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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第10節 アウトリーチ(訪問支援)の方法〜ひきこもり,不登校等を中心に〜  

2 教育分野における訪問面接

(1)訪問活動の経緯と論点

教育分野では,1970年代から現在に至るまで,教育相談や学校保健活動,スクール・カウンセリング活動などの一環として,不登校事例を対象にした訪問について多くの報告がある。活動内容は多様で,自宅への訪問による本人・家族との面接の他,学習指導を中心とした家庭教師的な訪問活動,子どもと一緒に外出し,釣りや写生などの活動をともにするような,いわゆるフィールド・セラピー,あるいはカウンセリングと遊戯療法の両方を取り入れた中間的な手法など,さまざまな活動・実践が報告されてきた 34)

また,こうした訪問活動の是非やその方法論について,さまざまな議論が重ねられてきた 35)。たとえば,訪問に慎重な立場をとる臨床家からは,自室に押し入り,やみくもに登校を迫るなど,子どもと家族への配慮を欠いた,強引で不適切な訪問が行われている実態が指摘され,そのような訪問が子どもにとって著しく迫害的な体験となり,結果として,かえってひきこもりを強めてしまったり,子どもを不要に追い詰めることで暴力を誘発させてしまうなどの非治療的・倫理的な問題点が指摘されてきた。

不登校の児童・生徒だけでなく,義務教育年齢以降の若者に対する訪問活動がさまざまな立場・分野で実践されている現在,教育分野におけるこうした議論を振り返り,訪問の倫理性について検討することはきわめて重要であると思われるので,後に詳しく検討したい。

(2)訪問活動と治療構造論

教育分野で実践されてきた訪問活動に対して,"治療構造"の概念が欠如しているという批判も少なくなかったようである。ここでいう治療構造とは,心理療法における治療者とクライエントとの交流・交渉の様式を規定するものであり,治療者とクライエントの人数や組み合わせ(たとえば,子ども・本人との1対1の面接を行うのか,子ども・本人との面接と親面接とを2名の治療者で分担するのかなど),面接室の広さや空間的配置(たとえば,面接室は会話が外へ漏れないようなつくりになっているか,クライエントと面接者は真正面から向かい合うように座るのか,斜め,あるいは90度の位置関係で座るのかなど),面接の回数・頻度や1回の面接時間,相談・面接の料金,あるいは,秘密の保持や面接の進め方などの基本的なルール(たとえば,子ども・本人との面接内容を親に伝えないことを原則とするなど)など,さまざまな事柄が含まれる。

治療構造をめぐる認識論には大きく分けて三つの観点がある。

第1に,どのようなケースを,どのような治療構造で治療・援助するのが有効であるかを検討することである。たとえば,親の気持ちばかりが気になり,自分の率直な気持ちを語れない子どもとの面接では,面接内容を親には伝えないことを約束し,1対1の面接を設定した方がよいかもしれない。またこのとき,親との相談面接(並行面接)が必要であるならば,子どもの面接担当者とは別の援助者が担当した方がよいかもしれない。

2点めは,治療構造を遵守することの重要性である。たとえば,ひきこもっていた子どもが外で誰かと遊びたいという希望を述べたときに,面接者がそれまでの役割を越え,自分が遊び相手を引き受けるのがよいのか,あるいは,面接者はそれまでの役割を守り,自分とは別の遊び相手につなぐことによって子どもの対人関係の広がりを促すことの方が重要なのではないか,面接者が無自覚に役割を越えてしまう(治療構造を変えてしまう)ことで,面接者以外の仲間ともつながりを求めるようになりつつある子どもの社会化・能動性を損ねてしまうのではないか,といった点が議論されるべきであろう。

そして3点めには,治療構造の是非についてよりも,設定されている治療構造がクライエントや治療者−クライエント関係に及ぼしている影響を認識しようとする観点がある。たとえば,あるセッションでクライエントが「自分は親に大切に扱われてこなかった。」と語っているのは,面接者が約束の時間に遅れたことや,休暇のために面接の回数が減ったことによって親イメージの否定的な側面が賦活され,面接者に投影されているのかもしれない。

訪問活動に対して治療構造上の理由から多くの批判が寄せられたことには,面接室から出て行くことに対する心理療法家自身の抵抗感や,面接室や心理療法室で実施されるべき心理療法が安易に拡大されることへの懸念,あるいは狭義の心理療法への固執という側面もあったように思われるものの,当時,わが国の心理療法実践に,「治療構造を守る」という原則が充分に定着していなかったことが大きく影響しているものと推察される。つまり,治療構造を遵守することという認識の乏しさ故に,クライエントの精神病理や治療者−クライエント関係についての慎重な検討を欠いたまま安易に治療構造が変更されることによって,クライエントの心理的な退行や治療者−クライエント関係の混乱を生じさせることがあること,あるいは,それまでの治療者・援助者の役割を大きく逸脱してしまうような「行き当たりばったり」,「何でもあり」の臨床実践からは,その治療過程・治療機序について普遍的な検証を加えることができないことなどが充分に認識されていなかったものと推測される。

