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ユースアドバイザー養成プログラム
第5章 支援の実施
  第3節 支援計画作成のための評価  

はじめに

クライエント 29) の持つ問題の多くは重層的である。たとえばひきこもりが単に就労意欲やスキルの問題ではなく,家族間の葛藤や何らかの外傷体験と関連していることは珍しくないし,中には精神疾患や発達障害が潜んでいるケースも認められる。また,薬物非行などの反社会的な問題行動が付随していたり,家庭の経済的困窮を招いたりしている場合もある。したがって,その解決のためには,さまざまな専門家の協力が要請されることが多い。特に問題が深刻な場合,専門家同士が緊密に連携し,少年の周辺にきめ細かな支援のネットワークが形成されることが望まれる。

その際,要となるのが,アセスメント(査定)と支援計画である。的確なアセスメントがなされ,それに基づいて具体的・現実的な支援計画が作成されるならば,それらはいわばネットワークの共通言語のような役割を果たす。それらが正確に伝達され,それに基づいて情報が交換される中で,連携が円滑化し,支援はより組織的なものとなってゆく。クライエントの抱える問題がはっきり見えないままでは,有効な支援は難しいし,計画や見通しが全く立たないようでは,実質的な協力は困難である。アセスメントと支援計画が共有化されるからこそ,ネットワークが生きて動き出すのである。

もちろん,アセスメントはレッテル貼りであってはならないし,支援計画は一方的な命令書であってはならない。それらは,クライエント自身と支援に携わる者が,「今,何が問題であり,その解決のために何をしようとしているか。」を確認し,ネットワークを有効に機能させていくための道具にすぎない。したがって,実際の支援の中で疑問が浮かんだり,失敗や停滞が生じたりした場合は,その道具としての有効性が常に再検討されるべきである。アセスメントや支援計画は,あくまで支援のためにあるのであって,自己目的化されてはならない。

このように重要性は極めて高いけれども,祭り上げられるべき存在ではなく,絶えず有効性を問われ,修正されてゆく道具・・・それがアセスメントであり,支援計画なのである。

1 アセスメントのための面接

(1)基本的な姿勢

ア クライエントと一緒にアセスメントする

(ア)クライエントは変わりたがっている

クライエントが相談窓口に来るきっかけはさまざまである。自発的な場合もあれば,誰かから勧められてくる場合もある。親に強引に連れられて来る場合もあるだろう。中には全く口を利かないクライエント,投げやりな態度が目立つクライエントもいるかもしれない。

だが,どんな場合であれ,本人に全く問題意識や改善意欲がないということはあり得ない。少なくとも面接の場にいる以上,漠然としたものではあれ,「このままではよくない。」,「何とかしたい。」と思っていることは間違いない。ただ,挫折の積み重ねで絶望していたり,周囲への不信感を募らせていたりすると,相談の枠組みに乗せることは容易ではない。しかし,そのようなケースほど,より良い人生を強烈に渇望していることが多い。

(イ)クライエントは自己探索をしている

クライエントは変わりたがっており,そのための手立てを求めている。だから,自分の現状を見直し,なぜこうなったのか,何が悪かったのか,どうすれば良かったのかを探ろうとする。自分にはどんな特徴があって,何ができるのかを知ろうとする。彼らはそうして懸命に自己探索を続けるのである。

それが成功し,自力で突破口を発見できれば,そもそも相談には来ない。私たちのクライエントは,さまざまな理由で自己探索が不成功に終わっている人たちである。彼らの自己探索は袋小路に入り込んだり,同じところをぐるぐる回ったりしていることが多い。

(ウ)アセスメントは自己探索の援助である

私たちの仕事は,彼らの自己探索を援助することである。つまり主体はあくまでクライエントにある。彼らに全くやる気がなければ,私たちにできることはほとんどない。仮に嫌がる相手から強引に何か聴き出したところで,それが彼らの成長に資することはあり得ないだろう。

