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第3章 | 支援対象者の理解 |
第2節 若者の抱える問題(コンプレックスニーズを持つ若者の理解のために) |
精神医学的にはWHOの定めた疾病分類であるICD−10や米国精神医学会の定めたDSM−IVに記載されているように,知的障害と発達障害,それにここで精神障害と表現している狭義の精神障害をすべて含めた多彩な障害を精神障害と呼ぶのが一般的であるが,ここではわが国の行政的な体系にしたがって発達障害,知的障害,精神障害と各々独立したものとして扱っているのはすでに述べたとおりである。ここでいう知的障害と発達障害であるが,これらは行政の枠を越えて考えれば,いずれも胎生期及び出生直後までの期間に生じた生物学的な脳機能の障害を背景にしており,幼児期の早い段階から何らかの症状は出現しており,基本的に障害は大きな変化がなく,生涯にわたって持続するという条件を満たしており,広義の発達障害は知的障害と狭義の発達障害を合わせたものと考えてよいだろう。さて,広義の発達障害はすでに述べたように途中で加わる障害ではなく,持って生まれた障害であり,「病気」というイメージよりは,人間の「タイプ」あるいは人間の「器」の特徴の一つととらえるほうが理解しやすい。障害と呼べるほど極端であり,ハンディキャップといえるほど適応上の欠陥をもたらしている場合に知的障害や発達障害とされるということを忘れてはならない。
知的障害と発達障害を考えるとき,忘れてならないことはこれらの障害が併存障害(合併している他の精神障害)を多彩に持つことである。特に若者の年代で見出されるものとしては反社会的行動(しばしば犯罪行為)を繰り返す行為障害,ひきこもりがちな社会不安障害,儀式行動に縛られる強迫性障害,うつ病性障害や双極性障害を含む気分障害などが比較的よく出会う併存障害である。子ども時代の不従順から続く受動攻撃的な反抗の遷延したひきこもりも発達障害の若者にときどき表れる。また,併存障害として思春期の後半からヤングアダルトにかけて境界性人格障害,回避性人格障害,反社会性人格障害などの人格障害が表れてくる場合も比較的多いという意見もある。こうした多彩な併存障害のいずれかを持つ発達障害は,知的障害や発達障害の特性よりも併存精神障害の特徴が前面に出るために,本来の発達障害などのハンディキャップを見逃されることが生じやすいので注意する必要がある。クライアントの評価に当たっては,一度は知的障害や発達障害の有無について意識してみるべきだろう。なお本章では多数の障害名が出てくるため,わが国でも障害名としてすでに普及しており,定義も了解しやすいDSM−IV−TRの概念を採用する。
知的障害は行動や思考の深さや複雑さなどの点で年齢相応の能力を持っていないと考えられる,すなわち知的能力の水準が同年代の平均的水準と比べて著しく未熟であることを特徴とする障害であるが,確定診断のためには知能テストの結果から得られた知能指数(IQ)や下位検査の得点プロフィールなどの客観的な数値から判断する必要がある。知的障害は軽度(IQ50以上70以下),中等度(IQ35以上50未満),重度(IQ20以上35未満),最重度(IQ20未満)の4段階に分類されており,知能指数などから判断できる。ただしこの数字はあくまで目安にすぎず,生活能力全般を見ながら判断すべきである。
さて,知的障害であることで抱えやすいメンタルヘルス上の問題は,特に軽度ないし中等度の知的障害の若者が,周囲から求められるさまざまな要求や指示を十分に理解できないことに強い不安と劣等感を持ちやすく,それに対処すべく過剰に背伸びしたり,あるいは圧倒されて萎縮したりする結果,さまざまな精神障害への親和性や脆弱性が増加するということである。逆に,非行や犯罪,あるいは精神障害としての行為障害を示している若者の中に,軽度の知的障害である者が意外なほど多いといわれている。その一方で,知的障害の若者には周囲に圧倒されやすく,不安が強く引っ込み思案となっている者もかなり多いとされており,不安障害や転換性障害,あるいはうつ病や統合失調症といった多様な精神障害が併存障害として表れる。こうした傾向は知的水準が下がるほど軽くなるとされており,軽度知的障害以上に非行や精神障害に脆弱性の高いのは,自分が他者からどう見られているかを切実に認知できる能力を持つ境界知能児であるとされる。境界知能と呼ばれるのはおおむねIQ71以上85未満のものであるが,境界知能の知的水準の若者はストレスへの脆弱性が強いことで知られており,軽度知的障害の若者に対する場合と共通の配慮が求められる場合が多いとされている。いうまでもなく境界知能は障害とは見なされないが,境界知能者の自信の失いやすさと心の傷つきやすさについては若者の相談に乗る立場にある者は十分承知していなければならない。
