増加は母子感染と直結し,次世代のHIVの蔓延につながる。つまり日本の女性感染者の増加を食い止めることは,次の世代の健康を守るためにも非常に大切な取組となる。一昨年のエイズ予防財団のポスターのコピーは「カレシの元カノの元カレを知っていますか。」というものであった。性的接触とは自分の目の前の相手を通じて,自分が見も知らない人が持っている感染症を受け取る可能性のある行為なのだ,ということを女性に訴えたものである。「自分を守る」大切さをぜひ若年女性に強く伝える必要がある。

(7)まず,検査を受けてみる

HIV感染症は,インフルエンザなどとは違い,感染したことを自覚できる症状はあまりなく,体内の免疫機能が破壊され,日和見感染と呼ばれるさまざまな感染症が起こって初めてHIVに感染していることが判明することが多い。判明する時期が遅ければ命を落とす場合もあり得る。過去に性的な接触を持ったことがある人は誰でもHIV検査を受ける十分な理由がある。HIV検査は,少量の血液を採取して調べるもので,各地域の保健所では無料・匿名で検査を受けることが可能である。危険行為と思われる行為があってから体内にHIVの抗体ができるまでは時間がかかるので,心配な行為があった場合には,それから3か月以内に再度検査を受けることが望ましい。

(8)HIVは適切な予防を用いることによって,未然に防ぐことができる

以上,現在のHIV感染症について紹介したが,最も大切なことは冒頭に述べたように予防である。粘膜と粘膜の濃厚な接触を防ぐことでHIVは防げる感染症であり,コンドームの有効性とその重要性を青少年に強く訴える必要がある。

【引用文献】

本田美和子,2006,『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』,朝日出版社

岡慎一編,2006,『改訂版HIV Q&A』,医薬ジャーナル社


  国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター医師 本田美和子
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