クライエントの自己探索は絶えず行きつ戻りつするし,意欲も大きく変動する。私たちは,ある時は方向を指し示し,ある時は励ましつつ,協力して自己探索を進めていくのである。

私たちのアセスメントのイメージは,遠くから対象を眺めている観察者ではなく,彼らの半歩後ろに付き添う同行者である。もちろん,客観的な情報の収集を怠るべきではないが,その価値はクライエントに役立つかどうかで決まる。彼らの役に立たない情報は無価値であり,それを私たちだけが知って喜んでいても仕方がない。

イ よく話を聴く

(ア)真剣に聴く

「よく話を聴く」というのは,ひたすら迎合したり,話を合わせたりすることではない。別にニコニコする必要もなければ,無理に相づちを打つ必要もない。大切なのは真剣に聴くということである。

クライエントは重大な困難に直面している。確かにその口調自体は軽いものかもしれないし,冗談まじりかもしれない。しかし,そこには必ず必死なものが隠れているはずである。だから私たちも真剣に聴かなければならない。彼の言いたいことを理解しようと努めなければならない。そういう姿勢ならば,相づちは自然に出てくるだろうし,分からなければ何度も確認するはずである。

また,そうして真剣な姿勢で聴いていると,クライエントの姿勢も一層真剣なものになってくる。真面目に聴いてくれる相手に,それほどいい加減な話を続けていられるものではない。面接を重ねるうちに,次第に浮ついた調子が消え去り,大切な話が語られるようになることが多い。

(イ)ペースを合わせる

クライエントは一人ひとり違う。自己探索のスピードも,打ち解けやすさも,会話のテンポもさまざまである。このペースが食い違うと,面接はうまくいかないし,互いに消耗してしまう。よく聴くためには,できるだけペースを合わせる必要がある。

クライエントがゆっくりと探索する人ならば,こちらもどっしり構える必要があるし,どんどん進んでいく人には,遅れずについていかなければならない。同様に会話のテンポや声の調子も,なるべくクライエントに合わせるべきである。特に,クライエントを置き去りにして結論を急いだり,一方的に解釈を述べ立てたりすることは避けなければならない。

もちろん,あまりに極端なペースにはついていけないことも多い。その場合,「悪いけど,早過ぎる。」,「もう少しゆっくりしてくれないか。」などとストレートにクライエントに頼むと,案外協力してくれることが多い。ついていけずに,話を聞き流したり,生返事をしたりするよりは,ずっと有益である。

(ウ)クライエントから教わる

クライエントと私たちは生活経験が全く異なるし,知識や関心の範囲も大きくずれていることが多い。だから彼らの話を聞いていても,知らないこと,意味の分からないことがしばしば出てくる。そんなとき,知ったかぶりをしていると,話の筋が見えなくなってしまうし,どうかすると「知ったかぶり」を見抜かれてしまう。むしろ,分からないことは分からないと率直に伝え,説明を求めることが望ましい。

説明を求められて,気を悪くするクライエントは見たことがない。大半は喜々として教えてくれる(日頃,教えられてばかりいるから,教えるのがうれしいのかもしれない。)。そしてそれによって今度はクライエント自身も率直に「分からない。」と言えるようになるのである。

ウ よく感じる

(ア)感じたことを大切にする

私たちのアセスメントは,客観的事実の収集に尽きるものではない。事実をクライエントがどうとらえ,どう感じているかを明らかにすることが非常に重要である。クライエントの判断や行動を左右するのは,彼の感じていることだからである。

クライエントの感じていることを明らかにするためには,こちらも感受性をフルに動員する必要がある。たとえば「お母さんが帰ってきてとてもうれしい。」という言葉。もしクライエントがうれしそうな表情でそれを口にし,お母さんの様子を楽しげに話すとしたら,彼は本当にそう感じている公算が強い。しかし,彼が同じ言葉をこわばった表情,平板な口調で言ったとしたらどうだろうか。よほど鈍くなければ「何か変だ。」と感じるに違いない。私たちはその感覚を大事にし,母子関係についてもっと詳しく調べるべきであろう。その意味では,彼が「何を語ったか」よりも「どう語ったか」の方が重要な場合も多いのである。

