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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第10節 アウトリーチ(訪問支援)の方法〜ひきこもり,不登校等を中心に〜  

3 地域保健活動や児童福祉分野における訪問

精神保健福祉や地域保健分野,児童福祉分野の公的支援機関においては,教育分野で解決し得なかったような困難事例に対応する機会が多いものと思われる。自宅への訪問は極めて日常的な活動であり,たとえば精神保健福祉業務の一環として行われる訪問指導については,<1>本人の状況,家庭環境,社会環境等の実情を把握し,これらに適応した相談指導を行う。訪問指導は,原則として本人,家族に対する十分な説明と同意の下に行うが,危機介入的な訪問など所長等が必要と認めた場合にも行うことができる。<2>訪問指導は,医療の継続または受診についての相談援助や勧奨のほか,生活指導,職業に関する指導等の社会復帰援助や生活支援,家庭内暴力やいわゆるひきこもりの相談その他の家族が抱える問題等についての相談指導を行う,とされている。 38) また,18歳未満の不登校・ひきこもり事例に対しては,しばしば児童相談所の所管するメンタルフレンド事業が活用されている。

近藤ら 39) は,全国の保健所,福祉事務所,保健福祉事務所,児童相談所など,精神保健福祉・児童福祉分野の公的相談機関59か所を対象に,思春期のひきこもり事例,特に家庭内暴力をともなう事例に対する訪問支援の現状調査を実施し,54例の訪問事例を把握した。訪問担当者の職種は保健師,児童福祉司,精神保健福祉士などであり,「対人関係を回避し孤立している状態が1か月以上継続している,おおむね10歳から20歳の事例を指し,家族やインターネット上の交流だけが保たれているものはこれに含まれる」ものを対象事例とした。

(1)福祉・保健分野の訪問活動の実際

対象事例54件の男女比は男性38件,女性16件であった。訪問開始時における平均年齢は15.9歳(範囲12〜25歳),ひきこもり期間は23.6か月(範囲1〜84か月)であった。対象事例の中には精神科既往歴のある人が14名おり,統合失調症や重症対人恐怖,アスペルガー症候群などの診断を受けていた。また精神科既往歴はないものの,知的障害や低身長,てんかんといった医学診断を受けている人が6名いた。訪問を実施した期間は平均11.7か月(範囲1〜72,不明16件),訪問回数は平均6.5回(範囲1〜50,不明4件)であり,その頻度は平均5.8週(範囲2〜24,不明23件)に1回であった。

訪問の目的や進め方を尋ねた設問に対しては,話題を選びながら慎重に本人との支援関係を形成する,本人が訪問者に会うことを拒否する場合には本人宛に手紙を置いて帰るなどのほか,受診・入院勧奨を目的としたもの,医師の同行による診察や心理検査を実施するためなど,多様な訪問が実施されている実状の一端が明らかになった。

また訪問に際して,訪問担当者は本人の生活の様子やこれまでの受診・相談歴,発達歴,精神疾患の有無など,多岐にわたる情報を,できる限り詳細に収集しようとしていることがうかがわれた。訪問の目的や方法は,暴力行為の有無や緊急性の程度,精神科薬物療法の有効性が期待できるかどうか,あるいは本人の現実検討能力や家族機能など多くの条件によって判断されており,保健・福祉分野の専門職はこれらの情報を検討することによって,あるいは精神科嘱託医やかかりつけ医療機関の主治医の意見などを参考にしながら介入の方針を決定しているものと考えられた。このうち,約半数の訪問者が本人の趣味に関する情報を収集しており,本人との間で円滑に援助関係を形成するための工夫の一つと考えられた。

訪問の準備に関しては,来談者以外の家族成員からも了解をとってから訪問を実施しているという回答も多かった。ひきこもりケースへの支援に困難を感じることとして,両親間の不和,あるいは家族が問題を隠蔽しようとする,本人の言いなりになってしまう家族がいるなど,家族状況について指摘されていたことと併せて解釈すれば,多くの援助者は,訪問の是非や支援の方向性をめぐって対立している家族の意見調整や,問題の解決に向けて家族が積極的に取り組むように働きかけるなど,本人にアプローチする以前に家族支援・家族調整を要するケースに多く出会っていることが推測された。

