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第5章 | 支援の実施 |
第4節 グループワーク |
SSTとは,エス・エス・ティ,社会生活技能訓練などとも呼ばれることがあり,前節の認知行動療法と社会学習理論を基盤にした支援方法の一つである。
社会の中で,相手から自分の望むような反応(望むような回答,理解など)を得るためには,一定の認知や行動(言動)のスキルが必要である。たとえば,親しくなりたいと思うクラスメートへ話しかけたときに,相手も同じように自分と親しくなりたいと思い,それを表現してくれるような結果が得られる話しかけ方などは,人によっては何の苦もなくできることであるが,一部の若者にとっては,一定の知識を得て,訓練をして,初めてできるようになることである。そのようなときに,必要な知識(どのような言動が望ましいかなどの情報)を与え,練習(行動リハーサルなど,ロールプレイなどを通して実際にやってみる体験)できるように支援の順序とコツを定め,構造化した支援の方法がSSTである。
ア ウォーミングアップ(緊張をほぐすために,主にコミュニケーションの練習になるような内容の,楽しめるゲームなどを行う。たとえば,「アニメと言えば」という前ふりで,自分の好きなアニメについて1分以内に発表するなど)
イ 練習する課題を決める(どのような言動ができるようになりたいか,どのような認知(考え方や感じ方)をより良いものへ変えていくことができるかを決める。)。
ウ 場面をつくって行動リハーサルをしてみる(練習するメンバーは行動リハーサルして練習する。そのとき,他のメンバーが練習場面に登場する相手役の役割を演じる。これをロールプレイという。)。
エ 良かったところをほめる(行動リハーサル(ロールプレイ)が終わるとすぐに支援者や他のメンバーは,練習したメンバーの「良かったところ」をほめる。このことにより,その良かった言動(言語的,非言語的コミュニケーション,ものの見方や考え方)を強化し,次回以降もそのメンバーが同じような良い言動ができるようになる確率が上がるようになる。)。
オ 更に良くする点(改善点)を考える(より良くするための改善点を,他のメンバーや支援者が考え,提案する。提案されたものの中から,練習するメンバーが取り入れたい,取り入れられそうだ,と思えるものを取り入れることにする。)。
カ もう一度練習する(取り入れる改善点を心に留めながら,再度,練習するメンバーが行動リハーサルをする。)。
キ 良くなった点をほめる。
ク 実際の場面でやってみる「チャレンジ課題」を決める(今,練習したことをもとに,実際の生活場面で,練習したメンバーも,他のメンバーも,次回のSSTの会合までに行う「チャレンジ課題」を決める。)。
ケ 実際の場面でやってみる(日常生活の中で,実際にやってみる。)。
コ 次回以降のSSTの会合で報告する(このため,2回目以降のSSTの会合では,「前回での練習内容の報告」から開始されることが多い。)。
行動リハーサル(ロールプレイ)は,練習課題を決めた後,グループの真ん中のスペースを使って,場面づくりをしてから行う。場面は,練習メンバーの実際の生活状況に近いほうが,練習する本人のためになり,実際の生活場面での成功率も高くなる。そこで,建物,家具の位置,人の姿勢(例:立っているか,座っているか)や方向(例:向き合っているのか,背中を向けているのか)などを,練習するメンバーから聴き出し,場面づくりをしてから行う。
課題を練習するメンバーは,自分の言動の「リハーサル」を行うことになる。しかし,相手役をする他のメンバーは,練習するメンバーの生活場面に登場する他人の役になって,ロールプレイをすることになる。そこで,練習するメンバーから,相手役の人の年齢層,様子,態度,口調などを聴き出すとよい。その情報を得て,相手役になるメンバーに役づくりをしてもらい,実際の相手役に近い言動をしてもらう。(例1:「相手役は,40代半ばのお父さん。建築関係の仕事をしていて,体が大きく,ぶっきらぼうな話し方をする。」,例2:「相手役は50代のお母さん。専業主婦で,いつも身ぎれいにしていて,早口で「やるべきこと」などを話し続ける。」,例3:「相手役は,同じ20代の元同級生。久しぶりに電話をして,昔共通だった趣味の釣りに誘いたい。相手は大学を卒業し,今はフリーターをしていると聞いている。」など)。このようなことを支援者が聴き出すと,相手役をするメンバーは,役づくりをしやすくなり,ロールプレイがしやすくなる。