したがって私たちは,クライエントの言葉のみならず,その表情や口調,仕草,服装,化粧などの非言語的なメッセージにも注目しなければならない。特に話の内容と表情のずれ,奇妙な大仰さ,仕草の変化等には気を配りたい。また,「寂しそう」,「不自然」など,何となく感じたことや漠然とした印象も心に留めておいた方がよい。アセスメントが進むにつれて,その実体がはっきり見えてくる場合がある。

(イ)感じたことにこだわらない

自分の感じたことは大切にしなければならない。だが,それに固執してはならない。

アセスメントが進む中で,個々の感覚や印象はさまざまな情報と関連づけられ,総合され,最終的には全体像の中に整合的に位置づけられることが多い。だが,その途中では,一見すると相互矛盾や食い違いが生じる場合がある。その際,最初の印象にこだわり,それに反するものを早まって切り捨ててしまうと,浅い,表面的なアセスメントに終わってしまいかねない。

非行少年を例に挙げると,最初,無反省でわがままで大変「けしからん」印象を受ける少年がいる。だが調査を進めるうちに,悲惨な生い立ちや,その中での健気な努力が分かってきて,「かわいそう」と感じることがある。逆に,最初,「かわいそう」な印象を受けた少年が,面接を重ねるうちに,案外自己中心的で傲慢なことが分かり,「けしからん」と感じるようになることもある。もちろん,これは矛盾でも何でもない。非行少年たちは天使でも悪魔でもなく,その両面を持っているのだから。

アセスメントが適切になされるならば,私たちの感じたことの多くは,一見矛盾するように見えても,どちらも否定されることはなく,全体像の一部に取り込まれていくものである。

(ウ)感受性をリフレッシュする

ひどく疲れたり,ほかのことに気をとられたりすると,私たちの感受性は一時的に鈍化してしまう。そうすると,普段なら気づくようなことを見逃したり,軽視したりしやすくなる。また,視野が狭くなり,目立つことだけに気をとられ,全体への目配りができなくなってしまうことも多い。

これらの問題を回避するためには,まず自らの感受性の状態をモニターすることが必要である。心身の不調や疲労感は当然警戒すべきであるが,面接前に何となくおっくうになるというのも重要なサインである。また,本人には自覚がないのに,同僚は不調に気づいているような場合もあり,日頃から相互に「最近疲れているんじゃないか。」と言えるような関係は貴重である。

このような場合の対策は休養しかない。ただ,身体が疲れているのでなければ,アセスメントと関係ない仕事をするのも休養になる場合がある。また,スポーツや料理などがリフレッシュになるという人もいる。いずれにせよ,感受性の水準を自分の努力だけで長く維持することは困難であり,休養の仕方を各人各様に工夫することは不可欠である。

(2)具体的留意点

ア 環境を整備する

環境は面接の効率を大きく左右する。劣悪な場でも面接を深めることは不可能ではないが,それに要する時間や労力は非常に大きくなってしまう。逆に良い環境は面接を助けてくれる。

まず部屋。これはあまり広くない方がよく,机と椅子を置いて少し余裕がある程度が望ましい。最も重要なのは物音であり,特に人の出入りの物音がすると落ち着かない。アセスメントの場では,プライバシーが赤裸々に語られるのだから,間違っても立ち聞きされるようなことがあってはならないし,その気配があるだけでも,面接は進みにくくなる。

机は事務机ではなく,テーブルのようなもの,椅子もパイプ椅子やソファは避けたい。壁は落ち着いた色で塗られている方がいいし,床もピータイルよりは絨毯がよい。

以上は専門的な配慮というよりも,その部屋に入る人の緊張を和らげるための当たり前の工夫であり,プライバシーが守れる,温かい雰囲気の,こじんまりした部屋であればよい。アセスメント自体,多かれ少なかれ緊張を強いるものなのだから,せめて環境はリラックスできるものであるべきである。

