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第5章 | 支援の実施 |
第1節 相談における基本的態度と心得等 |
人は本当の自分の顔を見ることは一生できない。本当の顔をライブで見ているのは他人であるという現実が歴然とある。本当の自分は自分が1番よく知っているし,他人には分からないものだと思う人は多いはずである。しかし,「本当の自分」とは一体何なのか。これが分かれば,あるいはかなり明らかになれば,自立できない納得できる理由が分かり,これからの方策策定に確信が持て,揺らぎやブレといったものが少なくなるのではないだろうか。ましてや相談員の私たちにとっても,相談者が自己理解できていれば,対処の仕方も組み立てやすくなるはずである。
自立できないでいる人たち全員が自覚できていることといえば「周囲や社会から自立できていないと思われている自分が今ここにいること」である。思っている自分と,思われている自分にはギャップがあり,さらに客観的なデータが示す自分とも少しの違いがあることを受け止めておかないと,何を軸にして,どこを軸として,自分のこれからをどう計画してよいかが定まらない。自己理解・自己覚知は第三者の見立てや検査だけではなく,あくまで相談者自身が認識できていなければ意味がないのである。
自己理解とは,いくつかの手段により自分の気質,性格,ある種のタイプ,価値観,考え方,態度・行動などを深く知り,それを自分自身が納得して受け止めている状態のことである。一方,自己覚知とは,自分が見聞きしたこと,触れたこと,体験したことから感じる自分の受け止め方や反応の仕方で自己を認識することである。多くの場合,暗中模索の状態からぱぁーっと晴れたように活路を見出せるときに,自己理解・自己覚知が一気に進んだからという背景がある。つまり「なるほど,そうだったのか」,「私は,そうしたかったのだ」,「こだわっていた理由(わけ)はこれだったのか」という腑に落ちる状態をつくるときに自己理解が大切になるのである。
自己理解の方法としては図5−1に示すように,思っている自分(自己分析)と思われている自分(他人からのフィードバック)とデータが語る自分(検査や診断)の3方向から考察することでより深く確実になる。
たとえば「自立という言葉を聞いて,あなたはどのような第一印象を持ちますか?」というような,あえて漠然とした質問をして,その答えにまた「なぜそう思うのですか?」と質問をし,さらに「どうして?」と3回程度質問することによって,相談者は自己の出所に検討がつきやすくなる。
(質問法)
あるいは,履歴書のようなものを書いてもらい,「書いてみて何か感じましたか?」と聴いてもいいだろう。また,作業やインターンの体験で感じたことを言ってもらうことも効果がある。
(体験学習)
ここで大切なことは「自分について分析できるように言いなさい」とか「自己分析したことをここに書きなさい」と言ってはならないことである。心理的に安全・安心の場面で本人の言葉で自由に語らせたり書かせたりすることが早道であり,そのことは相談員とのコミュニケーションに大いに役立つ。自己分析は,かしこまってやろうとしなくてもかまわない。相談員が意識を持っていさえすれば,ふだんの何気ない日常会話からでも分析可能である。「それって,お父さんは何と言っているの?」と質問し,その答えに質問していく形で会話の中に自己分析を織り込むことができる。
たとえば職業興味検査や性格検査などの結果を相談者に示すとき,ともすれば「あなたはこうです。」と言って渡した場合に起こりがちなことは,「決めつけられた。」と思われてしまうことで,相談への信頼が一気に崩壊することである。検査や診断は便利であるが使い方は慎重にしなければならず,種類によっては専門的なフィードバック講習を受講し,ライセンスを取得しなければ使用してはならないものがある。どうあれ,検査の前には相談者に対してその目的とやり方を説明し,判定・評価するものではないことを告げ,本人の同意を得てから実施するのが基本である。
フィードバックに当たっては,見方や分析方法,専門用語について解説をし,しばらくは本人が理解する時間を保持してあげる。そしてその後,「読んでみてどう感じましたか?」と質問法として進めていくことが肝心である。くれぐれも「結局あなたは,これこれという結果が出ていますね。」と締めくくらないことである。検査データや診断データはあくまでも自己理解のきっかけ作りのデータであり,相談者の利き腕やタイプについて考察を促す材料であると認識したいものである。本人が「この結果は間違っている。」と訴えたとしたら,それこそ自己理解の絶好の機会なのである。
