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ユースアドバイザー養成プログラム
第3章 支援対象者の理解
  第2節 若者の抱える問題(コンプレックスニーズを持つ若者の理解のために)  

9 精神障害(社会不安障害を含む。)

(1)はじめに

ひきこもりなどの社会的不適応や問題行動を示す青年に,精神障害を認めることは臨床上まれではない。不登校の稿で述べたように,心理的な原因で生じたと思われる問題においてもベースに精神障害が存在するかどうかを見極めることは重要である。本稿では,若者に見られやすい精神障害(発達障害を除く。)について概説する。疾患名は米国精神医学会の診断基準であるDSM−IV−TR(American Psychiatric Association,2000)に依拠した。

(2)各論

ア 統合失調症

統合失調症の基本症状には,幻覚や妄想などの陽性症状と,感情の平板化,意欲低下,閉じこもり(自閉),無関心などの陰性症状とがある。好発年齢は10歳代後半から20歳代で,抑うつ症状や強迫症状が初発症状であることも多い。ひきこもりを呈する青年の中に,未診断の統合失調症患者がいる可能性は否定できない。急激に興奮したり自殺に至る場合があるため注意が必要である。治療では薬物療法が必須で,早急に精神科へ紹介する。一般的に陽性症状は薬物に反応しやすいが,陰性症状は薬物への反応が乏しいため,デイケアや社会技能訓練などにより活動性や社会性の改善を目指す。

イ 気分障害(American Academy of Child & Adolescent Psychiatry,1997)

(ア)大うつ病性障害(うつ病)

基本的特徴は,抑うつ気分(あるいはイライラ感)と興味・喜びの低下,体重減少(あるいは増加),睡眠障害,落ち着きのなさ,疲れやすさ,気力の減退,罪責感,集中力の減退,死についての反復思考などが少なくとも2週間持続するうつ病エピソードである。思春期では反社会的行動として表現される場合がある。自殺には常に注意し,自殺願望が強い場合は入院をためらうべきではない。治療は十分な休養と抗うつ薬を主体とする薬物療法が主体になる。治療初期には抗うつ薬により自殺念慮が高まる場合があるため十分に注意しながら使用する。家族への心理教育,学校・職場での環境調整,本人への支持的なアプローチも重要である。再発予防のため回復後の十分な継続治療が大切である。

(イ)双極性障害(躁うつ病)

基本的特徴は気分の著しい高揚が少なくとも1週間持続し,自尊心の肥大や睡眠欲求の減少,多弁,思考があちこちに飛ぶ(観念奔逸),注意散漫,活動性の増大,快楽への没入などの行動が持続する躁病エピソードである。うつ病エピソードを認める場合も多く,その時期には特に自殺について注意が必要である。躁病エピソードでは,自分が病的状態であるとの認識が乏しい場合もあり,そのときは治療への導入が困難となる。治療は気分安定薬などの薬物療法が主体となる。

(ウ)気分変調性障害

慢性的抑うつ気分あるいは苛立たしさが1年の半分以上で持続的に認められ,さらにうつ病エピソードのいくつかの症状をともなう。この障害を有する者は,自己評価が低く社会的技能が未熟で,悲観的な傾向と同時に気難しさを併せ持つ。気分変調性障害の中には,大うつ病性障害よりも心理的要因の関与の大きい一群,すなわちいわゆる反応性の抑うつ状態やパーソナリティ障害圏での慢性抑うつ状態が含まれる可能性があり,異質性の高い疾患であると言える。70%で大うつ病性障害を重畳(ちょうじょう)すると報告されている。治療は病態に応じて異なり,大うつ病性障害に近いものは抗うつ薬を中心とした薬物療法が,反応性の要素が強いものは精神療法的アプローチが大きな役割を果たす。

ウ 不安障害(American Academy of Child & Adolescent Psychiatry,1998)

(ア)全般性不安障害(小児の過剰不安障害を含む。)