イ 予習をしておく

アセスメントはぶっつけ本番で臨むべきではない。事前に入手できた資料には目を通しておくべきであるし,そこから面接のポイントをいくつかピックアップしておくことが望まれる。クライエントも私たちも互いに貴重な時間を使うわけであるから,準備を疎かにしてはならない。

一般に「先入観を持ってはならない。」と言われるのは,準備をしないということではなく,準備したことをいったん括弧に入れ,いつでも修正できるようにしておくということである。先入観が全くないことなどあり得ないので,自分の先入観からどれだけ距離がとれるかが問題なのである。

また,使う予定の心理検査やチェックリストがあれば,事前に準備しておくことは言うまでもない。

ウ 逐一順番に質問しない

アセスメントのための面接においては,生育史,家族関係等,質問すべきことが山ほどある。したがって,それらを順序立てて効率よく聴いていきたいという気持ちになるのは無理からぬところである。しかし,強引にそのようなやり方をしても,集まってくるのは往々にして役に立たない情報ばかりとなる。なぜなら,クライエントの多くは,面接の場でどこまで語ってよいのか,相手をどれだけ信頼できるのかを決めかねている状態だからである。そこに一方的に次々質問を浴びせても,浅い紋切り型の答えしか返ってくるわけがない。また,そもそもクライエントは,自分自身や身の回りの問題について十分整理して理解しているわけではなく,語ろうにも語れないことが多い。面接を続ける中で,次第に緊張がとれ,頭が整理されて,やがて本当に役立つ情報が得られるのである。

したがって,面接においては,まずクライエントが語りたいこと(それは何よりも「現在困っていること」であろう。)を優先すべきである。生育史等は,それが一段落したところで聴き始めるのがよい。また,途中でもクライエントが何かにこだわったような場合は,そこを詳しく聴いていくべきである。チェックリストを逐一順番に埋めていくような面接はすべきでないし,結局は効率的でもない。

ただそのようにすると,よほどうまくいかない限り聴き落としが出てくる。それは面接後に整理して次回に尋ねるべきである。もしも面接に不慣れで,重要な事項を落としそうな場合は,面接終了前に少し時間をもらってメモを整理し,聴き直せばよい。

その意味で,アセスメントのためには一度の長い面接よりも何度かの短い面接の方が効率的である。「面接→復習→面接」というプロセスを踏めば,クライエントの話の流れを中断させることはないし,聞き落としを防ぐこともできる。また,面接と面接との間に,双方が自分の考えや感情を整理することができ,それも面接の深まりにつながる。

エ 聴きにくいことを聴く

面接で聴くべきことは,気軽に答えやすいことばかりではない。特にアセスメントにおいては,クライエントにとって触れられたくないことが,しばしば重要な意味を持つ。そのような場合,私たちはそれに直接触れることなく,周辺を探りつつ,自発的に語られるのを待つことが多い。しかし,無限に待ち続けることはできない。いつかは聴かなければならないのである。

少年鑑別所におけるアセスメントにおいて,「聴きにくい」ことの典型的な例が性的虐待である。たとえば,女子の非行が,売春などの性的逸脱を伴って急速に拡大し,しかもそれが自己破壊的な色彩を帯びているような場合,私たちは性的虐待という観点からも事例の検討を進める。父が継父で,素行上の問題の大きい人だったり,母との仲が悪かったりするならば,なおさらである。このような事柄は簡単に聴けるようなことではない。だが,触れずに済ませられるようなことでもない。その有無は,医療で言えば腫瘍が良性であるか悪性であるかに匹敵するような重大性を持つ。少なくとも尋ねてみないで済ませるわけにはいかない。

そんなとき私たちは,「これからとても嫌なことを聴かなければならない。しかし非常に重要なことだから聴かずに済ませるわけにはいかない。当然,答えたくなければ答えなくてもよい。」と断ってから正面切って尋ねる。「あなたのような非行のパターンの女性は,身近な人からいたずらされた経験があることが多い。何かそういう恥ずかしい目にあったことはないか。」