相談者の家族や友人,知人から相談者に対して発せられる言葉は,本人がどうであれ相手はそう見えていたということを語る言葉である。感想や解釈や助言の言葉であることも多い。しかし,相談者の心理的防御が強く働いている間は,このフィードバックはことごとく跳ね返されてしまい,相談者の自己理解に影響を与えない。相談員との何気ない会話から自然に「友達はどう言っているの?」というような形で,思われている自分を分からせていく必要もある。
他人からのフィードバックが有効に働く機会として,グループワークや共同作業がある。体験したことによる自己の気づきの上に,心理的に交流できて同じ時間と目的を共有した仲間からのフィードバックは実に効果的である。したがって,教室の中でもできるものとして,ゲーム感覚で取り組めるグループワーク(第4節で詳細解説)がある。
人は他人との関係なしでは生きられない。自分の世界(自己概念)と現実の世界(他人の思い)には,ずれがあり,それを受け止め,自分を否定することなく現実世界を受け入れる(取り込む)ことができれば視野も広がり可能自己(自分で思っていて,まだ実現していないこと)も広がる。その最も有効な方法は相談者が新しい体験をすることであり,よく言う・よく聴くことの繰り返しで自己理解を深め,それに付随する相談によって行動変容し,さらに新たな体験として自立への一歩を踏み出すことにある。相談員は自己理解のプロセスを積極的に活用すれば,相談者の新たな自立的行動を誘発できるのである。
相談者に接する私たちも一人の人間である以上,自分なりのパーソナリティを持っている。だからといって相談員はそのパーソナリティのおもむくままにやっていいわけではなく,本書に書かれているような特別な知識や態度・スキルを身につけて接する必要がある。
しかし,相談員も人間である以上,そのパーソナリティを完全に消し去ることはできない。顔かたち,声,表情,しぐさ,衣服もパーソナリティだからである。したがって,相談員は自分のことをより深く認知し,自分が取りそうな判断や行為,そしてそれがどこからもたらされるものかを分かって,相談者に接することが肝要である。
かつて自分が相談者に接し,あまり良くない結果に至ってしまったことが少なからずあるはずだ。その時の自分を冷静に振り返って,あの時相談員の自分はどうだったのだろう,何に反応したのだろうかを考えると自己理解のヒントが見つかるはずである。たとえば,のらりくらりしていて,いつまでも親や教師のせいにして何もしようとしない若者に対して,とにかく履歴書を書きなさい,面接に行きなさいと言ってしまい,それっきり相談者が来なくなってしまったケースがあった時,「あの場合は相談者が勝手に来なくなってしまったのだ。ちょっとでも面倒くさいことがあるとすぐラクなほうに逃げるなんて性根が腐っている」と思ってしまった自分がいたとして,その時,自分の価値観やとりがちな思考がその結果に関与していたのではないかと考察すれば,もしかしたらもう一歩前に進められる結果を出せたかもしれない。
相談者は毎回の自己振り返りと時々のスーパービジョン(SVと略すことが多い。ベテランの相談員や相談の専門家に自分が対応したケースや相談員としての悩みを打ち明け,自分で気がつかない部分に気づくための,相談員のための相談)で自己理解を深めることができる。そしてそれを次の回に活かす。実践⇒SV⇒自己啓発(学習)⇒実践⇒SV⇒自己啓発(学習)⇒実践…………という成長サイクルを回すことが相談員の自己理解と共にレベルアップになっていく。
また,自分の気質,性格,価値観,信念,態度,行動がどのような経緯で形成されてきたかを振り返るワークショップに参加したり,客観的なデータで探る診断をしてみることも大切である。しかも自己の中身は環境や年齢や経験で変化していくことから,人間ドックの発想で定期的に受検するとなおいいであろう。それらのアセスメントや検査は,たとえば次のようなことを分からせてくれる。
感覚で判断する傾向か⇔直感で判断する傾向か,理屈が通るところで決定する傾向か⇔感情を大切にするところで決定する傾向か,意識を外に向けるのか⇔意識を内に向けるのか,指示・教示してしまうのか⇔参画・説得しながら共に歩もうとするのか等々。
相談員の仕事分野では,自己理解のためにMBTI(Myers−Briggs Type Indicator 問合せ先:有限責任中間法人日本MBTI協会http://www.mbti.or.jp/about/)という検査があり,人物をタイプ論(この反意語は特性論)で示唆し,自己考察できるように組まれているため,納得度・妥当性などが評価されている(診断とフィードバックは認定ユーザーに限られる)。
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