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ユースアドバイザー養成プログラム
第4章 さまざまな社会資源─関係分野の制度,機関等の概要,関係機関の連携等─
  第2節 ネットワーキング  

3 子どもの心の問題をめぐるネットワークの意義

(1)はじめに

児童思春期の事例を取り扱ったことがある臨床家なら誰でも,地域の医療・福祉・教育分野の各種専門機関の協力を必要とした経験を持つだろう。たとえば,いじめを契機に不登校となった事例において,性的逸脱行動と自傷行為を繰り返し,その背景には重大な虐待が疑われる場合には,教育,警察,児童相談所,医療機関などの地域の専門機関間での連携がその介入に必要となることがある。現在ではこのような必要性に応じていくために,各地で各種専門機関の連携に関する検討が行われ始めている。

本項では実際に行われている子どもの心の問題をめぐるネットワークの運用経験を踏まえて,地域単位で専門機関をつなぐネットワークを設置及び運用することの重要性について述べる。

(2)ネットワークの必要性

近年,児童思春期に生じる暴力,不登校・ひきこもり,家庭内暴力,自傷行為などの問題行動に関して大きな社会的注目が集まるにつれて,医療・福祉・教育機関等のうちのどれか一つの機関の対応だけでは,十分に治療・援助の成果を得ることが困難な事例が少なからず存在していることが明らかとなってきた。しかし,このような対応困難で,かつ精神障害を背景に持つ事例に適切な援助を提供することを可能にする,一定規模の地域内の特性を異にする複数の専門機関によるネットワークは,児童思春期に特化した医療機関の少なさからも全国にほとんど存在しない現状である。実際に医療機関,児童相談所,教育機関,児童福祉機関,司法・矯正機関などの各種専門機関を対象に,児童思春期に生じる暴力,不登校・ひきこもり,家庭内暴力,自傷行為などの問題行動を持ち,その背景に精神疾患を持つ(もしくは疑われる)児童思春期事例への対応を目的とした地域の専門機関によるネットワークはほとんどなく,少ないながらも現存しているネットワークにおいてもあまり機能していないという報告がある。 23) 24) このような現状は,この分野の問題に対する他機関との連携は,困難事例に直面した際の単発的なものが主であり,機能的な連携がシステム化されて常備されている地域は決して多くないことを示している。

そのため,子どもの心の問題や疾患に対する適切な治療・援助の提供が全国で可能になるよう努めることは,わが国の緊急な課題であると考えられ,<1>問題行動を示す精神障害を抱えた児童思春期事例が,その問題行動のために充分な援助を受けられないといった事態が生じないこと,<2>問題行動を示す事例を抱えた機関が,他機関との連携をとれずに対応困難な状況に至るといった事態が生じないことの二つを目的とした地域ネットワークに関するガイドライン23) が厚生労働省の研究班によって作成された。

(3)実際の取組

ア ガイドラインに基づくネットワークの構築

厚生労働省の研究班によって作成された「精神疾患を背景に持つ児童思春期の問題行動に対する対応・連携システムの設置および運営に関するガイドライン」によると,各種専門機関によるネットワークは「事務局」,「ケース・マネージメント会議」,「各種専門機関」の三つの主要モジュールから構成され,それぞれに窓口機能,事例検討機能,情報統括機能,処遇検討機能などの機能を持たせた構造になっている(図4−5)。

「事務局」はネットワークを構築する際の要となるモジュールであり,コーディネーター的な役割として事例検討会議の調整役に加えて,システム参加のための窓口機能やシステムの利用法を宣伝する啓発機能も持つ必要がある。このような機能を持つ「事務局」は,地域の医療機関,児童相談所,教育機関,精神保健福祉センターなどの中から各地域の状況に合わせていずれか一つの機関がその機能を担っていくことになる。さらにケース・マネージメント会議には,児童相談所,教育機関,精神保健福祉センター,保健所・保健センター,警察,医療機関の参加は多彩な問題行動を抱えた児童思春期事例を取り扱うことを考えると欠かすことができないわけだが,事例の特性や地域の状況に応じて福祉事務所など他の専門機関の参加も考慮していくべきである。そして,これら機関の中から取り扱う事例に直接関与している担当者がケース・マネージメント会議に参加することによって,問題化している事例を医療・教育・福祉による視点による包括的な検討を行うことができ,その現実的な介入方法を検討することが可能になるといえる。