個々のケースについての記載を見ていくと,訪問を開始後すぐに本人に会うことができ,数週間から数か月で本人が家業の手伝いを始めたり,相談・支援機関や医療機関などにつながったものから,趣味の話題には応じるものの外出することを強く拒否し,3年間で40数回の訪問を続けた結果,ようやく本人が通所型の相談や医療機関の受診につながったもの,あるいは訪問の実施について家族全員の同意が成立しない,訪問を実施・継続することに対して家族の協力が得られないなどの理由から相談・支援自体が中断に終わったもの,3〜4年という長期にわたる経過の中で40〜50回に及ぶ訪問を続けてきたものの,本人とはほとんどやりとりができず,生活状態には何らの変化も生じていないといった事例もあった。

こうした多様性は,思春期のひきこもりケースの背景にある問題が一様ではないことを表しており,訪問の目的・方法についても個々の事例を慎重に検討する必要があることを改めて認識させられるものである(第2章第2節「若者の抱える問題」参照)。

(2)暴力をともなう事例について

次に,暴力をともなうひきこもりケースに対する訪問の有効性について紹介しておきたい。本研究で対象としたケースの35.2%に家族への暴力が見られた。暴力の見られるケースでは初回訪問で本人に会えない場合が多く,介入の困難なケースが多いと思われたが,訪問によって暴力行為が改善し,本人の生活機能水準が上昇する傾向が示された。

暴力の改善が見られた8ケースの経過・転帰をみると,精神科外来につながり,内服治療などで落ち着いてきているものが1ケース,精神科外来への通院と同時に児童福祉施設への入所や精神科入院治療を要したものが4ケースあった。これらの支援経過をみると,本人に会えるまでに何度も手紙を出す,家族に伝言を依頼するなどのアプローチを2年近く続けたり,訪問者に会うことを拒否する本人に対して部屋の外から声をかけることから始め,時間をかけて一時保護から児童福祉施設の活用に至ったケースもあった。

その一方で,強迫症状などの精神症状や近隣への迷惑行為などが問題となっていたケースに対して初回から精神科医や病院職員,警察官などに同行を求め,速やかに入院治療に導入していたケースもあった。こうしたケースでは,援助者は入院中に本人と頻回に面会するなどして退院後の生活基盤を整えるための支援を継続しており,訪問による介入は治療・支援の導入としての意義を果たしていたようであった。その他の3ケースは初回の訪問では本人に会うことができず,月1回程度の訪問を続けながら手紙やメモを置くなどして少しずつ本人に働きかけた結果,ひきこもり状態は続いているものの,暴力は消失しているという点が共通していた。

暴力行為が改善したケースの支援経過は,おおむね二つに分類された。一つは,「会うまでに何度も手紙を渡した」,「本人に会えるまで月1回くらい訪問した」,「訪問を継続しながら,電話での家族相談を継続した」など,訪問による本人への働きかけ,あるいは訪問と並行して家族相談を継続するなど,保健・福祉分野だけで継続的に支援したものであった。もう一つは,「内服治療により状態は安定しており,就労について検討中」,「病院職員に訪問に同伴してもらった」,「訪問を契機に入院治療に至った」,「入院後は病院のケースワーカーや医師と連絡を取り,病院で本人に面会した」など,精神科医療機関との連携のもとに支援を展開したもの,あるいは当初から医療機関につなげることを明確に意図した介入である。

前者においては,第三者による介入それ自体が家族への暴力の改善に役立った可能性があり,外部システムとの交流に乏しく,密室化した家族状況,あるいは本人と母親との密着した葛藤関係など,思春期の家庭内暴力に特徴的とされる家族状況に変化が生じるきっかけとなったかもしれない。後者においては,精神科医療機関や警察などと事前協議の機会をもち,訪問に際して病院職員や警察官などに同行を求めている事例もあった。

38) 平成12年3月31日の厚生省大臣官房障害保健福祉課部長通知「保健所及び市町村における精神保健福祉業務について」より抜粋
39) 近藤直司・石川信一・境 泉洋・新村順子・田上美千佳,2007,「思春期における非社会的行動(ひきこもり)と行為障害の関連に関する研究(主任研究者:齋藤万比古)」,厚生労働科学研究費補助事業(こころの健康科学研究事業)『児童思春期精神医療・保健・福祉の介入対象としての行為障害の診断及び治療・援助に関する研究』,平成18年度研究報告書
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