日常生活の多数の出来事や活動に対する制御不能な過度の心配や不安が特徴で,落ち着きのなさや緊張感,過敏さ,集中困難,イライラ感といった精神症状や,疲れやすさ,筋肉の緊張,睡眠の障害,頭痛,動悸,息苦しさ,下痢などの身体症状をともなう。将来の出来事についての非現実的な心配も共通してみられる不安である。もともと神経質で不安を持ちやすく,典型的には他者からの承認を求めることに熱心だったり,自分の行為や不安に対する保証を過剰に求めたりする。抗不安薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(以下「SSRI」という。)などの抗うつ薬が主に使用されるが,薬物療法単独では効果が不十分なことが多い。適切な環境調整と,不安の内容や対応方法を検討し,少しずつ行動を拡大するよう促していく。

(イ)社会恐怖(社会不安障害)

基本的特徴は,よく知らない人の前に出るような社会的状況や行為状況に対する顕著で持続的な恐れで,そのような状況にさらされる場合,ふるえや立ちすくみのような不安反応が誘発される。動悸や発汗,下痢,顔のほてりといった身体症状をともなうことも多い。日本では以前から対人恐怖症という概念があるが,これは自分の赤面や体臭,視線が他人に不快感を与えるのではないかという持続的な恐怖である。強いストレス体験や恥をかくような体験に引き続いて突然生じることも,潜在的に徐々に発症することもある。抗不安薬やSSRIを中心とした薬物療法と認知行動療法が用いられる。身体症状緩和のため,自律訓練や筋弛緩法などのリラクセーション法を併用することが有効な場合もある。

(ウ)分離不安障害

分離不安とは,子どもが養育者,特に母親から離れるときに示す不安一般を意味し,それ自体は病的なものではない。基本的特徴は家や養育者から離れることに対する過剰な不安で,年少者に多い。

(エ)パニック障害

気が狂うことへの恐怖や死の恐怖に加え,動悸や窒息感,発汗,手足のふるえ,吐き気,めまい,感覚のまひなどの多彩な身体症状が,予期せず突如として生じる不安発作が主症状である。不安発作がまた始まるのではないかという予期不安のため,社会的活動を回避する場合もある。青年期に発症することが多いが,時に思春期でも発症する。この障害ではSSRIを主体とする薬物療法と段階的に活動範囲を拡大していく認知行動療法の併用が有効である。

(オ)強迫性障害

強迫性障害の主症状は,自分の意思に反してある考えが執拗に心に浮かんできたり(強迫観念),ある行為を繰り返さないと気がすまない(強迫行為)ことである。小学校高学年頃から発症頻度が増加する。年少者の場合や重症化すると,家族に強迫行為を肩代わりさせる「巻き込み」を示すことがある。この障害も薬物療法が有効な場合が多くSSRIが第1選択薬となっている。恐怖刺激への暴露と強迫行為の制止を組み合わせた暴露反応妨害法などの認知行動療法を併用する。

(カ)外傷後ストレス障害,急性ストレス障害

極端に外傷的なストレス因子への暴露に続いて生じる障害である。急性ストレス障害では外傷後4週以内に症状が出現し持続も4週以内であるが,外傷後ストレス障害では暴露後長期間を経てから発症する場合もある。外傷的出来事が悪夢やフラッシュバックなどの形で繰り返し思い出されたり,関連するものを回避したりする。治療では薬物療法や認知行動療法,EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)が用いられることが多い。

エ 適応障害

適応障害は,何らかの明確な出来事を契機として不適応状態が生じてきたもので,ストレス因子への心理的反応と考えられる。ストレス因子は単一の場合も複合的な場合もあり,また反復したり持続的な場合もある。前景に出てくる状態像から,抑うつ,不安,両者の混合,行為の障害,情緒と行為の混合をともなうものに分類される。治療では,ストレス因子の除去や改善を図るとともに本人の対処能力を強化する。一時的にストレス状況下を離れて休養したり,短期間の薬物療法が有効な場合もある。