図4−5 

図4−5 

対応・連携システムの構図と運用の流れ(厚生労働科学研究「児童思春期精神医療・保健・福祉の介入対象としての行為障害の診断及び治療・援助に関する研究」平成16年度報告書より引用・一部改変)

イ ネットワークの運用の流れ

ガイドラインに沿ったネットワークの運営については,以下の(ア)−(オ)の手順で行われている(図4−5)。

(ア)受理(Acceptance):困難事例を抱えた機関からのシステム利用の申込みを【事務局】が受ける。

(イ)評価・介入計画の立案(Evaluation・Planning):【ケース・マネージメント会議】で各種専門機関と事例の評価及び介入計画の立案を行う。

(ウ)介入(Intervention):介入計画に基づいた【各種専門機関】による介入を行う。

(エ)追跡(Follow-up):各機関による介入経過を【事務局】が追跡して,その情報を一括管理する。

(オ)【ケース・マネージメント会議】に戻り,事務局の情報をもとに継続した介入とネットワークの利用が必要に場合には再度(イ)評価・介入計画の立案(Evaluation・Planning)へ戻り,(イ)から(エ)の活動を繰り返し行う。または,ネットワーク利用の必要性がないと判断された場合にはネットワークの利用が終了(Termination)となる。

ウ 事例の評価の仕方

ガイドラインによるとネットワークの対象事例については深刻な問題行動を示し,かつ精神疾患を背景に持つ18歳未満の児童思春期事例のうち,ある1機関だけでは対応困難な事例である。このような事例をケース・マネージメント会議で取り扱う際には,異職種の参加者が事例の評価の仕方を共有できるように評価方法を統一しておく必要がある。実際にガイドラインでは,これら問題行動については,各種専門機関間で情報の共有を可能とするために,問題行動の内容は以下の四つに分類され,さらにその背景要因は三つに分類している。特に背景要因における発達障害や精神疾患については医療機関以外では,疑った事例について積極的に記載し,その有無についてケース・マネージメント会議で取り扱っていくべきといえる。

四つの問題行動


1.反社会的問題行動(暴力,性犯罪,窃盗,売春,非合法薬物乱用など)

2.非社会的問題行動(ひきこもり,不登校など)

3.家庭内限局性問題行動(家庭内における暴力,暴言,器物破損,家財持ち出しなど)

4.自己破壊的問題行動(リストカット,夜遊び,性的逸脱,大量服薬など)

三つの背景要因


1.発達障害(広汎性発達障害,注意欠陥/多動性障害,精神遅滞など)

2.精神障害(統合失調症,躁うつ病,強迫性障害,摂食障害,人格障害など)

3.虐待など重大な家庭の問題

エ ネットワークの構築

千葉県市川市(以下「市川地区」という。)と大分県大分市・別府市(以下「大分地区」という。)ではガイドラインに基づき,その地区の専門機関と共にネットワークの構築及び運用が平成17年1月から行われている。 25) 参加機関は各地域における児童・思春期事例を取り扱っている医療・福祉・教育機関(表4−4)であり,実際のケース・マネージメント会議には実践的な事例検討ができることを目指して,その子どもに直接関与している主治医・担任教師・担当児童福祉司などが出席している。