ロールプレイ,言葉のやりとりは長く求める必要はなく,短いくらいでよい。若者は,仲間の視線がひときわ気になるものだし,「格好悪いことはしたくない」,「恥をかくのは嫌」なものである。練習課題の設定,場面の設定,相手役の役づくりをしたら,支援者は「ハイ,どうぞ。」と合図をして,ロールプレイをしてもらう。メインの会話,言動が終われば,「ハイ,ありがとうございました。」とすぐに止めてよい。終わるとすぐに,支援者が「よくできましたね。」など,練習したメンバーに直接,肯定的なメッセージを伝えるとよい。相手役をした他のメンバーには,グループの進行に寄与し,練習したメンバーの手助けをしてくれたことをねぎらうことも忘れないようにしたい。その上で,「今の練習で,行動リハーサルしたメンバーの言動で,どういう点が良かったですか。」と相手役にすぐに尋ねるとよい。
ほめるポイントは,練習しているメンバーの言語的,非言語的コミュニケーションすべてにあり得る。練習したメンバーのものの見方,考え方,声のトーン,話すときの姿勢,視線の合わせ方,身ぶり手ぶり,表情,体の動かし方,歩き方,立ち方,立ち止まり方・・・。また,話のはじめかた,話の流れ,話の中の一部分,話の要素,話の内容,話題・・・。どのようなことでも,行動リハーサル(ロールプレイ)の後,すぐに,具体的に,良いところをほめる(プラス評価する)。ここで,悪い点を指摘してはならない。悪い点の指摘をしてしまうと,若者の自己評価が下がり,委縮し,動機づけがなえてしまうからである。
「より良くする点を考える」の順番になってから,具体的にどのようにすれば,先ほどの行動リハーサルの内容が改善されるのかを提案していく。このときも,練習したメンバーの行動リハーサルの悪い点をあげつらってはならない。「このようにすればもっと良くなるよ。」ということに強調点を置く。(良い例:「話しかけるとき,視線を合わせたらどうでしょう。」,「話すとき,口元に少し力を入れ,明るい表情で言ったらどうでしょう。」など。)そして,その改善点を取り入れて,再度練習した後,良かった点,良くなった点をプラス評価することが大切である。
SSTを行ったとき,練習をしなかったメンバーにも効果があるのだろうか。SSTは,「人は,社会の中で,他人の言動を観察することによって学び,自分自身の言動を変えていく。」という社会学習理論を基盤としている。直接練習をしなかったメンバーも,SSTのグループに参加し,人のロールプレイを観察しただけでも,効果があるとされている。
練習課題やチャレンジ課題は,実際の場面で「できる」ことが大切である。そのためにも,課題設定のとき,「実現可能な課題設定」を行う。練習課題を設定し,行動リハーサルを行い,それをチャレンジ課題として,実際の場面で成功させるという体験を繰り返すことによって,SSTに参加するメンバーは自己評価を高め,より効果的な人との関わり行動を身に付けていく。もしも,チャレンジ課題を実際場面で行ってみたあと,うまくいかなかった報告があった場合,実現可能な目標に置き換えたり,改善点を提案して再度練習し,実際の場面で成功する体験に結びつくよう支援していく。
練習したい課題があっても,具体的にどのような言動を練習したいかが定まらないことがある。そのようなとき,問題解決法を用いるとよい。問題解決法は,ある特定の課題に対してとり得る言動の選択肢を列挙し,それぞれの選択肢の長所と短所を考える(板書する)。どのような選択肢があるか,それぞれの長所,短所などを順番に,グループメンバーから出してもらう。そのうえで,最終的にどの言動を練習するか(そして現実場面で行うか)は練習するメンバーが選択する。この技法は,メンバーのものの見方や考え方,選択肢の幅を広げるのにも活用できる。
【参考文献】
福島喜代子,2004,『ソーシャルワークにおけるSSTの方法』,相川書房
前田ケイ,1999,『SSTウォーミングアップ活動集』,金剛出版
前田ケイ監修,2006,『見て学ぶ SST(視覚教材)』,中央法規出版
べラック. A. ギングリッチ,S. ミューザー. K 他著,2005,『わかりやすいSSTステップガイド―統合失調症をもつ人の援助に生かす〈上巻〉基礎・技法編』,星和書店
べラック. A. ギングリッチ,S. ミューザー. K 他著,2005,『わかりやすいSSTステップガイド―統合失調症をもつ人の援助に生かす〈下巻〉実用付録編 』,星和書店
● | ルーテル学院大学総合人間学部教授 福島喜代子 |
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