オ 身体表現性障害

身体表現性障害の一般的特徴は,身体疾患を示唆するような身体症状が存在しているが,それが身体疾患や他の精神疾患によって完全には説明できないことである。

(ア)転換性障害

運動機能あるいは感覚機能に影響を及ぼす症状が存在する,あるいはそれらの機能に何らかの欠陥があることが基本症状である。たとえば,突然歩けなくなる,立てなくなる,声がかすれる,手足の感覚がまひするなどである。その症状は身体の病気によるものでなく,また発症や症状の増悪に心理的要因が関与している。かつてヒステリーと呼ばれたものの一部だが,ヒステリーという言葉はさまざまな偏見があるため今日では使用しなくなった。身体疾患を合併することがあるため,最低限の検査は必要である。治療では,症状による疾病利得 4) を予防するため身体症状に注目し過ぎないようにする。信頼関係を築きながら,本人が抱える困難さなどを話し合っていく方が重要である。薬物療法はあくまで補助手段と考えるべきで,不安や抑うつ,イライラ感のコントロールに抗不安薬や抗うつ薬を用いる。

(イ)身体醜形障害

歴史的に醜形恐怖として知られる疾患で,外見の欠陥に対するとらわれが基本的特徴である。欠陥を確かめようと何時間も浪費する,過度に身繕いをする,あるいは通常の活動を回避し社会的に孤立する場合がある。苦痛を理解しつつ,歪んだ認知を修正することが治療につながる。

カ 解離性障害

解離とは,通常一つのパーソナリティに統合されている意識,記憶,同一性,知覚という機能が破綻することである。その結果,ある出来事に関する想起が不可能になったり(解離性健忘),自分の精神や身体から遊離するように感じる(離人症性障害)。虐待などの外傷体験により,複数のパーソナリティが出現する(解離性同一性障害,以前は多重人格性障害)こともある。解離性症状は外傷後ストレス障害など他の疾患の部分症状として出現する場合もある。解離は過大なストレスから自分を守るメカニズムであるため,治療では安全や安心が感じられるように努めることが第一である。

キ 摂食障害

正常体重の最低限の維持すら拒否する神経性無食欲症と,むちゃ食いエピソードの反復とそれに付随する嘔吐や下剤乱用を示す神経性大食症の二つの診断が含まれる。神経性無食欲症ではやせ願望,肥満恐怖のため,食事を制限したり過剰な運動をする。進行すると極度の貧血や栄養失調になったり,あるいは経過中に反動的なむちゃ食いとそれを代償するための自己誘発性嘔吐や下剤乱用が見られる。いずれの場合も死に至る危険があり,入院を含めた治療的介入が必要である。

ク パーソナリティ障害

パーソナリティ傾向とは,環境及び自分自身について,それを知覚し,関係を持ち,それについて思考する持続的な様式である。パーソナリティ傾向に柔軟性がなく,社会適応に支障をきたし本人または周囲に苦痛が生じるときパーソナリティ障害と診断する。DSM−IV−TRでは10のパーソナリティ障害が定義されており,その基本的特徴を表3−10に示す。

表3−10 パーソナリティ障害の基本的特徴

妄想性パーソナリティ障害 広範な不信,猜疑心(さいぎしん)
シゾイドパーソナリティ障害 社会的関係からの遊離,感情表現の乏しさ
失調型パーソナリティ障害 親密な関係形成の不全,認知的歪み,行動の奇妙さ
反社会性パーソナリティ障害 他人の権利を無視し侵害する傾向
境界性パーソナリティ障害 対人関係・自己像・感情などの不安定性,顕著な衝動性
演技性パーソナリティ障害 広範で過度な情緒性,注意を引こうとする行動
自己愛性パーソナリティ障害 誇大性,賞賛欲求,共感の欠如
回避性パーソナリティ障害 社会的制止,不全感,否定的評価への過敏性
依存性パーソナリティ障害 広範で過剰な依存欲求,従属的,しがみつき,分離への恐怖
強迫性パーソナリティ障害 秩序・完全主義・統一性へのとらわれ,柔軟性・開放性の欠如

(3)まとめ

青年期は多くの精神障害の好発年齢である。精神障害が存在すれば,その治療導入が適切な支援の第一歩であるから,本稿で概説した点を念頭に「もしかしたら」という感覚を磨くとともに,不安に感じた場合には速やかに専門機関と連携するよう心掛けていただきたい。


 大分大学医学部附属病院小児科こどもメンタルクリニック 清田晃生

4)  症状の発現や維持によってもたらされる心理的あるいは現実的な満足のこと。疾病動機や患者の治療への抵抗を説明する概念としてフロイトが使用した。
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