もちろん,正直な答えが返ってくるとは限らない。もし性的虐待があっても,クライエントの信頼がまだ得られていない場合や,クライエント自身に語る準備ができていない場合は,単に否定されるだろう。しかし,聴いてみなければ始まらないのである。「そんなことを聴いたらクライエントとの関係が悪くなるのではないか。」と二の足を踏むかも知れないが,関係が悪くなろうがどうしようが,聴かねばならないことは聴かねばならない。また,ある程度関係ができた後に,真剣に正面から聴くならば,クライエントが私たちを見限ってしまうようなことは少ないように思われる。

そこまで深刻ではなくても,クライエントの話にどうしても嘘を感じる場合,脱線していく話を元に戻したい場合など,口を挟みたくなる場面は多い。そんなときには,やはり「言いにくいけれど」,「悪いけれど」,「腹が立つかもしれないけれど」と断ってから,自分の疑念や要望を真面目に伝えるべきである。無神経に介入したのではないということが分かってもらえれば,案外うまくいくことが多い。

(3)聴取すべき内容

ア ニーズ

私たちの支援はクライエントのニーズに対応しているからこそ意義がある。その意味で,クライエントのニーズの把握はアセスメントの出発点だと言える。ただし,クライエント自身,自分が何を求めているかを明確に理解しているとは限らない。少なくとも面接の最初の段階では,ニーズは漠然とした問題意識,不全感,不満のような形をとっていることが多い。したがって,クライエントのニーズをつかむためには,「何を求めているか。」よりも「今,困っていることは何か。」からアプローチしていく方がうまくいくようである。そもそも私たちの前に現れる以上,全く困っていないことはあり得ない。いやいや保護者に連れられてきて,「自分は別に困っていない。」と言い張る若者がいたとしても,「ご家族はどういうことで困ってらっしゃるのでしょう。」と問えば,それなりの答えが返ってくるはずである。

そうして「意欲がわかない。」,「就職口が見つからない。」,「シンナーがやめられない。」などの「困っていること」が示されれば,次はそれについて,より具体的に尋ねていく。問題の始まった時点,そのきっかけ,これまでの経過,比較的調子の良かった時期,悪かった時期,現時点での危機の深刻さ,これまでとった対策等々である。

このうち,「比較的調子の良かった時期」については,詳しく聴くと好転の鍵となる要因が潜んでいる場合がある。たとえば普段は意欲の乏しいクライエントが,母が入院した時だけは一生懸命家事をやったとするならば,母がパートに出て,本人に家事を分担させるという選択肢があるかもしれない。逆に,「これまでとった対策」は,選択肢を絞る方向での利用価値が高い。クライエントやその家族はこれまで散々いろいろな手段を試してきており,同じことを改めて繰り返しても効果は期待できないからである。また,「現時点での危機の深刻さ」は,援助や介入の緊急性を査定するうえで重要である。あまりに余裕がなければ,即座に対応措置をとったり,他機関に協力を仰いだりする必要が出てくるだろう。

こうしてクライエントのニーズがある程度明確化しても,それを固定的にとらえてはならない。アセスメントが進んでいく中で,ニーズが変化することもあるからである。たとえば,最初のニーズは職場の対人関係の悩みの解決であっても,その背後に神経症的な症状があることが分かり,精神科へのリファー(紹介)が必要となる場合もあるだろうし,もともとやりたい仕事が別にあることが分かり,円滑な転職こそが課題となる場合もあるだろう。その意味で,クライエントのニーズは最初から確定したものではなく,支援の中で変化していくものだと考える方がよい。

イ 生育史

ニーズをある程度つかんだ後,生育史や家族関係など,その背景となっている状況を聴いていく。生育史の聴取は,通常,幼少時からの出来事を順次聴いていくことが多い。事前に何らかの調査用紙を用意して記入してもらい,それに基づいて聴けば,より効率的である(ただし,その確認や穴埋めだけでは本当に重要なことはつかめない。)。具体的な項目としては以下のようなものが挙げられる。