発達障害者支援法が定義する発達障害の中心的な障害は,注意欠陥/多動性障害(ICD−10では「多動性障害」と呼ぶが,ここではDSM−IV−TRにしたがって本名称を用い,以下「ADHD」という。),広汎性発達障害(以下「PDD」という。),会話などの言語能力や書字・読字をはじめとする学習能力の特異的な障害などわが国で広く学習障害と呼ばれてきた障害群(以下「LD」という。)の3障害である。知的障害を含む広義の発達障害は生来的な脳機能障害に基づく障害とされており,これに含まれる諸障害の相互関係は図3−22に示したとおりである。PDDの半分近くは知的障害の水準にあり,ADHDでは知的障害に含まれるものは少ない。LDはADHDやPDDと合併する場合が多く,特に前者との併存はADHDの30%強に及ぶとされている。またADHDとPDDの関係について,DSM−IV−TRやICD−10のような国際分類では現在のところPDDを上位に置いて,PDDの診断が可能ならADHDの症状がいかに明確でもPDDと診断することが定められている。
ADHDは,注意の集中が難しくケアレスミスが多いという「不注意」,常に体を動かし落ち着かない「多動性」,唐突な行動で人を驚かす「衝動性」の三種類の主症状の存在によって診断される。しかし,これらの主症状は必ずしもADHD固有の症状とはいえず,ADHD以外の多くの要因によって類似の状態像が生じうることが知られている。ADHDと診断すべき基本的な疾患概念は生来的な脳機能障害を背景として発現するもののことであり,DSM−IV−TRに沿った診断に当たって鑑別診断が重要である。第1に鑑別すべき障害は児童虐待を受けた子どもの衝動性や不注意であり,詳細な養育環境の査定と,誰彼かまわず過剰に甘えるといった反応性愛着障害の有無に注目すべきである。第2の障害はPDDであり,PDDの子どもの多動や衝動性をADHDのそれと間違えてはならないが,実際にはその鑑別はかなり微妙で困難な面がある。第3の障害は統合失調症,双極性気分障害,うつ病性障害,不安障害などの精神障害で,精神障害そのものの症状として不注意や衝動性が惹起される場合のあることが知られている。第4の障害はてんかん,脳腫瘍,副腎白質ジストロフィーなどの代謝疾患などの中枢神経系の身体疾患であり,可能な限り速やかに発見し,疾患固有の治療に着手すべき疾患群である。
ADHDは成人に達しても半数以上は依然として不注意をはじめとする臨床水準の主症状を残しているとされており,多彩な併存精神障害の存在とあいまって診断に苦労する事例も多いとされる。したがって,ADHDの若者を診断・評価する際には併存障害の評価は必須である。ADHDの若者の併存障害には,多くは学童期の反抗挑戦性障害から始まる行為障害や反社会性人格障害(常習的犯罪者に多い。)のような反社会的なベクトルが優勢な外在化障害と,強迫性障害や社会不安障害,あるいはうつ病性障害のような情緒・情動分野の症状を主とする内在化障害が大半であるが,あるいは慢性で重症のチック障害であるトゥーレット障害(ICD−10では「トゥーレット症候群」)もときどき見られることがあり,さらには広義の学習障害のいくつかがADHDに併存することが知られている。
ADHDの若者で支援が必要になるのはひきこもりの遷延,反社会性の展開,自尊心の極端な低下などの併存障害によるハンディキャップであることが多い。そのような場合には,まずは事態がそこまで至ってしまったADHDの若者の苦悩を理解し,親身になってくれる支援者が必要である。