長坂 34) 36) は,こうした構造をめぐる議論を踏まえ,訪問面接は週に1回1時間,場所は子どもの家の特定の場所,面接内容は言語によるカウンセリングを原則とし,この原則で面接ができない事例に対しては少しずつ構造を緩やかにすると同時に,何がそうさせているのかを検討することが重要であると指摘している。また,小学生など対象年齢が低いほど遊び的な要素が強まり,一定の構造や契約事項を確認・設定しにくいこと,自宅や自室という守られた日常空間にいる子どもには退行が起きやすいことと同時に,守りが薄く不安や緊張,ゆとりのなさを体験しているセラピストは子どもや家族に過剰なサービスをしやすいことなど,構造論的な観点から訪問の特異性を指摘している。

岩倉 37) も基本的な面接構造を維持することを重視する立場から,訪問カウンセラーとの関係が深まりカウンセラーへの期待や依存が高まってくる時期,あるいは,子どもが設定した構造以上の関わりを求めてくる時期に,友だちや他の援助者につなげることで対人関係の拡大を図るような仲介的・ケースワーク的な役割が重要であることを強調している。

訪問の治療構造をめぐるこうした議論は決して過去のものではない。民間支援団体やボランティアなど,さまざまな立場からメンタルヘルス問題に対する貢献が求められている現在,治療・援助構造についての原則や基本的な考え方を確認する必要性は更に高まっているものと認識するべきであろう。

(3)教育分野における標準的な訪問の進め方

以上のような検討を踏まえて,教育分野では不登校・ひきこもり事例への訪問活動について,ある程度のガイドラインや準拠枠が示されている。たとえば田嶌 35) は,<1>本人と非侵入的な(脅かさない)つながりを創り,支えること,<2>本人の周囲との関係と活動を広げること,<3>本人の主体的自助努力を引き出し,試行錯誤を通してその精度をあげるための援助を行うこと,といった基本方針と想定される治療・援助の展開を示している。

また,その過程で重視される事柄として,本人の反応を見ながら援助者がどういう対象として映っているのかを吟味し,それによって関わりの頻度や接し方を変える必要があること,あるいは,「嫌がることを無理に押し付けたり,聴き出そうとしたりはしない」と保証すること,逃げ場を作りつつ関わり続けるために,訪問者には「節度ある押しつけがましさ」が必要であることなど,子どもや親に対する配慮を詳述している。このほか,自らが訪問者となる場合や担当教師へのコンサルタント役を担う場合など,学校現場で想定されるさまざまな設定が紹介されており,多くの臨床家が参考にしているものと思われる。

(4)学齢期事例と青年期事例との違い

不登校になった時点ですぐに関わり始めることができるのが教育相談やスクール・カウンセリング活動の大きなメリットであり,何度訪問しても本人に会えない事例や,すでに深刻な病理性が顕在化している事例がそれほど多いわけではない。一般に本人の年齢が上がるほど有効な介入が難しいケースが増加してくる傾向がある。不登校・ひきこもりが年単位で長期化・遷延化して青年期,もしくは成人期に至っているケースには,もともと本人の病理性が重かったものや,周囲からの不適切な関わりのために事態がさらに悪化してしまったもの。家族機能がかなり弱いものなどが多く含まれているものと考えられる。

長期化したひきこもり事例や激しい家庭内暴力をともなう事例では,本人がかたくなに相談・受診を拒否する,あるいは本人に会えたとしても,膠着した事態には容易に変化がみられない,家族への支援・調整にかなりの労力を要するなど,学齢期の不登校事例以上の困難さをともなうことも多い。また,彼らの怒りや恨みの激しさ,新しい体験に対する抵抗感の強さやかたくなさに援助者が圧倒されることも稀なことではないし,それだけ家族の負担感や疲弊感も強い。また,訪問という活動を実施・継続する際の時間的コストなども考えた場合,単純に訪問を推奨することは現実的ではない。こうした事例に対しては,個々の事例ごとに問題の背景要因を把握し,実現・実行可能性のある介入方針を検討できるだけの専門性が求められることになる。

34) 長坂正文,1997,「登校拒否への訪問面接」,『心理臨床学研究15(3)』;237-248,日本心理臨床学会
35) 田嶌誠一,2001,「不登校・引きこもり生徒への家庭訪問の実際と留意点」,『臨床心理学1(2)』;202-214
36) 長坂正文,2006,「不登校への訪問面接の構造に関する検討」,『心理臨床学研究23(6)』;660-670
37) 岩倉 拓,2003,「スクールカウンセラーの訪問相談」,『心理臨床学研究20(6)』;568-579
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