表4−4 運営地域と参加機関

  市川地区 大分地区
地域 千葉県市川市 大分県大分市及び別府市
参加機関 国立精神・神経センター国府台病院(事務局)
国立精神・神経センター精神保健研究所
市川児童相談所
市川市教育センター
市川市立小・中学校
市川健康福祉センター(市川保健所)
市川市健康福祉局子ども部/健康部
市川市福祉事務所
警察本部生活安全部少年課
市川警察
千葉県地域中核支援センター
千葉県精神保健福祉センター(オブザーバー施設)
大分県精神保健福祉センター(事務局)
大分県中央児童相談所
大分県警察本部少年課
大分っ子フレンドリーサポートセンター
大分県教育センター
大分大学医学部脳・神経機能統御講座
医療法人山本記念会山本病院
大分家庭裁判所(オブザーバー機関)
国立精神・神経センター国府台病院
国立精神・神経センター精神保健研究所
開催間隔 毎年開催 毎年開催

オ 実際に取り扱った事例から分かったこと

市川地区及び大分地区におけるケース・マネージメント会議によって,平成20年1月までに計50事例が取り扱われた。この50事例の特徴から明らかとなった地域に多機関ネットワークを必要とする事例の特徴について紹介する。

ケース・マネージメント会議での取扱いを必要とした50事例の特徴として,<1>ケース・マネージメント会議に事例を提示した機関の約半数が教育機関であること,<2>暴力や触法行為などの激しい反社会問題行動だけでなく,同時に不登校・ひきこもりといった「自傷も他害もない」非社会的問題行動に対しても地域の専門機関が対応に苦慮していること,<3>これら問題行動の背景要因として発達障害や精神疾患,さらに虐待などの重大な家庭の問題を多く認めたこと,<4>これら事例の年代としては中学校2年生もしくは3年生を多く認め,それらの事例がケース・マネージメント会議で取り扱われる際には義務教育終了後の進路について協議されることが多いこと,の4項目が挙げられる。

このように実際に地域でネットワークを構築することによって,教育機関を通じて地域で対応に苦慮している問題事例を早期に発見することを可能にし,ケース・マネージメント会議を開催することでその問題行動だけに注目するのではなく,発達障害を含む精神疾患や養育環境など背景要因にも注目した包括的な評価と長期的な視点で援助を検討していくことができるといえる。

(4)まとめ

ここまで述べてきたように,地域に子どもの心の問題に関する多機関ネットワークを構築することは,医療・教育・福祉・司法など多職種による視点で子どもを包括的に評価することを可能にし,さらに各機関の機能の特徴をお互いに理解し合い,各種専門機関の特徴を共有することで地域の資源をいかした介入をも可能にするといえる。また,現場で活躍している担当者が積極的にケース・マネージメント会議に参加することによって「顔の見える連携ネットワーク」を地域に浸透させることができ,地域の小中学校を起点とした発達障害や精神疾患が疑われる事例の早期発見と早期介入を可能にする利点もあるといえる。そして,このような各種専門機関が連携して包括的な取組を行うことによって,発達障害や精神疾患だけでなく,それらに関連した問題行動といった子どもの多様なメンタルヘルスの予防を可能にすると考えられる。

最後にわが国の現状を踏まえると,地域の一専門機関だけでは対応が困難な事例が多機関との連携によってより適切な援助を受けることができることを目指して,子どもの心の問題をめぐるネットワークの普及を全国各地に早急に展開していく必要があると考える。


  国立国際医療センター国府台病院児童精神科医師 宇佐美政英

23) 齊藤万比古,2004,「精神疾患を背景に持つ児童思春期の問題行動に対する対応・連携システムの設置および運営に関するガイドライン」,厚生労働科学研究費補助金事業(こころの健康科学研究事業),『児童思春期精神医療・保健・福祉のシステム化に関する研究』,平成13〜15年度総合研究報告書
24) 齊藤万比古・宇佐美政英・清田晃生・小平雅基・渡部京太・佐藤至子・入砂文月・秋山三左子,2004,『児童思春期精神医療・保健・福祉の介入対象としての行為障害の診断及び治療・援助に関する研究(主任研究者齋藤万比古)』,厚生労働科学研究費補助金事業(こころの健康科学研究事業),平成16年度報告書
25) 齊藤万比古,2004,「児童・思春期における行為障害等の問題行動に対する地域の対応・連携システムについて」『こころの臨床ア・ラ・カルト23(4)』427−432
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