1943年に米国のカナーが提唱したことで知られる自閉性障害(ICD−10では「自閉症」)は,<1>場面に応じた適切な行動がとれないなどの対人関係(社会性)の障害,<2>言語とそれに関連する手段を通じたコミュニケーションの障害,<3>常同行動,こだわり,あるいは想像力の障害という3領域の障害で定義された障害群である。症状が典型的になってくるのは3歳前後であるとされるが,母親の話を注意深く聞きなおすと0歳児から人見知りをしない,泣かない,視線が合わないなどの何らかの相互交流の異常に気づかれている場合も多い。図3−23に示したようにPDDはこの自閉性障害を中心に,より重症な障害として女児に限局して見出され,特有な手洗いのような常同運動が特徴的なレット障害(ICD−10では「レット症候群」),2年間以上の正常発達の後に発達退行が生じ,重症の自閉性障害様の状態に陥る小児期崩壊性障害があり,より軽症なものとして言語の発達の障害がないPDDとされるアスペルガー障害(ICD−10では「アスペルガー症候群」)と,アスペルガー障害よりもっとPDD症状が軽度である特定不能のPDD(PDDNOS,これはICD−10では「非定型自閉症」と「特定不能の広汎性発達障害」を合わせたものととらえられる。)が分布している。しかしユースアドバイザーが関わるPDDは主としてアスペルガー障害とPDDNOSであるので,以下ではその一つアスペルガー障害について述べていく。
アスペルガー障害の概念は,カナーと相前後した時期にカナーの自閉症とよく似た障害(アスペルガーは自閉性精神病質と名づけた。)の報告を行ったオーストリアのアスペルガーの再評価を,英国のウィングが1980年代初頭に行ったことに始まる。アスペルガー障害は,ウィングが三つ組みの紐にたとえたような<1>対人的相互交流の障害,<2>対人的コミュニケーションの障害,<3>社会的想像力,柔軟な思考,ごっこ遊びの障害の3種類の症状群から定義された障害である。なお,DSM−IV−TRではアスペルガー障害の言語機能には,始語の遅れのような大きな発達遅延はないと定義されており,始語が遅れ交流手段としての言語使用に重大な障害が持続する自閉性障害とは区別されている。三つ組みの第1症状である社会性の障害とは友人関係を主体的に形成し維持することができないこと,接近されることを嫌い,むしろ孤立を好むことなどの症状のことであり,第2症状の社会的コミュニケーションの障害は言語の遅れこそ見られないものの,自在な交流手段として言語を用いることが難しく,型どおり,字義どおりにしか言語を理解しないこと,比喩やほのめかしが理解できないこと,ジェスチャーや表情を理解できないことをさしており,第3症状の社会的想像力と柔軟性の障害は一定の物事(昆虫,時刻表,会社のロゴマークなど)への常軌を逸した熱中とこだわり,あるいはあることに成功しても別の場面での応用ができないことをさしている。アスペルガー障害はこれらの主症状のほかに,聴覚,視覚,触覚,味覚などに対する何らかの感覚過敏,他者の感情を理解しにくいこと,そもそも他者が自分と異なる感情を持っていること(心の理論)が認識できるようになるのにかなり時間がかかること,非常に不器用であることなどの特徴的な症状をともなうことが多い。
アスペルガー障害を中心とするPDDの軽症群は,知能などの発達障害としてのハンディキャップは軽いものの,社会適応上の障害はむしろ大きい傾向さえあることに留意しておきたい。不適応が進むとアスペルガー障害の若者は頑固にひきこもって趣味などに没頭することが多いが,こだわりに基づく偏った興味に熱中し,他者の権利を侵害するような攻撃的な行動を唐突に,あるいは繰り返し示すこともある。PDDの若者にはこのような特性を心得た良き理解者が何よりも必要である。
わが国で以前から用いられてきた広義の学習障害は,書字・読字障害を中心とする学習障害,不器用さが際立つ運動能力障害,表出性言語障害など知的障害なしの言語発達の遅れを中心とするコミュニケーション障害の3種類の障害群(DSM−IV−TR)を合わせたものを意味している。なお,コミュニケーション障害には構音障害や吃音症も含まれているが,これらは発達障害からは除いておきたい。若者の学習障害では特に書字・読字障害に注目しておくべきである。書字・読字障害がある若者は発達過程で文字を書くことを極端に避けるようになっている場合が多い。受験でさえも字を書こうとせずに落ち続けるという若者も多く,そのためにひきこもりとなっている事例さえある。学習障害で定義されている諸学習能力の欠陥は決して努力不足の結果ではないことを理解し,支援に当たっては何らかの代替機能の提供(たとえば書字障害にはワープロで書いてよいとするなど)などの工夫が必要になる。
● | 国立国際医療センター国府台病院第二病棟部長 齊藤万比古 |
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