<1>出産状況,発育状況,養育者,障害等。<2>家庭内のトラブル,転居,同居家族の変動等。<3>学校適応,成績,転校,受験,クラブ活動,不登校,いじめ等。<4>職場適応,仕事の内容,給料,転職,怠休,徒遊等。<5>友達関係,異性関係,交遊範囲等。<6>趣味,特技,熱中したこと等。<7>犯罪,非行,補導歴,施設歴,飲酒,喫煙,自殺自傷等。

もちろん,これらすべてを同じ重みで聴く必要はない。ニーズとの関連で重要な事項は集中して聴く必要があるし,関係の薄いところはざっと確認するだけでよい。ただ一見ニーズと無縁に見えても,クライエントが妙に熱心に話すような事柄は無視してはならない。いわば地下水路のような形で,ニーズと強く結びついている場合があるからである。また,もしクライエントの口が重ければ,趣味や修学旅行など楽しいエピソードから聴き始めると,それが突破口になることが多い。しかも,そのようなエピソードからは,クライエントの長所や,活力,志向などがうかがえることがあり,それは今支援していく際に,貴重な手掛かりとなる。

ウ 家族関係

家族について有益な情報を得るのは簡単ではない。もちろん,家族構成や年齢,職業,経済水準等を一通り聴くことは可能であるし,ある程度ラポール(クライエントとの心的融和)がとれれば,アルコール依存や暴力などの家族の問題行動についても,なんとか話してくれることが多い。しかし,父や母がどのような性格や特徴を持った人物なのか,その人となりをつかむのは難しい。直接「どんな人か」と聴いても,「普通」と言われるのがおちである。それは気恥ずかしさや警戒心のせいだけではない。私たち自身も,自分の家族について正面から「どんな人か」と問われて,うまく表現することは難しいはずである。誰でも,ごく身近な人については客観的に語りにくいのである。

そういう場合,エピソードを中心に聴くことが有効である。父や母が,ある特定の場面において,どんなことを言い,どんな行動をとったかを,その前後の状況も含めて詳しく聴いていく。取り上げる場面は,「母に一番腹を立てたとき」,「初めて非行がばれたとき」などクライエントにとって重要な場面が良い。それを具体的に聴いていくうちに,自ずとその人となりが分かってくることが多い。

ただ,生育史にも言えることであるが,こうして得た情報は,クライエントによって主観的に色づけられている。極端に言えば,クライエントが語るのは,あくまでクライエントにとっての家族であり,生育史でしかない。それだけに相互に矛盾していたり,客観的情報と食い違っていたりする場合がある。そのずれが大きい部分については,タイミングを見てクライエントに伝え,じっくり再検討してみる必要がある。そこに問題の中心が隠れている場合も多い。

エ 現状の再確認

一通りの聴取を終えた後,一日の流れを時間に沿って細かく聴いていくと有意義である。最近の特定の一日,朝何時にどこで目覚めたか,朝食は誰と何を食べたか,何時に家を出てどこへ行って何をしたか,誰に会ったか,帰宅して何をしたか,寝たのは何時か。・・・これらを詳しく聴いていくと,クライエントの実際の生活の姿が見えてくる。また,クライエントのニーズについて,改めて聴き直すことも重要であり,これもまた,クライエントの現状を再確認する意味を持っている。いずれにせよ,過去に遡って話をした後,もう一度現在の姿を見直すというプロセスが必要となるのである。

そして,このようにして再確認した現状と,これまで聴取してきた生育史,家族関係とを対照し,クライエントのある程度統一的なイメージが形成されたならば,ひとまず面接が一段落ついたと言うことができる。ただ,これはあくまで一段落であり,心理検査の結果や外部情報が得られれば,その都度,面接にフィードバックし,再検討していかねばならない。

29) 「来談者」,「専門家のサービスを受けている人」の意。「患者」より広い概念。
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